第8話 海戦の始まり
東和も、今ほど農業生産率の高くない時代には、農民に重税を課して餓死者を出したことがある。
悪しき歴史で重税を課した者は悪代官としてよく小説や講談、お芝居に出て来る。
でも、その悪代官でさえ奴隷なんて持っていなかったし、当時の農民も自分達の土地や家、農具や家畜といった財産を持っていた。
切り捨て御免という、武士が農民を切っても正当性があれば無罪になる法律が、かつてはあった。
でも、正当性の証明は困難を極め、殺人罪で死刑になることが多く、実際に農民を切るような武士はほとんどいなかった。
大陸と違い戦になれば農民も歩兵として戦争に参加する態勢の為か、東和は身分差別が大陸よりも極端に少ない。
平民も強い権限を持ち、武士や公家でも逆らえない有力商人や大農家も珍しくないぐらいだ。
そんな東和人にとって、奴隷制度はあまりに衝撃が強くて、理解に苦しんだ。
橋本小隊長は目尻を下げ、悲しそうな声で静かに語る。
「今、セン帝国は西部をほぼ全て植民地化に置かれたし、セン帝国の南に位置する南小国群は全て植民地化が完了している。今、エルフは南小国群の搾取態勢を整え終わって、南からもセン帝国に侵攻する準備中だ」
指し棒を下ろして、部下達を眺めまわしながら橋本小隊長は言う。
「僕達のこの三〇〇隻からなる大艦隊は、前一〇〇隻に海兵を乗せている。南小国群周辺にはエルフの船があると思うけど、この前衛一〇〇隻がまず敵艦隊を殲滅。それから僕ら陸兵を乗せた二〇〇隻が安全に進む予定になっている」
「小隊長、エルフ海軍への勝算はどの程度でしょうか?」
第三分隊の少女、小林美紀が質問した。
「それは安心していいよ。勝算はかなり高い。というのも、まずエルフは僕らを警戒していない」
こちらは十五万の兵と三〇〇隻の軍艦で移動中だ。
それを警戒していないとはどういう事だろうか?
そんな気持ちが皆の顔に現れる。
「えーっとね、僕としてはすっごく不本意だし残念な事なんだけど、うん、でも今回はそれが吉となるね」
橋本小隊長は視線を泳がせてから、気を取り直して咳払いをする。
「ハッキリ言うと、エルフは僕らを見くびっている」
皆の頭上に疑問符が浮かんだ。
「東和は島国でホビットしか住んでいないから、大陸の価値観や事情に凄く疎くて信じられないかもしれないけど、でもエルフは本当に僕らを見くびっているんだ」
眉根にしわを寄せた困り顔で、橋本小隊長は続けた。
「そもそもこんなに侵略戦争をして世界中をエルフのものにしようっていうのも、自分達エルフが世界で一番優れた選ばれし存在で、人間は自分達エルフだけ、他の僕らホビットやドワーフ、ゴブリンは全員劣等民族の猿。もしも僕らが人間なら、エルフは神と人間の中間に存在する天人だって思ってるから……らしい」
ますますみんなの頭上に疑問符がぽんぽん浮かんだ。
「選民思想って言うらしいんだけど、とにかく、エルフは魔術を使える自分達は神に選ばれた特別な存在で、だから僕らを支配するのは当然の権利でむしろそれが世界のあるべき正しい姿。劣等民族のホビットが自分達に勝てるはずがない。だから天宮信義公がエルフ三国に送った宣戦布告も『形だけで本当に向こうから攻めて来るはずがない』ってタカをくくっているらしい……エルフが戦争をしかけてないのに向こうから来るはずがないって。忍びの報告によると、南小国群周辺の海の守備も申し訳程度にしか強化されてないみたい」
奴隷制度に続き、東和には馴染みのない価値観の連続に、皆も少々困り顔だ。
「でも今はそれが吉なんだ。敵が油断している間に南小国群を解放。エルフの手から奪還するんだ。作戦は常に電撃戦、とにかくエルフが本気になる前に大量の兵を投入して攻めて攻めて攻めまくって一年以内の解放を目指そう」
今は四月。東和を出る前に花見をしてきた人も多いだろう。
「だから来年の花見は南小国群の解放記念を兼ねたものにできるよう頑張ろう!」
橋本小隊長は、珍しく強めの声で握り拳を作って、笑顔を見せた。
戦徒達第三小隊の面々も、快く頷いた。
◆
第一次遠征隊、第一陣、最初の十五万人を乗せた三〇〇隻の大艦隊が東和を出て二日後の午前。
予定では、そろそろ南小国群についても良い頃にそれは起こった。
『全軍に通達する。海兵隊がエルフ軍と接触! 総員ただちに戦闘態勢に入られたし!』
朝起きてから、これを見越して武具を準備していた戦徒達は、すぐに軽装甲冑を身にまとい、それぞれの武器を装備して甲板に出た。
長槍大隊や銃兵大隊、騎兵大隊は全員の装備が決まっている。
だが戦徒達の第一大隊は、敵陣深くまで斬り込む特殊大隊の為、戦闘員一人一人に自由武装権が認められている。
龍道戦徒、龍道戦也、佐々木麻美は二本の刀を。
朝倉愛花、四月朔日和太郎、中島成美は九六式小銃を。
村上宗重、高橋勝也は長刀を。
田中太郎左衛門、斎藤広は槍を持った。
戦徒達を含めた各小隊の兵が甲板に集まり、前方の戦いを目の当たりにした。
東和人の平均視力は五・〇。
その中でも並はずれて目の良い戦徒には、その戦闘の様子がつぶさに見て取れた。
「すげぇ……」
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