第7話 地味な小隊長の授業時間、ギャグパート
「はいはーい、じゃあ橋本小隊長の『良い子の為の講義』を始めるよー」
艦が軍港を出ると、戦徒達は第三小隊に割り当てられた部屋にすし詰め状態で体育座り、現在に至る。
みんなの前では、橋本小隊長が世界地図を張りつけた黒板の横で、細長い棒を手に伊達眼鏡をくいくい動かす。
「はい」
「はい、設楽静樹さん」
挙手し当てられた静樹は立ち上がり、眼鏡の位置を直す。
「このノリについていけない人は退室するべきでしょうか?」
静樹の視線は、黒板に橋本小隊長が描いた、二頭身の可愛らしい武将達の絵を射ぬく。
「僕は差別なんてしないよ、静樹ちゃんもここにいてね。じゃあこれからみんなに各種族の領土関係と南小国群の説明をするね」
「はい」
「はい涼宮涼香さん」
次に立ったのは、第三小隊の斥候兵であり忍びでもある少女、涼宮涼香だ。
凛とした表情の美人で、髪を後ろでまとめている。
「橋本小隊長殿。この期に及んでその程度の事も把握していないような、出来損ないの頭にウジの湧いたゴミムシゲリチンゲス野郎はいないと思います」
無感動な声で淡々と言う涼香。
彼女の発言に何人かの兵士がそわそわと落ち着きを失う。
戦徒の隣に座る同じ分隊の斎藤広が青ざめている。
「うーん、でも僕はその出来損ないの頭にウジの湧いたゴミムシゲリチンゲス野郎くんがいるかもしれない可能性を考慮して説明してあげたいな」
戦徒の隣に座る斎藤広の顔色が良くなる。
「え? いるんですか?」
言いながら、涼香はどこから取り出したのか、拷問用ペンチを取り出して辺りを見回した。
戦徒の隣に座る斎藤広の額から汗が流れる。
鈴木四兄弟が立ち上がる。
「そそそ、そんな奴は」
「いいい、いるわけがないんだぜ」
「ででで、でも再確認は」
「だだだ、大事な事なんだぜ」
斎藤広が高速で頭を上下させる。
涼香は、ただでさえ鋭い眼光の出力を上げた。
鈴木四兄弟がこの世の終わりみたいな顔で全身を震わせる。
斎藤広が過呼吸を起こしながら涙を流す。
「はいはい涼香さん。講義を始めるから座ってね」
「命拾いしましたね」
涼香は、最後まで鈴木四兄弟を見据えながらその場に座った。
どうやら鈴木達の命は助かったらしい。
「いやぁ戦徒、本当に涼香の野郎は心配症だよな」
斎藤広が、高速で目を泳がせながら戦徒の肩を叩いてくる。
戦徒は温かい眼差しで斎藤を見守ってあげた。
「じゃあ講義を始めるね。まず僕らの住んでいるこのドラコイア世界の地図ぐらいは見たことあると思うけど。この龍の翼、ドラコウィングって言われる土地の下半分、大陸西部がエルフ領。大陸中央で龍のお腹や足に当たるドラコボディやドラコレッグ半島がドワーフ領。あとの大陸東部はホビット領。ドラコショルダーやチェストを治めるセン帝国やドラコハンド半島に四つの国に分かれている南小国群だね。そして大陸の東の海に龍の頭、ドラコヘッド島、僕らの東和があるね。今僕らは東和の南、ブレス諸島からこういう航路でドラコハンドの南端、フィンガー王国を目指しているんだ」
橋本小隊長が、棒で地図を指して航路をなぞった。
「そ、それぐらい常識だよな戦徒」
親指を立てて同意を求めてくる斎藤広。
戦徒は斎藤広という男のありかたを不憫に思いながら、優しく頷いてあげた。
「歴史的にエルフ領はレヴニア、サクソニア、ラテニアの三国に分かれてずっと争っていたんだ。同時に、元からエルフ領の南からさらに南に向けて伸びる土地、ドラコテイルに住むゴブリン達を奴隷としてさらってもいた。そして今から五〇年前、三国は争うのをやめて、三国揃ってドラコテイルに侵攻。ドラコテイル全土を植民地にして全ゴブリンを奴隷化。二〇年前にはドワーフ領へと侵攻、植民地化と奴隷化に成功。去年からはそのまま南小国群とセン帝国に攻め込んでいるね」
「ここ、これぐらい誰でも知ってるよな」
ひきつった笑みで同意を求めてくる斎藤広。
戦徒は心の中で優しく呟いた。『ちょっと黙ろうか?』
「好戦的なゴブリンは奴隷兵として利用され、鉱山山岳地帯に住むドワーフ達は鉱奴にして工場や鉱山で働かせながら植民地から地下資源を搾取。森林穀倉地帯が多いホビット領ではホビット達を農奴にして食料品や木材を搾取し続けているんだ」
「はーい、小隊長、ドレイって小説に出て来るあの奴隷だと思っていいんですか?」
高橋勝也の想い人である佐々木麻美の問いに、橋本小隊長は頷く。
「そうだよ。僕ら東和に奴隷制度は無い。昔は戦争で負けた兵が捕まって強制労働させられる事はあったけど、それは奴隷階級じゃなくて罰として厳しい労働条件で働かせていたと言ったほうが正しい。逃げたり釈放されれば元の身分に戻るし、主が変われば労働条件も変わる。でも大陸には武士階級や農民階級、商人階級と同列で奴隷という階級、身分が存在する」
皆は信じられないような、不思議そうな、困惑した顔で小隊長の言葉を聞く。
「この人は生まれた時から死ぬまでずっと奴隷だし、生まれる子供も強制的に奴隷になる。そして奴隷には一切の人権は無く、道具と同じ、家畜以下の存在として扱われる。持ち主の気分一つで自由に殺したり拷問したりできるし、他人の奴隷を殺しても奴隷一人分のお金を払えば罪は許されるし、慰謝料じゃなくて弁償金として処理される」
にわかには信じられないという人が大多数だが、それでも何人かは下唇を噛んだ。
戦徒もその一人だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます