第5話 ホビット武士団 島国を出る

「伊藤鉄平」「はい!」

「高橋勝也」「はい!」

「渡辺優」「はい!」

「山本真」「はい!」

「小林美紀」「はい!」

「斎藤広」「はい!」

「佐々木麻美」「はい!」


 次の日、駅の軍用列車前で戦徒達の所属する第五師団第二旅団第一連隊第一大隊第一中隊の第三小隊の面々が十人五列で並んでいた。


 小隊長の橋本連夜が、優しそうな顔ながらもハッキリとした声で点呼を続けた。


「涼宮涼香」「はい!」

「田中太郎左衛門」「はい!」

「村上宗重」「はい!」

「八神八重」「はい!」

「設楽静樹」「はい!」

「中島成美」「はい!」

「黒沢黒男」「はい!」

「松本和馬」「はい!」

「朝倉愛花」「はい!」

「四月朔日和太郎」「はい!」

「鈴木四兄弟」「「「「はい!」」」」


 そして。

「龍道戦徒」「はい!」

「そして僕、橋本連夜、っと。よし、じゃあ全員乗るよ」

『はい!』


 大陸のドワーフ達から伝わり、今では東和の主要都市で普及しつつある蒸気機関車。


 馬より速く、そして一度に大量の物資と人員を運べるこの大発明は軍でも重宝している。


 荷物は全て貨物室に積み込まれている為、戦徒達は簡単な手荷物と脇差だけ。ほとんど身一つで列車に乗り込んで行く。


 すると。

「おい、あれ鬼龍神羅大将じゃないか?」


 戦徒が視線を向けた先を見ると、愛花や八重達も気付いた。

 隣の車両に乗り込もうとしている男の姿に、誰もが息を呑む。


「ほんとだ、同じ列車なんだ」

「あたしゃもうとっくに港に行ったと思ってたよ」


 鬼龍神羅。

 一人で万軍にも匹敵する史上最強の生物と名高い東和の大英雄。

 平均身長が大陸単位であり世界共通単位だと一五〇センチ程度のホビット達の中にあって、一九〇センチというホビット離れした体格。


 加えて長い手足のせいで、時々エルフとゴブリンのハーフと勘違いされるが、髪も目も黒く肌も黄色いし、耳も長くない。


 両親共に長身のホビットらしいので、遺伝しただけだろう。

 戦徒は思わず唾を吞んだ。


「一人で敵中突破して直接敵大将を討ち取ったって本当かなぁ」


 愛花も、神羅のただそこにいるだけで人を怯ませる圧力に臆してしまう。


「あの人ならやっててもおかしくないわね」

「ほらほら、みんな早く乗ってね」


 橋本小隊長に促されて、戦徒達は慌てて蒸気機関車に乗った。



   ◆



「おーい、戦徒」

「ああ、兄貴」


 軍港につくと、戦徒の兄であり龍道家長男。龍道戦也(りゅうどういくや)が待っていた。


 戦也はホビットにしては背が高く、鍛えこまれた体は服の上からでも見てとれる。


 今年十九歳になる身であり、四年前に元服を済ませた龍道家の次期当主である。


「聞いていると思うけど、俺がお前ら第三小隊第二分隊の分隊長だ。よろしくな!」


 歯を見せてニカリと笑う戦也。

 団体行動を取っていた第二分隊の面々。

 龍道戦徒。

 朝倉愛花。

 中島成美。

 四月朔日和太郎。

 田中太郎左衛門。

 村上宗重。

 高橋勝也。

 斎藤広。

 佐々木麻美。

 の九人は戦也に頭を下げる。


 分隊の仲間では無いが、同じ第三小隊の算用方である設楽静樹と鍛冶方の八神八重も集まって来た。

「おう八重、今日も立派な乳だな。戦徒の側室にならねぇか?」


 なんて軽口をたたく戦也に、八重も歯を見せて笑った。


「戦徒があたしを魅せるだけの男になったらすぐにでも抱いてやるよ」

「ちょっ、戦也さん! 戦徒はあたしの」


 愛花が慌てて戦也につかみかかるが、戦也ヘラヘラとした態度をあらためない。


「だって俺、戦場で活躍してあの鬼龍神羅みたいな究極英雄になるのが夢だし、ぶっちゃけ女にかまけてる余裕ないんだよ。この戦争で生き残ったら家継いでやってもいいけど、その次は戦徒の子供から優秀な奴てきとうに選べばよくね? つうわけで俺的には戦徒には正室の愛花以外にも側室抱えまくって子供たくさん作ってもらわなきゃ」


「戦也さん自由すぎぃいいいいいいい! って、戦徒、あんたはなんで体育座りになってんのよ!」


 愛花の回し蹴りが、戦徒の顔面を薙ぎ倒した。


 戦徒の分隊は最年長でも十九歳の戦也のせいか、子作り発言にはやや動揺が走っている。


 そして戦徒は、倒れながらも、ひと際赤い顔をしている人の存在に気付いた。



   ◆



 このドラコイアという世界の陸地は、巨大なドラゴンの形をしている。


 西に尾を、東に頭を、北に翼を、南に腹と手足を向けた大陸の地形はもはや芸術の域にある。


 人類が大陸の形にドラゴンを想起するだけなのか、それとも神がいて、意図的にこの形に創られたのか、今でも一部の業界では本気で議論されている。


 ドラゴンの体である大陸から離れた極東の海に浮かぶ、ドラゴンの頭の形をしたドラコヘッド島は、東北にツノを伸ばし、南南西に口を開く形をしている。


 その口から南南西に伸びる諸島は、ドラゴンが吐いた炎のような形だとして、ブレス諸島と呼ばれている。


 戦徒達一行はドラコヘッド島から、そのブレス諸島最西端、第五ブレス島を目指して輸送船に乗っている途中である。


「勝也」


 五〇〇人乗りの大型船舶の廊下で、戦徒は高橋勝也を呼び止める。

 ホビットの中でもひと際小柄で、弱気な顔をした少年兵だ。

 壁際に石炭の入った袋を並べた廊下を歩く勝也は、歩みを止めた。


「な、なに、戦徒?」


 勝也はちょっと気弱な顔で振りむいた。

 彼は、港での子作り発言に、誰よりも動揺していた。


「お前さ、もしかしてもう麻美とそういう事してたりするの?」


 麻美とは、同じ第二分隊に所属する少女のことだ。

 笑顔の可愛い、二刀流使いの女剣士だ。

 勝也は汗を流しながら両手を、振って否定する。


「そそそ、そんなわけないじゃないか! 婚前交渉なんて最低だよ! 僕そんな事しないよ!」

「ふうん」

「でも……」


 と前置きしてから、勝也はまるで、少女のように両手の指を絡めてうつむいた。

「やっぱり、麻美ちゃんの事は好きだな……」

「そっか、それじゃ生き残らないとな」


 戦徒が快活に笑うと、勝也も笑顔を返してくれる。

「うん、だから僕ね、この戦いが終わったら、麻美ちゃんに結婚を申し込むんだ!」

「…………え?」

 戦徒は青ざめ、素で声を上げた。


「だから僕、この戦いが終わったら麻美ちゃんに結婚を申し込むんだよ。僕、長男で高橋家を継がないといけないし、いつまでもうじうじしていられないよ。もしも麻美ちゃんが結婚してくれたら、子供は十人分隊作れるくらい欲しいなぁ。そして実家を継いで麻美ちゃんと子供達に囲まれながら――」

「やめろぉおおおおおおおお!」

 戦徒は死に物狂いで勝也の両肩をつかんで言葉を遮る。


「ど、どうしたの戦徒?」

「いいから! なんかそれ以上喋ったらお前が死にそうな気がするんだよ! 旗を立てるな!」

「何を言ってるの戦徒? そうだ、指輪買ってあるんだ。ほら」

 勝也が、懐から銀色の指輪を取り出して見せる。


「よし! それは懐、いや心臓の上に忍ばせておけ、旗を立てるんだ!」

「え? 旗は立てちゃ駄目なんじゃないの? まぁいいや、それでね、麻美ちゃん、大陸式の結婚に憧れてるらしくさ、だから指輪だけじゃなくて結婚式用のドレスも買ってあげるって心に決めていて」

「旗を折るなぁあああああああああああ!」

「もう、戦徒が何を言いたいのか解らないよ! さっきからなんなの!」

「黙れ! いいからお前は出兵中は未来を語るな!」

「えー! なんでー!」

「なんでもだ!」

「二人とも何してるの?」


 曲がり角から麻美が出てきて、戦徒と勝也は悲鳴を上げた。


「ちょっと酷くない? まるでお化けでも見たみたいな顔して」

 麻美は、憤然とした顔で抗議する。


「べべべ、別に何も変な事は話してないさ、なぁ勝也?」

「う、うん、そうだよ麻美ちゃん」

 腰から下をガクブルさせながら親指を立てる勝也。


 戦徒は『なんて残念な少年だろう』と温かい眼差しを送った。


「まぁいいわ。それよりもうすぐブレス諸島に着くから、早く行きましょ」

 麻美の手が、強引に勝也の手を取った。


 麻美に手を握られて、勝也の頬が赤く染まった。

「う、うん」


 曲がり角へ消える二人を見て、戦徒はふと、愛花の事を思い出す。

「俺も、愛花の為に生きて帰らないとなぁ」


 背後から、

「おい戦徒」

「溜まってるなら」

「俺達の春画本を」

「貸すんだぜ」

「黙れ鈴木四兄弟! でも巨乳モノならちょっと見たい!」


 この時、男子五人は鉄の絆で結ばれた。

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