第4話 主人公が初夜に失敗します

 江戸城、将軍謁見の間にて、その男は天宮信義公と胡坐をかいて向かい合っていた。


「そんで信義。予定通りに準備は出来たんだよな?」


 ホビットであるにもかかわらず、男の背は高く、着物の上からでも、軍神のような筋肉が見て取れた。


 背中まで伸ばした長い髪と低い声は、まるで鬼を思わせる力強さに溢れている。

 そして、将軍相手に、対等以上の態度だった。


「無論だ」

 だが、将軍信義は憤慨する事無く、むしろ一種の敬意さえ払うような表情と声であった。


 少年将軍信義も内乱から二〇年、もう立派な三〇代男性だ。

 対する男は、二〇代前半程度の容姿で、肩書は師団長に過ぎない。


「此度の戦には武家を中心に兵一〇〇万人。九六式小銃五〇万丁。弾薬五億発。米一〇万表。軍馬二〇万頭。大筒一〇〇〇門。砲弾五〇万発。手榴弾と棒火矢三〇万個ずつを用意した。それを三〇〇隻の戦艦で二カ月かけて南小国群へ運ぶ。志願兵の調練はどうだ?」


 今度は男が答える。


「農民や町人からの志願兵一五〇万人の調練はあと五カ月もすれば完成する。本当はもう戦場に出しても問題ないが、今は時間をかけてでもより練度の高い兵を作る事が肝心だ」


 信義が重い沈黙を作り、ゆっくりと口を開く。


「南小国群解放までに、どれほどの兵が死ぬ?」

「一〇万二〇万じゃきかないだろうな。子供の頃から武芸十八般を教え込まれた武家のガキでも実戦経験はゼロ。二〇年前の内乱を経験した奴は年配が多いし三〇代四〇代の連中も全員連れていけるわけじゃねぇ、志願兵達の教官役に残して行かなきゃいけないからな」


 東和には一億のホビットがいて、武士は全体の六分、大陸言葉で言うと六パーセントの六〇〇万人だ。後方支援も含めての一〇〇万人だが、武士階級六分の一を投入した今回の第一次遠征は、まさしく国防を度外視した一大遠征である。


 一〇〇万の武士を大陸へ派遣した後、もしも内乱が起きたら、もしも第三勢力が東和に攻め込んで来たら、もしも……いずれにしろ、東和は壊滅的な打撃を受けるだろう。


「それでも、俺らはやらなきゃいけねぇし、やるにはそれだけの戦力がいる」


 男は紅蓮に燃える眼で信義を見据え、握り拳を作った。


「武士一〇〇万人で南小国群に拠点を作り、民一五〇万人の援軍を以って南小国群全土をエルフから解放する。今この時期にやらなきゃ南小国群の防衛体制を整えられちまって、解放がしにくくなる。セン帝国が侵略され尽くしたらこの島にもエルフが来て国防と他国解放を同時にしなくちゃならねぇ」


「ああそうだ。南小国群に駐留する軍事力が完全では無く、かつセン帝国侵略が完成していない、今この機を逃せばホビット民族、否、ホビット、ドワーフ、ゴブリンは永久に奴らの家畜だ。奴隷植民地下された全民族を解放するには今しかない」


 辛そうに歯を食いしばりながら、信義の目にも闘志が宿る。


「エルフは神の御業を、魔術を使える唯一の種族。だからと言って他種族を奴隷にし侵略していい理由にはならん。我々はエルフの手から世界を解放しなければならない。そしてこの東和に住む無辜の民を守るのだ!」


 信義の眼差しを受けて、男は口元を歪めた。


「合格だ」

「ふっ、礼を言うぞ、鬼龍神羅(きりゅうしんら)」

「いいってことよ」


 鬼龍家当主、鬼龍神羅。ホビット族最強の大英雄にして一人軍隊と言われた男である。


 二〇年前。

 実質一人で信義に勝利をもたらしたと言われる軍神は、二〇年前と同じ姿形のまま、歯を見せて笑うのだった。



   ◆



「ねぇ、戦徒」


 その夜、戦徒達は家ではなく、基地の宿場に泊っていた。明日、第一次遠征第一陣として港を目指す身だ。


 戦徒は隣の布団で寝る愛花へ首を回した。


「どうした愛花?」

「いや、眠っていないのかなって思って、もしかして緊張してる?」


 愛花がこう聞いて来る時は、本当は愛花自身が緊張している時だ。

 だから、こう言ってあげた。


「ああ、緊張してるよ。どうすればいいかな?」

「待ってて」


 愛花は布団の中にもぐると、もぞもぞと布団の中を移動し、戦徒の布団の中に入ってきた。


「あ、愛花? みんないるんだけど、それにそういう事は祝言を挙げてから」


 ここは大部屋で、周囲には同じ小隊に配属された約五〇人の兵士が男女の区別なく寝ている。


「馬鹿、みんなのいるところで……あたしの初めてあげるわけないでしょ、もぉ」


 暗闇の中だが、声だけで愛花が赤面しているのが解る。


「ただ、戦徒はあたしの夫になる人だし、初陣で手柄立てて自信つけて欲しいし。だから」


 愛花は戦徒に覆いかぶさるようにして抱きつき、戦徒の肩口に顔を押し当てた。


「今晩はこうしててあげる」


 愛花の細い腕が、やや強く体に喰い込む。

 愛花の甘くて温かい吐息が戦徒の首筋にかかる。

 愛花とは幼馴染で、ずっと一緒だったが、子供の時から変わらない、やっぱり、愛花は可愛い。


「…………」

 意図せずして、戦徒も自然と腕が伸びる。

 愛花の背に手を回して、そっと抱きしめる。

 大浴場で、農民の女性が言っていた言葉を思い出す。



『早く愛花さんといっぱい子供作ってくださいよ』



 そんな風に言われると、なんだか意識してしまう。


 愛花は気が強くてちょっと……いやかなり暴力的だけど、やっぱり女の子で、肌触りや体の感触が、男のソレとはまるで違った。


 温かい、やわらかい、もっと強く抱き寄せたい。


 女の子のいい香りが鼻腔を刺激する。


 ささやかながらも、確かな胸の感触に心臓が高鳴る。


「……ぁ」


 少し腕に力を入れると漏れた、愛花の声。戦徒の心臓が跳ね上がった。


 なんだか、変な気分を抑えられない。


 『戦場前は気が高ぶって、男も女も夜の営みが激しくなる』


 年上の先輩兵士が、許嫁のいる戦徒に時々このような話をしていたが、どうやら本当らしい。


「愛花」


 名前を呼ぶと、上気した顔で愛花が頭を持ちあげ、戦徒と視線を交わらせる。


「……いく……と」


 互いの瞳に相手の瞳を映しながら、互いの唇が吸い寄せられた。


 ゴクリ

 生唾を飲み込む音に………………………………二人は首を回した。


「「…………え?」」


 見れば、周囲の布団から野次馬根性丸出しで観賞している五〇人の兵士達が二人を取り囲んでいた。


 同じ隊の鈴木四兄弟が兄一郎から順に、

「あ、俺らには気にせず」

「どうぞどうぞ」

「二人の初夜を」

「祝福します」


 八重は「男になりな戦徒」

 和太郎は「知り合いの春画師の良いネタになるかもしれませんねぇ」

 成美は「やぁん、みんなの前でなんて二人ともだいたぁん♪」

 静樹は「ふふふ、不健全です、ですが明日死ぬかもしれない身ですし目をつぶります!」


 他の隊の仲間も口々に思い思いの事を言って、愛花の顔が暗闇でも解るぐらい赤くなって、目に涙を滲ませてガクガクと震えた。


「う、う、う……」

 ついに壊れた。

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああん‼‼」


 布団を飛び出し奇声を発しながら宿場中を全力疾走する愛花。


 明日、出兵を控えた兵士の安眠をもれなく妨害したこの事件は、朝倉愛花の初夜失敗事件として語られ、愛花と何故か戦徒まで滅茶苦茶怒られたのだった。

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