第3話 大浴場パート②異文化の価値観
愛花や成美は他の女性兵士達同様、手ぬぐいを体の前に当てる程度には体を隠しながら、戦徒達とともに浴室へ入る。
東和の性道徳は大陸からは理解されないが、一応、女性は男性に裸を見られるのは恥ずかしい。
ただし、風呂場は裸になって当然の場所であり例外。
個人差はあるが、気にする人でも『なんだか恥ずかしいからあまり見ないでよ』程度。
というわけだ。愛花や成美も、人の往来する街中で裸を晒されたら悲鳴を上げて恥ずかしがるだろう。
逆に、大陸の人も海辺では下着姿程度の露出度も平気だが、街中では恥ずかしいだろう。
それと同じだ。
ちなみに、一〇〇年前に東和に来たエルフが書いた『東和見聞録』という本によると。
『ドラコヘッド島に住む東和のホビット達は、大陸のホビット達に比べて非常に学問、道徳に優れ民度が高い。好奇心や向上心や思いやりが強く、四季を愛し、極めて高い農業工業産業力を有する。セン帝国や南小国群を見た時は辺境の蛮族、文化後進国と思ったが、東和はまるでホビットの皮を被ったエルフのようである。否、エルフが理想としながらも実現できなかった理想の社会を築いている夢の国である。だが一点、ただ私が残念なのはこの国の人間は性道徳が乱れ、男女が共に入浴する事をいかほどにも思っていないのだ』
らしい。
かけ湯で軽く体の汚れを落としてから、戦徒達は湯船に浸かった。
体から訓練の疲れが抜けていく心地よさに、思わず愛花が両手を組んで腕を前に伸ばす。
「あー、やっぱお風呂はいいわねぇ……あーあ、それにしても太平の世も二〇年で終わりかぁ、なんか短かったわね」
「おかげで軍需産業は息を吹き返したし、戦争の大量消費で戦争景気にはなりますが、複雑ですねぇ」
本家が商人の和太郎は商人と武士、両方の目線で感想を漏らす。
戦徒は、父親から聞いた内乱を思い出した。
「先代将軍が急逝して、東和中が無能な長男派と有能な次男派に分かれた世継ぎ戦争か。俺らの親父や爺ちゃん達が出兵した戦いだから俺らは話でしか知らないけど、でもやっぱ信義様はすげぇよな」
戦徒は頭の上の手ぬぐいを下ろし、湯で濡らしてから顔を拭く。
「普通そういう戦いの後は負けた側についた家は取り潰しや領地没収。でなくても下級武士に落とされるもんだろ? そんで浪人が増えて治安が悪くなる」
戦徒の言葉に愛花や成美、和太郎は頷く。
敗者は全てを奪われる。この国の歴史において、武家同士が戦争をして、和睦ではなく明確な勝敗がつけば、敗者は全てを失うのは当然だ。
だが、生き残った敗残兵達の多くは盗賊に身を落とすし、一部の者は戦勝国側への復讐を狙うテロリストになってしまう。
仮に、運よく下級武士として雇われても、不遇の身を恨み謀反を起こす場合もある。
どちらが勝っても、本当の平和など来ないのだ。
だが、戦に勝利した将軍、天宮家次男、信義は宣言したのだ。
「長男側の連中の所領は安堵でお咎め無し。味方には恩賞として金銀は与えたけど戦勝を盾に長男側への不義を禁ずるって、カッコ良すぎだろ」
「ふむ、戦略的に考えれば、おかげで信義公は誰からも命を狙われる事無く、東和の全国民からの厚い支持と良好な治安を得られた。ただ単純な政治的判断とも取れますが、それを実行できるのは素直に凄いと言えますね」
物ごとを損得で考えがちな和太郎の言葉。彼も今の将軍には好印象らしい。
「その太平も、大陸の干渉で終わりですか」
第五の声に戦徒達が振り返ると、算用方の設楽静樹が湯船に入るところだった。
眼鏡は曇るので、頭の上に乗せている。
「税収減の現状は、算用場にいれば嫌と言うほど見せられます。エルフがドワーフ領とホビット領を植民地下に置いたせいで、貿易ができなくなった商人からの税収は減る一方です」
言いながら静樹は、戦徒の胸をぺたぺたと触る。
「あれ? 貴女、愛花ですよね? いつにもまして胸が小さい気が」
「あたしはこっちよ!」
愛花は湯からざばりと立ち上がり、目を吊り上げる。
「申し訳ありませんでした。あまりの胸平ら指数に眼鏡無しでは気付きませんでした」
「あんたも変わらないでしょが! 年下のくせに生意気ね!」
「おーっす、お前ら」
ぶるん という擬態語が質量を伴って現れた。
八神八重。
小柄で幼児体型揃いのホビット達の中で、例外的に豊かな胸を持つ希少な巨乳枠である。
大きく豊満かつ形良い胸は、本人の動きに合わせてやわらかく揺れ、頂点を飾る桜色の先端が男心に突き刺さる。
引きしまったお腹周りや、程良く大きなお尻は、何度見ても見慣れるものではない。
普段は後ろでまとめている長い髪を下ろし、愛花達のように手ぬぐいで前を隠す事なく、八重は大股で堂々と湯船に歩み寄って仁王立ちになる。
「わー、おっぱいおっきぃ」
「ああ、あんたちょっとは前隠しなさいよ!」
成美とは対照的に、顔を真っ赤にする愛花は、震える指で八重を指す。
「ふっ、ガキだねぇ」
腰に手を当て、ニヒルに笑う八重。
周囲の男性陣からは、
「キャー」
「ステキー」
「イケメーン」
「抱いてぇ」
と黄色い声が飛び交っている。
「ガ、ガキって……」
愛花は自分の胸を見下ろすと、急に恥じらうようにして腕で隠す。
「ホ、ホビットの中じゃ普通ぐらいあるもん! ……ん?」
大浴場のお湯は透明なので、愛花の目には、戦徒が太ももをぴったりと閉じる様子がハッキリと見えた。
「ちょっと戦徒。あんた何で今、足閉じたのよ、ねぇ」
愛花は額に血管を浮かび上がらせ、戦徒に詰め寄る。
「べ、べつにぃ……」
「あたしの目を見なさい戦徒」
「…………」
「ちょっと足開きなさい戦徒!」
「いやああああああああ、やめてぇええええええええええ、へんたぁあああい!」
愛花は戦徒の両足を広げようと掴みかかり、戦徒は必死に大事な部分を死守しようとする。
お湯をバシャバシャと鳴らし、湯船から逃げても愛花はなおも食い下がり、戦徒は悲鳴を上げる。
「誰かお客様の中にお役人様はおりませんかぁ! 変態です! ここに痴女いまーす! いやぁああああ、犯されるぅ!」
「黙れこの馬鹿馬!」
複数の女性の声が横槍を入れたのは、その時だった。
「あれ、戦徒ぼっちゃん?」
「ほんとだ、奥方さんも一緒だね」
「今日も仲いいわねぇ」
「早く愛花さんと子供いっぱい作って下さいよ」
数人の女性達に、算用方の設楽静樹がありもしない眼鏡をずり上げる仕草をしながら首を傾げる。
「誰ですか?」
「俺ん所の、龍道家の領地の農民だよ。今日はどうしたんです?」
「当主様から聞いてない?」
「あたしら後方支援の飯炊き係りで明日の出兵に同行するんですよ」
「へぇ、そうなんですか、あっ!?」
戦徒が気を緩めた刹那。
愛花の魔の手が、戦徒の閉じられた足をガバリとこじ開けた。
「ッッ!? ~~~~~~ッッ」
「あっ! ちょっ! 愛花!」
八重の裸を見た戦徒の下半身の状態を目にした愛花は、爆発せんばかりに赤面。
首から耳までを真っ赤に染め上げて歯を食いしばる。
「そんなに巨乳がいいなら……」
硬く握った拳を振り上げる。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼‼‼」
「ドワーフとでも結婚しろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼‼‼」
■■■■
「■■■■■■■■」
この世のどんな文字でも表現不能な程に凄惨な音と、凄烈過ぎる断末魔の声。
今、この大浴場にいる男は大隊長級や猛将を含め、全員が股間を抑え青ざめた。
戦徒は泡を吹き、涙を流しながらうわごとのようにつぶやく。
「おやじ……孫の顔はみせられません……」
農民の女性達は頬に手を当て肩を落とした。
「あたしらの作った乳母車、使う機会ないかも……」
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