第2話 主人公とヒロイン登場。そしていきなり大浴場
違う練兵場では、少年少女達が刀や槍、それぞれの武器を手に模擬戦で汗を流していた。
模擬戦なので、鎧は着ないで着物の袖をたすきで止め、得物も木刀や木槍だが、その目は本気だ。
練兵場は木刀で打ち合う音ではなく、風切り音が吞みこんでいた。
何百人もの少年少女が打ち合っているのに、木刀が打ち合う音はそれほど多く無い。
セン帝国やドワーフ連合国、エルフ達の国など大陸は、全身を鎧で覆い、厚みのある剣で派手に鎧や武器を叩き合う。
だが、東和の鎧は機動性重視で軽く、面積も少ない。
敵の攻撃は防がず避ける。
敵の武器や鎧はできるだけ避けて、鎧の隙間に刃を滑りこませるようにして斬る。
それが東和式の戦い方であり、剣術の基本だ。
武器は消耗品。
決闘と違い、一日に何度も戦う戦場で武器が壊れないようにする為の知恵だった。
少年少女達の戦闘は、教官の鳴らした一発の太鼓で終わりを告げた。
「本日の訓練はこれまでとする! 明日はいよいよ大陸へ出兵だ。全員、今日はよく休むように!」
『はい!』
少年少女達は皆、体をほぐしながら練兵場を後にする。
そんな中、龍道戦徒(りゅうどういくと)も同じようにして肩を回した。
「あー疲れた、さっさと風呂行こうぜ」
ついさっきまで彼の相手をしていた少女、朝倉愛花(あさくらあいか)は同意しながら息をつく。
「さんせー、でもフルーツ牛乳売り切れなんだろうなぁ……」
あからさまに肩を落とす愛花。ちなみに戦徒の許嫁である。
「しょうがないだろ。南小国群が全部植民地化されて南国果実が輸入できなくなったんだから。一日限定一〇〇本すらいつまでもつか……」
戦徒が眉根を寄せると、愛花は握り拳を震わせ両目を燃やす。
「あんの馬鹿エルフどもめ~、あっちもこっちも植民地化しまくってもぉ。このドラコイア世界はあんたらのものかっつーの!」
「実際あいつらはそのつもりなんだろ?」
「きゃっほーい♪ 何々夫婦そろって何のはなしー? 混ぜて混ぜてぇ♪」
背後から、やや小柄な少女が飛び付いてきて、戦徒と愛花の肩に両腕をそれぞれ回した。
幼馴染の中島成美(なかじまなるみ)だ。
ちなみに、三人とも今年で十四歳になる。
「エルフのせいで南国果実が入ってこないって話だよ。もっとも、ドワーフの鉄製品も入らなくなったし、逆にこっちの商品もバカ高い関税かけられて輸出量がガタ減りだよ」
「その話なら、うちの本家でも話題に上がってますよ」
話しかけて来たのは一歳年上の四月朔日和太郎(わたぬきわたろう)だ。
背が高く細身、なかなかの美系だ。
商人上がりの武家で、本家が商人、分家が武士をやっているという異色の家系である。
それでも、子供の頃は本家の商店へ修業に行かされるらしく、そこで経済や情報戦の勉強をしてから幕府に仕えているらしい。
戦徒達の話が波及して、大浴場へ向かう周囲の少年少女も同じような話題を上げた。
本来、ホビットとドワーフは仲が良く、互いに密な貿易関係にあった。
ドワーフは鉄工業製品や地下資源を、ホビットは農作物や魚といった食料品や布製品を輸出し合っていた。
ホビットの中でも南小国群は南国果実、大陸言葉で言うところのフルーツを大量に東和に輸出していたし、東和は南小国群に衣類や木工製品、食料品など衣食住に関わる本当に多くの製品を輸出していた。
だがエルフがホビット領の南小国群とドワーフ領を植民地化した事でそれらの商品は輸入できなくなり、こちらの商品も売れなくなってしまった。
和太郎は額に手を当てて息をつく。
「エルフのせいで東和の貿易業界は大打撃。しかもエルフは今、セン帝国を侵略中で、東和にもいつ来るか解ったものではありませんねぇ」
「同じホビット達がどんどん奴隷植民地にされて、経済攻撃されて、侵略戦争しようと迫って来ていて……信義様がエルフ三国に宣戦布告したのも分かるよ」
戦徒の口から、重たいため息が漏れた。
大陸の遥か西、レヴニア、サクソニア、ラテニアのエルフ三国は、長きに渡り三竦みの戦争状態だった。
だが、やがていがみ合うことをやめ、矛先を外に向けた。
ゴブリン達は既に奴隷状態だったが、今まで対等な貿易をしていたはずのドワーフ連合国へ侵攻。
大陸中央に住むドワーフを奴隷にした今、今度は大陸の東に住むホビット達の国へ侵攻中というわけだ。
「そういえばさ戦徒。セン帝国っていったらグラナダ鉱山の話聞いた? あれどういう事よ!」
愛花が戦徒の腕を引き、不機嫌そうに頬を膨らませる。
愛花は気が強くておしとやかさに欠けるが、彼女のこういう表情はちょっと可愛いと、戦徒は好きだった。
「今、セン帝国は西から東に向けてどんどんエルフに侵略されているからな。戦争物資確保の為に、グラナダ鉱山が必要になって惜しくなったんだろ?」
成美が眉尻を下げて、戦徒にもたれかかる。
「にゃ~、なんかそれ酷くない? グラナダ鉱山もらう為の援軍派遣ってあたしのお爺ちゃんも参加してるんだよねぇ~」
戦徒にじゃれる成美。愛花がムッとする。
「ちょ、成美くっつき過ぎよ、一応戦徒はあたしの」
「成美なら別に今更だろ?」
愛花の顔がことさらムッとした。
「あんた、今日あたしの背中流しなさい」
「え? 背中ぐらい自分でやれよ」
「いいから流す!」
「はい!」
両肩を跳ね上げ、まるで上官を相手にしたように敬礼をする戦徒。
まわりの人達は『またいつものか』とばかりに呆れ顔だ。
「じゃあお前も俺の背中を」
「自分で流しなさい!」
「…………はい」
戦徒は寂しそうにうつむいた。
その姿を、成美はニヤニヤしながら眺めるのだった。
◆
「そういえばさぁ、知ってる戦徒?」
軍の大浴場に着くと、愛花は脱衣所で着物を脱いで竹籠に入れながら戦徒に問いかける。
「知ってるって何がだよ?」
「大陸の大衆浴場って男用と女用に分かれてるんだって」
「は? 分けるってなんで? 市民用と奴隷用に分かれているのなら聞いた事あるけど」
戦徒はふんどしを解きながら首を傾げる。
そこへ和太郎が口を挟む。
「確か風紀が乱れるかららしいですが、どうにも解りませんねぇ。街中や室内ならともかく風呂は元から裸になる場所ですし。厠で下半身を露出させたからといって恥じる者はいないでしょう」
「そうだな……」
言いながら、戦徒は視線を落として愛花の裸をまじまじと見る。
「ッ、ジロジロ見てんじゃないわよっ」
愛花はやや頬を染めながら、戦徒の頭に手刀を叩き込んだ。
戦徒は小声で『すまん』と謝る。
「え~、でもさぁ、それじゃあ大陸って相手が服の下に刺青してないかとか、傷跡ないかとか、胸につめものしてないかとか、分かんないまま付き合うの?」
成美の言葉に一同が『あ~~』と声を上げながらアゴに手を当てた。
「…………」
戦徒の視線が落ちて、成美の裸体を観察する。
「どこ見てんのよ!」
愛花の拳が炸裂。
戦徒はわき腹をえぐられ『ぐえっ』と情けない声を上げる。
「ちょっ、お前のは見てな」
「許嫁以外の裸をわざわざ見るなんて浮気よ!」
「ええ~! なんか理不尽」
―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―—―
豆知識ですが、江戸中期以前の日本は男女混浴が普通でした。
それを老中の松平定信さんが、けしからん、ということで禁止しました。
日本は古来より裸に寛容で、裸に対する嫌悪感、批判は無く、そのことを宣教師も驚いていたようです。
補足
羞恥心がない、裸が平気、という意味ではないと思われます。
現在でも、海なら水着でも平気ですが、水着姿で街中を歩くのは恥ずかしいですよね?
それと同じで、江戸以前の日本人は、異性、男女間でも、
『いや、風呂場だし……』
という感覚だったのでしょう。
それと以前、テレビで北欧のとある国のサウナ文化を紹介しているとき、今でも混浴でした。
番組スタッフが、男性客の前で裸で恥ずかしくないのか、と女性客にインタビューすると、サウナで裸は普通でしょう、という解答でした。
間違っても、本作のヒロインたちがヌーディスト、というわけではないのでご注意ください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます