勘違いエルフ国家に鉄槌を下すホビット武士団

鏡銀鉢

第1話 プロローグとキャラクター紹介エピソード

「人間とは我らエルフを指す言葉。劣等民族たるドワーフ、ゴブリン、ホビットは猿だ」


 一人のエルフ、アドラーが血まみれの死体が転がる村を、ゆったりとした足取りで闊歩しながら周囲を睥睨する。


 すぐ後ろを歩くエルフ達の一人が、


「おっしゃる通りでございます」


 と眉目秀麗な顔で笑みを作る。


 金色の髪、金の瞳、白い肌、長くとがった耳、スラリと高い長身。


 そして豪奢に着飾った仕立ての良い軍服。


 先頭を歩くエルフと後ろのエルフ達とでは生地からして違う。が、着古した無地の服を着る村のホビット達とは別格、という点においては同じだ。


 血臭に慣れた軍人エルフ達は、ゴブリン達の得物で切られ刺され悲鳴を上げるホビット達の姿を見ながら鼻で笑う。


「おいゴブリン共、あまりやり過ぎるなよ。労働力が減る。どうしても殺したければ老人にしろ」


 赤い髪に赤い目、赤い肌のゴブリン達は自然な媚び顔で頷いた。


 ゴブリン達は剣や槍でホビット達を蹂躙するが、ゴブリン達の足首には銅輪がはめられている。


 彼らは皆、奴隷だ。

 それもいつ死んでもいい、死兵。使い捨ての道具。


 エルフの軍隊は、自分達エルフにだけ許された奇跡の技、魔術で村を襲った。


 村人が混乱しパニックになると、奴隷兵であるゴブリン達を放ち、村を蹂躙する。いつもの手だ。


「しかし見事な畑だ。やはりホビット領は土と気候がいい」

「ゴブリンに戦わせ、ドワーフに鉄器を作らせ、ホビットに作物を作らせる。野猿に山猿に森猿、猿という資源は便利ですなぁ」


 山岳地帯に住むドワーフと違い、ホビットは森林地帯に住んでいる。


 厳密には森林を切り開いて作った村にだが、森林ができる程の土壌と温かい気候は農作に適する。事実、この南小国群は国力こそ低いものの、食糧生産率だけならエルフ達の大国を超えている。


「何にせよ、これで南小国群は全て植民地にした。残るセン帝国を滅ぼし森猿共を征服したら……クク、最後は島猿共だ。手に入れるぞ、竜の頭をな!」



   ◆



「それでは話が違います!」


 ホビット領最大の帝国、セン帝国城謁見の間で、東和国の使者は声を張り上げた。

 今この場にいるのは全員、黒髪黒目で黄色い肌、そして全人種中もっとも小柄で童顔な人種、ホビットだけだ。


 使者は真剣そのものだが、他の人種がこの場にいれば、子供同士の喧嘩に見えるだろう。


「大陸グラナダ鉱山は四〇年前、貴国の援軍要請を受け内乱を鎮圧した報酬として正式な書類手続きを踏んで我が東和に譲渡されたはず! 今年に入ってから続くセン帝国軍の侵攻は明らかに条約違反です!」


 使者は、玉座に座る皇帝を前に、一歩も引かず敢然と言う。


 だが、謁見の間の中央を通る、レッドカーペットの左右に並ぶ鎧の騎士達は、喉の奥で失笑を漏らした。


 大陸では、島国である東和の民族衣装である着物は珍しい。


使者が大陸に渡り、セン帝国に入国してから奇異の眼差しはあったが、明らかにそれとは別のモノを感じる。


 皇帝が口を開いた。

「我らはそのような取引はしておらん。我ら偉大なるホブホビットは寛大ゆえ、貴様らサブホビット共が鉱山の石炭を盗んでも目をつぶっていた。だが我らが手を出さないと分かると貴様らは増長し、四〇年もの長きに渡り我が国の資源を盗み続けたのだ」


 使者は【サブホビット】という呼び方をやめるよう言いたかったが、吞みこんだ。

 ホビット領に存在するセン帝国、南小国群、東和に住む人間は全員ホビットだ。


 だが、ホビット族最大の領土と人口を誇るセン帝国は、自分達を優れた血統、選ばれし高貴な民族としてホブホビットを自称している。


 さらに、工業力軍事力に劣る南小国群のホビット達をレッサーホビット、東和のホビット達をサブホビットだとか島ホビットと呼び見下している。


 皇帝は眉間にしわを寄せ、憎らしげに東和の使者を見据えた。


「余の寛大さも無限ではないぞ盗人共!」

「ですがここに譲渡の証が!」


 使者は懐から書簡を取り出すと、その場で広げて見せる。


 そこには譲渡証としての必要事項を全て満たした内容、そして当時のセン帝国皇帝の署名と王印がしっかりとされている。


「それはねつ造だ」

「……ね、ねつぞう?」

 使者は思わず聞き返してしまう。


「貴様ら島ホビット共が大陸に領土を持つはずがない。我がセン帝国が劣等国である貴様ら東和に援軍要請などするはずがない。四〇年前、我が国の内乱に乗じてセン帝国転覆をはかり東和軍が攻め込んできた歴史を援軍とねつ造し、よくもそのようなたわごとが言えたものだな! 我が国への侵略欲が未だ消えないと見える」

「侵略? セン帝国転覆?」


 使者は皇帝の言い分に唖然としてしまう。

 この男は正気なのだろうか?


 この皇帝、いや、この謁見の間にいる全てのセン帝国民は虚構と現実の区別がついていない。


 凝り固まった選民思想の塊である彼らは、自尊心を満たすのに不都合な事実は全て握りつぶす。それは今に始まった事ではなかった。


「不愉快だ。この無礼な使者を東和へ送り返せ!」

「ま、待って下さい皇帝!」


 使者の言葉は通じない。

 死者は鎧騎士達に拘束され、力づくで謁見の間から運び出される。

 皇帝は遠ざかる使者へ、土産とばかりに言い捨てる。


「文化後進国である貴様ら東和の矮小なサブホビットは知らないのだろうがな。人の物を盗る事を泥棒と言うのだぞ。ははははは!」


 近衛兵達も哄笑して、鎧の音が謁見の間を満たした。



   ◆



 大陸における島名ドラコヘッド。国名、東和。

 大陸の東の海に存在する世界最大の島であり極東の島国。

 大陸とは一線を画した文化風俗を持つ東和。


 征夷大将軍たる十六代将軍天宮信義(あまみやのぶよし)のおひざ元である首都、江戸の東和軍基地では、今日も武士達が忠勤に励んでいた。


 算用場では算用方である算用武士達が、膨大な資料から戦争に必要な物資、予算、使った資金や残りの物資など、割り当てられた計算を延々と続ける。


 誰もが机の上の帳面とソロバンに集中し、顔を上げない。せわしなくソロバンをはじく音が、こぎみ良く沁み渡る部屋に、ミスマッチな柱時計の音が鳴る。


 算用武士達は一斉に顔を上げて背筋を伸ばしたり、肩を揉みながら柱時計へ視線を投げた。


 昔は城や寺の鐘で時間を計っていたが、ドワーフ連合国から輸入されたこの時計も自国で作れるようになり、今では国の各施設の各部署に行きわたっている。


 東和人の優秀な時計職人もどんどん育っている。


「設楽、設楽静樹(したらしずき)」


 算用方が今日の業務を終え、帰り支度をする中、一人の少女が呼びとめられた。


 設楽静樹。

 眼鏡をかけた小柄な少女で、下ろしたてのような着物をきちっと着こなし、ソロバンをはじく間も背筋を伸ばしたままの姿勢から、彼女の勤勉ぶりが滲み出ている。


「なんでしょうか?」


 算用頭の男性に呼びとめられ、静樹は眼鏡の位置を直しながら彼を見上げた。


「いやなに、お前も明日から出兵の身だ。我ら算用方は後方支援と言っても戦場は戦場。何かやり残したことがあったらと思ってな」

「お心遣い感謝致します。ですがご安心を、家族親戚ご近所の皆様全員への挨拶周りと遠方に住む親戚への手紙、お百度参り、厄払い、おみくじ、お守り、千人針、全て済んでおります」


 静樹は右手でピッと敬礼をして淡々と語った。


「では、わたくしはこれで」


 頭を下げて、静樹は算用頭に背を向けた。

 彼女の実家、設楽家は代々刀ではなくソロバンを以って忠義を尽くす算用方の家系だ。


 その三女である静樹は十歳の頃から算用場勤めを始めた。だが、まだ十三歳だ。


 大陸出兵組に抜擢されたのは良い事だが、算用頭としては、その小さな背中に不安も感じてしまう。



   ◆



 鍛冶場。

 密閉された高温空間。

 ふいごの力強く風を送り込む音。

 炎の燃え盛る荒々しい音。

 そしてたくましい男達の掛け声と鎚を下ろす金属音が広い大鍛冶場を満たす。


 男達は頭にてぬぐいを巻き、全身から汗を噴きだしながら赤く熱した鋼を打っていく。

 そんな中、一人の女、いや、少女が大きく息を吐き、仕上げた刀身の刃を見分してから頷き、壁にかけた。


「おし、先に上がるよ」


 その少女、八神八重(やがみやえ)の背に男達が次々に『おつかれ!』とねぎらい浴びせた。


 八重は鍛冶場から出ると上半身の着物をはだけさせ、胸を出した。


 小柄で幼児体型揃いのホビット達の中では珍しく、それなりに量感のある乳房だ。


「あっついねぇー、親方、じゃああたしちょっと湯浴みに行ってくるから」

「いいけど脱ぐのは向こう行ってからにしろよ」


 中年の親方が口を尖らせた。

 ただし、中年と言っても、ホビットなので外見は若く見える。

 エルフからすれば、未成年だろう。


「ん? ……あー」


 八重は自分の形良い豊乳を見下ろして、両手で隠す。


「見るなよスケベ」

「えーーーー、おめぇにそれ言われるとすっごい理不尽」


 八重が明るく笑いながら歩き出すと、曲がり角からは数えきれない程の銃声が聞こえて来る。


「おっ、今日もやってるねぇ」



   ◆



 外の広い練兵場では銃兵達が横一列に並び、大陸単位で一〇〇メートル先の藁束に向かって引き金を引き続ける。


 それも、九度連続でだ。

 銃弾はその全てがしっかりと藁束に命中している。

 黒色火薬の匂いに包まれながら、教官がほれぼれする。


「この九六式小銃は素晴らしい銃だな」

「はっ、射程、威力、命中精度、連射性。ドワーフ達のミニエー銃、シャスポー銃、ウィンチェスター銃のいずれよりも勝っております」

「それが今回の出兵では五〇万丁、弾は五億発か」


 教官は鼻で笑うと、素早く背中の九六式小銃を引き抜き、ほぼ同時に引き金を引いた。

 火を噴いて放たれた弾丸は銃兵達の間を縫って進み、藁束のド真ん中を貫通した。

「勝てるぞ、エルフにな」


 教官の口元が、不敵に歪んだ。

  

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