Ⅱ 人狼には銀の弾丸を
それから数時間……まったく何も起きねえまま、夜は無駄に更けてゆく……。
「――おかしいな。今夜はこんなに煌々と満月が輝いてるってのに誰も変身しねえ……」
俺達容疑者も自警団もともに時間を持て余し、気だるい空気の流れる店の中を見回すと、ヘボ探偵がさすがに焦りを覚えだした様子で首を傾げる。
「ふぁ~あ……当たりめえだっつーの。だから言ったろ? 満月見て人狼が変身するなんざただの迷信だって…」
だが、カウンターで頬杖を突き、大あくびをあげながら俺が嫌味を言ったその時。
「キャアァァァァーッ!」
突然、屋外から衣を劈くような女の悲鳴が聞こえてきやがった。
「…!」
一瞬にして店内の雰囲気はガラリと変わり、ピンと張り詰めた空気が俺達の間を支配する。
「やっとお出ましになりやがったか! 見ろ! 俺の読み通りじゃねえか! どうやらここに集めたやつら以外に人狼がいたみてえだ!」
女の悲鳴を聞くと、探偵は嬉々とした顔でそう叫びながら、短銃を片手に一目散で店を飛び出してゆく。
「読み通りって……俺達の中に犯人いなきゃ大外れだろう!? ったく……にしても、ほんとに人狼なんて
ポジティブすぎる
なにやら騒然とする気配を頼りにして、蒼白い月明かりに染まる石畳の路地を駆け抜け、探偵はそこの角を曲がって裏道に入る……一足遅れて俺もその角を曲がると……。
パァァァァァァーン…!
同時に乾いた銃声が静謐な石造りの路地裏に響き渡った。
「おお! ほんとにいやがったか……」
目に飛び込んで来たその景色に、俺は思わず素直な感想を漏らす。
俺の目の前には、銃口から細い白煙の上がる短銃を構えた探偵野郎がこっちに背を向けて立っている……その十数歩行った所の地面には真っ赤な血だまりの中に横たわる娼婦と思しき若え女の死体……だが、その女をそんな姿にしたのは探偵の銃じゃねえ……女の胸元には三筋の爪で引き裂かれたような深い傷がついている……。
そして、その
月光に輝く、ふさふさとした銀色の毛に全身が覆われ、頭にはピンと尖った三角の耳と突き出した口に並ぶ鋭い牙……両の手にも大きく鋭利な爪が生えている……その上、おまけに尻にはこれまたふさふさの尻尾までありやがる。
例えるなら、ガタイのいいオオカミが二本足で直立している感じとでもいったところだろうか?
だが、そのオオカミも右の二の腕を左手で押さえ、その銀色の毛がドス黒いもので濡れているのが月明かりの反射でわかる。
「チっ…仕留め損ねたか……」
一方、ヘボ探偵は銃口をなおも向けたまま、苦々しそうに舌打ちしている。おそらく、やつの放った銀の弾丸にやられたんだろう。
「グウウウ……」
「あっ! 待ちやがれ!」
一瞬の後、俺を見たその人狼は奇妙な呻き声を発すると、咄嗟に身を翻して裏路地のさらに脇道へと飛び込んで消える。
「……クソっ! どこ行きやがった!?」
「逃げ足速すぎるな……どっかに抜け道でもあんのか?」
俺達もすぐに後を追ったが、そこにはもう人狼の姿はなかった。
「速えだけじゃねえ。撃ち漏らした時のために、ここいら一帯にはこの『シグザンド写本』にある魔法円で結界を張って、魔物は外へ逃げられねえようにしておいたんだ。なのにどうして……」
俺の言葉を受け、探偵はそうボヤきながら一冊の〝魔導書〟と思しき黒い革装丁の本と、星形の図形の描かれた羊皮紙を懐から出して見せた。
「アホか。霊体の悪魔ならともかく、実体のある人狼にそんなもん利くかよ……てか、なんで、んな
浅はかな探偵の知識に思わずツッコミを入れる俺だったが、それよりももっと見過ごせねえ事実に時間差を置いて気づき、大声でさらに重ねてツッコむ。
「フン。いいんだよ。これは世界唯一の怪奇探偵として必要不可欠な道具だからな……不法所持だけど」
「やっぱり不法所持か……てめえの方こそ禁制無視した犯罪者じゃねえか!」
だが、探偵はまたよくわからねえ独自のルールで自分を正当化し、まったく悪びれる様子もねえ。
「と、とにかく、今は犯人の行方だ! 一旦、月光亭に帰ってリハルドさん達に知らそう。遺体も片付けねえと」
そして、話を逸らすかのように踵を返すと、足早にもと来た道を帰って行った――。
※挿絵↓
https://kakuyomu.jp/users/HiranakaNagon/news/16817330668645682116
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