Le loup-garou sous la lune ~月下の人狼事件~

平中なごん

Ⅰ 怪しい奴らには身柄拘束を

 聖暦1580年代末、9月の満月の夜、エルドラーニャ島サント・ミゲルの飲み屋街――。


 俺は今、この橙色オレンジのランプが灯る夜の街の片隅で、理不尽なことにも身柄を拘束されている。


 いや、拘束されているといっても別に縛られているわけじゃなく、立ち寄ったBARバルに軟禁状態となっていると言った方が正確だ。


 もっとも、本気になりゃあ力に訴えて逃げられなくもないんだが、なんといってもここは世界最大の版図を誇るエルドラニア帝国さまの新天地(※新大陸)における拠点都市だ。


 治安維持のための衛兵もうろちょろいるし、すぐ近くには守備艦隊の駐留する要塞もあって、おまけに〝白金の羊角騎士団〟なんていう海賊討伐専門の精鋭部隊までいやがる。


 騒ぎになりゃあ面倒なことになるのは必至だし、こちとらご覧の通りの叩けば埃の出る・・・・・・・いいご身分だ。とりあえずはおとなしくしてた方が利口ってもんだろう。


 そもそもの発端は、うちのお頭・・に遣いを頼まれ、ねぐらのあるトリニティーガー島からわざわざこっちへ渡ったことに始まる……。


 ま、その遣い自体はいつものことなんでわけもなく済んだんだが……帰りにその遣いで得た金をちょっくら拝借して、ちょいと一杯ひっかけていこうとしたのがいけなかった。


 っても、せっかくサント・ミゲルに来たんだ。普段飲んでる上品さの欠片もねえトリニティーガーの場末の安飲み屋とは違う、洗練された都市文化薫る店で旨え酒を飲みたいと思うのが人情ってもんだろう。


 だが、どうやら日が悪かったらしい……そういわれてみりゃあ、今夜は〝満月〟だ。


「俺達が何したってんだ! どうしてこんな目に遭わなきゃいけねえんだよ!」


「そうだ! 早く帰してくれ!」


 蒼白い月明かりの射し込む窓辺の席で、俺同様、拘束されて連れて来られた人相の悪ぃ男が二人、椅子から腰を浮かせると声を荒げて抗議をする。


「だから、もうしばらくの辛抱だって言ってんだろ? すぐに片がつく。ま、もし何事もなかったら朝日が昇るまで待ってもらうことになるけどな」


 そんなお行儀の良くねえ客達に、灰色のジョストコール(※コート)に赤いチェックのスカーフを巻くなんざいうスカした格好の若造が、面倒臭そうに三角帽トリコーンを取って、茶色い巻き毛の髪を掻き上げながら答えた。


 なかなか雰囲気のいいこのBARバル「月光亭」で上機嫌にタパス(※一品料理)とエルドラニア産ワインに舌鼓を打っていた俺は、突然、この探偵ディテクチヴとかいう胡散臭え商売の若造と、この飲み屋街の自警団に取り囲まれ、他数人の俺と同じような輩とともに明日の朝までこの店の中へ閉じ込められた。


 なぜそんな仕打ちを受けたかといえば、その探偵野郎の戯言たわごとによるとだな――。


「ここ数ヶ月、満月の夜になるとこの界隈に人狼ルー・ガルー――いわゆる狼男が現れ、残忍に人が殺されてる……今夜も必ず現れるはずだ! だが、バケモノとはいえ変身前は普通の人間と見た目変わんねえから見分けがつかねえ。そこで、今夜この街にいた、あんたらいかにも怪しいやつらを一堂に集めて見張ることにしたんだ。人狼は満月を見ると変身するっていうからな。その内、我慢しきれなくなって狼の本性を現すだろうよ」


 ――とのことらしい。


 どうやら探偵ディテクチヴってのは雇い主の依頼で犯人捕まえたり、護衛したり、人探ししたりする、言ってみりゃあ私的な衛兵のような商売らしいんだが、普通に考えて人狼に住民が襲われるような事件が起きりゃあ、それこそサント・ミゲルの役人やら衛兵やらが出張ってくるのが筋ってもんだろ。


 なのに、どうしてこんな胡散臭え若造と自警団だけで始末しようとしているのかと疑問に思ったんだが……それは、この店の経営者であるとともにここら一帯の地主で、この飲み屋街の顔役的な立場でもあるハコブ・リハルドという男が、お上・・に訴えようとする飲み屋の連中に反対したからなんだそうだ。


 そいつの言い分では――。


「そんなことをしたら、この界隈には人狼が出るというウワサがサント・ミゲル中に広がり、店にも客が寄り付かなくなる。そうなったら君らも、君らから地代を頂いている私も困ったことになるぞ?」


 ――というわけだ。まあ、一理あるっちゃあある。


 とはいえ、このまんまじゃ飲み屋の連中もおちおち商売なんてしてられねえし、その折衷案として出されたのが、そこのどこの馬の骨ともわからねえ探偵とかいうのに任せることだった。


 なんでも、普通の探偵は数いれど〝怪奇探偵〟とかいう人外のもの・・・・・を扱う専門だと謳った広告配ってたのを奇遇にも見つけ、そんでちょうどいいと雇ったんだそうだ。ますます胡散臭えこと限りねえ……。


 んでもって、その探偵の提案でさっき言った「満月の夜に怪しいやつらを全員拘束して見張る」作戦が取られることになったんだが、ついてねえことに、偶然居合わせたこの俺もその〝いかにも怪しいやつら〟の一人に選ばれたというわけだ。


 なんとも失礼な話だが、まあ、俺はここじゃ見慣れねえ顔の余所者だし、一応、カタギじゃあねえ・・・・・・・・部類の人間だからそこは仕方がねえ。


 だが、こいつの目論みは根本的に間違っている……。


「おい、んな満月見て人狼が変身するなんざ、ただの迷信だ。どっかの芝居だかでそんな演出したのが大人気を博したらしく、そんで巷じゃそう信じられてるようだけどな」


 カウンター席で残りのワインをかっ食っていた俺は、奇遇にも知っていたその事実を探偵野郎に指摘してやる。


「フン。そう言って俺を惑わすつもりだな……だが、このハードボイルドな名探偵カナールさまは騙されねえぜ。やっぱり俺の睨んだ通り、あんたが一番怪しい。あんた、ここらじゃ見かけねえ顔だな。トリニティーガー島の住人だろ?」


 ところが、探偵野郎は俺の言葉に微塵も耳を貸す気はねえらしく、その原住民との混血らしい浅黒い顔を歪めると、鼻で笑いながら碧の眼で俺を睨みつけた。


「はあ! だったらなんだってんだよ? 俺はフランクルの生れだからな。その顔・・・からして、てめえもよく承知のことだろうが、ここではエルドラニア人じゃねえもんの肩身はせめえ。俺らそれ以外はトリニティーガーに住んでるやつの方が多いってもんだぜ」


 新天地の大半はエルドラニアの領土であるため、やつらの独壇場だ。トリニティーガーはこのエルドラーニャ島の北に位置するなんもねえ小島だが、故にエルドラニアに敵対するフランクル王国やアングラント王国なんか出身のあぶれもんがいつの頃からか住み着き始め、今じゃ海賊やゴロツキどもの巣窟と化している。


 ま、俺も他人のことはいえねえ、そのトリニティーガー在住のろくでなしなんで、そういうことで疑いを向けてるんだと思ったんだが……。


「そんなこたぁわかってるさ。そういう意味で訊いたんじゃねえよ。俺はな、この一件、〝禁書の秘鍵団〟の一員、〝リュカ・ド・サンマルジュ〟の仕業だと踏んでんだ」


 探偵野郎は自信ありげな笑みを浮かべると、そんな予想外のことを言い出しやがった。


「き、禁書の秘鍵団のリュカ・ド・サンマルジュだと!? あ、あの魔導書を専門に狙う海賊一味の狼人間か!?」


 てめえらも負けず劣らずの悪人面でなにビビってんだって話だが、その悪名高い名前には、俺と同じ拘束された容疑者の一人が驚きの声を上げる。


「その通り。フランクル王国の出身で、その残忍さから故郷のジュオーディン地方を恐怖のどん底に陥れた……人呼んで〝ジュオーディンの怪物〟。この新世界で〝人狼ルー・ガルー〟つったら、一番に思い浮かぶのはこいつだからな」


 それに答え、探偵野郎はキザにパチンと指を鳴らすと、そのどうやら超有名らしい狼男について補足説明を加えてくれる。


「言うまでもねえが、悪魔の力を操る方法の書かれた〝魔導書〟はプロフェシア教会の意向によってエルドラニアをはじめ多くの国でその無断所持と使用が禁じられてる。ただでさえ、んな権威にケンカ売ろうなんていう頭のイカれた連中だ。その一味の狼男なら、満月に気が昂って人を襲うなんてのもおかしな話じゃねえ……あんた、さっきフランクルの出だって言ったな? ますます怪しいぜ」


 やれやれ、うっかり余計なことまで言っちまったようだ。探偵野郎は三角帽をキザに直しながら、ますます疑念を込めた目で俺にガンをつけてきやがる。


 ずいぶんな言われようだが、まあ、確かに新天地一有名な〝人狼〟といったらそうなるだろうからな……トリニティーガーの海賊どもなら〝リュカ・ド・サンマルジュ〟についてよく知ってるだろうが、こっちのエルドラニア人には知るやつも少ねえだろう。


 もとより〝人狼〟なんざ、忌避されるべき恐怖の対象でしかねえ。ウワサが一人歩きして、残忍に人間を喰らう凶暴な狼ぐれえに思われてても無理はねえ話だ。


「そういうてめえだって、フランクル系だろ? 〝人狼〟のことを〝ルー・ガルー〟と呼んでるが、そいつはフランクル語だ。てことは、そう言うてめえだって怪しいじゃねえか」


 余計な情報を与えてますます容疑をかけられちまったが、このまま濡れ衣を着せられるわけにもいかねえ。俺は探偵野郎の推理を逆手にとってそう反論してやった。


「フン。確かに父親はフランクル人だが、母親は現地人でフランクル要素は半分だし、俺は探偵であって海賊じゃねえ。一方、あんたのそのどっからどう見ても船乗りしてますっていうなり! トリニティーガーの船乗りっていやあ海賊以外ありえねえじゃねえか! あんたの方が二つも条件満たしててチェックだぜ。後はこれで月見て変身すりゃあ、もうチェックメイトだ」


 だが、やはりはなっから聞く耳は持ってねえらしく、よくわからねえ理屈を捏ね繰り回して反論し返してくる。


 ダメだこりゃ。何を言っても無駄だろう……。


「ハァ……んじゃあ、百歩譲って俺がその人狼に変身したとして、んな凶暴なバケモノ、どうやって退治する気だよ? まさか衛兵でも、ましてや武勇に秀でた騎士でもねえトウシロウだけでなんとかなるとでも思ってんのか?」


 仕方なく俺は話題を変えると、包丁やらフライパンやらを緊張の面持ちで握りしめている飲み屋街の自警団員達――つまりは飲み屋の店主や使用人やらを顎で指し示した。


「なあに、このハードボイルドな探偵カナール様にぬかりはねえ。そのために専用の武器を用意した……この銀の弾丸を込めた短銃よ。昔っから人狼の弱点は銀の弾丸と相場が決まってるからな。加えて、もし撃ち漏らした時の備えもちゃあんと仕掛けてある。いくら悪名高き海賊の人狼といえども、このカナール様に目をつけられたが最後、もう逃れないぜ。ハーッハハハハハ!」


 俺の質問に探偵野郎は懐から一丁の短銃を取り出し、自慢気に見せびらかしながらバカ笑いをして見せる。


 何がハードボイルドだか、こいつ自身もそんな強そうには見えねえし、仮にも容疑者である俺達に手の内を明かすところからして間抜けな野郎だ。


 目論み通り、俺以外のやつらの中に犯人の人狼がいるかどうかは知らねえが、ま、せいぜいハーフボイルドにならねえよう気をつけることだな。


「ハァ……さすがは探偵、そいつは恐れ入谷の鬼子母神だぜ……」


「ともかくもカナール君、くれぐれも騒ぎが外に広まらんよう、なるべく穏便に頼むよ? ウワサが立っては商売あがったりだからね」


 シラケた目でヘボ探偵を見つめ、大きな溜息を吐きながら嫌味を言う俺だったが、すると赤い絹製のプールポワン(※上着)にオー・ド・ショース(※短パン)という上等な身なりのチョビ髭紳士が、自警団の背後から出てきて探偵にそう告げた。


「ええ。わかってますよ、リハルドさん。依頼主の期待に応えるのがハードボイルドな探偵ってもんだ。他の店にいる客も気づかねえ内に鮮やかに解決してみせますよ」


 どうやらそいつがこの街の顔役だからしく、驕り高ぶった探偵野郎に迷惑そうな顔で釘を刺すが、どっからその自信が出てくるものか? 探偵はよりいっそう胸を張って嘯く。


「それじゃ、私は少々疲れたんで休ませてもらうけど、くれぐれもよろしく頼むよ?」


 俺ばかりじゃなく、やっぱり依頼主もこのアホウを信頼しちゃあいねえらしい……人狼のこととはまた別の問題で不安そうにもう一度念押しすると、一人で店の二階にある自室へと引き上げて行った――。


※挿絵↓

https://kakuyomu.jp/users/HiranakaNagon/news/16817330668049490397

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