第16話 街(2)
街の外に出たリコラとユージンは、さくさくと草むらを突き進んだ。正規ルートを外れ、モンスター達の住処を横切る。
モンスター達は困惑の面持ちでリコラ達を見上げ、オウムモドキが「ちょっと通るだけだかんな~」暢気な声音で返した。
彼等は、ダンジョンよりも複雑なルールを強いられた子達だ。
現れた勇者のレベルを察し、適切なレベルのモンスターが対応する。基本的に勇者しか訪れないダンジョンとは異なり、ただ移動するだけの人も多くいるから厄介だ。
うっかり一般人を怪我させれば、モンスター達の居場所は瞬く間に淘汰されるだろう。
「それにしても、お前さん、どこ連れてく気だよ。聞いてねぇぞ」
「あぁ、もうすぐ着くよ」
意外と居心地が良いのか、鞄に入ったままのオウムモドキは退屈そうにポリポリと頭をかいている。先を行くユージンは、手に持っている端末で地図を確認しながら「この辺りのはず」と呟く。
それから間もなく。
眼前に現れたのは、裏側とは思えないほど、生活感のある一軒家だった。
ユージンがドアへと近付き、とんとんっと手の甲で打ち鳴らす。中から聞こえて来たのは「は~い」と間延びした、心地よい調子の女性の声。
「お待ちしておりました。あら可愛い。貴女がモンスター相談員のリコラさん?」
開いたドアから顔を覗かせた年配の女性は、リコラを目に留めると嬉しそうに頬を緩めた。
まるで来ることを知っていたかのような女性の態度に、リコラの視線は女性とユージンとを行き来する。その困惑を悟ったユージンは、女性に向けて掌を倒した。
「リコラちゃん、ここは初めて造られたモンスター相談所なんだ。この方は、史上初のモンスター相談員、アンナさんだよ」
「えっ……」
ユージンの紹介に合わせて、優雅な所作で女性が頭を下げる。
言われてみれば、その立ち姿は、リコラのイメージする相談員そのものだった。
白いブラウスと黒のロングスカート、その上にワインレッドのエプロン。長いシルバーの髪は右耳の下で一つに束ねられている。
清潔感に溢れた装い、リコラが自然と倣った制服姿だ。
「さ、外での立ち話もなんですから、中へお入りください」
リコラは弾むような想いで「失礼します」と一歩踏み出した。
自分が営む相談所以外がどんな内装なのか、どんな活動を行っているのか、リコラは見たことがなかった。リコラにそれを教えたのは本や新聞の記事だ。
リコラは中をぐるりと見渡すや否や、「わぁっ」と感嘆の声を上げていた。
「すごい、喫茶店みたい……!」
「えぇ。モンスター達だって一端の仕事をしているのに、娯楽がないだなんて酷い話でしょう? 少しでも、彼等の憩いの場になれば良いと思って作ったの」
外装からも分かってはいたが、中はリコラの小屋よりも遥かに広い。窓口と思われるカウンターはなく、いくつかの丸テーブルが置かれている。
椅子に座っていたモンスター達はリコラとユージンを見上げるも、特に驚いた様子もなく皿に盛られたペレットをぱくと口に運んだ。
「リコラさんも、ユージンさんも。こちらへどうぞ」
アンナの振る舞いは、まさに喫茶店のウェイトレスだ。
リコラとユージンは案内された丸テーブルへ座り、水の入ったグラスをそっと受け取った。
「ごめんなさいね、人間用の食べ物は用意していなくて」
「い、いえ、お構いなく!」
ぶんぶんっと顔の前で手を左右に振り、有難くグラスに手を添える。
リコラはそんなことよりもと、落ち着かず内装を見渡した。モンスターへの配慮が行き届いた空間だ。椅子の足、座板の大きさもそれぞれ。今まさにモンスターが食すペレットも、それぞれ異なる大きさや色をしている。
リコラの様子に気が付いたアンナは、ふふと笑みをたたえると近くの椅子に腰かけた。
「リコラさん、私はモンスターが好きなの。リコラさんは?」
「……大好きです。私、大好きな子がいるから、ずっと一緒にいたくって、ただそれだけで始めたんです」
アンナは「そう」と頷き目を細める。その優し気な雰囲気に、リコラは堪らず想いを溢れさせた。
「でも、最近は失敗ばっかりで。この前も、モンスター達にルールと違う事をさせてしまって、勇者さんにも、迷惑をかけてしまったんです。もっと上手くやらなきゃ、モンスターの為になることをしなきゃ……そう思うほど、から回っちゃって」
リコラの声はだんだんとか細く力ないものへ変わっていく。
のしかかる自己嫌悪。圧迫する罪悪感。リコラは頭を下げ、そっとオウムモドキの頭を撫でた。
「リコラさん、私たち相談員の強みって何だと思う?」
「強み、ですか?」
「私たちは勇者じゃないの、分かる? 私たちを縛る面倒なルールは、意外と少ないのよ」
アンナが言ったのは、誰にでも分かる当たり前のこと。
しかし、リコラは「あっ」と何か悟ったように零した。
「モンスターに出来ないことは、私たちがしてあげればいい。もともと、相談員の役目はモンスターと勇者の橋渡しよ。続けていると、意外と忘れてしまうのよね」
「私……ちゃんと話すら、していなかったかもしれない」
「まずは、モンスターたちの想いを伝えてあげて。それでも難しい事は、貴女なりの方法で対応すればいいの。難しいことではないはずよ」
深く頷きながら、オウムモドキから手を放す。
あの時も、真っ先に、問題の勇者に対してモンスターの言葉を伝えるべきだったのだ。嫌がられようとも、怒られようとも、憎まれようとも。
リコラは深く、しっかりと頷いた。
初心を忘れた自分へ深く刻むように、一度目を閉じてから真っ直ぐ前を向く。
「有難うございます、アンナさん。私、大事なことを忘れていたみたいです」
アンナは「いいのよ」と目尻を下げて答える。
そうして見つめ合うと、アンナは何か気になることでもあったのか、前のめりになってリコラの顔を凝視した。
「そういえば、アナタ……昔ここで修業を積みたいと言って来た女の子によく似ているわね」
「え?」
「とても良い子だったから、いつかは継いでもらおうかしらと思っていたの」
徐に立ち上がり、色の白い腕を伸ばして壁にかけてあったフォトフレームを手に取る。
振り向くなり写真とリコラとを見比べたアンナは、驚いたような、感動したような顔で「やっぱり」と呟いた。
「よく似ているわ。確か……ソフィさん」
アンナはそのフォトフレームをリコラに差し出した。受け取ったその写真には、まだ小じわのないアンナと黒髪の女性が写っている。
リコラは顎に手を当て、眉根を寄せた。この女性、どこかで見覚えがあるような。
そう感じたのはオウムモドキも同じようで、首を右に左に捻っている。
「……だから、ダンテさんはここに行けと、言ったのか」
「ユージンさん?」
立ち上がり、写真をリコラの背中から覗き込んだユージンは、酷く驚いた様子で口に手を押し当てた。
目を見開き、大きく息を吸い込む。それからようやくリコラに視線を向けたユージンは、慎重に、言葉を選ぶかのように口を開いた。
「ここに写っている女性、この人は、俺の姉だ」
「あ、え、そうなんですか? 確かに、少し似て……」
「そしてリコラちゃん、君の母親だよ」
あらまあ、と真っ先に反応を示したのはアンナだ。
リコラは口をぽかんと開けたまま、視線を天井へと移した。
聞き間違い、いやそもそも言葉が理解できていないのかもしれない。自分の中でユージンの言葉を繰り返し咀嚼する。
「……え、っと、この相談所に修業しに来た女性が、ユージンさんのお姉さんで、私の、お母さん」
ユージンが照れくさそうに笑う。その反応こそが、嘘偽りない真実であることの証だ。
リコラはがたんっと椅子から立ち上がると、鞄ごとオウムモドキを抱き締めた。
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