第6話 タチイタチの食糧難(1)

 モンスター相談所にも流行る時期というものはある。

 例えば寒い時期を終えて、暖かくなってきた頃。心新たに、初めて剣を握る勇者が増える季節だ。ルールの把握が疎かな勇者が増えれば、当然モンスター達の不満が多くなる。


 だからといって、ダンジョンに訪れる勇者が減れば良いという話でもない。モンスターの中には戦う事を生き甲斐にするモノや、強い勇者の仲間になることを目標に掲げるモノもいる。

 つまり「ルール違反が増えた」「勇者が全然来ない」は一番多く寄せられる相談だ。


「最近つまんねーなぁ。似たような相談ばっかじゃねぇか」

「変わらないってことは、平和な証拠だよ。文句言わないの」


 ちぇっとソッポを向くのはオウムモドキ、通称オーちゃんだ。

 エメラルドの体に黄色の冠羽。黒の双翼は先端に向かってエメラルドが濃く煌めく、リコラの友であり家族でもあるモンスターだ。


「でも何となく、そういう話している時に限って厄介な問題が起こったりするよね」


 リコラは壁に掛けた時計を見上げ、窓口であるカウンターに肘をついた。

 朝の十時から開けた窓口は、夕方の五時には閉める。既に四時半を回った森の視界は危険が伴う暗さだ。


 このまま何も起こらず窓口を閉められれば良いが、意外にも遅くなってからの来客は少なくない。


 例えば、正規ルート外に出てしまった若い勇者。そもそも遅い時間に出発し、想定外に強い相手と遭遇したり、無数のモンスターに囲まれたりしてパニックになると、この小屋の光に釣られてやって来る。

 ノックもなく駆け込んで来て、リコラの姿を見て安堵するのだ。そして黒騎士を見て悲鳴を上げるまでがセットになっている。


「間抜けな勇者とか来ねぇかな~」


 それを思い出したオウムモドキが、何とも不謹慎なことを零す。

 リコラは苦笑いに留め、カウンター下に置いたチェストの上から、分厚い本を取り上げた。


「オーちゃんは、暇な時間も有意義に使う方法を覚えないとね」

「フンッ、そう言ってリコラはずーっとそれだ。飽きるっつの普通」


 リコラが広げたのは、この小屋においては唯一の情報獲得の手段となるモンスター図鑑だ。体の大きさ、生息分布に食べられるもの、食べられないもの、されて嫌がること云々、事細かにイラスト付きで載っている。


 よれた本の端を直しながら文字を追うリコラの髪の毛に、オウムモドキの嘴が絡んだ。暇の度合いが振り切れてしまったようだ。


「オーちゃん、髪が傷むー」


 リコラが適当にあしらい、更にふて腐れたオウムモドキがリコラの耳を食む。

 チクリとこそばゆい痛みにリコラが「もうっ」と顔を上げると、タイミングを見計らったかのように、ばたんっとドアが開いた。


「なっ、何だよ急に、びっくりしたなぁ」


 小屋に飛び込んできたのは、二足歩行の小柄なシルエット。タチイタチと呼ばれる、この森に生息するモンスターだった。

 くりっと丸い目と鼻の低い童顔が愛らしく、女勇者の愛玩モンスターとして人気がある種族だ。


「こんにちはー、モンスター相談所です。どうしたんですか?」


 リコラも内心では可愛いなぁと頬を緩めながら、シャキッと背筋を伸ばす。

 タチイタチはとことこと歩いて窓口まで来ると、少し眠そうな顔でがうがうと訴えかけた。


「ふん、大した話じゃねぇなぁ」

「ちょっとオーちゃん。どんな内容でも真面目に聞かなきゃダメ」


 ジトッと目を細めたオウムモドキは、つまらなそうに体をモフッと丸くしている。


「テリトリー内の食いもんが足りてねぇんだって。こいつらが主食にしてるー……そうそれ、赤いカジュの実な」


 態度の悪いオウムモドキを見てか、タチイタチの方も少し荒っぽく牙を見せて口を挟む。

 カジュの実と言えば、森のルート外に生息しているモンスター専用の木の実だ。固い上に甘さもない。モンスターに与えるための餌という目的以外、人間には興味のない代物だ。


「最近は仲間にしたモンスターを逃がす人も増えてるし、木の数と世帯数とのバランスが取れなくなったのかもしれないね」


 リコラは悩ましくそう仮説を立てると、立ち上がって壁に寄せたチェストを開いた。

 木や花の写真をパッケージにした小袋を、一つずつ手に取って名前を確認する。そこから「カジュ」と書かれたものをウエストポーチに押し込むと、リコラは目元に覇気のないタチイタチを振り返った。


「少し木の数を増やしてみよっか。大丈夫だよ、カジュの木の成長は、すっごく早いから、ね」


 タチイタチの頭が、僅かに上下する。ひとまず、それで納得してくれたようだ。

 リコラは黒騎士に「行ってくるね」と告げ、オウムモドキと共に小屋を出た。

 前を行くタチイタチに遅れないよう、ドアにぶら下げた白い木製プレートを素早く反転させる。

 表と対照的な黒。文字の読めないモンスターにも受付中か否かを伝えるための工夫だ。


 とことこと短い二足を回すタチイタチの歩みは、お世辞にも早いとは言えない。しかし、そのお尻を振りながら急ぐ様は心底愛らしい。

 リコラは数歩に一度、オウムモドキに「可愛いね」と溢れ出す感情を告げながら、のんびりとタチイタチの後を続いた。


 そうして着いたのは、カジュの木の立ち並ぶエリアだ。タチイタチの家族達が、その木の下に身を寄せ合い生活している。

 体を丸くして眠っているもの、コロンとお腹を出して眠っているもの、立ったまま眠っているもの。

 夜行性のため、この日中には大半が目を閉じている。相談に来たタチイタチも、力尽きたようにすぐに床へ合流した。


 あえて見に来ることはない光景に、リコラはうっとりとその様を眺める。

 かといって仕事を疎かにすることはなく、指さし世帯数をカウントしたリコラは、こてんと首を傾けた。


「あれ? 意外とそんなに変わってないかも」

「そうなのか?」

「うん。前に木を植えに来た時……もう一年以上前のことだけど、その時と、影響が出る程には増えてない気がするな」


 不可解ではあるが、食す量が変わることもあるのだろう。リコラはそう納得し、開けたスペースで膝を折った。


 モンスター用の木は、ただそこに埋めるだけでスクスクと育つ。モンスターと同じく、独自の精神力を宿すからだという。

 難しい作業ではない。それどころか慣れているリコラの手際は良く、数分と経たずに「よしっ」と顔を上げた。


「これで終わりっ。せっかく外に出たんだし、ゴミ拾いでもして帰ろっか」

「ゲェッ、めんどくせぇー」


 リコラはポーチからビニール袋を取り出し、タチイタチには干渉せずに獣道を歩き出した。


 ゴミと言えば、当然、勇者が利用する表側に多いが、風に流されモンスター達の住処を汚すことも少なくない。

 早速、足元に落ちていた薬の空き瓶を拾い上げ、リコラはやれやれと肩を竦めた。これは、やはり目の良いオウムモドキの力を借りた方が良さそうだ。


「……って、ちょっと、オーちゃん何してるの?」

「いんや、ゴミ拾いなんかより、あそこの勇者が何かやらかさないか、見てた方がイイと思って」


 サボるオウムモドキの視線の先に、表でモンスターと対峙する勇者の姿があった。バレなきゃいいという精神でルールを犯す勇者は多い。オウムモドキはそれを知っているのだ。


「でも、あの人は平気だと思うよ。腕のとこ、ブラックリングを付けてる」

「うげ、お前、良く見てんなぁ」

「ブロンズ、シルバー、ゴールド、ブラック。真面目にやってきた証拠だからね。ほら、モンスターさん達も、出て行きたそうにしてるし」


 リコラが指し示したのは、モンスターが相手を選ぶための唯一のヒントである腕のリング。色を更新するにはルール違反による減点がないことが前提だ。


「ほら、見てないで行こ」


 オウムモドキは再びチェッと不服そうに舌を打ち、渋々リコラの横に並んだ。ばさっと一度大きく羽ばたき、リコラの肩に降り立つ。


 肩に刺さる爪と耳をかじる嘴は愛情の証だ。モンスターと心を通わせた人間だけに許された距離。

 ふへへと緩んだ笑みを浮かべたリコラは、こつんと足にぶつかった何かに気付いて足を止めた。


「……これ、カジュの実だ」


 ころころと足の先を赤いモノが転がる。

 茶色が剥き出しの地面に、それは妙に目立っていた。赤の外皮と内側の黄色、表面を抉った歯の跡。


「……タチイタチさんの歯形じゃない。そもそも、この辺りはあの子達のエリアじゃないよ」

「あいつらの食べモン不足って、じゃあ人間が、例の如く盗んでっからじゃねえか」


 恐る恐る拾い上げたカジュの実に残された歯形は、確かに獣のそれではない。リコラは象られた凹凸を指でなぞり、「でも」と首を振った。

 こすり取ったような跡の横に二つの深い穴。人間の犬歯のような位置ではあるが、そう解釈するには鋭すぎる。


「ダメ……これだけで結論づけることは出来ない。とりあえず、今日は帰ろ」


 タチイタチ達の不安そうな表情が脳裏にこびりつく。何か、もっと、違う事が起きている、そんな胸騒ぎ。

 リコラはその食べ残しも袋の中に放り、後ろ髪を引かれるような想いのまま表の道へ進路を変えた。


 勇者とすれ違いながら、ゴミを回収して小屋へと戻る。

 リコラの気持ちと比例するように空を雲が覆い、小屋のドアに下げたプレートをひっくり返した頃には、降り出した雨がリコラの髪をしっとりと頬に張り付けていた。

 

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