第4話 ジュカイオオカミの探し人(2)
相談内容はどんなモンスターにも共通するものと、その個体特有のものとがある。
共通するものは、割とすぐに解決するものが多い。前例があり、回答が決まっている場合が大半だからだ。
一方で、個性的なものは前例がなく、調査を必要とすることが多い。
まさに、今回のジュカイオオカミの相談がそれだ。
「で、どこ行くんだよぉ。無駄足は勘弁だかんな」
ぼやくオウムモドキを肩に乗せて、リコラは情報収集のために森の深層部へと向かっていた。
相談を受けてから一夜明けた早朝、リコラがやって来たのは、ジュカイオオカミの生息エリアがある場所だ。
表の正規ルートが勇者と接触する場所であり、裏側がモンスターの住処となっている。木々や背の高い草で作った壁が境目だ。
リコラが歩くのは裏側。つまり、モンスター達の住処や巣穴がある、本来あるべき姿をした森の一面だ。
「一応、相談主のことくらい、ちゃんと知っておくべきでしょ? 見てあそこ、ジュカイオオカミさんの住処だよ」
指さした先に見えるのは、大きな個体と小さな個体が二頭。十中八九、母親とその子供だろう。
「ジュカイオオカミさんは群れを作らない。母親は子供が大きくなるまで面倒を見るけどそれだけで、大人は自分のためだけに生きるんだって」
「ふうん?」
「たとえ誰かが怪我をしても、きっとそれは変わらないんだ」
だからなんだ、とでも言いたげなオウムモドキの頬を指で撫で、その先端を足元へと落とす。
指と、リコラの視線の先。数歩先の青々とした草が、赤茶色に染められていた。
「ゲッ、血の跡かっ?」
「あの子はきっと、この辺りで倒れてたんじゃないかな。それでも、ほかの子達は、見て見ぬふりをするんだよ」
事実など知る由もない。しかし、他のモンスターであれば、誰かがリコラに助けを求めに来るだろう。治療そのものに及ばずとも、草や葉、持っているアイテムを駆使して止血を試みるだろう。
「いやいや、でもよぉ、それじゃあ、アイツを助けた人間ってのは裏側に入って来ちまってんじゃねぇか」
「そうなんだよね……」
点々と、血の跡は表から裏側へ伸びている。
血の量を見て、一刻の猶予もないと判断したのかもしれない。ジュカイオオカミの完治した様子からも、モンスターへの知識や医学の心得がある人間だった可能性が高い。
「なあ、リコラぁ。ちっと気になってたこと言ってもいいか?」
うーんと黙り込んだリコラの頬に、オウムモドキの嘴がつんっとぶつかった。
「小屋からニオイがしたって話。もしかして、オレらがこうやって外出してる間に、誰かが侵入してんじゃないだろうな」
「えぇ? それはないでしょ。今まで荒らされた事なんてないし、黒騎士さんが留守番してるし」
「じゃあなんで小屋の中から臭うんだ? あいつらの嗅覚、伊達じゃねぇんだろ?」
やけに普段より早口でまくし立てるオウムモドキの羽が、ばささっと落ち着きなく音を立てる。
柄にもなく、不安や恐怖を覚えているのだろうか。リコラはオウムモドキの頭に手を乗せると、ぽんぽんと子をあやすように撫でた。
「大丈夫だよ、きっと近くに来たことがあるだけだって。それに良い人なわけでしょ? そんな人が小屋に忍び込むなんて有り得ないよ」
「でもよぉ、なんか不気味なんだよなぁ。治療した人間のことも、勇者じゃなくって人間って言ったんだ。ただの人間だから黒騎士のヤツも動かなかったんじゃねぇかとか……」
「オーちゃん、意外と神経質なんだ」
口の悪いやんちゃ坊主。そんな印象のオウムモドキだが、意外と繊細な部分もあるらしい。
リコラはふふっと肩を揺らして笑うと、掌で柔らかな頭を優しく撫で回した。
その矢先だった。まるで風が吹き抜けたような一瞬の出来事。
リコラの横を通り過ぎた群青色の影。草を揺らし、地面を踏みしめ、去って行ったのは獣だった。
四つ足のモンスターが勢いよく駆け抜けたのを、リコラはその数秒後に理解する。群青色、四つ足、大きな尻尾。足に巻き付いた、白い包帯。
「今の、昨日のジュカイオオカミさん……?」
「おいおい、小屋の方に向かってったんじゃないか? まさか例の……」
オウムモドキの冠羽が頭の上で大きく開く。今にも後を追う勢いで羽ばたくオウムモドキに急かされ、リコラは走り出していた。
「や、絶対、絶対、考えすぎだと思う! 絶対に何もないからね! こんな走ったって!」
「物事は多少大げさに考えた方がいいんだって! どうすんだよ、鎧のヤローが懐柔されてたら!」
「あ、り、え、な、い! ぜっったいない!」
やり取りとは裏腹に、リコラは歩き慣れた獣道を、まるでグラウンドのように全力で走る。でこぼこを飛び越え、草をかき分け、たまに木の枝に額を打ちながら。
やっとのことで細道を抜けると、開けた小屋の前に、あのジュカイオオカミが座っていた。その四肢の下敷きになっているのか、倒れた男性の足が見える。
恐らく、ジュカイオオカミを救った優しい人物だ。例え人間が立ち入れない裏側に居ようとも。小屋の場所を突き止められて居ようとも。
リコラはごくりと唾を飲み込み、体を膨らませているオウムモドキを腕に抱き寄せた。
「あ、あの……ジュカイオオカミさん……?」
恐る恐る歩を進めると、金色の瞳がリコラを映す。オウムモドキが「喜んでる」と呟いたのは、目的を果たしたジュカイオオカミの感情を読んだのだろう。
リコラは更に近付くと、野生とは思えない艶やかな毛並みを持つ獣の隣に並んだ。
見下ろした先には、一人の男性が仰向けに倒れている。その人はリコラに気が付くと「あっ!」と声を上げて、掌で顔を覆い隠した。
リコラと同じ亜麻色の髪と、柔和な面持ちが垣間見える。
「ジュカイオオカミさん、この人が、手当をしてくれた人なんですね……?」
リコラの問いかけに対し、ジュカイオオカミは立派な尾を左右に振ってみせる。
余程嬉しいのか、ジュカイオオカミは男性へ馬乗りになったまま、その隠された顔をべろっと舐めた。
「う、わ、あはは、そんな、分かった、分かったからっ」
くすぐったそうに体を捩る男性の手が顔の前から離れ、ジュカイオオカミの体へと回される。
そうして上半身をジュカイオオカミもろとも起き上がらせた男性は、リコラと目を合わせると照れ臭そうにはにかんだ。
「あ、はは、ばれちゃった。おはようリコラ、今日は随分と早いね」
「お、お父さんっ!」
「うわぁっ、ダンテだ!」
ずり落ちた眼鏡の側面を持ち上げた男性は、取り繕うようにジュカイオオカミの頭をそっと撫でる。
オウムモドキと顔を見合わせて込み上げるのは、疑問以上の安堵と脱力感。
リコラは鮮やかな緑の絨毯の上で、がっくりと膝を折った。
ふーっと息を吐き出すのと同時に、リコラの顔がカウンターに沈んでいく。
どっしりとのしかかる疲労。それはオウムモドキも同じようで、リコラの平坦な背中の上にへたりと顎をくっつけている。
「結局、ぜーんぶダンテだったってわけだ。クッソォ~」
リコラの父親であるダンテは、元勇者であり今は薬屋だ。モンスターの扱いには慣れている上に、ダンジョンの歩き方も熟知している。治癒の薬も持ち歩いていたのだろう。
「ニオイもするはずだよ、実家から持ち込んだモノなんていくらでもあるし。っていうか、こっそり見に来てるなんて信じらんないっ」
「なんだぁ? あれ、常習犯だったのか?」
「そうなんだよっ、さすがに忍び込んではなかったみたいだけど」
リコラがこのダンジョンに相談所を置いてから三年ほど経っている。
ジュカイオオカミを脇に携えて白状したのは「た、たまーにね」とは言うものの、十日に一回は……という素直な父親の意見だった。
「ダンテも気持ちは分かるけどな。こんなダンジョンによく一人娘を送り出したもんだ。ま、まだ引きずってんのかって感じだけど」
オウムモドキがむくりと起き上がり、カウンターの上にとんっと降り立つ。つられてリコラも顔を上げると、少し乱れていた髪を耳にかけてから頬杖をついた。
「まあ丁度備品も気になってたとこだし、明日は帰るって言っておいたよ」
ダンテの言う十日に一回。リコラが実家に帰るペースとほとんど同じだ。
必要な在庫は自分のご飯とオウムモドキのご飯。モンスターや人間のための薬。そして、モンスターが落とすためのアイテム。
食べ物ならこの森の中でも補充可能だが、アイテムだけはどうにもならない。無くなる前の補充は必須作業の一つだ。
「あー、だから素直に帰ったのかぁ、ダンテのやつ」
「うん。明日ー……黒騎士さん、お留守番、お願いしてもいい?」
リコラが振り返ると、黒騎士の閉じていた目が開く。赤い光がチカッと強く光るのは、「いいよ」の合図だ。
それに頷き返したリコラは、さてもう一仕事っと束になったメモ帳を手に取った。
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