第3話 ジュカイオオカミの探し人(1)

 モンスターとは、特殊な精神力を秘めた生物だ。

 見た目には、一般的な動物と変わりのない個体も多く、人間とよく似た姿のものすら存在する。

 そんな形状のせいか、モンスターとは「何らかの未練を抱えた人間や動物が生まれ変わった姿だ」という説がよく唱えられた。


 オウムはもっと人間と話がしたかった。

 ネズミはもっと強くなりたかった。

 誰が言い出したのか。たわい無い雑談か、酔っ払いのデタラメなうんちくのようなものだ。


 そんなモンスターたちが動物よりも繁殖した国。

 その中でもモンスターしか生息していないエリアが「ダンジョン」と呼ばれる巣窟となっている。


「カップルで来る勇者が目障り? ンなこと言われてもなぁ」


 モンスターの数が多ければ、当然悩みも多種多様だ。

 日々やってくるモンスターの相談を通訳するオウムモドキは、自身の感想も交えてゲンナリと頭を下げた。


「そりゃリコラが対応する話じゃねぇよ。ほい次、お前さんは?」

「そ、そんな蔑ろにしないでよ、オーちゃん。ええっと、カップルが目障り……」

「年寄りの勇者を相手すんのが怖い? あぁ、はっ倒しただけで大怪我に繋がりそうだもんなぁー」

「えっ、と、年寄りっ?」


 小屋を仕切るカウンターを窓口とした相談所。そこに集まる十数体のモンスターを前に、少女リコラは立ったまま、メモにペンを走らせた。


 モンスターにとって人間は、基本的に関わりたくない存在だ。下手にケガをさせれば罪になる、そのくせ人間は弱い。

 そのせいか、モンスター相談所が開設されても利用するモンスターは限られた。

 行動力のあるもの、人間に対して好意的なもの、心から助けを求めるものくらいだ。


 本日のこの有様は、どうやら鬱憤がたまりにたまったモンスター達が、「一緒に行こう」と声をかけあった結果らしい。


「じゃあ……カップルは手加減無しでさくっと撃退しちゃおうよ。男性は格好悪いとこ見せたくないはずだから、一度痛い目見たら来なくなるはず!」

「って、カップルには物騒じゃねぇかよ」


 リコラの回答に素早くツッコミを入れたオウムモドキが「なんの恨みがあんだ?」と首を傾ける。

 本来ダンジョンは勇者が腕試しに挑む危険な場所だ。いくらモンスターがルールを遵守していようが、子連れやカップルが肝試しに来る場所ではない。


「モンスターさん達が真剣にお仕事中なのに、お遊び気分で来るなんて失礼でしょ。ねぇ、黒騎士さん」


 腰を捻り黒騎士へと目を向けると、応えるように赤い瞳がゆっくりと明滅する。

 言葉を発さない黒騎士は、返答に用いる所作も多くはない。首の動き、瞳の明るさ。手と足は人間と同じく備わっているが控えめだ。


「そいつに話振れば同調してくれるからってよぉ。自分が疎いコトに対して嫌悪するようじゃ、リコラもまだまだ子供だな」

「そんなんじゃないし、オーちゃんには言われたくない」


 リコラのあどけなさ残る頬がぷっくりと膨れる。そこを上嘴で突いたオウムモドキは、順番待ちするモンスターからの冷やかしの声に「じゃれてないやい」と照れ臭そうにリコラから離れた。


「えーっと、そっちのキノコは、欲しいアイテムを口に出して挑まれると困る。そんで、あっちのネコは」

「ちょ、ちょっと待って!」


 次々訳される相談に、必死に動かしていたリコラの手が止まる。

 リコラはついにオウムモドキの嘴を指で挟み制止すると、キノコ型のモンスターへと顔を向けた。


「ランダムが望まれることに対してなら、良い方法があるよ。ほら、葉っぱか木の棒があれば」


 リコラが「これでいっか」と使っていたメモ帳を掲げると、モンスター達が不思議そうに顔を上げた。

 勇者の前では「いかにもモンスター」といった顔付きだが、目を丸くさせ、首を傾げる様は愛らしいものだ。


 リコラはメモ帳の片面に「×」を記し、顔の横で手を放した。それは、ひらひらと舞いながらモンスターの群れの中へ落ちる。


「上から落とした葉っぱが地面に落ちた時の裏表。あとは……地面に立てた木の棒が倒れて示した方角。こうなったらこのアイテムって事前に決めておけば、運だってことには変わらないでしょ?」


 丸い目を傘の下で瞬かせたモンスターは、床に落ちたメモを細長い手で拾い上げた。リコラを真似て再び手を放し、落ちる様を見守っている。


「はーあ。この相談も、何回目だよ」

「仕方ないよ、この前来た子とは生息エリアが違うし。確率だって、その子によって違うし……。聞きに来てくれて、むしろ良かったよ」


 勇者に負けたモンスターは、確率で何らかのアイテムを落とすことになっている。

 体から自然と落ちるものばかりではない。ほとんどのモンスターは、戦闘前から懐に準備しておき、わざと落としている。


「本当は意図的に落とすこと自体が間違ってるんだけどね、落とそうとしなきゃ落ちないもんね」


 体の一部がそう簡単に落ちるはずもない。中にはアイテムとなり得るものを持たず、回復薬や木の実を代わりに落とすモンスターもいる。

 それを全てランダムで対応することは、真っ当に意志を持つモンスター達にとってはむしろ神経を使うようだった。


「アイテムがなくなりそうだったら、また来てくださいねっ!」


 結局、真新しい相談がないまま、一匹、二匹。一体、二体。朝から押しかけたモンスター達が数を減らしていく。

 最後の一匹には勇者用の回復薬を渡し、手を振って送り出した。そうして足元のチェストに手をかけたリコラは、ふうーっと大きく溜め息を吐く。

 喉がカラカラ。ついでにチェストの中もがらりと隙間を作っている。


「しまったなぁ。そろそろ補充に戻らなきゃ……」

「前に帰ったのって、もう結構前になるもんなぁ」


 リコラの腕に飛び乗ったオウムモドキは、チェストを覗き込むと、納得の面持ちで頷いた。当然、日が経てば減る。消耗品が勝手に増殖することはない。

 はぁっと溜め息を重ねたのは、備品の補充がリコラにとって一番億劫なことだからだ。がっくりと頭を下げたまま、再びカウンターの椅子へと腰かける。


 そのリコラの瞳に、遅れてやって来た一頭のモンスターが映り込んだ。

 姿勢良く、優雅な足取り。カウンターの前で腰を下ろしたのは、ジュカイオオカミと呼ばれるモンスターだった。


 人間はおろか、同族のモンスターとも馴れ合わず、森の奥に生息している希少なモンスター。

 数年、この森の中で生活しているにも関わらず、遠目に見た経験しかない存在を前に、リコラは思わず両頬に手を押し当てた。


「こ、こんにちは……モンスター相談所、です」


 辛うじて決まり文句は口にしたものの、リコラの意識はその美しさに囚われている。

 深い群青色の毛並み、太い足に備わった鋭い爪。金色の瞳、垂れ下がったフワフワ尻尾。ピンと立った耳は可愛らしさを演出しているが、毛に覆われていても分かる隆々とした筋肉が彼の力強さを物語る。

 ジュカイオオカミはぐるるっと低く唸り、前足をどかっとカウンターの上に乗せた。


「ひゃっ、何……? け、怪我してるの?」


 乗り上げた右の前足には、薄汚れた包帯が巻かれている。ジュカイオオカミは小さく頭を振ると、ちらとオウムモドキに目を向けた。

 通訳しろと訴える視線を受け、エメラルドの小柄な体がピャッと跳ね上がる。どうやら初見の獣を前に畏縮していたようだ。


「治療をしてくれた人間にお礼がしたいって、言ってる」

「治療?」

「勇者との闘いで深手を負ったんだ。足だけじゃなくって背中も切られて動けなかったらしい。それを見ていた人間が治したんだってよ」


 リコラは咄嗟に体を乗り出した。

 群青色の背中には、首の付け根あたりから尾に向けて毛が生えていない部分がある。切られた痕だ。


「そっか、優しい人に見つけてもらえて良かったね」


 椅子に座り直し、目の高さを合わせて微笑む。そのリコラの顔を凝視したジュカイオオカミは、怪訝そうに頭を低く下げた。


「ん? お前じゃないのかって? や、リコラは知らないみたいだぞ」

「え、何、オーちゃん」

「いやあ、この小屋から、その人間のニオイがしたっつってんだ。知らないよな?」


 オウムモドキの通訳に同調するように、ジュカイオオカミが鼻息をフンッと吐き出す。

 思わず振り返った全容把握済みの小屋に、リコラ以外の人間がいないことなど分かっている。向かって右からベッド、黒騎士、タンスにチェスト、お手洗いとシャワー室。


「黒騎士さん、なわけないし」


 リコラはジュカイオオカミへと向き直ると、「ごめんね」と肩を落とした。


「ここにその人はいないけど、この辺りに来た事がある勇者さんなのかもしれません。私も、少し調べてみますね」


 リコラは小さな正方形のメモ帳を一枚捲り、そこに相談主と相談内容を簡潔に書き殴った。一枚につき一相談。解決すればゴミ箱行き、そうして相談を管理している。


 ペンを置いて顔を上げた時には、既にジュカイオオカミはリコラへ背を向けて歩き出していた。微かな足音が遠ざかり、最後にドアがきいっと閉まる。

 凜とした佇まいながら、どこか一匹狼ゆえの悲壮感のようなものが、その後ろ姿を包んでいた。

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