第2話 出会いを辿る。後編

森宮の家は村の少し外れた山の方にあった。おおよそこの山の中には似つかわしくないほどの白い壁が特徴の洋風のお屋敷で、少し古ぼけてはいたが中々洒落た風貌であった。 多分、森宮家は金持ちなんだろう。


お屋敷の門を潜り、屋敷の入り口のとこに二人そろって自転車を止めると、森宮が玄関のドアのカギを開け、少し軋むような音と共に開いた。


「さ、入って。」


森宮に言われるがままに僕は家の中に上がった。


「お、お邪魔・・・します。」


上がると、まるでアニメ映画に出てくるような沢山のドアがあって部屋が多数あるだだっ広い空間がそこには広がっていた。


「とりあえず付いてきて。」


と言われ、僕は森宮の後ろをついて歩いた。 長い廊下はあまり日の光が差し込んでいるわけではなく、暗くて薄気味悪かった。床も軋むし、まるでお化け屋敷みたいな・・・・。


しばらく行くとリビングのようなところに通された。雰囲気は何処か古くて暗いけれど、趣味は悪くなさそうだった。 今時テレビすら置いてないのはびっくりであったが、代わりに(?)大きな本棚と、古美術品を飾る大きな棚、そして庭を全て見渡さん限りの大きな窓があった。 そこからは大きな金木犀の木が見えた。


とりあえず僕は椅子に腰かけさせてもらった。クッションのない古い木製の椅子なのだが、不思議と座り心地が良く感じた。


その後すぐに森宮が


「紅茶とコーヒー、どっちがいい?」


とたずねてきた。一瞬迷ったけど、僕は「紅茶で。」と頼んだ。


こくんと頷いた後、森宮はリビング横のキッチンの方に消えていった。


森宮がキッチンにいる間、何となく僕はリビングの大きい窓から見える金木犀の木を眺めていた。


僕は昔から金木犀が好きだった。人によっては便所の匂いのするやつだ、なんて言ってバカにする人もいるけれど、その独特の甘い香りと控えめに咲く小さい花、そして1週間かそこらで散っていってしまう儚さに何処か惹かれていたからだ。


花言葉も中々素敵だった記憶がある。・・・・・確か・・・・・・


「謙虚、謙遜ね。 花言葉。」


わわっ!?っと僕は思わず慌てふためいてしまった。まるで心を見透かされたのかと思った。


「あ、ごめんごめん。庭の金木犀の木、ジッと見てたからさ。好きなのかなと思って。」


「あ、うん・・・まあ、好きだよ。金木犀。」


と僕はしどろもどろになりながら答えた。


「うちに昔から生えてる木なのよ。私も小さい頃からここで眺めていたわ。 あ、これ紅茶ね。それと・・・・。」


と言いながら、森宮はお皿に乗った何かを差し出してきた。


「はい、これがお礼。自家製のチーズケーキよ。どうぞ紅茶と一緒に食べて。」


「あ、ありがとう・・・・。」


お皿に乗ったそれを見てみる。 所謂ベイクドチーズケーキというやつの様だ。


先ずは一口口に運んでみる。スッと鼻の中を流れていく香りと共に濃厚なチーズの味わいが口いっぱいに広がった。 今まで食べたどのチーズケーキよりもおいしい気がした。


「こりゃ美味いな・・・。すげえよ。」


「お口にあったようで何より。いっぱいあるから食べられるだけ食べて頂戴。」


という感じで僕は暫く森宮特製のチーズケーキに舌鼓を打っていたのだが、流石に沈黙の空間が続くのも気まずいなあと思ったので、僕は勇気を振り絞って森宮に話を振ってみた。


「な、なあ森宮ん家って何人家族なんだ? こんな大きい家に住んでたからさ。」


「二人よ。私とお父さん。まあ、お父さんは仕事忙しくてあんま帰ってこないけどね。お母さんは私を生んですぐに死んじゃったみたいだし。」


「そ、そうだったのか・・・・。なんか悪いこと聞いちゃったな・・・・。すまん。」


「別にいいわよ。隠すようなことでもないし。 芹沢くん家はどうなのよ?」


「僕の家?・・・・一応いるよ親父もお袋も妹も。みんなしてフランスの方行っちゃったけど。」


「フランス?どうして??」


森宮は首を傾げた。


「昔から妹がピアノやってたんだけど、それが神童って言われるほどめちゃくちゃ上手くて、国内の賞総なめにしてたら向こうの関係者からスカウトされたみたいでね。いわゆる留学ってやつ。そんで親共々向こうに行ったってわけさ。僕を祖母ちゃんの家に置いて。」


「ふーん・・・・。でもなんで付いていかなかったの? 寂しくないの?」


「別に寂しくなんかないさ。僕は出来のいい妹と違って凡人だし、根暗だし、落ちこぼれだし・・・・。元引きこもりの機械オタクだし・・・。あの空間にいるのはあまりに辛いよ。 親二人だって妹二人にかかりっきりだしさ。俺なんか空気に徹してるくらいで十分さ。 それに俺は人と話すことだってままならないんだぜ。正直学校だって居てて 今こうして森宮と話すのだっていっぱいいっぱいさ。 ・・・・俺はこうしてここでひっそりしてるくらいが丁度いいよ。」


「・・・・ふーん。でもそんなに卑屈になる事ないんじゃない?貴方だって機械弄れるって才能があるし、少なくとも凡人ではないんじゃないかしら。そのおかげで私を助けたわけなんだし。 そういうのをもっと大事にした方がいいんじゃないかしら。・・・・まあ、根暗でいつも一人なのは私も同じだし、人の事言えないけど。」


「いや、凡人さ・・・。結局のとこクソほど役に立たない能力なんだし・・・。」


「・・・・・まあ、そうかもしれないけれど、自分にとってずっと好きなもの、得意なことを持つのって素敵なことだと私は思うわ。人間、割と没頭できるもの、心から打ち込めるものを持っている人ってそうはいないものよ。・・・・・・何か一つでもそんな事を持って極められるようになれば、きっと、人生豊かなものになると思うの。」




また二人の間に沈黙が流れた。 ふとこうして言われると、僕は自分の才能というか得意なことについて考えたことがなかったように感じた。僕は小さい頃からの乗り物が高じて機械に興味を持ち、色々な機械をいじったり買ったり直したりを繰り返していた。そうしていくうちに機械の扱いには凄く慣れたし、分解修理などはお手のものになっていた。


でも別に単に趣味として楽しんでいただけだったし、いかんせん友達もいなかったからまず誰かにどうこう言われたことがなかったのだ。 だから、乗り物、機械は大好きではあるけど自信を持つなんてのはおろか、人に言うのだって恥ずかしく思っていたくらいだった。







また森宮に声を掛けようとしたその時、


「ね、庭の金木犀の木のとこ、行ってみない?」


「お、おう。」


森宮に手を引かれるままに、僕は玄関から飛び出して庭の金木犀の木の元へと連れていかれた。 森宮の手は暖かかった。


近くで、この金木犀の木を眺めてみるとリビングで見るよりもずっと強い生命力と迫力を感じた。強く、凛々しく、美しく、そこに存在していた。


「いい木でしょ。普通の金木犀の木に比べてもかなり大きく丈夫に育ってるの。・・・・私も小さい頃からこの姿にエネルギーをもらっていたの。」


森宮は金木犀の木に手を当て、瞼を閉じ、フッと木に語りかけていた。そして金木犀の木も、それに応えるかのようにふわっと葉を揺らした気がした。


そのどこかファンタジックで神秘的な風景に思わず見入っていると


「私もあなたと同じように好きで得意な事、あるのよ。私は木や植物が好きなの。そして、こうして触れたり世話したりするのが・・・・好き。」


森宮はそう呟いた。 そこにはいつもの冷たく近寄りがたい姿とは無縁な、好きなものに触れて心から嬉しそうにしている一人の少女がいた。僕はその姿に思わずときめいてしまっていたし、自分ももっと自分の好きなものを信じていられるようになりたい・・・と強く思った。



「芹沢君。この場所が気に入ったのなら、たまにいらっしゃいな。同じ根暗同士、色々語らったりしましょ。あなたが嫌じゃなければ。」


お、おうと僕は頷いた。 ぎこちなく答えてしまったけれど僕はなんだか嬉しくなってしまっていた。



その後、暫く森宮家自慢の庭を眺めて回り、僕はお暇させてもらうことにした。


そして僕は、この日を境に森宮の家をよく訪ねるようになった。



続く。

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