手取り15万の社畜会社員がSランクの人気美少女テイマーにテイムされて人生が一変した話

すかいふぁーむ

第1話

「なんでこんなことになったんだ……」

「諦めた方が楽しいよ? おじさん」

「やめろ! 俺はまだ20代だ!」

「あはは! だっておじさん、顔が疲れてるからさー。あっ、今日のダンジョンはここです!」


 目の前にいるのは今日本で1番人気と言っていいダンジョン攻略者、リリア。もちろんハンドルネームだが本名も近いものだった気がする。呼ぶこともないので忘れてしまったが。

 人気の理由は冒険者としての実力もさることながら、国民的アイドルも裸足で逃げ出すような圧倒的な美貌だろう。

 ストレートの輝くような髪、ぱっちりした目、透き通る白い肌に、抜群のスタイル。非の打ち所がない完璧な容姿だ。10人が10人美少女だと言い切るだろう。

 容姿に関してだけならば。


「おじさーん、なんか目つきがいやらしい」

「子どもに欲情なんかしないから安心しろ」

「まぁ万が一その気になられてもテイムのおかげで私は安全なんだけど。いやそもそも私とおじさんじゃ強さが違いすぎて無理かー。襲ってみる?」

「馬鹿なこと言ってないで行くぞ。金もらった分だけは働くからさっさと連れてけ」

「守られたばっかなのにえらそーだなぁ、おじさん」


 今日もなんだかんだ、ダンジョンとかいうモンスターの巣窟に足を踏み入れた。


 ◇


「はい。すみません……すみません……」


 終電を逃すまいと急いで帰った結果ミスがあったらしく上司から電話がかかってくる。

 ちなみに深夜1時である。なんとか家に転がり込んだがどうしても腹が減ってコンビニまで出てきた時のことだった。


「ええ……はい……必ず……えっと……6時には向かいます……」


 結局なんだかんだ言われて他の仕事まで降りかかり明日も始発からの出勤である。当然時間外の手当などでない。1秒でもいいから時間が伸びれば、その分寝られるのになと馬鹿なことを考えながら歩いた。

 これだけ働かされているというのに手取り15万あれば十分なんて話がちょっと話題に出たせいで、うちの会社は入社5年が経ってもそのラインを超えることがない。


「はぁ……」


 思わずため息をつきながらコンビニまでたどり着くと、不審な人物に出くわした。


「なんだあれ……」


 やたらモコモコのよくわからない上着を羽織って、帽子を目深に被り、マスクをして、極め付けはサングラスまでつけている。自分は怪しいものですと言わんばかりの格好だ。


「ま、関係ないか……」


 周りに聞こえないようにボソッとつぶやいてコンビニに入ろうとした。だが今日の俺はとことんがなかったらしく、怪しい人物から声が上がってしまう。


「え……うそ……?」

「ん?」

「ちょ、ちょっと! おじさんこっち来てよ!」

「は?」


 怪しすぎるが相手の声が女のものだったことと、おじさんとか言われてしまったショックと、もう疲れてどうとでもなれという気持ちとが混ざって相手をしてしまった。


「うんうん。やっぱりそうだ。あ、ここまで来たらいいよね」


 そういうとなぜか帽子もマスクもサングラスも取っ払って姿をさらけ出した。


「私のこと、知ってるよね?」

「……?」


 可愛い子だという印象はパッと思い浮かぶがそれ以上は何も思うところはなかった。


「え?! うそ……まだそんなに有名じゃなかった?!」


 ん? 言われてみればなんかどっかで……。


「恥ずかし……えっと、忘れて……」

「あ! 電車の広告で見たことある!」

「それ!」


 そうでなくともまぁ、何かしら有名な人間だということは一目にわかるだけの際立った容姿ではあった。さっきの怪しい格好の印象も相まってる気はするが。


「もうっ! おじさんのせいでショックだよ!」

「それは悪かった、それじゃ」

「は? いやいやいやいや! ちょっと待って! 目の前に超絶美少女の天才テイマーがいるんだよ?! 少しはこう、サインとかさ! 記念撮影とかさ?」

「それ、食えるのか?」

「え?」

「それじゃ……」


 今の俺に必要なのは美少女でもサインでも記念写真でもない。飯だ。

 今も刻一刻とタイムリミットが迫っているんだ。さっさと食うもの買って帰って寝たい。


「もう! なんなのおじさん! 私より大事なものがあるわけ!?」


 聞きようによっては意味深な言葉だが2人の距離を考えれば額面通り受け取って返すのが正解だろう。


「俺にとっては1秒でも寝られる時間が今は1番大事だ」

「なるほど……いいよ、わかった。私にも考えがあります」


 なんなんだ。まあもあいい。無視して行こう。


「ちょっと!? まさかの無視ですか!? もうっ! どうなっても知らないからね! ちゃんと話を聞かないおじさんが悪いんだからね!」

「何がだ……」


 《テイム》


 なぜか頭に直接その言葉が流れてきたような錯覚に陥った。


「ふふ。まさかほんとに人間にも効くなんて」

「お前……何したんだ……」


 俺は一刻も早くコンビニに戻りたいと思うのに、なぜかこの子の話を聞かなきゃいけないという思いの方が強く沸き起こってしまって動けなくなった。


「さすが天才テイマーね!」


 聞いちゃいない様子だった。


「はい、じゃあ今日からあなたは私のパーティーね!」

「は?」

「その先にダンジョンが新しくできたでしょ? あれを攻略したくてさー、起きたら連絡するから行こうね」

「いやいや、仕事とか……」


 あれ、なんでだろ? あんな強迫観念に迫られていた仕事のことがなぜかどうでもいいものに思えてきている。


「仕事と私、どっちが大事なの!」

「そりゃ見ず知らずの変な女より仕事……あれ?」


 そのはずなのに考えがまとまらない。なんだこれ。


「おい、お前一体俺に何を……」

「変な女……」


 女はショックを受けていて役に立ちそうになかった。


なし崩し的に話を聞かされることは受け入れざるを得なくなった。女が役に立たない間に考えをまとめることにしよう。


 ダンジョンという謎の空間が世界中に現れて数年になる。世界の終わりだなんだと騒がれたのも今は昔だ。

 意外と人間というのは順応が早いらしく、今となっては若者を中心にスポーツ感覚で親しまれるアトラクションであり、大人たちにとって利権に大きく絡む重要な役割を担っている。ダンジョンからは見たこともないアイテムがごろごろと産出され、各国は競い合うようにダンジョンの確保と攻略に精を出した。


 ダンジョンを攻略する冒険者と呼ばれる人間たちは、ひと昔前の動画配信者たちのように一部莫大な利益を得るものも現れる憧れの職業の一つにまでなっている。国や大企業もこぞってスポンサーに名乗りを上げている状況も後押しして、これを目指す人間は跡を絶たなくなっていた。


「ふふ、中でも人気ナンバーワンなのがこの私ね! おじさんは知らなかったみたいだけど」


復活したリリアが思考を呼んだように声をかけてきた。


「テレビなんか見る暇もなかったからな……」


 国はダンジョンにまつわる決まりごととその挑戦者たちを管理する機関、ギルドを置いた。

 ダンジョン攻略者はギルドに認定を受けてダンジョンに潜り、取得物をギルドに納めることで収益を得る。そしてギルドは、その収益だけで生活ができるものたちをプロと呼ぶ。


 ギルドの設定した基準でプロとして活動できるのはB級冒険者からと言われる。これは1000人に1人の逸材と呼ばれるレベルである。

 その中でも群を抜いた成績を収める上位の冒険者をA級とし、危険区域への特別立ち入り許可や様々な特権を与えた。A級冒険者ならもはや3代は遊んで暮らせるレベルだろう。野球選手やサッカー選手みたいな感じに近い規模感だな。


「で、私はなんとS級なのです!」

「国がコントロールできないワガママなやつに与えた称号だっけか」

「違うわよ! A級冒険者とは明らかに一線を画するものたちに対して適切な呼び方がなかったから設定された特殊枠!」


 ということなのである。

 特殊枠というだけあって稼ぎも物凄いと聞いている。それこそ一生遊んで暮らせる程度には貯えがあるらしい。


「でね、そんなSランクテイマーとはいえ、流石に人をテイムするのって、よく考えたらまずくてですね……」


 そりゃそうだろう。こんなにも早く帰りたい俺がこうして長時間話を聞かされているのだから。その強制力は悪用すれば洒落にならない事態を生む。

 しかしほんとにこいつの元を離れられないな……どんな力なんだ。もう寝るのは諦めて始発に乗ることになるだろうし……。恨むぞ自称美少女テイマー。


「怖い顔しないで! ちゃんとさ、ほら、お詫びをしようと思って」

「おお……」


 そのくらいの常識というか良心はあったのかと驚く。


「で、口止め料、じゃなかった。お詫びなんだけどさ」

「おうおう」


 少し前のめりになる。目の前にいるのは大企業も国も注目する金の成る木。その中でも最上級の現役冒険者だ。嫌でも期待してしまう。例えば今日の晩飯は浮いてしまうかも知れない。


「その前におじさん、仕事仕事って言ってたけど、それって楽しいの?」

「たの……しい?」


 なにを言っているんだろう?

 しかし首をかしげるだけで画になるあたりやっぱりずるい奴だなと思う。


「いや、あんまり楽しくないんじゃないかなーと思ってさ」

「そりゃ……まぁ……」


 仕事が楽しいなんか考えたこともないぞ……。


「でね、おじさんって月収50万くらい?」

「バカにしてんのか?」


 そんなもらってたら俺だって色々やりたいことが……? あれ? 金があったら俺、なにしたいんだ? とりあえず職場の近くに家を借りるか? 移動時間分寝れる。いやでもそうなるとその分働かされるか……?

 俺の頭が脱線している間にリリアが勘違いを悪化させていた。


「あっ、ごめんね。やっぱ100万くらいはもらってるよね? うんうん。じゃあさ、私が200万で雇うって、どう?」

「は?」


 なんだ、その話? 200万って何円だ?!


「足りないっ? んー……防具のオークションのときはこれでいけたんだけどなぁ」


 この子の中で俺が防具か何かの代わりだということはわかった。


「バカ言うな。それに俺は15万しかもらってない。しかも辞めるにしたって色々……」

「えっ! そうなの!? ねえ! じゃあほんとにさ、私とパーティー組んで、仕事なんて辞めちゃおうよ」

「……っ」


 覗き込むようにこちらに距離を詰めてきたリリアに息を飲む。なんだこれ、なんでこんなまつ毛長いんだ? つけまってやつか? あとなんかいい匂いもするし……。


「ねえ、今の仕事、本当に楽しい? やらなきゃいけない?」

「それは……」


 楽しいなんて口が裂けても言えやしない。

 だがやらなきゃいけない……いけなかったはずだ……。いやでも……なんだろう。

 リリアと話していると、不思議と強迫観念のようなものが取り払われていく気がした。


「私を選ぶなら、絶対後悔させないよ」

「ほんとに金、払えるのか?」

「もちろん! なんなら今あげてもいいよ!」


 おもむろに札束を取り出すリリア。いや待て今どこから取り出した?! 胸か! その妙にでかい胸か!?


「すけべー。中にアイテムボックスがあるんだよー。バカだなー」


 アイテムボックス……。ダンジョンから産出する超激レアアイテムじゃないかそれ……。それ一つで国家予算が動くとか聞いたぞ。怖い……改めて目の前にいる人間が普通でないことを認識した。


「はい、これでも信じない?」

「いや信じる! 信じるからしまってくれ」

「はーい。じゃ、決まりだ! お仕事辞めにくいんだよね? 名刺ちょーだいっ!」

「何するんだ……?」


 なんとなく逆らえないというのがテイムとやらの効果かはわからないが胸ポケットから名刺を差し出した。

 受け取ると手慣れた手付きでリリアが携帯を操作し始める。


「ちょっとまってね―。あ、もしもし? うんうん。そうそうー。え? んー、いいんじゃない? じゃ、よろしくー」

「何の電話だ……?」

「今をときめく大人気冒険者だからね、マネージャーさんがいるんだよー!」

「すごいな……」


 下手したら一回り違ってもおかしくない少女にそんなものが……。


「そろそろかな?」


 そうリリアが言うと俺の携帯が鳴った。いつもの上司からの電話に嫌な顔をしたが、無言でリリアが出ろと訴えかけてきたので出る。


「はい。氷川でございます」

『ああ、氷川くんか……すまないね、こんな夜遅くに……』


 何だこれ誰だ?! すまないなんて聞いたのいつ以来だろう。


「えっと……それで何か」

『あぁ、そうだそうだ。ええとね……どこから――変わりたまえ』


 電話口の向こうの声が変わった。


『氷川くんだね。私は社長の黒川だ』

「社長?!」


 なんで社長がこんな時間に電話を……?


『ええとだな……これまでの君への上司からの不当な扱いについては――そんなっ、社長?!――黙っていたまえ』


 電話の向こうで騒がしく言い合う声がする。


『すまない。それでだが、これまで支払われていなかった時間外手当と退職金は、迷惑料として色をつけて振り込んでおいた。すまないがこれでなんとか、許してもらえないだろうか……』

「は、はぁ……」


 リリアを見ると親指をあげてにっこり笑っていた。なるほど……俺はSランク冒険者というのを思ったより甘く見ていたらしい……。


『と、いうわけだ。では。ああ、くれぐれも今後とも、何卒、よろしく頼む……――社長! それでは話が――うるさいぞ! そもそもお前がこれまで――』


 そこで電話が切れた。


「ね?」


 何が「ね?」なのかわからないが、手をあげるリリアのハイタッチに応じておいた。


 ちなみに次の日振り込まれていた金額はかなりのものだったんだが、リリアから提示された条件を考えると微々たるものだった。リリアいわく多分あの会社はもう潰れるという話だったのでまあ、これ以上何かしようとも思わなかった。


完全に俺を縛っていた何かから解放された瞬間だった。


 ◇


「なぁ、なんで俺だったんだ?」

「ん? あー、おじさん、死にそうだったじゃん?」

「いや、あのとき死ぬ余裕もなかったけど……」

「あれ? そうだったか」


 目の前にはキングオークと呼ばれるボス級モンスターがいるがリリアの強力な従魔たちが戦ってくれていてやることがない。


「まださ、うまく使えないんだよね」

「なにがだ?」

「おじさんの持ってたスキル」

「え? 俺スキル持ってたの?」


 初耳だ。もう少し早く教えてくれよ!


「え? 気づいてなかったの?」

「そりゃなんかちゃんとしたスキル持ってたら俺だって冒険者とか考えたと思うぞ?」

「ふふ……おじさん1人じゃ無理だよ」

「うるせー」


 まぁ現に目の前のキングオークも、1人のときに出会ったら死ぬ。いやそもそも1人じゃこの階層への立ち入り許可も降りないからいらぬ心配ではあるんだけどな。


「ただのおじさんがスキル持ちってだけでもびっくりしたのに、見たこともないエクストラスキルだよ?!」

「エクストラスキル……なんで俺会社員やってたんだろう……」


 スキル。

 ダンジョンの出現と同時に、常軌を逸した力を持つ人間が若者を中心に生まれ始める。俺もぎりぎりその若者のくくりに入る年代ではあったんだが、残念ながら才能なし、大人しく就職組と相成ったわけだ。

 エクストラスキルはオリジナリティの高いとんでもスキルだ。SランクはもちろんAランクの冒険者もほとんどがこのエクストラスキルの恩恵で力を伸ばしてきたと言われている。


「ま、おじさんの力ってまだ、時間を1日に1秒だけ伸ばす力でしかないからさ」

「なんだそれ……」


 ただの使いみちのないレアスキルに感じる。俺は確かにあの頃1秒を心の底から欲し続けていたのは確かではあるが……。


「でもね、スキルって成長させられるんだよ」

「そうなのか?」

「うんうん。時間を伸ばすか、任意にコントロール出来るようになれば、1秒は限りなく大きい時間だよ」

「まぁ……それは確かに」


 リリアと一緒に動くようになって1秒が生死の分かれ目になるシーンはごまんと見てきた。今の俺ならその恩恵の大きさはよく分かる。


「じゃあ俺がその力をコントロールできれば、役に立てるってわけか」

「ん? いやもう私のほうが使いこなしてるけどね?」

「え? なんで?」


 俺だけのスキルだったんじゃないのか? エクストラスキルだぞ?


「私のスキル、知ってるよね?」

「そりゃテイムだろ?」

「うんうん。でもさ、テイマーってそこそこいるのに、私だけSランクになってるの、おかしいと思わない?」

「確かに……?」


 テイマーはむしろそんなにレアなスキルではなかった。

 魔物を従えて戦うという性質上、たまたまにでも強力な魔物を味方にできればテイマーは名を上げるが、殆どの場合命をかけてまで格上に挑む機会はないし、挑んでいい結果を得られるのも一握りだ。


「私のテイムは特別なの。テイムした相手のスキルを私のものにもできるっていうね」

「は?」


 スキルって1つ持ってれば食い扶持に困らないんだぞ?


「待った……リリアって今、いくつスキル持ってんだ……?」

「んー……150くらいかなぁ、すこしずつ合体させてるし」

「スキルって合体とかあるのか……」


 初耳過ぎる。


「これはま、誰にも言ってなかったからね」

「なるほど……」

「2人だけの、秘密だよ?」

「っ……!」


 耳元で喋られたせいで妙な気持ちにさせられそうになる。


「あははー。おじさんえっちー」

「耳元で喋るのが悪いだろビッチか!」

「む、私これでも処女だからね?! ちゃんとプロフィールにも書いてあるでしょ!」

「そういうことは言わないでいいし書かないでいい!」

「んー? おじさんがもらっちゃうのかなー?」

「ほれ、キングオーク倒れたぞ。さっさと解体するぞ」


 馬鹿なことをいうリリアを置いて解体作業にむかった。リリアの従魔であるドラゴンとベヒーモスをすれ違いざまに撫でると気持ちよさそうに目を細める。


「お前らはほんとに可愛いなぁ」

「ちょっと! お前らってとこに悪意を感じる! 私にも言って!」

「はいはいかわいいかわいい」

「もー!」


 俺なんかに言われなくても言われなれてるだろうに。不服そうにする姿さえ可愛らしい美少女に笑いながらいつもどおり雑用に勤しんだ。


「おじさん!」

「なんだ、あと俺はおじさんじゃ――」

「仕事と私、どっちが大事だった?」


 こちらを試すように小悪魔な微笑みを浮かべる美少女テイマー。


「そうだなぁ……」

「そこは即答で私って答えるところでしょ!」

「あの頃と比べたら何だってよく思えるよ」

「そういうのが聞きたいんじゃないのに……」

「ありがとな」

「へっ?」


 従魔たちにやったように頭を撫でてみると予想外に顔を真赤にして固まってしまった。


「あ、ごめん、悪かった、そうだなこんなおじさんに触られたくは――」

「もっと」


 頭に置いた手を引っ込める前に握られてしまった。


「あ、あぁ……」

「んっ……それで、良し……」


 ダンジョンのほとんど最下層と言っていい、俺一人ならそのあたりの雑魚と言い捨てるモンスター相手にも殺されるような危険地帯のど真ん中で、何故かしばらく頭を撫でさせられ続けた。

 そんなことをしていればまぁ、ダンジョンボスが姿を現しても不思議ではない。


「フシュゥゥゥウウウウウウ」


 甲殻類を思わせる硬そうな甲羅に、触手かと見紛う無数の柔らかい足。口元から泡と湯気のような何かを放ちながら壁を這うように猛スピードでこちらに突っ込んできた。


「よし! 充電完了!」


 俺の手を握っていたリリアが手を離したと同時に姿を消す。カニとイカを足して割らなかったような化け物に腰に刺した短刀だけで飛び込んでいく一見無謀な挑戦ではあるが、スピードに乗ると壁を走りなぜかそのまま天井を走り出すという人間離れした動きを見るとまぁ、なんとかなるんだろうなあと思った。


「これは! ベヒーモスの分!」


 天井に張り付くように立ったまま、完全に上を取って放たれたのは火球。ベヒーモスの得意とする攻撃だというのはわかるんだが、その言い方だとベヒーモス死んだみたいだろ。やめてやれ。


「これは! ドラゴンの分!」


 火を払うことに集中するダンジョンボスの無防備な頭部に、CGのように現れた巨大な竜の尾が叩きつけられる。


「そしてー! これがー! おじさんの分!」


 リリアが言葉を放った瞬間、化け物の身体が細切れに崩壊していった。


「できたー!」


 飛び跳ねながら俺のもとに戻ってくると勢いそのままに抱きついてくるリリア。やめろ、いろいろあたってるから!


「ふふー。気分が良いからちょっとサービスです」

「拒否します」

「もー!」


 身体を無理やり離すといつものように笑いながら抗議の声を上げるリリア。


「いまのって……」

「うん! おじさんのスキル! 使えちゃった!」

「流石だな……」

「えへへー! もっと褒めて褒めてー!」


 素直に感心する。さすがSランクだと思う。自分も冒険者として活動をし始めて気づいたが、本当にBランクを越えてる人間は根本的なところで何かが違うと感じさせられている。

だからこそその中でも更に飛び抜けた力を見せるSランクの少女の凄さは、身にしみてわかってきたところだった。


「あれ? でもこれ、俺、いらなくならないか?」

「え?」


 信じられないものを見る目でみつめられる。あれ? これ言わなきゃ気づいてなかったパターンか?

 そう思ったがリリアのほうはそもそもそんな概念がなかったようだった。


「だ、だめだよ!? 今更他のところ行ったりしないよねっ?! またお仕事したりしないよねっ!?」

「なんだなんだ落ち着け」

「約束して!」

「わかったわかっった」

「むー……」


 飼い犬が突然逃げようとしてるとでも思ってるのかこいつは……。


「どこにもいかないから安心してくれ」

「ほんとに……?」

「ああ」


 仕事もやめた俺に今更どこへいけというのか。

 いやまぁ、リリアにもらっている金だけで何年か何もしなくてもなんとかなるんだけど……。


「じゃ、じゃあ、契約の更新です」

「更新?」


 考える暇もなくリリアの顔が目の前に迫っていて、避けることも出来ず唇を合わせられてしまった。


「んー」

「んっ!? おい! なにやってんだ!」

「ぷはっ……ふふ……これでおじさんは余計私に逆らえなくなりました!」

「何言って……」

「撫でてください」


 あれ? ほんとに撫でないといけない気が……。


「ふふーん」

「嘘だろ……」

「美少女テイマーの初めてのちゅーをもらえたんですからこのくらいは甘んじて受け止めてください!」


 このくらいで済めばまぁいいんだけど……怖いなぁ、テイム……。


「あ、もう1つ効果があって、能力の共鳴ができるようになったの」

「共鳴?」

「うん。私の能力上昇がおじさんに、おじさんの能力上昇も同様に私に反映されるっていう」

「まじ?」

「まじまじ!」


 あの人外のステータスが一部手に入るってことか?!


「言われてみれば力が漲ってきた気がする!」

「なんかちゅーより嬉しそうで複雑……」


 試しにジャンプしてみたら驚くほど跳べた。ちょっと着地に失敗しそうなくらい跳んだ。なんだこれ楽しい……!


「ふふ……」

「笑うな。凡人からしたらこれでも嬉しいんだよ」

「そっかそっか」


 ひとしきり身体を動かしている間、リリアはどこか柔らかい表情で俺を見ていた。


「なんだよ……」

「んーん……」


 調子が狂う。


「ねえ、おじさん?」

「ん?」

「これからもよろしくねっ!」

「んっ?! おい! お前!?」

「あはは! 2回目だねー!」


 力がまた上がった感覚と同時に、この子の魅力に抗えない気持ちが増幅した。

 それが《テイム》によるものだったかどうかは、ちょっと自信がなくなってきている自分がいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

手取り15万の社畜会社員がSランクの人気美少女テイマーにテイムされて人生が一変した話 すかいふぁーむ @skylight

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ