第4話 夢か現か

 前回に、夢の話が出たので、夢の話をしよう。

 怖い話、というのは大抵、夜中だったりうたた寝をしている時だったりするのではないか。

 起きる間際に見ている夢は、妙に現実と地続きだったりもする。

 また、金縛りというのも、身体ばかりが疲れて、頭をさして使っていなかった時に起こる場合があり、そんな時にうっかり覚醒してしまうと、身体は動かず目玉ばかりをきょろきょろする羽目になる。

 私も金縛りの経験があるが、あれは布団と自分の身体の境目が溶けて一体化して、それは心地の良いものだった。あまりにも蕩けるような心地だったので、いわゆる金縛りを解くお作法「足の親指を動かす」を試すのを止めた。

 叶うのならばもう一度、あの経験をしたいのだが、いかんせん、今の私はそこまで身体を酷使するような状況を積極的に避けまくっているので夢のまた夢、だ。ぐうたらなのだ。

 そんな私がつい最近、念願の金縛りに遭った。だが、思っていた再来と違った。


 目が覚めて、身体が動かない。

 やったぞ、金縛りだ。と悦んだのも束の間、なにやら身体がぎりぎりと圧を受けている。私は目を開けていた。暗いいつもの部屋の中だ。隣には鳥かごに入れた鳥がいつも通りに身じろぎもせずに眠っているはずだ。お休み用の布をかご全体に掛けているので定かでないが、起きていたら気配がするモノである。

 目玉だけは動くが、身体は動かない。動かないのだが、私の手首が、少しずつ持ち上がる。私は眠る時、赤ん坊のように両手を小さく握ってハングアップしている。wの形だ。以前は胸の上で組んでいたのだが、旅先で友達に「夜中に隣を見るとびっくりするから止めて欲しい」と懇願されてスタイルを変えた。

 顔の横で緩い拳に握っている手が、ぐぐ、っと上に引っ張られる。抵抗するのだが、かなりの力でじりじりと、腕が持ち上がり、身体が硬直しているので肩と背中が少し浮いた。私は腹に力を込めて、抵抗する。首まで掛けていた布団がめくれて、足首もぎぎ、っと浮き始める。

 奥歯を噛みしめながら目を上げると、部屋から続きの台所が見えた。

 真っ暗なはずの台所に、明かりが点いている。その向こうに、黒い影が見えた。

 影はゆら、と揺れる。

 その時、声がした。

「ねえ、聞こえてるんでしょ」

 私は怯えると同時に、いらっとした。腹の中で「聞こえるどころか視えてるんだよ!」と噛みついていた。それと同時に、また手首を引く力が強くなる。私も負けじと身体を下に落とそうと力む。台所と部屋の境で、影は揺れる。髪の長い小柄な女だ。黒い影で服も顔も判らない。

 ぐ、っと右手が持っていかれる。

 私の我慢の限界だった。怖いは怖かったのだが、それよりも、なんだか分からないが怒りの方が勝っていた。ぐぐぐ、と動く右手を睨み付けて、私は頭の中で低音で喧嘩を売った。

「人の身体を好き勝手してるんじゃねえよ」

 その途端、ぱたん、と手が頭が布団に落ちた。身体がふっと自由になる。

 部屋の入り口に視線を向けたが、もうそこは暗い夜の部屋に戻っていた。

 隣の鳥かごは、とても静かだ。うちの鳥はこういう時、いつもいるのかいないのか判らないほどに静かだ。

 枕元のスマホを手に取り、時間を表示する。二時だ。溜息を吐く。いつもいつでも、こういうモノがやってくるのは、やはり丑三つ時なのだ。

 とても眠い。そして明日も仕事がある。

 でも、私は知っている。今眠れば、また、あいつがやってくる。

 眠いけど、眠れない。

 夜のしじまを破って鴉が啼き始める三時まで。私は悶々としながら、布団の中で寝返りを打った。本当は、ツイッターを眺めていた。その時も、やっぱり、怖さよりも怒りが勝っていた。

 本当に怖くなったのは、新聞配達の足音が聞こえて「これで安心」と明け方に眠り、2時間後にアラームに起こされ、目が覚めた時だった。

 そしてこの日、何故か鴉は啼かなかった。

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