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もし異世界で新型コロナウィルスに似た病気が流行ったら(前編)


 初めはなんて事のない風邪だと思った。


 外国から来た年老いた旅人の具合が悪いとある旅館に泊まった。

 人のいいおかみはその旅人を心配してなにくれとなく世話をしていた。

 1週間後、旅人は高熱と息が苦しいと言って亡くなった。

 風邪でも年配者には胸に悪いものが入って死んでしまうことがある。みんなそれだと思い丁重に葬った。



 次におかしくなったのはそのおかみだった。

 料理自慢のおかみは急に料理の味がしないといい始めた。

 そして咳と発熱、頭痛に下痢などひどい風邪の症状が出る。

「あの旅人さんの風邪がうつっちまったかねぇ」

 そういって笑ったおかみは3日後、急変して意識不明のまま亡くなってしまった。



 そして次々と不思議な風邪をひく人々が現れた。

 調べてみるとその旅館を利用していた人や亡くなった旅人の埋葬を手伝った人、その家族、友人たちがかかっていた。


 症状も様々だ。

 皆が重症化するわけではない。風邪の症状すら出ないものもいる。

 ただ症状の出ないものはその病を運ぶ役割をしているのか、彼らが動いた先で他の人が病にかかりどんどん蔓延していくのだ。



 リカルドがこの病に気が付いたのは、お使いから戻った彼の騎士であるサミーの制服に黒い穢れの痕跡が付いていたことだった。


「サミー、何かあったのか?」

「はい、実は路上で男が突然死したところに出くわしまして」

「突然死……ヴェルシア様の裁定か?」

「いえ、病死のようです。死亡した男はずっと発熱していたようでして、薬屋へ行くといって家を出たそうです」

「……」

「何か不審な点でも?」

「肩に穢れが付いている」

「穢れですか? そういえば男の死骸を運ぼうとした人足の手が肩にあたりました。俺も近寄っていましたし、ひどく謝るのですぐに許しましたが」


 リカルドはサミーに浄化プリフィケイションをかけた。


「サミー、その病気が気になるので調べさせる。その男のことでわかることを教えてくれ」

「かしこまりました」




 ◇




 リカルドは報告書を読み、ことが急を要することに気が付いた。


「病が広がるスピードが速い。しかも症状が出ないものがいるとは目に見える患者を隔離するだけではだめだということだ。これは人々の接触を出来るだけ制限せねばならない。サミー」

「はい、リカルド様」

「教会関係者の感染があまり見られないようだ。教会に治癒を願い出たものはいなかったのか?」

「もちろんいます。この病は聖属性魔法がよく効くようです。

 評判を聞きつけてまだ病にかかってもいないものも教会に詰め掛けております。

 聖属性治癒士たちは疲弊しているそうです」


 リカルドは目をつぶり少し考えを巡らせた。

「情報が少ない。出かけてくる」

「お供いたします」

「いや、ソルと行く。サミーはエマのそばについていてくれ」



 リカルドとソレイユは聖属性。万が一この病に感染したとしても自らの魔法で治すことができる。

 だが供のものは違う。

 気が付かぬまま、ほかの人とふれあって病をうつしてしまうかもしれないのだ。


「とにかく応急処置として、人々の移動制限を父上に願い出てある。だが決まるのは時間がかかるだろうな」

 まだはっきりと疫病かどうかわからない今では動いてもらえない。

 自分に権力があれば、すぐにでもできる措置が行えないことにリカルドは唇をかんだ。

 ただもし疫病ならば移動制限だけでは食い止めることは難しいだろう。

 何か他の手段はないか、調べなくてはならない。



 リカルドはまず治療の実態を知るため、大聖堂にやってきた。

 教会の司教がやってきてもてなそうとするが、リカルドは断った。


「今はそれどころではないでしょう。私は病の実態を知りたいのです」

「それでしたら今聖女ソフィアが重症患者に祈りをささげております。

 見学なさいますか?」

「お願いします」


 リカルドはソフィアが治癒を行う処置室に案内された。

 ガラス越しで見る処置室は神を表す壁画が描かれているが患者用のベッドがあるだけの飾りのない簡素な部屋だった。

 ソフィアと治癒士たちは、白装束に白い頭巾をかぶり、手袋もし、鼻や口元も布で覆っていた。

 これは異世界の勇者の知識で、この世にはヒトの目に見えない菌というものがいて正常な人には何でもない菌でも体の弱った人には危険に陥るのを防ぐためのものだ。

 部屋に物が少ないのも同じ理由である。



 リカルドはこの時初めてこの病の患者を診た。

 60代ぐらいの細身の男だ。

 ソフィアたちが魔法をかけようとしたその時、男は激しく咳をし、ゼイゼイと聞いているものも苦しくなるような音が喉から聞こえた。


「真実の眼」を持つリカルドには見えた。

 男の唾液には黒い呪いのようなものがはびこっていて、咳をするたびに治癒士たちの衣服に黒いものが飛び散っていた。


 ソフィアたちが治癒を終え、白装束と頭巾、手袋に口を覆った布を外して石鹸で手と顔を洗った。

 そして互いに低位浄化魔法をかけあった。

 これも異世界の勇者の知識でどんな場合でも同じように行っているそうだ。

 装束はそのまま浄化魔法がかかったランドリーボックスに入れ、時間が経てば清潔な状態に戻るのだという。


「聖女に話をさせましょう」

「いや、彼らは休ませてあげてください。私も患者に接触したい。皆が着ていたあの装束を借りられますか?」



 リカルドが装束を借りたのには訳があった。

 先ほどの患者の場合は唾液と呼気に黒い呪いのようなものが見えた。

 他の患者たちがどうなのか知りたかったのだ。


 見れば他の患者たちもほぼそうだった。血液は汚れておらず、病巣は主に喉や肺にあることが分かった。

 かかっていないものもいた。

 しかし手についた黒いものが口や鼻に入るとかかってしまうということも分かった。

 この黒いものは石鹸で手を洗うことで落ちること、なにか病気を持っていたり、不摂生で体が弱っているものが重症化しやすいこともわかった。


「この口や鼻を覆うものはいいですね。これも勇者の知恵ですか?」

「マスクというそうです」

「構造は単純で手作りしやすい。これは広めるべきですね」

 だがすぐというわけにはいかない。広める方法を考えなければならなかった。



 それからリカルドは軽症者と重症者を分け、軽症者はエリアヒールをかけることで黒いものを消し、家で2週間ほど閉じこもっているように指導した。


 どうしても出かける場合は口や鼻を布で覆って、帰ったら布を外し石鹸で20秒以上手洗いをすることも指導した。

 教会に治癒を頼めるものは割と裕福なものが多いので石鹸を持っているものも多く、指導は容易かった。



 しかし一般の庶民は違う。この考えを徹底させるためにリカルドは王権を発動してもらうことにした。




 非常事態宣言。期間は1か月。


 まずは王都を封鎖。外から物資が届けば荷物だけもらって帰ってもらう(もちろん国が買い取る)。

 内側からの外に出ることは禁止。

 リカルドが見れば感染しているかはすぐにわかるがそのことだけにかかわっている時間がないからだ。


 今回は感染する経路が分かったことで外出制限、移動制限はすぐに発動された。

 各家に石鹸を配り、家の中に閉じこもることを命じ、破ったものは罰金刑に処せられる。


 マスクも王妃の発案ということで、作り方と布をセットしたものを各家庭に人数分配ることにした。

 独り者でもかんたんな繕い物程度は出来る。

 畳んで四角く縫って、ひもをつけるだけの単純な構造だ。

 それでもどうしてもできないものについては、配るときに名乗り出てもらって出来上がり品を配ることにした。


 手作りセットや出来上がり品は王城にいるすべての使用人(男女問わず)、王城に納品している仕立て屋などに急ぎ作らせた。

 ただし、販売はさせなかった。

 買占めや値のつり上げが起こり、弱い立場の者ほどマスクをつけられなくなってしまうからだ。



 決めごとはこうだ。

 不要不急以外の外出はしないこと。

 家族以外と話をするときは口鼻をマスクで覆い、2メートル以上の距離を取って話す。

 人の密集を防ぎ、やむ得ない場合は換気をこまめにすること。

 これならば、呼気や咳・くしゃみの飛沫で感染するリスクが減る。


 図書館、劇場、美術館、学校など人があつまるところは閉鎖。

 商店も基本閉鎖で国からつぶれないように補助が出る。



 ただどうしても出かけなくてはならないこともある。

 食料品の調達だ。


 先に述べた口や鼻をマスクで覆って、帰ったらマスクを外し石鹸で30秒以上手洗いをすることも指導した。

 多くの人間が集合することも禁止。だから飲食店は持ち帰り以外原則禁止だ。

持ち帰るための容器は自宅から皿や鉢を持ってこさせる。


 そのため、混雑を防止するため買い物ができる日をあらかじめ分けた。

 誕生月が1・4・7・10は光と風の日、2・5・8・11は火と樹の日、3・6・9・12は水と土の日の3グループに分け、できるだけ家族の分も一緒に3日分買うように指導した。


 外に出る人数も最低限で1人もしくは2人で、買い物は1人でし、もう1人は店には入らないようにした。

 正当な理由なく外出制限を破ったものは隔離を行い、自宅に戻れないこともあって人々はそれに従った。



 呼気に含まれる唾液も感染のリスクを高めるので、家の外ではなるたけしゃべらないこと。

 マスクで口を覆うことでそれらは多少防げるが、早く帰宅してもらうためにも実施してもらうことにした。

 家に帰ったら真っ先にマスクを外し、石鹸で手洗いをしてもらう。

 何かものを食べるときも必ず石鹸で手洗いをすることも指導した。


 それを徹底することは難しいが、具合が悪くなったものは街をパトロールさせている兵に申し出てくれれば、教会の治療院に連れてこさせるシステムも作り上げた。


 皆の安全を守る兵がかかってはならないので、彼らの指導と規則が最も厳しかったが、仲間にこの病で亡くなったものがいて、いつも以上に真剣に取り組んでくれた。



 もちろん、移動制限だけでは終息できない。

 感染経路を絶ち、浄化をしなければならない。

 残念ながら黒い呪いのようなものはリカルドにしか見えない。

 リカルドは自分が最前線に立つことは恐れなかったが、少しでも使える戦力が欲しかった。




 それでリカルドはエリーの寮まで来て面談を申し込み、事情を話した。

 リカルドもエリーもちゃんとマスクをし、2メートル以上の距離を取った。


「エリー君、君の従魔モリー君を借り受けたい。

 モリー君は強い聖属性で治癒の力があるからだ」

 リカルドにはエリーが病にかかっていないことはすぐにわかったが、この宣言内容を奏上したものが自らのルールに従わないのはおかしい。


「その、モリーは危ない目に会うんでしょうか?」

「いや、モリー君には聖女ソフィア殿のそばで重症者の治療にあたってもらいたいのだ。聖属性同士が共にいることで力の強化にもなるし、モリー君の力を多くの人前でさらさなくてもよいと思う」


「ソフィアは大丈夫なんですか?」

「彼女は重症患者ばかり扱っている。一緒に魔法をかけていた仲間も疲弊がひどく感染したものもいる。今最も最前線で闘っているのはソフィア殿だと言えよう」


「そうですか……。ごめんね、モリー。ソフィアの側に行ってくれる?」

(行きます!)

 エリーにはモリーの心話は聞こえなかったが、揺れながら飛び跳ねる姿を見て気持ちは伝わった。


「ぼくも行く」

 ドラゴが厳かに言った。

「治癒は出来ないけど、浄化魔法は使える。穢れた場を清めるのならできるよ」

「みぃー!」

「クマー!」


「ありがとう。ではドラゴ君にも手伝ってもらおう。申し訳ないがミランダ君とモカ君はエリー君についていてくれ。特にミランダ君は外に出さないように」

「どうしてですか?」

「猫や犬の感染が判明している。魔獣がかかるかはまだわからないが用心に越したことはない。モカ君は存在を知られては国が混乱する。樹魔法が使える魔獣は隠しておくことが賢明だ」

「お気遣いありがとうございます。どうかモリーとドラゴをよろしくお願いします」

「とにかくエリー君たちは寮で大人しくしてくれたまえ」



 そうして肩にソレイユを乗せたリカルドとポケットにモリーを入れたドラゴは行ってしまった。






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 新型コロナウイルスによる感染についてはこちらの記事を参考にいたしました。


 https://news.yahoo.co.jp/byline/minesotaro/20200421-00174406/


 私は理系ではないので完璧な理解とはいいがたいですが、この病は空気感染するわけではありません。

 呼気にわずかに含まれる唾液を吸い込むことによって感染すると認識しています。

 くしゃみや咳の方が唾液の飛沫は多いですが、長時間一緒にいて話をしていれば感染するリスクが高まるので書かせていただきました。


 これはあくまで異世界で新型コロナウィルスに似たものが発生して、どう闘っていくのかを浅い想像で書いたフィクションです。

 難しい科学的なことはわかっていません。

 でも異世界でも起こったら結構似たようなことをするかなと思って書いています。


 暖かい目で読んでいただけると幸いです。



5/13 手洗いの秒数などを変更しました。


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