もし異世界で新型コロナウィルスに似た病気が流行ったら(中編)


「私たちにも何かできないかな? でも外出できないしね」

 エリーがため息をついたその時、窓ガラスがコツンコツンと音がする。

 レターバードだ。


 開けてみるとクランの薬師頭のロッテさんからだった。

 なんでもよく冬に流行するインフル風邪に効く薬がこの病の症状を和らげるというのだ。

 もし薬を作ることが可能なら作ってほしいとのこと。材料が必要なら届けるとある。



「モカ、インフル風邪の薬のための薬草」

「全部あるし、必要なら増産する」

「薬草を一度乾燥させなきゃいけないの。ミラも手伝ってくれる?」

「みゃあ!」


(聖属性の治癒士は数が少なく、皆さん疲弊されている。

 すぐに治癒が受けられない人もいるだろう。

 薬で緩和されれば、弱い治癒魔法でも治るそうだ。

 水系の治癒魔法はあんまり効かないのが残念だけど)


 エリーは薬を作ることの了承と材料不要なことを返信し、残されたみんなで薬を作ることに没頭した。




 モリーをソフィアに預けた時に、ドラゴはエリーからといって聖属性のタリスマンをそっと渡した。

 レオンハルトの兄を癒した神レベルのタリスマンだ。



「これをわたくしに?」

「うん、エリーはソフィアが心配だからとぼくに預けたんだ」

「これはすばらしい力を感じるわ。こんな高価なものいただけない」

「エリーの気持ちだよ。手伝えないもどかしさがあるから」


 ソフィアは少し思案して、

「わたくしはこの病を患者さんと共に闘うわ。だから終わったら返すからその時においしいお茶をふるまってとエリーに伝えて」

 別にいいのにとドラゴは思ったが、ソフィアの気持ちも分からなくはなかったので、頷いておいた。



 それからドラゴが配属されたのは、個人で聖属性の治療院をしている治癒士のところだった。

 一人で働いているので、場所や装束の浄化も一人でやっている。

 しかし、治癒を願い出る人の多さに浄化が追い付いていなかったのだ。


 ドラゴがあまりに小さくて胡散臭そうに見られたが、リカルドの紹介状は信用された。

「ぼく、治癒は出来ないけど浄化は出来るから。とにかく汚れてるもの出しなよ」

「奥の部屋に全部突っ込んであるんだ。できれば急いでやってほしい」

「わかった。でもまず君を浄化」

 ドラゴは治癒士と治療室に浄化魔法をかけた。


「うわっ、ピリピリする。でもありがとう。ホント助かる」

「どういたしまして。では作業とりかかるから」



 ドラゴは奥の部屋に入った。そこは治療の記録などをつける事務室のようだったが、今は白装束やベッドのシーツなどが浄化できず乱雑に置かれていた。

 ドラゴはそれをきれいに浄化した。

 浄化よりも時間がかかったのは装束やシーツを折りたたむことだった。

 たたんでないと浄化できてないものと区別がつかないからだ。


「これ一発でできる方法あればいいのに。ウィル様に教えてもらわなきゃ」

 ドラゴは家事に役立つ魔法も習おうと心に決めた。




 モリーとタリスマンのおかげでソフィアの疲れが吹き飛んだが、終わらない人の列を見るだけで暗闇の中を手さぐりで歩いているようだった。

 それでもソフィアは治療にあたっていた。


「聖女。急患です!至急見てください!!」

 運び込まれたのは一人の老女だった。

 呼気が止まっており、すでに顔色もおかしくなっている。

 命の火が消える寸前だった。

「すぐにベッドに!」



 ベッドに横にした瞬間、老女の口が開いた。

 するとソフィアのポケットに入って一緒に治癒を行っていたモリーが飛び出して、老女の口の中に飛び込んだ。

(モリー!)


 本当は叫びたかったが、リカルドからモリーの力を出来るだけ内密にと言われていたし、エリーに迷惑かけたくなかったので何とか耐えて、治癒魔法をかけた。

 同時にモリーも体の中から治癒魔法をかけ老女の体は内も外も輝いた。


 すると止まっていた息が回復し、モリーがコロンと飛び出てきた。

 モリーは呼吸を止めていた病巣を中から治癒して、息ができるようにしてくれたのだ。

(モリー、ありがとう。あなたのおかげでこの方を救えました)


 それからもモリーは意識のない患者を内側から治癒し、命を救った。

(ありがとう、エリー。やっぱりあなたは英雄だわ、こんな素晴らしい仲間を送ってくれたんですもの)


 ソフィアは神とエリーに感謝し、さらなる治療にあたる勇気を得た。

 彼女のやる気ある姿は、周囲にも伝わり教会治癒士たちの士気を高める結果になった。




 エリーの部屋は完全に調合室に変わっていた。

 モカが薬草を採取、洗浄し、ミランダが乾燥粉砕、エリーが調合し魔力を込めていく。

 流れ作業のようにしているうちにモカの薬草畑の薬草を使い切った。

「あたし、シークレット・ガーデンでしばらく薬草育ててるから」

「ありがとう。ごめんね、一番大変なところなのに」

「これでも聖獣よ。任せといて」

 そういってモカは自分の胸を叩いた。


 エリーは薬ができたことを知らせる手紙を送ると、マスターから箱が届いた。



「エリーへ 

 薬はこの中に全部入れてくれ。

 入れ終わったらクローズの魔法をかけてくれれば自動的にクランに届く。

 よろしく頼む

                           クランマスター」



 それで言われた通り、全部詰めてクローズの魔法をかけると箱は転移していった。



 今日の分はとりあえず終了ということで、モカを手伝おうとシークレット・ガーデンの扉をたたいた。

 モカが作業中にエリーたちも入れるように特別に取り付けた扉だ。


 開けるとモカが畑の中で倒れていた。

 驚いて駆け寄ると、モカは夢の中だった。

「むにゃむにゃ、そのケーキあたしの……」


 エリーはほっとして、そっとモカを抱きあげた。

 ちゃんと足元の畑には薬草の芽が出ている。この成長を早める魔法をかけて疲れてしまったんだろう。

「おいしいケーキ焼いてあげるね。モカ」




 リカルドは教会付きの聖騎士を中心とした浄化部隊を結成していた。


 第一の仕事は感染者を教会に連れていき、その場の穢れを払って新たなる感染者を増やさないようにすることだったが、この病の蔓延の原因が悪魔のせいかもしれないという疑惑もあった。

 それでレオンハルトのために王都に戻ってきていたオスカーと共に大規模感染のあったところや貧民街スラムを巡っていた。



 その場にドラゴが転移してきた。

「おい、お前の指定した治癒院は全部浄化を終えたぞ」

「ありがとうドラゴ君。それではエリー君の元に帰ってくれたまえ。

 明日も今日と同じところに行ってほしいんだがどうかな?」


「わかった。モリーを迎えに行ってもいいか?」

「すまない。今大聖堂カテドラルの中に入るものを制限しているのだ。

 モリー君はソルに送らせるよ」

「そうか」

「エリー君の元に戻る前に必ず君自身に浄化魔法をかけてくれ。

 少しでも穢れが残っていたら感染リスクがある」

「わかってる。じゃ明日」

「よろしくお願いする」

 ドラゴはそれを聞くと同時に転移して消えた。



「あれは……」

 祓魔士であるオスカーが尋ねた。

「私の従者……レオンハルト殿にタリスマンを貸した者ですが、彼女の従魔です」

「なんと規格外な……。人化、転移、浄化魔法も使える魔獣など聞いたこともない」

「私もラインモルト枢機卿と同意見とだけ言っておきましょう」

 オスカーもそれ以上は尋ねなかった。




 ドラゴは初めエリーの元に戻ろうと思ったが、洗濯物をたたむ魔法を習いにクランハウスへ戻った。

 そのまま入ろうとしたが、リカルドに言われたことを思い出す。

(人間がちゃんと手洗いしなきゃダメなんだから、ぼくも浄化しとかなきゃ)

 今このクランハウスにいるメンバーにこの病は感染しないが、他の人間がやってきてうつると困るからだ。


 玄関前にはビアンカが立っていた。

「ただいまー。ウィル様いる?」

「ドラゴ。おかえり。エリーちゃんは元気?」

「うん、エリーは部屋でいるし、手洗いもちゃんとしてる」

「そう、ならよかったワ。マスターなら執務室ヨ」

 その時、エリーから箱が届いた。開けると大量の薬だった。


「アラまぁ、こんなに作って」

「エリーは真面目だから、何とかしたいんだよ」

「そうネェ。無理してなきゃいいけど。ルード、エリーちゃんから薬届いたワヨ」

「わかりました。俺はこっちでできた薬と合わせて王城に納入してきます」

「ヨロシクネ」



 ルードが転移ではなくロバに荷車をつけて薬を運んで行った。

 一応、王城には転移できないことになっているからだ。


「王家に薬を売るの?」

「違うワ。使ってくださいとお納めするの。つまりタダ」

「なんで?」

「アタシたち魔族がこんな時に金もうけなんかしたら、後でたたかれるのがオチヨ。

 たいして高価な薬でもないからネ。

 もちろんエリーちゃん達にはマスターがお金を支払うワヨ」



 ビリーがいいのならドラゴも構わなかったが、エリーが嫌な気持ちになるかもなと思った。

 お金のことじゃなくて、魔族への差別に対してだ。

 ドラゴ自身はあまり気が付いていなかったが、エリーがそういうことに敏感なおかげでそういう人間たちの態度によく気が付くようになっていた。



「そういやジャッコさんは?」

「ジャッコ? あいつは王都の外にいる従魔たちが感染していないか見に行ってるワ。発端は王都の外からやってきた旅人だったんデショ。

 犬猫がかかるって話だから心配なのヨネ」


 ドラゴは知らないが、ジャッコ自身が白虎なので猫系魔獣なのだが神獣なので当然かからない。



 この世に病が蔓延する理由はわからないが、野生の生き物は病気や災害で数が減っても強い個体は生き残る。

 その個体の子孫が命をつないでいくか、淘汰されるかは自然の摂理だ。


 でも今回の病は本当に自然に生まれたものなのか?

 王都以外に発症した話を聞かないところが怪しいとビアンカは感じた。

 人間の旅人が王都まで転移してきたとは思えないからだ。

 ユーダイのような勇者でもなければ、転移できる人間はそうはいない。



 その考えはビリーも同じだったようだ。

「あっ、ウィル様」

 ビリーがマスタールームから出てきたので、ドラゴは寄って行った。


「ウィル様、ぼく洗濯物を早くたたむ魔法が知りたいんだけど」

「洗濯物?」

 ドラゴは事情を話すとビリーは頷いた。


「教えるのはいいが先に用を済ませたい。明日の朝、もう1度来てくれ」

「どこか行くの?」

「この病の発生に関係しているかもしれないところがある」

「ぼくも行く」

「もう夜も遅い。エリーたちがお前もモリーも戻ってこないので心配している」

「アタシがついていこうかしら?」

「ビアンカは留守番してくれ。クランに患者が発生したら対応する必要がある」

「ハイハイ、アタシは聖属性の方は全然だけどね」

 そうしてビリーは行ってしまった。


「ドラゴ、アンタはエリーちゃんのところに帰りなさいヨ」

「うん」



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 新型コロナウィルスによる感染についてはこちらの記事を参考にいたしました。


 https://news.yahoo.co.jp/byline/minesotaro/20200421-00174406/


 これはあくまで異世界の話でフィクションです。

 現実世界と同じではないので、混同しないでくださいね。


 あと私は理系ではないし、医療関係者でもないので、科学的根拠に基づいてお話を書いていません。

 設定緩いと思います。


 皆様のお暇つぶしの一つとして書いたものですので、どうか暖かい目で見てくださいませ。


 どうぞよろしくお願いいたします。






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