20万円課金するから召喚されてと言われたから残念美人なお姉さんのところに行くことにしました

すかいふぁーむ

第1話

「課金20万円かー」

「趣味なんだから良いだろって思うんだけどな」

「ま、金があるなら良いけどさー」


 そんな金があるなら俺に課金してくれと思う。いや俺が何か出来るわけじゃないんだけどさ。


「ま、俺らは20万くらい余裕で使えるように稼げるようになりたいな」


 下校時のいつもの分かれ道。いつもつるんでる目つきが悪いくせに面倒見のいい晴人がそう言って反対方向に消えていった。


「課金かー」


 自分が20万あったらなにに使いたいか考えてみる。好きに使えるとして……だめだな、見当もつかない。学生が考えるにはなかなかの金額だ。

 そんなことを考えながら歩いていたからか、フラフラした足取りの女の人とぶつかってしまった。


「すみません!」

「死にたい」

「ええ?!」


 ぶつかっただけで!?


「わかってたの……どれだけ貢いだって答えてくれないって」


 闇が深そうだ。怪我もないようなので足早に離れようと思う。


「じゃ、お気をつけて」

「待って」

「はい……」


 しかしまわりこまれてしまった!


「かわいそうなお姉さんを慰めて」


 この場合あれか? 男女が逆なら通報案件だけど、警察は動いてくれるんだろうか……?


「ちょっと?! 慈悲はないの!?」

「貴方にはない」

「会ったばかりなのに辛辣!」


 だってなぁ……。なかなかポジティブにはならない要素が強い。

 ボサボサの髪に眼鏡をかけてスウェット姿でぶつぶつ話すお姉さんだ。怪しい以外の何者でもない。


「良いから聞いて」

「はぁ……」


 まあなんか、貢ぐとか言ってたし、ダメな男に搾取されてるのかもしれない。でもそうなると余計近寄らないほうがいいのでは? 変な男まで出てこない?


「なに……?」

「んー……まあなんか、彼氏とかいなそうだしいいか」

「失礼! いないけど! 生まれてこの方28年いないけど!!!」

「そこまでなんだ……」


 ますます哀れだな。お姉さん。


「ふふ……いいの……勉強しなさい勉強しなさいって育てられてきて、いざ社会に出てもなんの役にも立たなかった……でもそれでもね? 社会人になってまた勉強したのよ? いっぱい資格も取ってね?」


 まずい。なんか始まってしまった。


「なのにね。勉強以外のことなんてしてたら怒って、彼氏なんて連れてこようものなら怒鳴られる親だったくせに、突然子供はまだかとか言ってくるのよ!!!」

「あれ? 彼氏いなかったんじゃないの?」

「見栄張って嘘ついたの!!! そしたら怒鳴られたの!」


 どっちもどっちだと思う。


「とにかく! もうね、働いて働いて、疲れ果てた私に振り返る孫の顔が見たいとかいう理不尽な指示! ふざけんなー!!! 相手もいないのにどうやって産めってんだー!!! 私はじゃがいもかなんかか! 勝手に増えると思ってんのか!!!」

「落ち着いて……」


 道路の真ん中で喚き出す28歳独身女性をなんとかなだめる。

 これ以上目立ちたくない。


「目立つの、いや?」

「そりゃ、まあ」

「じゃあこっち」

「へ?」


 なぜか手を取られて歩き出した。


「ちょ、ちょっと!? どこ行くんですか!」

「いいから黙ってついてこーい」


 有無も言わさずお姉さんにアパートの一室に連れ込まれた。


「これ通報したら勝てるのでは……」

「ふふ。好きにすればいいわ! 今の私に怖いものなどないわ!」

「なにがお姉さんをこうさせたんだろう……」


 テレビをつけて待ってろと言われたのでそうすることにした。

 程なくしてお姉さんが戻ってくる。え? あれ? 誰?


「なによ」

「いや……どちら様ですか」

「そっか、名前も言ってなかった。観月みつきって呼んで」

「観月さん、えっと……」


 眼鏡をとったら別人とか漫画の世界だけだと思ってた。いや色々変わってるせいだけど、髪を整えて眼鏡を外して、スウェットから薄着に着替えていた。

 とにかく、家に帰ってきたら美人なお姉さんになっていた。なんということでしょう。


「ふふ。あーあー、あ! ニュースだ。んー? 課金20万? あははは」


 中身は相変わらずだった。


「課金20万ってやっぱ社会人でもやりすぎなんですか?」

「ん? 足りない」

「え?」

「足りない」

「なにが……」


 おもむろに取り出されたスマホ。俺も知ってる有名なソシャゲの画面が表示されていた。そこには見たこともない数の課金アイテムと最高ランクのキャラたちが並んでいた。


「367,800円」

「は?」

「367,800円です」

「総額?」


 観月さんが静かに首を振った。


「今回のガチャにつぎ込んだ分」

「まじ……?」

「まじ」


 見た目は清楚な美人だというのにやってることが完全にダメ人間のそれだった。


「うわーーーーーん。お姉さんを慰めてえええええ」

「ばかなの?」

「うわああああああひどいいいいい。あれ? でもちょっと気持ちいいかも? もっと言って?」

「気持ち悪いわ!」

「あ、いいかも!」


 だめだと思う!


「ねえねえ」

「なんですか……」


 ぐいっと顔を寄せてくる観月さん。こころなしか顔が赤くなっていて身の危険を感じるが、なまじ美人なので無碍にできない自分が悔しい。ちょっとドキドキする……。


「一回、ヤッてみない?」

「酔ってます?」

「失礼なー! 確かに高校の友達にも、観月ってお酒飲めないくせにすぐテンション上がっていいよね―とか言われるけどさ!」

「いい友達を持ってますね」


 ストレートに言い合えるのはいいことだ。


「はい。で、ガチャだよ」

「はあ」

「一回、ヤッてみて」


 ガチャか……。言い方をなんとかして欲しい。


「さあさあほらほら、減るもんじゃないしさ?」

「観月さんの課金アイテムは減りますけどね」

「そんなのまた増やせばいいから大丈夫! 何のために仕事してると思ってるの!」


 少なくともソシャゲのガチャのためではないと思いたかった。


「まあ、引くだけなら」

「よしきた! ゴーゴー、あ、こっちこっちー! 10連じゃなきゃもったいないでしょー!」


 単発で引こうとしたら止められた。良いのか? これ一回で結構いい観飯食べられるぞ?


「はやく! はやく!」


 いいか。


「お?」


 10連召喚と書かれた文字を押すと画面に光が溢れ、光がやがて虹色に変化した。


「確定演出きたあああああああああああああああああ」

「うるさい!」


 耳元で騒ぎ出す観月さんを突き放すが、俺が携帯を持っていてそれにかぶりつきになっているせいで剥がれない。色々あたってる! やめて!


「はあはあ。お? おお? おおおおおおおおおおおおおおおおお」

「良いのでましたか?」


 光ったあとはもうよくわからないけど、今回ピックアップされてたのは出た気がする。


「わああああああああああああああああああああ! あんなに引いて出なかったのに! 一発!!!! すごい!!!!!!!」


 テンション爆上がりだった。悪い気はしないがうるさいし抱きつかないでください。お願いします。おっぱいが顔にあたってます。結構大きいよ!


「すごいすごい! ありがとう! この調子でもう一体出せるかな?」

「え? まだやるの?」

「うんうん。だってほら、さっきカード買ってきたし」


 観月さんの手元には上限50,000円のカードが6枚あった。ババ抜きみたいにこちらに見せびらかしてくる。怖い……。


「流石にご近所にこんなバカみたいにカード買ってるのバレるとあれだから、外ではあの格好なんだけどさ」

「バカなのは自覚あったんだ」

「傷つきました! お姉さんは傷ついたのでもう一回引くまで返しませーん!」

「はあ……」


 観月さんが動くたび立てセーターのおっぱいが揺れるので気をそらすためにも画面に向かうことにした。


「そう何回もでませんよ?」

「そんなこと私が誰よりわかってるよ!」

「そうだった……」


 まあいいか。もう一度10連召喚と書かれた文字を押す。


「おお!? また!!?!?!!」


 画面に溢れた光は再び虹色に光りだしていた。


「すごい! すごうぇええええええええまたきたあああああああああああああふおおおおおおおおおおおおおお」

「うるさい!」


 そろそろ隣近所からクレーム来るぞ!


「すごいすごい! ほんとにすごいよ! えっと……」

まなぶです」


 名前すら知らずにやり取りしてたんだな……。


「ねえねえ。もう一回?」

「だめ。これ以上は泥沼です」

「そこをなんとか! この子をあと4回引くまでは………!」

「無茶言うな!」


 そもそもこれまで36万つかってでなかったのをたまたま2回出たくらいであと4回とするのはもう無茶がすぎるだろう。


「やっぱりだめだー」

「ええ……」


 目を離したら課金していた。


「うう……このまま私が引いてもまた30万円の石がごみに変わる……」

「やめればいいのに……」


 当然そんな言葉は聞き届けられなかった。そうこうしているうちに観月さんは3回ガチャを回して爆死していた。


「ひどいよー。もー!」

「ほんとに運がないな……?」

「違うからね!? そもそも2回引いて2回も出してるのがおかしいんだからね!」

「はあ……」

「というわけで、もう一回!」


 まあここまで観月さんに出ないのを見てると、自分が何を出せるのか気になっても来る。

 仕方なく一回だけボタンを押すと、また画面が虹に包まれていた。


「ふあああああああああああああああああああ」


 観月さんはおかしくなっていた。いやそれはもともとか……。


「しゅごすぎ……あれ? ちょっとまってね」

「ん?」


 何やらすごいスピードで紙になにか書きなぐり始める観月さん。しばらくするとぱっと顔を上げた。


「40万円自分で使うより、学くんに一回20万円払って来てもらうほうが効率がいい!」

「バカが居る」


 ホンキでそう思った。何の計算かと思ったわ。


「どう? 悪い話じゃないよね?」

「流石にバカを騙して金儲けは俺の心に悪い!」

「ひどいよ! せめて私に悪いって言ってよ!」


 そんな感情は微塵も湧いてこなかった。不思議だね?


「とにかく! 私は学くんに課金する。学くんは私のガチャを引く。Win-Winだよ!」

「もう何がWinなのかわからなくなってきたよ……」

「はい、じゃあ今日の分です」

「カードで渡すな!」


 なんだかんだ言って楽しくて目が話せない美人なお姉さんを前に、お金のことは置いておいたとしても、少しくらい付き合うのも良いかも知れないと思ってしまう自分がいた。


 今思えばこのときの俺は少し、おかしくなってたのかも知れない。

 ただまぁ、それで今の幸せがあるなら、もう良いんだと思うことにしよう。

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