遊女と巫女と雨女と3

 太陽が色付き出すと、夕立がきた。

 詠と謳は夕立が過ぎるのを待ち、通りの方に出かけていった。旅館に忘れていった蝶柄の着物を取りに行った後、魚を運ぶ漁師の列に並んで魚市場へと上った。

 雨上がりで、焼け石に水をかけた通りはじめじめしていて蒸し暑かった。風が吹けば涼しくなるのだが、潮風はぴたりと止まっていた。

 残った金で鰈と海老、通りに下りて米と野菜を買った。遊郭を過ぎったが、格子の中にいたのはお天ではなかった。詠はふっと息を吐き出した。

 遊郭の件で謳は執拗に迫ってきた。誤解を解くため、詠は茶屋に寄った。


「さあ、説明してもらいましょうか。昨夜、私が酔って寝ている間に遊郭に行ったのね?」


 詠が控えめに頷くと、謳は大袈裟な仕草で嘘泣きをした。


「ぐすん……お姉ちゃん、悲しいわ……私というものがありながら……」


「このブラコン……行くつもりはなかったんだけど、散歩をしていたらお天ちゃんに声をかけられてさ。初回はただだから琴を聞かないかって誘われて、せっかくだしそうすることにしたんだ。聞き終わったらそういう雰囲気になって――」


「エッチしちゃったの!?」


「ちょっ、でかい声で言うなってっ! してないしっ! 結局、勇気が出なくて逃げちゃったんだよっ! 言わせんなよ、恥ずかしいっ!」


「本当にしてないの?」


「してないって! 俺にそんなことができると思うか?」


「あー、言われてみればそうねぇ。詠くんって、案外へたれだものね。ごめんなさい、疑っちゃって」


「……わかってくれたならいいけど、なんか複雑だ!」


 それから二人は団子と冷たい緑茶で一服しながら姫那家のことを話し合った。


「遊女を身請けするなんて相当なお金持ちじゃないと無理だわ。私たちにどうにかできるような金額じゃないことは目に見えているわ。なんとかしてあげたいんだけど」


「そうだなぁ。お天ちゃんが帰ってきたら、汐江さんも元気になってくれるだろうしな」


 姫那家の問題はもはや他人事ではない。

 過去が変わったら未来まで変わってしまうという映画を見たことがある。その映画は最終的に過去を修正して現実に帰るのだが、この状況はそれに似ていないだろうか。姫那家がここで途絶えたら詠と謳は生まれてこない。これは現実に戻る以前の問題だ。

 詠は団子を口いっぱいに頬張った。

 浮かび上がる案は次から次へと撃ち落とされていく。ろくでもない方法しか思いつかない。

 団子を飲み込んだら、開き直った答えが出てきた。


「いっそのこと遊郭の主と交渉してみるっていうのはどうだ? お天ちゃんは誘拐されたようなものだし、それで借金を増やしているならなおさら許せない。殴り込みに行こうぜ」


「わぁ、思い切った案ね。うーん……現実的じゃないけど、今はそれしか方法がないかもしれないわね」


「いざとなったら刀で脅してみるか」


 この時、二人は冷静ではなかった。詠は深いことを考えずに行動しようとし、謳は流れに身を任せようとしていた。それゆえに、無茶な案の実行を決めることができた。


「よし、お天ちゃんが現れ次第、殴り込み決行だ」

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