遊女と巫女と雨女と2

 旅館の部屋に戻ると、謳は芙蓉の花柄の浴衣に着替えて団扇を煽いでいた。蝶柄の着物は少し暑いのだという。


「謳姉、二日酔いはどう?」


「温泉に入ったら大分ましになったわ。遅かったわね。どこかに行っていたの?」


「ちょっと山の上の神社まで散歩してきた。そうそう、この時代ではまだ夏祭りが終わってないみたいだぞ」


「そうらしいわね。私もそんな会話が耳に入ってきたのよ」


「いつ開催されるんだ?」


「明後日ですって。今年は二度も夏祭りを楽しめるなんてね」


「また花火の爆発で死んだりして」


「もう、縁起でもないことを言わないの。それより詠くんとまたデートできるなんて幸せだわ。江戸時代の夏祭りはどんな感じなのかしら」


 夏祭りに胸を躍らせる謳を尻目に、詠は神社で出会った巫女のことを考えていた。

 彼女の神楽を見てみたい。彼女が神楽を舞ったらどんなに美しいことだろう。例の特徴的な足運びは神楽の練習だったのかもしれない。


「花火はどこで見ようか? 堤防で見るのは抵抗があるわよねー。花火に殺された場所でまた花火を見るなんて気持ちがいいものじゃないわ。ねぇ、詠くん?」


 心ここにあらずの状態でぼーっとしていると、謳が着物の裾を引いてきた。


「詠くーん、聞いてるー?」


「ああ、ごめん、聞いてなかった。なんか言った?」


「もうー。花火はどこで見ようかって言ったの。まあ、いいわ。そんなことよりこれからどうする? 二日酔いが治ったらお腹が空いてきたわ」


「じゃあ、まずは腹ごしらえからだな。通りの坂の上に魚市場があったから、そこで魚を食べたらどう? 七輪で焼いてその場で食べられるみたいだったけど」


「いいわね。それからどうしようかしら? 夏祭りまで特にすることもないのよね。お金は夏祭りのために取っておきたいし」


「家に帰るか? ぼろぼろだったけど、野宿するよりはましでしょ」


「そうね。そうしましょうか」


 手厚い見送りを背に受けて旅館を後にし、二人は坂の上の魚市場を訪れた。

 朝を過ぎて昼になりかけていたため、魚の数は最初に通った時よりもかなり減っていた。港に引き上げていく漁師もちらほら出てきて、魚市場の熱は徐々に冷めていった。

 謳は鯵を塩焼きにし、栄螺に醤油をかけて壺焼きにした。匂いで詠も食欲をそそられて、追加で栄螺を焼いた。

 からっとした晴天。海の上に城のごとき入道雲が聳立している。もしかすると、夕方あたりにこの町に雨を降らせるかもしれない。

 照りつける日差しの下、詠と謳は坂を下っていった。レンタルショップとは反対の方向に進んでいるせいか、日常を逆行しているような気がした。


「早く元の時代に帰りたいな。DVDを返しに行かないと延滞料金がかかる」


「あははっ、江戸時代にタイムスリップしてまでそんな心配? 多分だけど、元の時代の時間は進んでないんじゃないかしら。だって、私たちが過去にいるのに現実の時間が動いていたら、世界が二つあることになってしまうと思わない?」


「なるほど……って、ちょっと待てよ。現実に戻ったらまずくないか? 花火で死んだ直後に戻るってことだよな?」


 急に不安になったのか、謳の顔がさっと青ざめた。


「き、きっと戻る方法がわかったらうまいこといくわよ。もうっ、詠くん! 縁起の悪いことを言わないの!」


「ごめんごめん」


「ごめんじゃ済みません! 怖くなってきたから手を繋いでもらうわよ!」


「えー……」


「えー、じゃない! ほら、観念して手を出しなさい!」


 不安になると手を繋ぎたがる謳は無理矢理詠の手を掴んで握った。

 内心では詠も不安だった。ふと立ち止まると、このままここで年老いて死んでいくのではないかという気がかりが浮上してきて、意味もなく右往左往したくなった。

 廃屋のような愛染家が目前に迫り、謳は意気消沈した。


「ここが私たちの家だなんて未だに信じられないわ。おばあちゃんいわく私たちの家は歴史ある家らしいけど、どうやったらこれが未来の私たちの家になるのかしら」


「まあ、まだ江戸時代だからなんとも言えないよな。きっとこれから誰かが住み着いて大きくなっていくんだろうさ」


 玄関の戸をがらりと開ける。

 二人はその場に立ち尽くした。思わず「えっ?」と間抜けな声が漏れた。

 あれ? 家を間違えたかな? いや、待て待て。海のそばに孤立した家なんだ、間違えるはずがない。ここは愛染家だ。じゃあ、この人は一体誰なんだ?

 家の中にいたのは一人の女性だった。

 年は大体三十代後半くらい。つぎはぎだらけで黒ずんだ着物を着ており、顔色は病的なまでに青白い。剥き出しになった四肢は痩せ細って指まで骨ばっている。整った容貌には妖艶さの残滓が垣間見える。

 女性は破れて綿が飛び出した布団の上に横たわっていた。玄関の戸が開けられると、彼女は緩慢な動作でむくりと起き上がった。その力さえもほとんど残っていないようだった。


「あなた……」


 開口一番、女性は虚ろな瞳で詠を見つめながらそう言った。それからほっそりとした手を伸ばしたが、二人は唖然としてわずかに後退った。

 寝ぼけているのだろうか。どうやら誰かと勘違いされているらしい。


「あなた……あなたが死んでから大変だったんですよ……知らないうちに借金がかさんで、お天まで連れていかれてしまって……よくぞ帰ってきてくださいました、あなた……」


 お天――聞き覚えのある名前だった。いや、記憶に新しい名前だった。昨夜、遊郭の格子の中にいた遊女の名前だ。

 琴の演奏を聞いたところまではよかったものの、着物の帯を解いた途端に腰が引けて逃げ出してしまった。もし自由にタイムスリップできるなら、昨夜の自分をぶん殴ってやりたい……今すぐにでも忘れたい記憶だ。

 女性は「あなた」を連呼してすすり泣いていた。まじまじ注視すると、なんとなく彼女に既視感があるような気がした。


「謳姉、この人、どこかで見たことないか?」


「うんうん、私もそんな気がしていたのよ。この家にいるってことは、愛染家と縁がある人なのかしら」


 すると、女性はぱたりと力なく布団に顔を埋めて意識を失ってしまった。


「大変だ。謳姉、ひとまず水を探そう」


「そうね。詠くんは外を見てきて。私はおしぼりの代わりになりそうなものを探すから」


「わかった」


 こういう時、謳のしっかり者の一面が発揮される。

 俺が風邪を引いた時なんかはつきっきりで看病してくれた。風邪がうつっても家事は休まず、寝る間も惜しんで翌日の弁当を作ってくれた。その背中を見ていると謳姉の愛がひしひしと伝わってきて、胸の奥から熱いものがじーんと込み上げてきたものだ。

 詠は家の外に小さな井戸があるのを見つけた。

 釣瓶で水を汲み上げる。桶に水を移し替えて家の中に運び、謳が押入から探し出した布切れを浸す。

 女性を仰向けに寝かせて額に手を当てると、高熱があることがわかった。謳は彼女の首元を布切れで濡らし、顔の汗を拭いてから額にそれを載せた。看護師のように手際がよく、詠はただただ感心した。

 女性は「あなた……お天……」と譫言を繰り返す。

 察するに、この女性は夫を亡くした未亡人でお天の母のようだ。借金があるということはただごとではない。

 五分ほどして女性は気がついた。謳はひび割れた茶碗で水をすくって彼女に飲ませた。


「ありがとうございます……あの、あなたたちは……?」


「私は愛染謳といいます。この子は弟の詠。えーっと、どう説明したらいいものかしら……未来から来たなんて言っても信じてもらえないわよね」


 確かに、未来からタイムスリップしてきたと説明しても、あまりにも突飛すぎて混乱させてしまうかもしれない。かといって、嘘をついても後々ぼろが出て面倒なことになる。

 詠は謳に目配せした。視線で「本当のことを話そう」と伝えると、彼女もまた視線で頷いた。


「信じられないかもしれませんけど、私たちは未来から来たんです。花火の爆発に巻き込まれて死んだかと思ったらこの時代に来ていたんです」


 しかし、女性はぽかんと口を開けて静止した。当然の反応だろう。

 どうにかわかってもらおうと謳は説明を続ける。


「未来ではここが私たちの家になるんです。未来では侍もいないし、遊郭も営業してないんですよ」


「遊郭……! それは真ですか……? 未来では遊郭がなくなるのですか……? いつなくなるのですか……?」


 女性は目を見開いて謳の腕に縋りついた。謳はなだめるように彼女の肩をさすった。


「落ち着いてください。遊郭が禁止されるのはずっと先のことですよ」


「……そうですか」


 女性はか細く嘆息し、身を起こして居住まいを正した。


「お見苦しいところをお見せしました。私は姫那汐江ひめなしおえと申します」


「姫那……あっ! 謳姉、まさかこの人……」


「ご先祖様だったのね! 道理で既視感があるはずだわ」


 汐江と名乗った女性は、かつて写真で見た祖母の若い頃にそっくりだった。写真の祖母よりも随分と病弱そうだが、目鼻立ちにははっきりと美しさの面影が残っていた。

 ちなみに、祖父母も姫那という名字だった。江戸時代から現代まで家系が続いているのを言葉通り視認することができた。

 汐江は詠に視線を注いで頬を緩めた。慈愛のある優しい瞳だった。


「その着物と袴、私の夫のものだったんですよ」


「えっ!」


 そうだった。どれも押入と箪笥を漁って手に入れたものだということを忘れかけていた。畳の下からは金を掘り返して、その金も一日で大半を使い果たしてしまった。空き巣紛いだと思っていたのもあながち間違いではなかったようだ。

 後ろめたさと羞恥が爆発し、詠はほとんど土下座をするような形で頭を下げた。


「す、すみませんでした! 俺のために用意されたものだと勘違いして勝手に着てしまいました! 金を盗んだのも俺たちなんです!」


 蝶柄の着物を旅館に置き忘れてきた謳は素知らぬふりをして口笛を吹いていたが、詠が金のことを打ち明けると一緒になって謝った。

 本来なら激怒されてもおかしくない場面だが、当の汐江は感情を高ぶらせるばかりかにこやかに表情を綻ばせていた。


「よいのですよいのです。空の上で夫もさぞ喜んでいることでしょう。この家にあっても宝の持ち腐れというものです。どうぞ使ってやってください。それに、あなたたちは悪い人間ではなさそうです。姫那家と縁があるようでございますし」


「信じてくれるんですか?」


「はい。疑っても仕方ありません。私にはもう得るものも失うものも何一つとしてございませんから。あのお金でこの町を楽しまれましたか?」


「……ごめんなさい。ほとんど使ってしまいました」


「謝らないでください。楽しまれたのなら私も幸せでございます」


「でも……畳の下には相当な金額が入っていました。これからの生活に困りますよね?」


 絶望を含んだ微笑。汐江はか弱く目を細めた。


「もう、よいのです。私は夫も娘も全て失いました。もはや生きる気力もありません。お恥ずかしい話、実はこのまま死ぬつもりだったのです」


「そんな……」


「私は母失格です。娘を守ることもできなかった母に生きる価値はありません」


「…………」


 汐江の瞳には深い悲哀がたたえられていた。死んでも後悔はないという負の強さがあった。かつての詠と同じだった。人生に絶望して重度の無気力に襲われていた彼の瞳と同じだった。絶望の種類こそ違えど、二人の瞳は同じ色をしていた。

 だが、詠はレンタルショップに通うようになってから変わった。彼女と出会って変わった。まだ後悔が残っていた。もう死んでもいいとは思わなかった。

 詠は汐江のために何かしたいと思った。無論、罪を償いたいという気持ちもあったが、純粋に助けたいという気持ちの方が強かった。そして、何より遊郭にいたお天のことが気になった。


「汐江さん、一体何があったんですか? 俺たちでよければ協力しますよ。なあ、謳姉?」


「うん。なんでも言ってください。ご先祖様には長生きしてもらわなきゃ」


「ありがとうございます、詠さん、謳さん。ですが、お話ししてももうどうしようもないことなのです。もう手遅れなのです。娘は――お天は帰ってこないのですから……ごめんなさい。泣き言ばかり言っていても仕方ありませんね。わかりました、お話し致しましょう。少々お待ちください。これからお茶を淹れますので」


「いやいや、汐江さんは安静にしていてください。熱があるんですから」


「気遣いは結構ですよ。とりあえず、横になってください。体温を下げないと熱が治りませんよ。さあ、どうぞ」


「そうですか……では、お言葉に甘えて。失礼ながら横になってお話しさせていただきますね」


 汐江は硬くみすぼらしい布団に身体を横たえた。謳は布切れを水で絞り直して彼女の額にぴたりとくっつけた。


「少し楽になりました。さて、まずは何から話したものか……そうですね、夫のことからお話ししましょう。刀があることから察しはつくかと思いますが、私の夫は侍でございました。名のある侍ではありませんでしたけれど、この町では有名でありました。かつてこの町には悪がはびこっておりました。遊郭が悪漢を呼び寄せていたのです。夫は刀一本で悪漢共を倒して町に平和を取り戻しました。これで夫は一躍有名になりました。何しろ夫は悪漢を一人も殺めていなかったのですから」


「えっ、じゃあ、どうやって悪漢を倒したんですか?」


「峰打ちです。不思議なことに、峰打ちを受けた悪漢は改心してこの町のために尽くすようになったと言われております。真偽は不明ですが、私は夫を信じています。いずれにせよ、夫が人生で一人も殺めていないことは確かです」


 汐江の夫は理想の侍であった。人間を殺さずして改心させるという穏健な人物であった。彼は詠の侍へのイメージを覆したが、侍の男らしさは揺るがなかった。

 何も殺すばかりが刀ではない。相手を圧倒して戦意を喪失させるのも強さのうちだ。

 汐江は天井を仰いで柔和に笑った。彼女の瞳には亡き夫が浮かんでいた。


「立派な侍だったんでしょうね」


「はい。ですが、ひどい夫です。家族を置き去りにして死んでしまったのですから。夫が病死したのは三年前のことでした。元より病弱だったので、結婚してからもほとんど病床に伏しておりました。私も夫のことは言えません。私も病弱な体質でして、外を歩くのもやっとでございます。夏は蛇の目傘を差さなければとても出歩けません。夫が死んでから、私の体調は悪化しました。名をお天という娘が一人いたのですが、体調のせいでこの子には苦労をかけていたものです。買い物も料理も任せっきりで、看病もしてくれました。心優しく可憐な娘でした。きっと成長したら謳さんのようなべっぴんさんになっていたでしょうね」


 汐江の褒め言葉に、謳は照れくさくなってはにかんだ。

 汐江が怒らなかったのも未来の話をあっさり信じたのも、詠と謳を子供のように思っていたからであった。二人も同様に汐江を母のように思っていた。血の繋がりがあるおかげか、出会ったばかりだというのに心まで繋がっていた。


「それで、お天ちゃんはどうなったんですか?」


「その前にもう少し説明を続ける必要があります。私が病床に伏しているものですから、生活は苦しくなる一方でした。ですが、お天にこれ以上ひもじい思いをさせまいと私は借金をしました。それがいけなかったのです。借金はいつの間にか膨れ上がって莫大な金額になっていました。利息は明らかに不当でした。借金の返済期限が切れるや否や、お天は遊郭に連れていかれてしまいました。お天は借金の肩代わりをさせられてしまったのです」


「だから遊郭の格子の中にいたんですね」


「えっ? ま、まあ、詠さんはもうお天と面識がありましたのね」


「あっ……!」


 しまった。うっかり口を滑らせてしまった。


「えっ? えっ? よっ、詠くん、どういうことっ? あっ、まさか私が酔い潰れている間に……詠くんっ、どういうことか説明してっ!」


 詠の着物の胸ぐらを掴んでがくがく揺らす謳。顔を紅潮させて頬を膨らませている。余計な一言がとんでもない誤解を招いてしまったようだ。


「う、謳姉、誤解だって! 後でちゃんと説明するから! 今は汐江さんの話を聞こう!」


「うるさいうるさいっ! この浮気者っ! 変態っ!」


「ちょっ、謳姉、待って――ぐはぁっ!」


 謳の拳の滅多打ちが鳩尾に突き刺さり、詠は腹を抱えてうずくまった。


「う、謳姉、後生だから話を聞いてくれ……俺はお天ちゃんの琴を聞いただけなんだ……」


「問答無用っ! お姉ちゃんは詠くんをそんな悪い子に育てた覚えはありませんっ! 悪い子にはお仕置きなんだからっ!」


 謳が倒れ伏した詠に追い打ちをかけようとしたところで、汐江が助け船を出した。


「まあまあ。謳さん、詠さんも男の子なのですから多めに見てあげたらどうですか? 詠さんも琴を聞いただけだと言っていますし」


「汐江さんがそう言うなら……っていうか、汐江さんはお人好しすぎます! すぐに他人を信用したら駄目ですよ!」


「私の悪い癖ですね。ですが、詠さんと謳さんは他人ではないでしょう? これは断言できますよ。他人な気がしませんわ。もしかしたら、お天も詠さんに特別な何かを感じていたのかもしれませんよ」


「そうかなぁ。お天ちゃんはただ一人の遊女として俺に声をかけたように思いました。どこか必死だったような気がします。多分、借金を返すために死に物狂いで働いているんだと思います」


 汐江は沈痛な面持ちを横に背けた。

 額の布切れが落ちる。額がまた熱を帯び、頭が疼痛に苛まれる。


「私もお天を家に帰すために借金を返そうとしていたのですが、働けども働けどもどんどん跳ね上がっていく利息にはついていけません。そのうちに体調も悪化して、生きる気力も失ってしまいました。もう諦めるしかないのです」


 お天が遊郭に連れていかれてから汐江は病体に鞭を打って働いてきたが、借金は肥大化していく一方だった。畳の下の壺に貯めていた金は、詠と謳のせいでなくなってしまった。二人に悪意がなかったとはいえ、汐江の希望を打ち砕いたのは事実だ。

 汐江は遊郭の格子の中にいる奴隷のような娘を思った。

 雨が降りしきる夜だった。汐江は蛇の目傘を差して買い物をしていた。遊郭の前を通りかかると、美しい娘が格子の中から男性を誘惑しているところに出くわした。汐江とお天は目が合って咄嗟に顔を背けた。その夜、二人は檻の中と外で涙を流した。それ以来、汐江は夜に買い物をするのを避けた。今度見かけたら精神がどうなってしまうかわからなかった。

 詠はじれったくなって立ち上がった。


「誘拐と同じじゃないか! きっと汐江さんは借金を口実に騙されたんですよ! 汐江さん、お天ちゃんを助ける方法を考えましょう! このままじゃお天ちゃんがかわいそうだ!」


「詠さん……お気持ちは嬉しいですけれど、身請けする以外にお天を救う方法はございません。そんなお金はどこにもありませんし、残念ながらもう諦めるしか……」


「そんな……」


 寝返りを打ち、汐江は膝を抱えた。その瞳は涙に潤んでいた。


「話したら疲れてしまいました。お二人共、この家はご自由に出入りされてくださいね。ここはあなたたちの家でもあるのですから」


 詠と謳は顔を見合わせた。二人の顔には釈然としないものが滲んでいた。

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