第196話 狩人の真価
「……なるほど。聞きたい事は大体聞けたわ。じゃあ、さっさと死になさい」
ロアンナは冷徹に告げると、神力を込めた槍を素早く突き出す。〈役人〉――金翼人は突き出された槍を掴み取ろうとするが、その瞬間ロアンナは素早く槍を引っ込めた。ロアンナ得意のフェイントだ。
「オ――」
金翼人の手が空振りし体勢が崩れる。そこへ間髪入れずに迫るロアンナの本命の一撃。だが……
「フンッ!」
金翼人は翼をはためかせると、その力を利用して大きく後方へ飛び退った。
「ち、逃がすかっ!」
ロアンナは間髪入れずに追撃を掛ける。だが……
「ヒャハッ! 馬鹿メ!」
金翼人が再度翼をはためかせる。しかし飛んだ方向は後方ではなく……
「……!」
金翼人が上空に飛び上がる。他の種族でもそうだが翼を持っているタイプは、魔力との併用によって空を飛ぶ事が出来るのだ。
「ギヒヒヒッ!」
金翼人が醜く嗤いながら火球を飛ばしてくる。ロアンナはそれを素早く回避しながら体勢を立て直す。
「……あなた馬鹿? 魔素の無いこの神膜の中で空を飛べば魔力の消費を速めるだけよ?」
「ギヒ! サァテ、ドウカナァ?」
金翼人は不敵に笑いながら、火球や光球などの魔法を連続で放ってくる。周辺の家屋に被害が出る。そこまで強力な魔法ではないが、ロアンナの障壁も同様にそこまで強くない。まともに喰らえばダメージは免れないので、必死になって躱しながら敵の魔力切れを待つ。だが……
「く……何故!? いい加減魔力が枯渇してもいいはず……!」
飛行しているだけでも常時魔力を消費しているはずだ。それに加えてこのように攻撃魔法を連発すれば〈僧侶〉であってもそろそろ限界だろう。〈役人〉はユニーク能力が厄介だが、それ以外の基礎能力は〈市民〉より少し強い程度のはずだ。明らかに不可解な状況だった。
「ギヒャヒャヒャ! 言ッタハズダロウガ! 俺ハ喰ッタ奴ノ
「……! 神術、ですって!?」
驚愕する傍から新たな火球が飛んでくる。それを横に転がって躱しながら素早く体勢を整える。
「ソウヨ! 俺ハコノ世界デ
「……!」
「コノ『神膜』ニ満チル神気ハ、今ノ俺ニトッテハ魔素ト同ジ……。無限ニ尽キル事ノナイエネルギー源ナノサァッ!」
「……ッ!」
神膜内では力が有限であるという〈市民〉の弱点すら克服した、ある意味で完全体とも言える進化種……。
(こんな奴を野放しにしたら、大変な事になるわね……)
仮に戦士隊全員が相手だったとしても、空中機動と上空からの魔法攻撃だけで完封出来てしまう可能性が高い。色々な意味で、ここで仕留めておかねばならない相手だ。
ロアンナは相手に見えないように口の端を吊り上げる。確かに戦士隊では相性が悪い敵だ。だがロアンナは
彼女は踵を返すと、真っ直ぐに『ティアマトの目』の入り口がある民家の中に駆け込んだ!
「ハッ! 家ノ中ニ逃ゲ込メバ安全ダト思ッタカヨ? 馬鹿メ! 家ゴトブッ壊シテヤル!」
ロアンナが逃げ込んだ民家に向かって何発もの火球が放たれ、家はあっという間に炎に包まれながら崩落した。
「ロ、ロアンナ……!」
離れた場所に避難していたルチアが口に手を当てて悲鳴を押し殺す。
「クヒヒ……地下室ニ逃ゲ込ム時間モ無カッタハズダ。瓦礫ノ下敷キニナッテ焼ケ死ンダナ」
「……!!」
ルチアが顔を青ざめさせる。金翼人は嬲るようにわざとゆっくりと彼女の頭上の位置まで飛んできた。
「サァテ、女王様? オ遊ビハココマデデス。アナタハ俺専用ノ奴隷ニシテアゲマスヨ。カレン・アディソンハ今日カラ
「ひ……だ、誰、が……お主、などと……!」
恐怖に震えながらも金翼人を睨み上げるルチア。だがそれはこの悪魔を悦ばせる事にしかならない。
「ギヒヒ……イイ顔デスネェ、女王様。コレハ『調教』ノシ甲斐ガアリソウデス」
「……ッ!」
ルチアが息を呑む。その時――
「ガッ……!?」
金翼人がうめき声を上げながら空中で大きくよろめく。その背中には……
「……妄想の未来を語るならあの世でやってくれるかしら、偽りの神官さん?」
「キ、貴様……!」
民家の焼け跡の向こうから姿を現したのは、矢筒を背負い弓を構えた『狩人』ロアンナの姿であった。
「ロアンナ……!」
ルチアの目が驚愕に開かれ、その目尻から涙が零れ落ちる。当然それは恐怖や悲しみではなく、安堵と嬉しさによる涙だ。
「心配かけちゃってごめんなさいね、女王様。すぐに片付けちゃうから待っててね?」
ロアンナはそう言いながら素早く次の矢を番える。『ティアマトの目』に潜入する際に、弓矢は民家の床に置いたままになっていたのだ。それを素早く回収して、金翼人が家を破壊する前に反対側の窓から脱出していたのだ。
「コノ……クタバリ損ナイガァ!!」
怒り狂った金翼人が光球の魔法を放ってくるが、ロアンナはそれを横転して躱しつつ瞬速の射撃を加える。
「ウギャッ!?」
金翼人の悲鳴。矢が胸に突き刺さっていた。ロアンナ特有の技術で矢にも神力が込められているのだが、それが効いている様子はない。神力そのものに耐性が出来ているようだ。
(厄介ね……。でも、だからって殺せない訳じゃない……!)
飛んできた石礫の魔法を躱しつつ、目にも留まらぬ速度で次々と矢を命中させるロアンナ。その度に金翼人の無様な悲鳴が上がる。
弓と矢を手にした『狩人』の前に、空を飛ぶ事は何らアドバンテージにはなり得ない。むしろ格好の的となった金翼人は、遂にその翼を撃ち抜かれて地面に墜落した。
ロアンナは即座に得物を短槍に持ち替えて一直線に駆け寄る。金翼人はぐったりとしたまま動かない。そのまま接近したロアンナは槍を繰り出そうとし――
「ヒャハハハ! 掛カッタナァ!」
「……!」
ロアンナを直前まで引き付けつつ、金翼人が光球の魔法を至近距離で叩きつけてきた!
躱す余裕は無かった。対象に命中した光球が爆ぜ、衝撃波が放散された。衝撃によって土埃が舞い、一時的に視界が覆われる。だが命中の手応えを確かに感じていた金翼人は高笑いを上げる。
「ギヒャヒャ……! 調子ニ乗リオッテ、人間風情ガ――」
だがその笑いは即座に中断される。土煙を割って、短槍を構えたままのロアンナが飛び出してきた。全身を叩きつける衝撃を、自身の障壁で何とか耐え抜く事が出来たのだ。
「バ、馬鹿ナァ……!?」
「う、おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
苦痛を押し殺して、裂帛の気合と共に乾坤一擲の突きを放つロアンナ。それは狙い過たず、金翼人の心臓のある位置を正確に貫いたのだった……
心臓を貫かれた金翼人が信じられない物を見るように目を見開いた後、吐血しながらゆっくりと仰向けに倒れ込んでいく。その身体が起き上がってくる事は二度と無かった。
「お、終わった……のか?」
ルチアが恐る恐るという感じで呟く。
「ぐ……」
だがロアンナが苦し気に呻きながら膝を着くのを見て、急いで駆け寄る。
「ロアンナ! 大丈夫か!?」
「っ……え、ええ……何とかね。最後の最後で油断してしまったわ」
「何の、お主は本当に良くやってくれた! お主がいてくれなければ今頃この国は……」
それは想像するだに恐ろしい予想であった。最悪邪悪な進化種の傀儡となっていた可能性さえあるのだ。
「……このような遠大な企みが進行していようとは、恥ずかしながら全く気付けなかった。妾の不徳と致す所じゃ」
「あなたには何の責任も無いわよ、女王様。レベッカやリズベットや……そして私も含めて周りの大人も、誰も気付けなかったんだから。私達こそ恥じ入るばかりだわ」
「むう……。し、しかしだとすると、他にもこのような輩が潜入している可能性もあるのではないか?」
ルチアがゾッとしたように身を震わせる。もしそうなれば誰も信じられない疑心暗鬼に陥ってしまうだろう。しかしロアンナはかぶりを振った。
「それは無いと思うわ。あいつは〈役人〉だった。〈役人〉の能力はユニーク……つまり他に替わりの利かない一点物のはずよ。だから……その点に関しては安心していいと思うわ」
「そ、そうであったか……。不幸中の幸いじゃの」
ルチアがホッと肩の力を抜く。しかしすぐにその表情が懸念に満ちたものになる。
「……しかしこれがミッドガルドの真意だとすると、レベッカ達は勿論じゃが、シュンの安否も気にかかるのう」
「そう、ね……。レベッカ達はニブルヘイムに転送されたという事らしいし、上手くシュンと合流出来ていると良いんだけど……」
だが神ならぬ身には、遥か遠方での出来事を見通すことなど出来ない。人である彼女達に出来るのは、ただ愛しい者や仲間達が無事に戻ってくる事を祈る事だけであった。
「……でもここで私達が気を揉んでいても何もならないわ。私達はシュンやレベッカ達を信じて、今自分達に出来る事をしましょう」
「む……うむ、お主の言う通りじゃな」
「さあ、まずは王城へ戻りましょうか。洗脳されていなかった神官達にあなたの無事を報せないとね。彼女達に向こうで倒れている衛兵達を診てもらうべきね。それにあの広場の『ピラー』も何とかしないと」
「おお、あやつらも無事であったか。……す、済まぬ。妾はこんな時にどうして良いかよく解らんのじゃ。リズ達が無事に戻ってくるまでの間だけでも良い。……妾を支えてくれぬか、ロアンナ」
上目遣いに問うてくる幼い少女に、ロアンナは苦笑しながら頷いた。
「そんなに心配しなくても、無責任に放り出すような事はしないから安心しなさい。シュンやレベッカ達の留守はしっかり預からせてもらうわ」
「う、うむ! 宜しく頼むぞ、ロアンナよ! では王城へ参ろうか!」
急に元気になって城のある方へ歩いていくルチアの背中を苦笑しつつ眺めながら、ロアンナは北の方角へと視線を向けた。
「……この国は私が何とか見ておくわ。だから、絶対に無事に戻ってきなさいよ? ……いいわね、シュン? レベッカ?」
恋人や友人達の無事を、ただひたすらに願うロアンナであった…………
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