第197話 警戒の理由

 舜が膨大な魔力を発散させながら部屋から飛び出していった。それを見届けてから、莱香は即座にレベッカの治療を開始した。


 自身から湧き上がる神力をレベッカの体内に転送していく。が、それだけでは駄目だ。


「リズベットさん! 力を貸して下さい!」

「……! は、はい!」


 莱香に促されて、リズベットが慌てて側に屈み込む。


「私が送り込んだ神力を上手く拡散させて下さい。多分神官のリズベットさんの方がこういうのは上手だと思うので……」


「……解りました。お任せ下さい!」


 リズベットもレベッカの身体に手を当てて、莱香が送り込んだ神力を効率的に治癒に転化していく。後から後から尽きる事無く送り込まれる神力の量は、リズベットをして常識を疑う程だ。莱香から発散される神気の余波を受けて、いつの間にか自身の神力まで回復している事に気が付いたリズベットであった。



 程なくしてレベッカも動けるようにまで回復した。


「く……面目、ない……」


 レベッカが若干顔を歪めながらも、何とか自力で起き上がる。


「レベッカ、良かった……」


 それを見たリズベットがホッと胸を撫で下ろす。しかし莱香は厳しい表情のままだ。


「レベッカさん。回復し立てで申し訳ありませんが……」


「いや、問題ない。私も話は聞こえていた。すぐに皆と合流して、この城の地下にあるという〈要石〉を目指さねばな」 


 レベッカは舜が開けた壁の大穴から外を見やる。


「シュンが必死であの強大な〈王〉と戦っているんだ。後事を託されたというのに、いつまでもこんな所で寝てはおれんしな!」


 そう言って気合を入れながら、一気に立ち上がる。


「で、でも、皆さんご無事でしょうか? 〈王〉があのように本性を現したとあっては……」


 戦士隊の監視として3人の〈貴族〉が残っていた。あの3人に襲い掛かられただけでも相当に厳しいはずだ。


「解らん。だからこそ一刻も早く合流を――」



「――キ、貴様ラ……!?」

「……!」



 弾かれたように声のした方を見る莱香達。見回りと思われる〈市民〉が2人程、部屋の入り口から中を覗いて、壁の大穴と莱香達を見比べながら驚いていた。


 アグナスが呼んだのか、それとも騒ぎを聞きつけて自発的に来たのか。いずれにせよ莱香達のやる事に変わりはない。


「むんっ!」


 レベッカが病み上がりとは思えない程の踏み込みで〈市民〉との距離を詰める。


「オワッ!?」


 〈市民〉――両方ともゴブリン型の鬼人だ――の1人が、慌てて剣を精製して迎え撃つ。レベッカの剣撃を受け止める鬼人。


「コイツッ!」


 もう1人の鬼人が両手に短剣を作り出してレベッカに飛び掛かる。だがそこに……


「はぁっ!!」


 莱香が上段に振りかぶった太刀を斬り下ろす。直前で気付いて慌てて身を引く鬼人。


「女共ガッ!」


 莱香にターゲットを変更して斬り掛かろうとした鬼人が、まるで頭に何かをぶつけられたかのように仰け反る。リズベットの援護射撃・・・・だと一瞬で察した莱香は、そのまま仰け反った鬼人の喉に太刀を突き入れた!


「ギャブッ!?」


 神力を込めた太刀で喉を貫かれた鬼人は即死して崩れ落ちた。丁度その時レベッカの方も、相手にしていた鬼人を斬り捨てた所だった。


「むぅ……流石にまだ少々本調子ではないか……」


 リズベットの援護もなく単身で〈市民〉を、しかもあの短時間で斃しておきながら、レベッカは今一つ納得が行っていないかのように自らの身体を改めていた。その様子に莱香もリズベットも若干呆れ気味であった。




「と、とにかく中庭まで急ぎましょう」


 リズベットも愛用のメイスを構えて駆け寄ってきた。


「うむ。これ以上騒ぎが大きくなる前に皆と合流せねばな」


 3人は部屋を出て、この塔と城とを繋ぐ連結通路を足早に進む。城の最上階に近い高さがある為、横手にニブルヘイムの街が一望できる。


 陰惨な雰囲気に包まれた街はお世辞にも絶景とは言えなかったが、その時街の外れや城壁の上など至る所で、爆発音や火の手が上がっているのが見えた。怒号や悲鳴などの喧騒が風に乗って、僅かにここまで聞こえてくる。


「あれはっ!?」


「解らん! だが今は捨て置け! 中庭へ急ぐぞ!」


 莱香が疑問を呈するが、レベッカは一顧だにせずに一心不乱に通路を駆け抜ける。確かにまずは戦士隊の皆と合流するのが最優先だ。考える事はその後でも出来る。


 連絡通路を抜けて再び城の屋内へと入ると、階段を伝って一階まで降りる。道中で出くわした〈市民〉を斬り捨てながら中庭を目指す。そして中庭へと戻ってきた莱香達だったが……



「ふふふ、随分お急ぎだったようで……。 しかしそれでも一足遅かったようですなぁ?」

「……!」



 赤銅色の肌の魔人……アグナスだ。他にも監視役だった3人の〈貴族〉もいる。彼等に取り囲まれるようにして……戦士隊全員が囚われの身となっていた。


「ぐ……た、隊長、済まない。あたしらが付いていながら……」


 フラカニャーナの悔し気な声。彼女はその大きな身体を地面に這いつくばらせていた。彼女だけではない。クリスタやイエヴァ、ジリオラ、そしてロージーやカタリナら麾下の隊員達も同様に地に這いつくばっていた。


 一か所に集められた彼女達全員に覆いかぶさるように、光の網のような物が絡みついていた。あれが彼女達の動きを拘束しているようだ。フラカニャーナ達は皆、神力を『ピラー』に根こそぎ吸い取られて神術が使えない状態だった。それで為す術も無く捕らえられたのだろう。


「お前達……!」


 その光景を見たレベッカが思わず前に出かけた所、


「おっと、動かないでもらえますか、お嬢さん方?」 


 アグナスがこれ見よがしに指を鳴らすと、〈貴族〉の1人がその手から繋がっている光の網に魔力を込める。すると……



「あぐぅっ!?」「きゃあぁぁっ!!」「……っぅ!!」



 光の網に微弱な電流のような物が走り、それに囚われている戦士隊全員の身体に纏わりつく。色とりどりの悲鳴が木霊する。


「……ッ!」

 レベッカの足が止まる。


「そうそう、それでいいんです。勿論もっと電流を強める事は簡単ですからね?」


「く……貴様……!」


 アグナスの嘲弄にレベッカが悔し気に歯噛みする。リズベットが声を震わせる。


「わ、私達をどうするつもりですか?」


「ふふふ、これだけの美女揃い。勿論我々の奴隷とさせてもらうんですよ。〈御使い〉はどの道〈王〉に討たれて終わりでしょう。あなた方を助ける者は誰もいません。むざむざ逃がすはずないでしょう?」


「……!」

 当然と言えば当然の成り行きである。アグナスが両手を広げる。



「さあ、あなた方もこちらに来て頂きましょうか。ああ、来るのはあなた方2人だけで結構です。ライカさん……でしたね? あなたは武器を捨てて、そこの隅で1人でうつ伏せになりなさい」



「え……?」


 何故か名指しされた莱香が戸惑う。明らかに一纏めにして捕えた方が楽なのに、ここで莱香だけ分断する意味が解らない。しかも武装解除のおまけ付きだ。


 フラカニャーナ達は帯剣したまま捕えられているがアグナス達は意に介していないし、レベッカ達も武装解除を指示されていない。本来〈貴族〉にとっては、女性が武装していようがいまいがどうでもいいはずだ。


 なのに何故莱香だけ引き離された挙句に武器を捨てるように言われたのだろう。訝し気にアグナスの顔を見た莱香は、彼が微妙に引き攣った表情をしているのに気付いた。これは……



(……警戒・・、している?)



 圧倒的な力を持つはずの〈貴族〉が莱香1人を警戒する理由……。〈王〉の……松岡の想い人だから? いや、それは面倒ではあっても警戒する理由にはならない。



 そこで思い出した。表情は解らないものの、つい最近同じような反応をした者達がいた事を。



 〈境目〉で行われた進化種4国との『和平会談』。いつの間にか【貴族殺し】などという仇名が付いていた莱香を恐れて、屈強な〈公爵〉達や、クィンダムに友好的だったロイドやアレクセイといった〈貴族〉までもが及び腰になっていた事を……!


 神気を放出するという能力は勿論の事、何よりも一騎打ちで〈貴族〉を殺した、という事実そのものが彼等を警戒に駆り立てているのだ。


 【貴族殺し】の異名は伊達や酔狂で付いた訳ではない。奴隷でしかない女性が、一騎打ちで〈貴族〉を殺した……。それは彼等にとってある意味で、進化種の社会構造を根本から覆すような大事件だったのだ。



 そしてレベッカ達もそれに気付いた。


「おや……? 選ばれし〈貴族〉様ともあろう者が、たった1人の女を恐れるのか? これは実に滑稽だな……?」


「……!」


 女から挑発されるという初めての経験にアグナスの表情が歪む。リズベットも察して加勢する。


「うふふ、そうですわね。この国の奴隷になったら他の女性達や〈市民〉の方達に話してみましょうか? きっと皆さん面白がって広めてくれますわ」


「貴様ら……」


 アグナスの顔が徐々に憤怒に彩られていく。


「どうだ、アグナスとやら? 貴様に矜持という物があるならば、女1人に慄いたという事実を払拭するべきだと思わんか? 我々を力づくで征服してみせろ」


 そう言って武器を構えるレベッカに対してアグナスは……


「く、くくく……。意図の見え透いた余りにも安っぽい挑発ですね。ですが……敢えて乗ってあげましょう。よりにもよってこの私が女風情に恐れ慄いたなどという下らない勘違いは、きっちり是正しておかねばなりませんからね」


 その声や口の動きとは裏腹に、目は全く笑っていなかった。憤怒に双眸を歪ませたまま前に進み出てきたアグナスの身体から、巨大な魔力が立ち昇る。


 本気に近い魔力だ。どう考えても〈貴族〉が数人の女を相手にする場合に発散する量ではない。やはり内心では莱香をかなり警戒しているようだ。


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