第193話 陰りの王都

 クィンダムの王都イナンナ。今この街は中央に鎮座する『ピラー』から発せられる魔力によって洗脳された衛兵達が目を光らせながら巡回しており、市民達は皆家に引き籠らされて、街全体が陰鬱な空気に覆われていた。


 そんな陰りの街の暗闇に、衛兵に見つからないように身を潜める女が1人……

 


(全く……面倒くさい事に巻き込まれちゃったわね。でも女王が捕まってるらしいし、この街の様子からしても見て見ぬ振りは出来ないわよねぇ……)



 燃えるような赤い髪と、褐色の肌を包むのは露出の多い皮鎧姿の女狩人……ロアンナであった。


 彼女はミリアリアが多数の衛兵を引き連れて現れた時点で不穏な気配を察して、密かに戦士隊の後ろから離脱していたのであった。ミリアリアもレベッカ達も互いのやり取りに夢中で誰一人それに気付いた者はいなかった。


 いや、クリスタだけは気付いていた節があったが、敢えて気付かない振りをしてロアンナを行かせた。或いは彼女はこの事態を予測していたのかも知れない。


(……つまり私に何とかしろって事よね。変に期待されるのも重荷になるんだけど……)


 勿論離脱を選択した時点で可能であれば・・・・・・何とかするつもりではあったが、これで完全に後には引けなくなった。


(……あの『ピラー』とやらを壊せればいいんだけど、大勢の衛兵が守ってる上に、要石と違って破壊方法が良く解らないのよね)


 ならばとりあえず『ピラー』は後回しだ。それに騒ぎが大きくなればミリアリアやカレンが女王を人質にしようと考えかねない。となると当面の目標は……



(女王の探索と救出ね。まずは女王の居場所を探らないと……)



 ルチア女王が死ねばクィンダムを保護している神膜も消え去ってしまう。神気は未だに街全体を覆っているので、ルチアは生きてはいるはずだ。どこかに監禁されているのだろう。


 流石にルチアを殺してしまうほど愚かではないようだ。


 だがどうもカレンは進化種の手先だったようだし、ミリアリアもあの様子では何かの拍子に暴走してルチアを害する可能性もゼロではない。そうなる前に女王を保護しなければならない。



 ロアンナは密やかに行動を開始する。シュンやレベッカ達のお陰でイナンナには何度も足を運んでいたので、並外れた方向感覚の持ち主であるロアンナは、既にこのイナンナ中の詳細な地図が頭に入っていた。


 そうして上手く街の死角に身を潜めて衛兵の目をやり過ごしながら王城へと近付いていく。目指す先は王城の地下牢だ。この街には空き家や空き室が大量にあるので監禁場所には事欠かない。それらを一つ一つ当たっていくのは現実的ではない。 


 ならばそれを知っていそうな者達に聞くしかない。ロアンナの勘では彼女達・・・は城の地下牢に監禁されているはずだ。流石に殺されているとは思いたくない。


 王城は小高い丘の上に、半ば木々に埋もれるようにして建っている。通用口を使わずに道なき道を登って城まで辿り着く事は、ロアンナであれば造作も無かった。



 普段から閑散としている城だが、今はそれに輪を掛けて人の気配がしない。偶に洗脳された衛兵が行き交うくらいなので隠れてやり過ごす事は簡単だった。だが流石に狭い地下通路ではそうも行かない。


 地下牢に続く扉の前に衛兵が立っているのが目に入った。咄嗟に角に隠れたので気付かれなかったようだが、洗脳されている影響か、衛兵は不動を保ったまま扉の前から動かなかった。


(面倒ね……。でも流石に殺せないしね……)


 自発的にミリアリア達に協力しているならともかく、明らかに操られている様子の衛兵を殺す事は躊躇われた。かといって騒ぎにはしたくない。ならば……


 ロアンナは静かに弓に矢をつがえた。そして目にも留まらぬ速さで、衛兵が立っている地点より更に奥の壁目掛けて矢を放った。


「……!」


 カンッと音がして、矢が奥の壁に弾かれて落ちた。衛兵が咄嗟にそちらに注意を向けて音の正体を探ろうとした。その僅かな隙を突いて衛兵の背後に忍び寄ったロアンナは、短槍の石突で衛兵の首筋を打った。声すら上げずに衛兵が倒れ伏す。


(……クリスタから隠密動作の技術を習っておいたのがここで役立つとはね)


 ロアンナはその身体をまさぐって鍵を見つけると、地下牢に続く扉を開けた。中は左右に鉄格子の付いた牢の並んだ薄暗い空間であった。僅かな蝋燭の明かりだけが光源だ。



「あ……あなた、は……ロアンナ……殿?」


 牢の中にいる人物がロアンナに気付いたらしく、弱々しく声を上げた。他にも複数の人間が囚われているようで、声に気付いて身を起こしてロアンナの方を注目してきた。


 彼女達は皆、このイナンナに勤める神官達であった。リズベットの部下だ。神力を持つ彼女達は洗脳できなかったのだ。ロアンナの読みは当たっていた。ミリアリアが衛兵達のように自我を失っていなかった事でもしやと思っていたのだ。


 あの『ピラー』は神力を持つ女性は洗脳できないらしい。



「シッ! 静かに……。鍵は開けてあげるけど、もうしばらく我慢してここにいて頂戴。今騒ぎを起こしたくないの。……女王を無事に保護するまではね」


「……! 陛下はご無事なんですか!?」


「静かにしてと言ったでしょう? ……神気があるからまだ無事だとは思うわ。でも監禁場所が解らないの。誰か心当たりのある人はいる?」


 問い掛けると、神官達の中から1人が進み出てくる。


「ミ、ミリアリアが、カレン……様と話しているのを耳にしました。女王は『ティアマトの目』に隠しておくとか何とか……。私には何の事だか解らなかったのですが……」



「『ティアマトの目』……?」



(どこかで聞いたような気がするけど…………あっ!)


 思い出した。クリスタが幼少時に属していた暗殺ギルドの名前だ。確かクリスタがギルドの遺産をライカ達に贈呈する為に隠されていた本部へと案内したのであった。


 生憎ロアンナはその場にはいなかったが、後でライカから詳細は聞かされていた。ミリアリアはライカ達と一緒に『ティアマトの目』の本部を訪れていたはずだ。


(……ライカに感謝しないとね)


 ここでの目的は果たした。踵を返そうとするロアンナに神官の1人が不安げに声を掛ける。


「……ミリアリアやカレン様はどうしてしまったのでしょうか? リズベット様はどこに? 一体このイナンナで何が起きているのですか?」 


「……私にも詳しい事は解らないわ。でもリズベットも今頃は必死で戦っているはず。だからあなた達も……負けては駄目よ? 女王は私が必ず取り戻すわ。そうしたらこの街を立て直すのはあなた達の役目よ」


「……!」


 神官達は目を瞠る。しかしすぐにその表情が使命感に満ちた物に変わるのを見て、ロアンナが満足げに微笑む。そして再び自分が呼びに来るまではここを出ないようにと念を押して、ロアンナは自らの戦いへと赴いていった……  


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