第192話 〈王〉との共闘

「吉川ぁ……てめぇ、何のつもりだ、これは? しばらく見ない内に随分生意気になったじゃねぇか。寄生虫の分際でよ」


 松岡がドスの利いた声で威圧する。だが吉川は怯む所か挑戦的な態度を取る。


「ケッ! いつまでもボス猿気取りでいるんじゃねぇぜ、クソが! 俺ぁもう昔の俺とは違うんだよ!」


「よ、吉川……お前、何で……?」


 舜は今一つ状況が飲み込めていなかった。何故いきなり吉川がここに現れたのか。しかも何故舜を助けて松岡と敵対しているのかも謎だった。吉川の性格ならこれ幸いとばかりに、むしろ松岡の味方をして舜に恨みを晴らしそうなものだが。



「へ……あの女共にも感謝しとくんだな。今俺らはクィンダムと『同盟関係』にあるんだからよぉ」


「な……ど、同盟!?」



 どうやら舜がミッドガルドに出向いた後にも色々あったようだ。しかしまさか進化種の国と同盟を結んでいるとは思わなかった。いや、ルチア女王は以前から進化種との対話を望んでいたのでそこは理解できるが、進化種側がそれを受けたのは意外も意外であった。


 吉川の言い方だと、どうやらレベッカ達が相当に尽力してくれたようだ。



(はは……参ったな。〈御使い〉なんて言っても形無しじゃないか。皆の方が大陸の平和によっぽど尽力している……。でも……それなら、俺も皆に負けてられないな)



 その想いが気力となり、舜の魔力を増幅させる。まだやれる。いや、ここでやらずにいつやるという感じだ。


「おい、解ってると思うが、俺らの神化種はデカすぎて共闘には向かねぇ。だからこの場では、あの野郎との真っ向勝負は控えさせてもらうぜ。あくまでメインはおめぇだ。俺らはそのサポートって事で頼むぜ」


 吉川からの提案はまあ妥当という所だろう。三つ巴ならともかく、確かにあのドラゴンの姿で暴れられたら共闘どころではない。


 〈王〉といえども、神化種にならなければ今の松岡との正面勝負は分が悪いだろう。そして舜がメインになるという点については何ら異論はない。むしろ望む所だ。


「解ってるさ。……まさかお前と共闘する事になるなんてな」


「へ……そりゃこっちの台詞だぜ。まずは松岡の野郎を排除するのが先決だ」


「ああ、その点も同感だ!」


 舜は率先して松岡に斬りかかる。そこに先程までの絶望はない。共闘する存在がいるというのはこれ程精神的に違う物なのだという事を実感していた。


 一時女性化して魔力を失っていた時の事を思い出した。あの時も仲間であるレベッカやミリアリア達の存在が心強かった。


 それ以外の時は、舜と同じレベルで戦える仲間はおらず、基本的に舜は孤独だった。だが舜と同じで神によって転移してきた〈王〉である吉川達なら、例え神化種にならなくても充分自分の戦いに付いてこれるだろう。


 勿論吉川との過去の経緯を思い返せば決して全幅の信頼を置く事は出来ないが、それでも心強い事に変わりはなかった。とりあえず松岡という共通の敵がいる内は大丈夫なはずだ。その後の事は……その時対処すればいい。


 今そんな事にまで気を回している余裕はなかった。



「はあぁぁぁぁぁっ!!」


 二振りのサーベルで目にも留まらぬ連続突きを放つ。


「おいおい、シュン。あの馬鹿が加勢したってだけで急に元気になったなぁ。忘れたのか? どう足掻いたって俺を倒す事は絶対に不可能だって事をよ!」


 松岡が剣と盾で巧みに舜の攻撃を捌きながら嘲る。舜が奮起したのは吉川の加勢だけではない。莱香やレベッカ達の働きに触発されたという部分も大きかった。


「お前には解らないさ!」


 舜の繰り出した突きが、松岡の盾によって弾かれる。舜の体勢が大きくかしぐ。


「……!」


「ああ、解らんね。解りたくもない!」


 体制の崩れた舜に松岡の剣が振り下ろされる――直前で、側面に回った吉川が松岡に向けて口から熱線の魔法を放つ。


「――ちっ!」


 松岡が舌打ちしながら攻撃を中断して身を逸らす。その間に体勢を立て直した舜が、再び松岡に斬りかかる。


 再びの攻防。だが今度は吉川が打ち合う2人の周りを縦横無尽に飛び回り、横から後ろから、時には上からや下からも松岡に対して攻撃魔法を撃ち込む。



 何度目かの攻撃で、吉川の光球の魔法が松岡にヒット。体勢が崩れた所に間髪入れず舜が斬り込む。


「クソが! うざってぇんだよ! 雑魚の分際でぇぇっ!!」


 吉川の援護射撃に苛立った松岡が強引に舜を弾き飛ばすと、吉川にターゲットを変更した。神化種の能力を全開にして一瞬で吉川との距離を詰めると、その竜の頭目掛けて大上段から剣を叩きつけた。


「うおっと!?」


 奇跡的に反応が間に合い、吉川が咄嗟に掲げた槍の柄が松岡の剣を受け止める。だが神化種になっていない吉川は松岡の剛力の前にあっという間に力負けする。受け止めた柄ごと強引に剣を押し込まれて、剣先が吉川の肩口に食い込む!


「いぎぃっ!?」


「おら! どうだ、寄生虫が! 身の程を弁えたか!? 尤も今更遅ぇがな! このまま真っ二つにしてやらぁっ!」


 吉川は剣が身体にめり込む激痛に竜の顔を歪ませながらも、その口の端を吊り上げた。


「何笑ってやがんだ、コラ!」


「ケ……頭に血が昇ると周りが見えなくなんのは相変わらずみてぇだな……。てめぇの相手は誰だよ……?」


「あぁ!? …………あがっ!?」 


 松岡の身体がビクンッと跳ねる。背後から密かに接近した舜が、鎧の隙間を縫って松岡の腰の部分にサーベルを突き入れたのだ。


「て、てめぇ……シュン……」

「はあぁぁぁぁぁっ!!!」


 舜は電撃の魔法を発動し、刺したサーベルを伝った電撃が松岡の体内からズタズタに焼き尽くす!




「うぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」



 凄まじい絶叫と痙攣。鎧どころか、身体の内側から焼き尽くされた松岡は断末魔の絶叫と共に、煙を上げながら地面に墜落していく。その姿はどう見ても死に体だ。


「へ……ありゃ滅茶苦茶効くんだよなぁ……。ご愁傷様って奴だな」


 実際その姿を見た吉川は、完全に決着が付いたと思い込んで気を抜いているようだった。だが舜は即座に追撃用の特大火球を作り出す。


「おいおい、シュン。お前にしちゃ容赦ねぇな。松岡の野郎がそこまで憎かったのか?」


 若干呆れたような吉川の言葉に構わず、墜ちていく松岡に向かって火球を撃ち出す。そのまま行けば直撃した業火が松岡の身体を跡形もなく焼き尽くすだろう。だが……



「な、何だ、ありゃあ!?」



 吉川の驚愕の声と舜の舌打ちが重なる。突如物凄い光量で松岡の身体が発光したかと思うと、光が収まらない内に迫りくる火球を流麗な動きで回避した。その俊敏な動きに先程までのダメージの片鱗は見られない。


 光が収まった時、そこにはダメージなど一切受けていないかのように無傷で輝く鎧兜を身に纏った、【ミカエル】松岡の姿が悠然と空中に佇んでいた。



「シュンーー? 無駄だって言ってんだろ? 俺は不死身なんだよ。俺を殺す事は誰にも出来ねぇんだよ!」



 松岡の身体から猛烈な魔力が噴き上がる。勿論その魔力も何ら消耗した形跡もなく万全の物だ。


「マジかよ……。テスカトリポカ様が、こいつだけには手を出すなっつってた理由が分かったぜ」


 吉川が呻く。


「今更後悔しても遅ぇぞ、ゴミ共。俺を完全に怒らせたんだ。覚悟は出来てんだろうなぁ?」


「……ッ!」


 噴き出す魔力と圧力に押されるように舜達は後ろに下がる。舜も吉川も無傷ではない。先程よりも格段に厳しくなるのは間違いない。よしんばそれで再び松岡に致命傷を与える事が出来たとしても、またあっという間に回復されて終わりだ。キリが無い。


 しかも松岡自体、圧倒的な力を持つ強敵なのだ。致命傷を与えるのにも、ノーリスクでという訳には行かない。つまりこちらだけが一方的に消耗していく状態だ。


(くそ……! どうすれば……)


 打開策を見出せずに歯噛みする舜。松岡が容赦なく追撃態勢に入る。咄嗟に身構える舜と吉川。その時――



「何……!?」



 下……つまり地表から凄まじい速度で何かが弾丸のように撃ち出された。複数のそれはまるでショットガンの散弾のように拡散しながら松岡の鎧や翼を穿つ。


(今のは……!?)


 舜が弾丸が撃ち出された地点を見下ろすと、そこにはやはり見覚えのある巨体が……



 雄牛のような太い二本の角を生やした、謎の野獣と人間が掛け合わさったような姿。その3メートルはある堂々たる体躯は上空から見ても一際巨大に映った。



「あれは……梅木!?」

「へ……ウスノロ共が。ようやくお出ましか」



 舜と同じ転移組にしてバフタン王国の〈王〉である梅木であった。その周囲には蹴り砕いたのだろう岩石が散乱していた。それらを松岡に向かって投げつけたようだ。


「梅木ぃ……! てめぇもか!」


 体勢を立て直した松岡が憎々し気に地上の梅木を睨み付ける。と、そこに風切り音と共に何本もの巨大で鋭い針のような物が一直線に松岡の元に迫ってきた。


「ちぃ……!」


 舌打ちしながら剣と盾でそれらの針を打ち落とす松岡。



「……梅木だけではない。吾もいるぞ、松岡」



 いつの間にか舜達の横に、もう一体の影が現れていた。舜が驚愕してそちらの方を見やる。


「か、金城……!?」


 様々な蟲の長所を掛け合わせたようなハイブリッド蟲人間が、巨大な虫翅を高速で振動させながら空中に佇んでいた。同じく転移組でラークシャサ王国の〈王〉、金城であった。


「シュンよ。呆けている暇はないぞ。まずは目の前の脅威を最優先で排除する事に全力を注ぐぞ。その後の事はその時考えれば良い」


「……!」


 奇しくも先程自分が考えていた事と同じ事を言われ、舜は目を瞠る。だがここは金城の言う通りだ。まずは松岡を倒さない事には何も始まらない。


 舜は気持ちを切り替えて松岡の方に視線を戻した。



「松岡……これで形勢逆転だ。今度こそ……お前を倒す!」



 サーベルを突きつけて宣言する舜に、松岡が鼻白む。



「は……ははははは! どいつもコイツも! 面白れぇ! シュンも……お前等も……まとめて片付けてやるいい機会だ! この世界に〈王〉は……〈神化種〉は1人でいいんだよぉぉぉっ!!!」



 松岡の身体から再び圧倒的な魔力が噴き出し、剣と盾を構えながら真っ直ぐ舜達の方に突っ込んできた。それを受けて舜と吉川、金城も迎撃態勢となる。梅木も地上から援護射撃の体勢となった。



 ――今ここに〈王〉達による、大地を……大気を揺るがす、この世界の頂上決戦の火蓋が切って落とされた!


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