第191話 スーパー男性症候群

「はあぁぁぁぁぁ……!」



 舜は目一杯強大な魔力を派手に発散しながら、ニブルヘイムの上空を飛行する。眼下に次々と〈市民〉や〈貴族〉達が集まってきて、舜の方を指さして何か叫んだりしているのが確認できた。


 上手く行っている。後は精々派手なぶつかり合いで、連中の注意を出来るだけ引き付けておくだけだ。莱香やレベッカ達はきっと成し遂げてくれるはずだ。


 舜は進行方向を睨み据えた。居た。上空の一点。白く輝く鎧兜に身を包み純白の6枚の翼をはためかせた『神の騎士』【ミカエル】が、傲然と舜を待ち構えていた。



「く……ふ、ふ……思ったより早く・・・・・・・キレたなぁ、シュン? もう少し寝取り・・・って奴を楽しんでいたかったが、まあいい。ある程度は堪能できたし、一度はお前を屈服させた事で溜飲も下がったしな。ぼちぼち〈祭り〉の開宴だ。お遊びはここまでだな」



 目の前まで飛んできた舜に向かって傲岸不遜な余裕の態度を貫く松岡。舜は訝し気に黒い目を細める。


「〈祭り〉……。以前にも部下が言っていたな? 何を企んでいる、松岡?」


「ほぉ……ビビってるようで意外としっかり聞いてたんだな。まあ正確には企んでるのは、俺じゃなくてロキ様なんだがな」


「何……!?」


「まあすぐに嫌でも解るさ。それよりやるんならそろそろ始めないか? こっちはいつでも準備OKだぜ?」


「……ッ。言われなくても……!」


 舜は素早く雷球の魔法を発動する。人間の時には3つが限界の雷球だが、神化種状態なら倍の6つを保持できる。その内の1つを牽制として投げつける。牽制と言っても常人には消えたとしか思えない程の速度で、尚且つ当たれば相手を一瞬で消し炭に出来る極悪魔法だ。


 だがやはり松岡も瞬間移動の如き速さでそれを軽々と回避する。松岡の両手には既に剣と盾が握られており、右手の剣には神々しい光が纏われている。


 光刃の魔法だ!


「ふんっ!」


 松岡が遠距離から剣を振るって光刃を放ってくる。だが舜は敢えて回避行動を取らずにまるで光刃を迎撃するように、その軌道に次なる雷球を撃ち込む。


「何……!」


 松岡が初めて少し驚いたような声を漏らす。さしもの松岡も攻撃の瞬間には硬直が発生する。松岡に攻撃を当てたいならそこを狙うしかないというのは理解できる。だが……


「お前もたたじゃ済まねぇぞ!」


 雷球と接触した光刃は、雷球をすり抜けて・・・・・そのまま舜の元へと飛ぶ。舜も雷球を撃ち込んだ硬直から躱す事は出来ない。当然すり抜けられた雷球もまた、一切威力を減じる事無く松岡の元に到達。


 光刃が舜を輪切りにするのと、雷球が松岡に直撃するのはほぼ同時であった。


「……!」


 雷球をまともに食らった松岡だが、神化種の強靭な肉体と【ミカエル】の鎧兜がそれを『多少のダメージ』程度に抑え込む。だが一方の舜は光刃に完全に胴体を輪切りにされていた。今頃は気死しかねない程の激痛に襲われて悶えている事だろう。


 爆煙が晴れて視界を取り戻した松岡が見た物は……


「何……シュン、てめぇ……!?」


 激痛に脂汗を浮かべながらも、雷球を維持したまま・・・・・・・・・次の攻撃動作に入っている舜の姿だった。


 舜が迫りくる光刃に対して使ったのは、魔力の障壁・・・・・であった。神術の障壁を舜が独自にアレンジした緊急用の防御手段だが、「自己の肉体の強度を底上げする」という付加効果があり、それによって光刃で意識が飛ぶのを耐えきったのだ。


 これを最初の戦いの時に思いついていれば、と後悔する舜だが時間は戻せない。ならば今、全力を尽くすまでだ。



「く……ら、えぇぇぇぇっ!!!!」



 油断と爆煙による視界不良を利用して松岡との距離を詰めていた舜は、爆煙が晴れたのとほぼ同時のタイミングで、残り4つの雷球を一気に松岡に叩きつけた!


「舐めるなぁぁぁっ!!!」


 松岡も左手の盾を前面に押し出して咄嗟に防御態勢を取る。4つの死の雷球は、反射的に張った松岡の結界を紙のように突き破り、彼を焼き尽くさんと殺到した。



「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」



 兜の奥からくぐもったような絶叫。超高熱で炙られた松岡は内部からその身体を焼き尽くされ、ボロボロになった翼と共に、見るも無残な姿となって煙を上げながら地に墜ちていく。



(や、やった……。やったぞ! あの松岡を倒したんだ! あいつが何を企んでても関係ない! これで全て終わりだ!)



 死んだかは解らないが、相当に深刻なダメージを負わせたのは間違いない。舜が勝利したのだ。勿論このまま見逃す気はない。後の禍根を絶つ為にも、ここで確実に松岡の息の根を止めておかねばならない。


 止めを刺すべく、落下する松岡を追って降下していく舜だが……


「……ッ!?」


 突如松岡の身体が発光した。一瞬光刃の魔法かと警戒したが、剣ではなく松岡の身体全体が同じような眩い光に包まれている。あまりの光に直視できずに、思わず腕で目を庇ってしまう程だった。


(い、一体、何が……!?)


 直視すれば網膜を焼きかねない程の一際強い光が発光したかと思うと、光は急激に収まった。庇っていた腕を解いた舜の視界に映ったのは……



「あ……あ……そ、そんな……馬鹿な」


「……ったく、中々こすい真似してくれたじゃねぇか、シュン。〈祭り〉の前にこの能力・・・・を使わされる羽目になるとは思わなかったぜ」



 舜が見下ろす先……そこに居たのは、全くの無傷・・・・・で空中に佇む白騎士の姿だった。6枚の神々しい翼も完全に傷一つなく元通りだ。


「な、何で……」


 神化種と言えども受けたダメージはすぐには再生できない。それは今までの戦いで証明されている。ましてや先程の松岡は明らかに決着と言っていい程の有様だった。


「俺はな、お前等とは出来が違うんだよ。ロキ様によると俺は、『スーパー男性』って言われる特殊な染色体の持ち主だったらしいぜ?」


「ス、スーパー男性……?」




 『スーパー男性』。それは舜の『クラインフェルター症候群』とは真逆の染色体異常だ。通常の男性の染色体がXYの所を、女性の因子Xが一つ多いXXYとなるのが『クラインフェルター症候群』。それとは逆に男性の因子Yが通常の男性よりも一つ多い、即ちXYY……。それが『スーパー男性』だ。




 この世界ではY染色体が魔素に反応して魔力を得ている。そのY染色体が人よりも一つ多いという事は……



「この身体に収まりきらない・・・・・・・余剰の魔力が、魔素となって常に俺の身体から溢れ出てるんだよ。とんでもなく膨大な量だ。そいつを回復に回せば御覧の通り、例え瀕死でも一瞬にして全回復って訳だ。こういうのをチートっつうのかもな?」


「……!」


 これが松岡の自信の本当の理由。身体から常に力の源が溢れている……それはまるでルチアや莱香の神力を髣髴とさせるものだった。そこまで考えた時、舜はふと思い至った。


「ま、まさか、この街を覆う『結界』というのは……」


「ああ。俺のその余剰に噴き出してる魔素を流用してるだけさ。まあ、言ってみればクィンダムの『神膜』の魔素版って所だな」


「……ッ!」


 この広い街全体を覆う程の結界を維持しつつ、それだけの魔力を遊ばせながら今まで戦っていたのだ。それをいざ戦いに転用した結果が目の前の無傷の松岡という訳だ。


 身体に収まりきる魔力量の上限は決まっているので、強さそのものは舜よりやや強いといった位だが(それだけでも十分厄介だが)、松岡は身体に収まりきらない魔力をいつでも利用できるのだ。


 この結界の規模を考えたら、先程見せた全回復の能力も恐らく何度でも使用可能なのだろう。限界があるかすら定かではないのだ。


 先の舜の乾坤一擲の一撃は、松岡の油断を利用し且つ我が身のダメージを前提とした一度限りの奇襲だった。二度目は確実に通用しない。


 そして仮に他の方法を奇跡的に思いついて成功させたとしても、すぐに全回復されて終わりだ。


(か、勝てない……のか……?)


 舜の表情が絶望に染まる。それを目ざとく見て取った松岡が嗤う。


「くく、残念だったなぁ、シュン? 一度は勝てたと思いながら、そこから一転して突き落とされる気分はどうだ? ただ圧倒的な強さでねじ伏せられるよりも堪えるだろ?」


「く……」


「ははは! いいぜぇ、その顔! もっと俺をゾクゾクさせろよっ!」


「……!」


 松岡が嗤いながら恐ろしい速さで距離を詰めてきた。舜は咄嗟にサーベルの二刀流で迎え撃つ。神速と剛力で迫る剣を間一髪で受けきる。間髪入れずに盾の打撃が迫る。


 躱そうとするが先程の光刃の魔法のダメージが残っていて、身体が思うように動かない。


「がぁ……!」


 結果シールドブロウをまともに喰らってしまう。身体がくの字に折れ曲がるが、そこに容赦なく松岡の追撃。舜は瞬く間に防戦一方となってしまう。


 必死に松岡の攻撃を捌くが、時折受けきれない剣撃が舜の身体を掠めて、甲冑から露出した部分に生傷を増やしていく。しかし剣だけに気を取られると、隙を突いて盾による殴りつけシールドブロウが襲い掛かり、打撃によるダメージが蓄積されていく。


「はぁ……! はぁ……! ふぅ……!」


 地獄のような打ち合いがしばらく続いた後、舜はズタボロの有様となっていた。身体中掠り傷や打ち身だらけで、黒光りしていた甲冑も切り傷や凹みで見る影も無くなっていた。


 一方の松岡は当然全くの無傷で、鎧兜も相変わらず白く輝いていた。仮に舜が攻撃出来ていたとしても、どの道回復されてしまうのだ。舜だけが一方的にダメージが蓄積していく事になる。



 まさに反則……チート能力であった。



「くくく……ほれ、どうした? 動きが鈍くなって来てるぜ?」


「くっ……!」


 弄ぶように盛大に嘲られるが、事実なので何も言えない。歯噛みするが、松岡の剣が白く発光するのを見て顔を青ざめさせる。


「さぁて、そんじゃお仕置き・・・・の時間と行くか。言っとくがさっきみてぇな小賢しい手は二度と通じねぇから足掻くだけ無駄だぜ?」


「う……あ……」


 今のダメージが蓄積した状態では、光刃の魔法を躱し続ける事は不可能だろう。かといって接近戦を挑んでも先程までの攻防を繰り返すだけだ。もう反撃も通じない。最早状況は完全に詰み・・と言って良かった。



(う、嘘だ……。俺は……莱香と約束したんだ! ケリを付けるって……無事に帰ってくるって……!)



 現実を認められずに舜は呆然と呻く。


「ははは! おらっ! 一発目、行くぜぇ!?」

「……ッ!」


 松岡が哄笑と共に剣を振りかぶる。舜は来たるべき絶望に、反射的に身構える。それが自己の苦痛を長引かせるだけと解っていながら。




 だがその時――――




「――ッ!?」


 松岡が剣を振り下ろすのを中断し、翼をはためかせてその場から飛び退いた。そして一瞬前まで松岡の身体があった空間を、極太の熱線・・が通り抜けた!


「な……」


 何が起きたのか解らず舜が硬直している間に、熱線を躱した松岡の背後に緑色の影が現れる。凄まじいスピードだった。


「おらぁっ!!」


 その緑の影は咆哮しながら、手に持った槍のような武器を松岡に叩きつけた。松岡が咄嗟にそれを盾で受けると、その影は一旦松岡から距離を離した。


「あ、あれは……」


 停止した事でその姿が舜の目にも明らかになった。そして舜はその姿に見覚えがあるのに気付いた。



「え……な、何でここに……?」



 2メートルを優に超える堂々たる体躯に、緑がかった鱗が全身を覆っている。顔は鼻面が長く凶悪そうな角や牙が生え並んでいた。そして背には一対の巨大な皮膜翼……。



 竜と人間を掛け合わせたような竜人・・。それは紛れもなく――



「へへへ、パーティーには間に合ったみてぇだな。俺様が一番乗りか。いいザマだなぁ、シュン? 精々俺様に感謝しろよ?」


「よ、吉川……?」



 そう。それは正にかつて舜自身が死闘を演じた、アストラン王国の〈王〉にして前世では松岡の取り巻きの1人であった吉川の姿であった!


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