第179話 魑魅魍魎の宴

 それは直径が20メートル以上はありそうな一際巨大な天幕であった。レベッカ達もここまで駆けてくる時に遠目からでも目についた程だ。


「失礼致します、公爵様方。クィンダムの『使節』が到着しました。入っても宜しいですか?」


「よし、入れ」


 ロイドが天幕の入り口から声を掛けると、中からいらえがあった。



 天幕の入り口を潜ると、中にはやはり優に10メートルを越える大きさの巨大な卓がしつらえられていた。 


 卓には既にロイド達3人以外の進化種達が席に着いていた。上座と思われる奥まった位置に座る4人の進化種。1人はレベッカや莱香は見た事がある、ホホジロザメの進化種、オケアノス王国のグスタフ・ベルウッド公爵であった。


 既にクィンダムとはある種の『条約』を結んでいる為、この場にはあくまで具体的な決定権の無いオブザーバーとして参加している。


 彼はロアンナの姿を認めると、軽く片手を上げて挨拶していた。ロアンナはやや緊張した表情で頷き返す。いつもは泰然自若とした彼女も、反対派の話を聞いた後とあって流石に余裕がないようだ。



 そしてグスタフの横に並ぶ3人の進化種達……。座っている場所。その堂々たる雰囲気。何よりも魔力を感じ取れない女性達ですら肌が若干粟立つ程の強烈なプレッシャー。それら全ての要素が、彼等こそがこの場を支配している存在だと物語っている。


 〈公爵〉。純粋なイシュタール人の進化種としては頂点に位置する存在。〈王〉にも比肩しようかという強大な覇気を纏う彼等の姿に、入ってきた女性達は早速の精神的重圧を感じさせられていた。


(くそ、気圧されるな! 最初からこれでは先が思いやられるぞ……!)


 自らを心の中で鼓舞したレベッカは、意図的に堂々とした立ち振る舞いで天幕の中へと踏み込む。かつて彼等よりも強大な〈王〉と直接対峙した経験がそれを支えていた。レベッカの姿に勇気づけられたように莱香やリズベット達も続く。


「ふむ……その方らだけか? 〈御使い〉とやらの姿が見えんようだが?」


 上座に座る〈公爵〉の1人、クロコダイルの進化種……恐らくアストラン王国のヒルベルト・アラニス公爵が訝し気な声を上げる。


「〈御使い〉は……シュン様は、度重なる〈王〉達との過酷な戦いの後遺症によって一時的に体調を崩されて臥せっております。よってこの私、神官長のリズベット・ウォレスがシュン様の名代として出席させて頂く事になりました。どうぞよしなに」


 予め決めてあった答弁を行うリズベット。とりあえずミッドガルドとの『対談』を既に進めてしまっているという事実さえ露呈しなければ何でもいい。不自然でさえなければ良いのだ。


「ほう、臥せっているとな……。確かに先日そこのダリウスが仕掛けた襲撃において〈御使い〉の姿は確認できなかったそうだし、嘘ではなさそうだな」


 獅子の進化種……バフタン王国のシュテファン・アイゼンシュタット公爵が、その立派なたてがみを撫でながら頷く。名前の挙がったダリウスが少し不快そうに鼻を鳴らす。


「その……『体調不良』とやらは一時的という話だが、それは確かなのか? 仮に同盟を結んだとて、肝心の〈御使い〉が使い物にならぬでは意味がないぞ?」


 ヒルベルトが若干の疑心を滲ませながら問い掛ける。


「魔力の事は我々女にははっきりとは解りませんが、シュン様ご自身が一時的だと仰っていましたのでそれを信じて頂く他にないかと」 


 下手に治るなどと断言しない方が真実味がある。あるいはヒルベルトはそうやってカマを掛けている可能性もある。果たしてヒルベルトは肩を竦めた。


「ふむ……まあ良い。〈王〉達からは『対談』に臨むよう指示も出ている事だし、とりあえずはその話を信ずるとしよう」


「ありがとうございます、公爵様」


 リズベットは素直に頭を下げる。カブト虫の進化種……ラークシャサ王国のギリウス・キンズバーグ公爵が大きく咳払いをする。


「おほん! 〈御使い〉がおらん理由については解った。出席はお前達だけという事だな? ではさっさと座れ。『会談』を始めるとしよう」


 キンズバーグに促され、女性達は慌てて席に着く。当然ながら全員下座だ。だが進化種の性質を考えれば席があるだけマシだろう。一応『同盟』の場という事で配慮はされているらしい。



 ロイド達も既に与えられた席に着いている。尤もアレクセイだけは椅子が無く、卓の前でとぐろ・・・を巻くような形であったが。レベッカがそれを見てまた少し青ざめてしまったのは余談である。



 ともあれ、こうして何とか正式に『会談』が開始される運びとなった。



 一応流れとして名乗りだけは上げておく事になった。上座にいる3人は予想通り各国の〈公爵〉であった。後はロイド達以外の初見の3人の〈貴族〉……こいつらが所謂いわゆる『反対派』の代表という奴等だろう。


 1人は先程相見えた豹の進化種、バフタン王国のダリウス・クロフォード伯爵だ。ヴォルフへのライバル意識が目立つ男ではあるが、戦士隊をいきなり攻撃した事からもそのスタンスや邪悪さは明らかだ。


 そしてもう1人は背中にゴツい甲羅のようなものを背負った、醜い亀の化け物の如き進化種であった。

 

 フレドリック・ノイマン侯爵。カミツキガメの進化種……アストラン王国の『反対派』だ。アレクセイ曰く、『襲撃』をゲームのように考えている男。


 どの街の領主が何人の奴隷を強奪できたかを『得点』のように記録して、誰が一番点数が高いかを他の〈貴族〉達と賭けをするのがお気に入りの娯楽との事。因みに戦士隊のメンバーを捕らえると『得点』が高いらしい。


 それを聞いた時レベッカは、はらわたが煮えくり返るかのような激情を抱いた。恐らく他の者達も同様だろう。


(クズめ……。『反対派』だと? 上等だ! 貴様等下種の思い通りになど絶対させるものか!)


 そう決意を新たにするレベッカだが、どうしても意識は最後の1人・・・・・の方へ向いてしまう。ロイドが言っていた不穏な内容は勿論だが、それ以前にその進化種はかなり人目を引きやすい外見をしていた。


 シラルム・バクマフ侯爵。ラークシャサ王国の『反対派』代表であり、色鮮やかな……アゲハチョウの進化種。それも黒緑の美しい翅を持つカラスアゲハの進化種だ。


 しかしその複眼や独特の長い口吻は、人間大の大きさとなると何とも不気味でおぞましい代物であった。


 レベッカはここに来るまでの途中でロイドに聞かされたばかりの話を思い出していた。あくまで噂だけど、と前置きした上でロイドが語った内容は、凡そ筆舌に尽くしがたいものだった。


 拷問が趣味で、古今東西のあらゆる拷問器具を試しては、日夜奴隷を縊り殺しているというのだ。極めつけは自分の口吻を奴隷の頭に突き刺し、脳を溶かして吸引するのがお気に入りというのだから始末に負えない。


 今までに殺した奴隷の数は優に100人を超えていると言われ、その常軌を逸した残虐性に〈王〉から直々に諫言を受けたというのは国内でも有名な話なのだそうだ。


 そしてシラルムの好みは……気の強い戦士の女性。かつて『侵攻』によって旧戦士隊が壊滅した際、このシラルム侯爵が何人かの隊員達を高額で買い取った事が判明している。買われた隊員達のその後の消息は……当然不明。


 今もシラルムの『視線』がレベッカ達の身体を舐めまわすように這っている。本来なら怖気で鳥肌を立てて委縮する所だが、レベッカは唇を噛み切らんばかりの憤怒に双眸を燃え立たせてシラルムを睨みつけた。


(外道の化け物め……。犠牲になった皆の為にも、この『会談』何としても成功させてやる! それが私からあいつらに出来る唯一の『贖罪』だ……)



 進化種側の名乗りが終わって、今度はクィンダム側の番となった。ここに着く直前にイエヴァから教えられた人間関係が正しいとするなら、何らかの反応があるはずだとレベッカは注目する。


 果たしてフラカニャーナの紹介時にキンズバーグが再び咳払いした。


「その者の事であればよく知っている。……クィンダムへ亡命したというのは本当だったようだな。誠に残念だ。その最後の試合を見逃した事も含めて、な」


 フラカニャーナは軽く頭を下げる。


「公爵様には世話になったね。でもここにいるレベッカ達に負けた事であたしの剣闘士としてのキャリアは終わったんだ。今のあたしはクィンダムの一戦士、ただのフラカニャーナだよ。今更剣闘士に戻る気はないさ」


「別にそのような事は望まん。新天地で存分に力を奮えているようで何よりだ。お前と戦う事になる〈市民〉達が憐れだとは思うがな……」


 キンズバーグが若干苦笑したような雰囲気になる。いくら剣闘士のチャンピオンだったとは言え、フラカニャーナはあくまで奴隷の身分であったはずだ。それに対してある程度気さくに話している事から、キンズバーグはもしかすると多少推進派寄りの考えである可能性も浮上する。


 シラルムが不快そうな口調で割り込む。


「公爵ぅぅ? 進化種の模範となるべきお方が下等な生き物と楽し気にお喋りというのは、少々外聞が宜しくありませんわよぅ?」


 妙に甲高い声と気色の悪い喋り方。ロイドの話では元々人間だった時から男色の気がある人物だったらしい。


「む……た、ただの挨拶みたいなものだ。他意は無い!」


 身分が上であるはずのキンズバーグがちょっと居心地悪そうな様子で応じる。どうやらこのシラルムは色んな意味で他の進化種からも一目置かれているようだ。


(男色といい、女を残虐に扱う事といい、バフタン王国の〈王〉と気が合いそうだな。男色の気がある奴には碌な奴がいないな……)


 偏見と共にそんな事を考えるレベッカであった。



 その後も紹介が続き、最後にジリオラの名前が挙がった時だった。獅子の公爵シュテファンがピクッと反応する。反応したのはシュテファンだけでなくダリウスも同様であった。


「ほぅ……アイゼンシュタット、とな? これは奇遇という事で宜しいのですかな、公爵? 余りどこにでもある家名という訳ではありませぬが……」


「……無論だ。我とその者には一切何の関わりもない。詮索は無用だ」


 腕組みしたまま唸るように喋るシュテファンの言葉に、ジリオラは顔色を青ざめさせる。


「あ、兄う……ッ!」


 意を決して何か言い掛けたジリオラだが、シュテファンの眼光に射竦められ硬直してしまう。そしてそのまま唇を噛み締めて俯く。顔色は青いままだ。


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