第180話 挑発と暴発

 このタイミングでそれまで黙って静観していたオケアノス王国のグスタフが手を叩いて注目を集める。


「さあ、自己紹介はこんな所でいいだろう? そろそろ本題に入るとしようぜ。一応直接の利害関係が無いって事で俺が進行を務めさせてもらう事になってる。異論は無ぇな?」


 グスタフはそう言ってレベッカ達に同意を求める。勿論反対する理由は無い。全員で首肯する。



「おし。じゃあ始めるが、お前等も聞いてるだろうが北のミッドガルド王国がどうにもきな臭い動きを見せてるようでな。これまで僅かにあった他国との交流も全部遮断して、現在はほぼ鎖国状態になってやがる」


「…………」


 勿論知っている。何せそのミッドガルド側から他の国への侵攻協力の打診を受けたのだから。


「〈王〉達が言うにはミッドガルドの〈王〉が、どうも何かでかい事を企んでるんじゃねぇかって話だ。んで、やられる前にやれって訳じゃねぇが、奴等が何かする前にこっちから攻勢に出るって事で話が纏まってる」


 そこまで言ってからグスタフがこちらをグルッと見渡す。


「ただしそれは相手方も読んでる可能性がある。そうなりゃみすみす罠張って待ち構えてる所に飛び込む結果にもなりかねねぇ。んでそれを踏まえてそこにいる……」


 と、グスタフはロイドに顎をしゃくる。


「ロイド子爵から、ミッドガルドの裏を掻くにはお前等クィンダムと同盟して〈御使い〉をこっち側に取り込むのが一番だって提案を受けたのが、これまでの簡単な経緯だ。ここまでは理解したな?」


 女性達は再び一様に頷く。


「……〈御使い〉本人はいねぇが、その名代だってんならお前等に確認する。クィンダムに、この三国と同盟して〈御使い〉を協力させる意思はあるのか?」



 一行を代表してリズベットが発言する。



「〈御使い〉たるシュン様、そして我らが女王たるルチア・ランチェスター陛下のご意思はただ一つ。即ちクィンダムとそこに住まう民の安寧のみでございます。この『同盟』によってその実現に僅かでも近づけるのであれば、私達にそれを拒む理由はございません」



 これが国としての総意であった。表立って反対していたのはカレンのみだ。勿論カタリナを始め、内心では忸怩たる思いを抱く女性も多いだろうが、国や国民の平和が最優先だという事は皆理解していた。



 だがそこに、クスクス、という耳障りな笑い声が……


「本当にそれがあなた達の『総意』なのかしらねぇ?」


 シラルムだ。リズベットが極力冷静さを保って聞き返す。


「……どういう意味でしょうか?」


「言葉通りの意味よ。この7年余りの中で私達があなた達にしてきた事を考えたら、内心では賛成してないって者もいるんじゃないかしらぁ? いえ、『国民感情』とやらを考えたら、むしろ殆どの女達が私達に激しい憎悪を抱いてるはずよねぇ?」


 お前がそれを言うのか、と女性全員が思ったが口に出すのは堪える。


「それは……何も思う所が無いと言えば嘘になりますが……」


 リズベットが少し言いづらそうに答える。ここで何も恨みはありませんなどと言う方が嘘くさいだろう。


「結局そこなのよねぇ。こっちに恨みを抱いている連中をどうやって信用しろと言うの? 肝心な時に後ろから寝首を掻かれちゃ堪らないわよ。そうでしょう、公爵?」


 水を向けられたキンズバーグが若干慌てて頷く。


「う、うむ。確かにその通りではあるな」


 見かねたアレクセイが挙手する。


「昨日の敵は今日の友、という言葉もある。歴史を紐解けば、過去にあった戦乱の世でもそれまで敵国同士だった国が、共通の敵に立ち向かうために同盟を結んだ例は数多くある。ここは大局を見て判断するべきだろう」


 そこで今まで巌のように鎮座していたフレドリックが発言する。


「それは我々進化種の国同士であればそういうケースもあると言えるだろう。だが理性よりも感情を優先する女共にそんな大局的な判断が出来るか? いつ暴発するとも知れん火種を抱える羽目になるぞ」


「何――!?」


 公然と侮辱され、レベッカが思わず立ち上がりかけるのをリズベットが慌てて制する。その様子を見てシラルムも嘲笑する。


「オホホホ……! 中々言い得て妙ね、フレドリック殿! ……確か半年ほど前だったかしら。〈王〉の侵攻部隊が当時の戦士隊を壊滅させて大量の奴隷を獲得して凱旋した事があったわよねぇ」


「……!」


「私、その中から活きのいい奴隷を3人程購入したのよね。うふふ……久しぶりに楽しかったわぁ。1人は滑車による車裂きを試してみたのよ。徐々に苦痛に歪んでいって遂に胴体が千切れる寸前になった時のあの顔! 思い出しただけで昂ってくるわぁ!」


「……ッ!」


 レベッカの顔が見る見る内に青ざめていく。隣に座っている莱香は自らも顔を青くしながらも、必死にレベッカを押し留めようとその手を強く握る。


「もう1人は溶解液の風呂に入れてやったわ。人間にこんな声が出せるのかってくらいの声で泣き叫んでたわね。まあ1分程度しか保たなかったから興醒めだったけど」


「…………!!」

「う……ぇ……」


 レベッカの顔色は最早青を通り越して白くなっていた。莱香はレベッカを押さえる事も忘れて、自らの込み上げてくる吐き気と戦っていた。


「でも最後の1人は傑作だったわ! 手足を全部切り落とした上で、膣から大量の水を流し込んでやったの。そうしたらどうなったと思う? まるで水風船のように――」




「――貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」




「レベッカッ!」


 リズベットが大声で制止しようとした時には、既に椅子を蹴倒したレベッカが剣を抜き放ってシラルムに飛び掛かっていた!



 天幕に入る前の誓いなど完全に頭から吹き飛んでいた。最早この蝶の化け物を殺して部下達の仇を討つ事以外何も考えられなかった。


 シラルムに向かって剣を突き出そうとするレベッカだが、その直前に何者かによって素早く取り押さえられた。


「レベッカ! 落ち着くんだ! ここで手を出せば侯爵の思う壺だ!」


 ロイドである。強化魔法を使った素早い動きでレベッカが凶刃を振るう寸前で、地面にうつ伏せに押さえつけたのだ。


「ぐ……おぉぉぉぉっ!! 離せ! 離せぇぇっ!! 殺してやる! 貴様は絶対にこの手で殺してやるぞぉぉぉっ!!!」


 だが狂乱の極みにあるレベッカは、周囲の状況も顧みずに身を捩らせて暴れる。その目はただ憎き仇の姿しか写っていなかった。


 だがその射殺さんばかりの視線と憎悪を一身に浴びているはずのシラルムは、どこ吹く風、というよりむしろ嬉しそうに手を叩く。


「ホーーホッホッホ! そう……これよ、これ! 目の前の個人的感情の前に大局など軽く吹き飛ぶ……。フレドリック殿の言う通りだわ! こんな理性と自制の欠片もない下等な生き物共をどうして信用出来ようかしら!? こちらがちょっとでも不利になれば加勢するどころか、これ幸いとばかりに後ろから〈御使い〉をけしかけるに決まっているわ!」


「く……!」


 リズベットが歯噛みする。否定したいが、現にレベッカの暴走という『実例』が目の前で展開されて強く否定できない。



「ぬおぉぉぉぉっ!!」



 だが当のレベッカは、お構いなしにロイドの腕の下で暴れ狂っている。彼女が『醜態』を晒せば晒すほど、シラルムの言い分に正当性を与えていく。



「ふぅむ……これは確かに、安易に信用するのは危険やも知れぬな……」



 アストラン王国のヒルベルト公爵が長い顎を擦りながら呟く。このままではマズいとリズベットが危惧した時、スッとレベッカ達に近付く人影があった。


「少し寝てなさい」

「かっ……!?」


 ロアンナだ。うつ伏せの姿勢で暴れる首筋に手刀を叩き込むと、気を失ったレベッカが沈黙する。


「ふぅ、助かったよ。立場上、僕達が直接暴力行為を行う訳にもいかなかったからね……」


 レベッカの気絶を確認したロイドが手を離して立ち上がる。ロアンナは肩を竦める。


「でしょうね。それが出来るならとっくにやってたでしょうし。彼女を一旦外で待機してる隊員達に預けてくるわ。それくらいは構わないでしょう?」


 問い掛けは上座に座る公爵達への物だ。彼等は揃って肩を竦めたり顎をしゃくったりした。フラカニャーナとジリオラがレベッカを抱えて天幕の入り口を潜る。


 外ではカタリナら隊員達が待機している。やはり物見高く集まってきた〈市民〉達と、お見合いのような状態になっていた。


 気絶した総隊長の姿を見て皆何があったのかと驚愕していたが、それには構わずロアンナはとりあえず会談が終わるまでは起こさずに寝かせておくように指示した。

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