第177話 旧交

 そこは開けた平原のような場所で、いくつもの天幕が立ち並んでいた。よく見ると天幕は4つの塊に分かれているようだった。それぞれの天幕を固めている進化種の姿から、種族――つまり国ごとに固まっているのだと一目瞭然であった。


 しかしリズベットと戦士隊の到着を認めると、ゾロゾロと進化種達が集まってきた。集まってきたのは基本的に皆、変異体含む〈市民〉のようだが、鳥獣種、爬虫種、節足種、そして海洋種……。


 お互いに争い合ってまず手を組む事のない進化種の異種族同士が、同じ場所に集って一斉にこちらを眺めてくる光景はある意味壮大であり、女性達は一様に息を呑む事になった。


 それぞれの種族は50人以上はいるようで、集まってきた進化種の数は優に200を超えていると思われた。戦士隊の人数は50人弱なので、この数に襲い掛かられたりしたら正直非常にマズい事になる。


 そしてレベッカを筆頭に露出の多い鎧姿である戦士隊の事、集まってきた進化種達は口笛でも吹かんばかりの有様で、好色な視線を無遠慮に這わせてくる。


 自制心の低い〈市民〉達である。戦士隊の姿を見て我慢しきれずに飛び出そうとする者が既に出始めている。1人でも飛び出したら、後は堰を切ったように殺到してくるだろう。


 戦士隊の面々も一触即発の空気を察知して臨戦態勢になる。猛った〈市民〉の1人が、遂に堰を切ろうとしたその瞬間――




「――そこまでっ!!!」




 一喝と共に、強大な魔力が波動となって〈市民〉達の間を走り抜ける。興奮していた〈市民〉達がまるで冷水でも浴びせられたかのように硬直し、その後一斉に後ろへ下がる。戦士隊を取り囲んでいた半円がその半径を広げる。


 そして〈市民〉達が道を開けた後ろから、戦士隊の前に進み出てきたのは3人の進化種……



「ふぅ……危なかった。まさか彼等があんないきなり理性を失うとは思わなくってね。怖い思いをさせて済まなかったね、レベッカ・・・・


「……! おぉ……ロイド殿! 息災そうで何よりだ」


「ああ、君もね。久しぶりだね、レベッカ」


 レベッカと親し気に言葉を交わすのは……おぞましいはえの進化種、ロイド・チュールだ。そのインパクトのある外見に、戦士隊の初見の面々は皆一様に青ざめおののいていた。それはリズベットやロアンナでさえ同様だった。


「は、話には聞いてたけど……かなり強烈ね……」


「え、ええ……レベッカはよく平気ですね」


 ロイドの外見などなんら目に入っていないかのようなレベッカの態度を、信じられない物を見るような目で眺めるロアンナ達。そんな視線など知らぬげにレベッカは旧交を温めている。


「アンリエッタ殿も息災か? それに〈子爵〉だと? 昇進までしているとは、順調なようだな」


「はは、〈王〉に気に入られてね。勿論アンリエッタも元気だよ。全部君のお陰さ」


「ロイド殿……」


「そう言う君も順調みたいだね。あれが噂の新生戦士隊かい? 進化種の間でも実は結構話題になってるんだよ?」


「む……そ、そうなのか? それはそれで少し複雑な気分だが……まあ確かに順調とは言えるかも知れんな」



 2人が言葉を交わしていると、そこに近付いてくる者が……



「ふむ……あなたがロイド殿が言っていた女傑、レベッカ嬢か。お初にお目に掛かる。私はアストラン王国の〈侯爵〉アレクセイ・ナザロフと申――――」


「――うひぃぃっ!?」


 コブラ型の進化種、アレクセイが優雅に一礼しようとする暇もあらばこそ、レベッカが常日頃の彼女からは考えられないような無様な悲鳴を上げて、慌てて後方へ飛び退く。アレクセイだけでなくロイドも呆気に取られる。


「レ、レベッカ?」


「う……あぁ……へ、蛇……毒蛇が……!」


 レベッカの顔は一瞬で青ざめて心なしか身体も小刻みに震えているようだ。慌ててリズベットが進み出てくる。


「ア、アレクセイ様! お久しゅうございます。あの時は本当にありがとうございました」


「お、おぉ……リズベット嬢か。相変わらず美しい。再びお会いできて感無量だ。して……レベッカ嬢のあの様子は?」


「あ、あの……レベッカは蛇が非常に苦手なんですの。それも特に毒蛇の類いが……。どうも幼い時に毒蛇に噛まれて死にかけた事があるらしく、トラウマも相まって余計に拗らせてしまっていると言いますか……」


「な、何と……そのような事があったとは。それでは忌避されるのも致し方なしか……」


「ご、ご不快な思いをさせてしまって、申し訳ありません。レベッカに代わってお詫びいたします」


「いや、何のなんの。蛇が苦手な女性は結構多いのでね。ロイド殿程ではないが、私も女性に忌避された経験はそれなりにあるのだよ。慣れているから問題ないとも」


「お、お恥ずかしい限りです……」


「そういう意味ではリズベット嬢があのような反応とならなくて本当に良かった。私にとってはそれだけでも十分だよ」


「アレクセイ様……」


 リズベットが若干顔を赤らめて俯く。




 そんな会話が繰り広げられている横で、もう一つ別のやり取りが行われていた。


「久しいな……クリスタ。そして、ライカよ」


 ヴォルフだ。クリスタがスッと頭を下げる。


「はい、本当にお久しぶりでございます、ヴォルフ様。テリーナ達は上手くやれていますでしょうか?」


「ああ、良くやってくれている。お前の教育の賜物だな。お前も……良くライカを支えているそうだな」


「ふふ……最初の内だけです。今のライカさんはもう立派な戦士です。最早私の庇護など必要としない程の……」


 クリスタの横でちょっとモジモジしていた莱香が、それを聞いて血相を変えた。


「な、何を仰るんですか、クリスタさん!? 私なんてまだまだ未熟者もいい所です! これからもクリスタさんの助けが必要です!」


「……ただの言葉の綾よ。本気にしないで」


「う……な、なら良いんですけど……」


 一瞬クリスタがどこか遠い所へ行ってしまう気がして、ヴォルフとの再会の場だというのについ声を荒げてしまった。その事に気付いて莱香は赤面する。


「ふ……どうやら変わりないようだな、ライカよ」


「あ……ヴォ、ヴォルフ様……私……」


「……とは言え、お前の活躍は私の所にも届いていたぞ。成長したな、ライカ。お前を送り出して正解だったようだ」


「……! は、はい! ありがとうございます、ヴォルフ様!」


 莱香は思わず涙ぐんでしまう。クリスタがそんな彼女の肩に優しく手を添える。




 そんな様子を見ながらロイドが辺りを見渡す。


「ところで肝心の〈御使い〉の姿が見当たらないようだけど? ヴォルフ殿は〈御使い〉とまみえた事があるんですよね? 彼女らの中には?」


「ふむ……それは私も気になっていたが……。この中にはいないようだな」


「……!」


 レベッカ達の表情が引き締まる。リズベットと視線を合わせて頷き合う。最初にロイド達のみが現れてくれたのは僥倖だった。リズベットが代表して進み出る。


「あ、あの……アレクセイ様。実はその事で、皆様にお伝えしておかなければならない事があります……」


「リズベット嬢……? ふむ、何やら訳がありそうだな」


 余人には聞かせられない雰囲気を察知したアレクセイが、野次馬の〈市民〉達に向き直る。


「お前達はもう良い。物欲しそうな顔をしていないで、いい加減に持ち場に戻れ」


 ヴォルフやロイドも似たような指示を出すと、〈市民〉達は三々五々散っていった。海洋種だけは渋っていたが、他種族とはいえ3人もの〈貴族〉に睨まれては、彼等も引き下がるしかなかった。


「さあ、これで良かろう。〈御使い〉がこの場に居ない訳、話して貰えるかな?」


「は、はい。実は……」


 リズベットは声を潜めて、ミッドガルド王国との『対談』の件を打ち明けた……


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