第174話 困惑のクィンダム

「さ、三国からの……同盟・・の使者じゃとぉ……!?」



 クィンダムの王都イナンナ。その王城の主、女王ルチアの素っ頓狂な声が響き渡った。女王の執務室にはルチアの他、リズベットと報せを持ってきたカレンの3人の姿があった。


「ど、どうなっておるのじゃ!? つい先日ミッドガルド王国から同盟の話を持ち掛けられたばかりではないか! それは確かに対話を望んではおったが……流石にこれは話が出来すぎておる、と言うか何か空恐ろしい物を感じるぞ。一体何が起きておる!?」


「わ、私にも解りません。ただ実際に『境目』に進化種の『使節』が来ている事は間違いありません。私も索敵で感知しました故……」


 リズベットも状況が把握できておらず戸惑った様子であった。しかしカレンは冷静な様子だった。


「落ち着いてください、お二人共。状況から考えれば、連中の目的は明らかだと思われますが」


「じょ、状況? どういう事じゃ、カレン?」


「ミッドガルド王国は同盟の対価として他国に戦争を仕掛けるという話でしたが、それは見方を変えれば他国に戦争を仕掛けたいから、我が国に……いえ、シュン様に同盟を持ち掛けたのだとも考えられます。というより向こうが同盟を組むメリットがそれしかありません」


「む……た、確かにそう言われるとその通りじゃな……」


「つまり既にミッドガルド王国とそれ以外の進化種の王国との間は、何らかの理由により一触即発になっていたと考えられます。と、なれば他の王国がクィンダムに同盟を申し入れてくる理由は自ずと見えてくるでしょう?」

 

 リズベットがハッとしたように顔を上げる。


「そうか……他の国もシュン様のお力を欲して……。或いはミッドガルド側に付かないようにと……」


「恐らく間違いないでしょう。ふふふ……滑稽な話ですね。これまで散々私達を食い物にしておきながら、いざ自分達が困ると掌を返す……。虫が良すぎて反吐が出ます」


「……カ、カレン?」


 リズベットが常と違う部下の態度に不審を覚える。ルチアも呆気に取られている。2人の視線に気づいたカレンは居住まいを正す。


「……失礼致しました。それで、陛下はどうなさるおつもりで?」


「む? むぅ……そうじゃな……。このような事態は想定しておらんかった。お主等の意見を聞かせてくれい」


 ルチアは即答を避けて、まずは考えをまとめるべく臣下達の意見を聞こうと考えた。



「私は……話を聞いてみても良いのではと思いますが」


 遠慮がちながらリズベットが発言する。


「ふむ? だがシュンはミッドガルドに出向いていて不在じゃぞ? 連中の目的はシュンの力じゃろうから、その事を知られるのは危険ではないかの?」


 同盟を組む価値がないと思われるだけではなく、逆にミッドガルドと組んでこちらを攻めるつもりか、と敵意を煽る結果になりかねない。


「それはそうですが……そこは交渉次第ではないかと。何とか上手く言い含めて少しでも優位な条件を引き出せれば……」


「ふぅむ……」


 ルチアは唸った。進化種相手にはやや危険な賭けとも思える。


 ここで下手に刺激して三国が手を組んでクィンダムを侵略しようと考えたらだ。互いに牽制し合っているからこそ、今まで小規模な襲撃で済んでいたのだ。その憂いが無くなったら大規模な侵攻だって掛け放題になってしまう。


「カレンはどうじゃ?」

「私は断固反対です」


 カレンが間髪を入れずに答えた。上司と対立する意見だが気にした様子もない。


「奴等が今までこの国にしてきた事をお忘れですか? 同盟など……国民感情も考えたらあり得ない話です」


「カ、カレン……でもあなたミッドガルド王国の時は、むしろ反対するレベッカを諭していましたよね……?」


「魔人種はこの国に一度も被害を齎していません。勿論それは地理上の問題ではありますが、実害を受けたかどうかは感情的に大きな違いです」


「感情的にはそうかも知れませんが、ここは大局的に物事を考えて……」


「リズベット様はご存知でいらっしゃるはずですよね? 私の妹が奴等の慰み者になって自害した事を」


「そ、それは……」


「感情論で大いに結構です。私はあの身も心も醜い邪悪な怪物達と、曲がりなりにも『同盟』を結ぶなど絶対に反対です」


「…………」


 リズベットは何も言えなくなってしまう。カレンの言っている事は事実だ。彼女の妹はまだ十代の半ばで爬虫種の襲撃で捕えられて散々弄ばれた挙句に、世を儚んで自殺してしまった。そしてそういった悲劇は、このクィンダムに住まう女性達の多くが経験している事でもあった。


 彼女らの感情を考えたら安易に進化種と同盟しました、などと言えないのは確かであった。下手をすればこのクィンダムという国の存在基盤が揺らいでしまう。




「……それに失礼ですが、リズベット様が連中と『対話』をなさりたい理由は別にあるのでは?」


「……何ですって?」


 聞き捨てならない台詞にリズベットも反応してしまう。


「『使節団』の中の1人にアレクセイ・ナザロフという<貴族>の名がありましたね。ジリオラ殿から聞きましたよ? 何でも熱烈なアプローチを受けたとか……。このクィンダムの神官長ともあろうお方が、よりにもよって邪悪な進化種に篭絡・・されるなどあってはならない――」



「――ッ! お黙りなさいっ!」



 リズベットは反射的に声を荒げてしまう。同時に空気が微細に振動し始める。リズベット得意の神気爆発の兆候だ。女王の執務室だというのに、瞬間的に頭に血が上って失念してしまっている様子だ。


「お、おい!? 落ち着かんか、リズッ! 場所柄を考えよ!」


「……ッ!? わ、私とした事が……。申し訳ありませんでした、陛下」


 慌てたルチアに諫められて正気を取り戻すリズベット。


「う、うむ、解ればよい……。カレンも根拠なく徒に挑発するような言動は控えよ、良いな?」


「……はい。申し訳ありませんでした陛下、リズベット様」


「…………」


 リズベットも瞬間的に激昂して神気爆発まで放とうとしてしまったので、バツが悪そうに目を逸らす。それに……カレンの言った事は完全に的外れという訳では無かった。その心情を言い当てられて余計に激昂してしまった事もあり、尚更バツの悪い思いであったのだ。



「むぅ……どうした物かのぅ……」



 結論も出ず、雰囲気まで悪くなってしまい泥沼化しそうな気配にルチアは頭を抱える。ルチアの心情的には対話を望んでいるが、カレンの言う事にも一理ある。


 ルチアが増々難しい顔をして考え込んでしまいそうになった時、部屋の扉が勢い良くノックされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る