第173話 アラル防衛戦(5) ~決着と不信

「ライカ! ここはもういい! お前は<僧侶>を頼む!」


「解りました! ロージー、付いてきて!」


「……! は、はい!」



 進化種達がクリスタやイエヴァの部隊と混戦状態になったのを見計らって、レベッカは莱香に指示を出す。<僧侶>の魔法攻撃は莱香以外にはまともに受けられない脅威であり、イエヴァ達を守る為にもその後方支援を許す訳には行かない。


 莱香は即座に頷いて、ロージーを伴って眷属の囲みを突破し、<僧侶>――赤鼠人に向かって真っ直ぐに突撃する。



 当然その動きは赤鼠人の方にも認識された。その手に放電現象が発生する。


「……! 私の後ろに! 足を止めないで!」

「は、はい!」


 莱香に指示され、ロージーは走りながら莱香の後ろに身を隠す。部下が上司の後ろに隠れるのもどうなんだと思わないでもないが、ロージーではまだ<僧侶>の魔法は荷が重い。ここは適材適所と割り切るしかないだろう。


 赤鼠人の手から電撃の魔法が迸る。発動した電撃は強烈な光と轟音と共に、一瞬で前を走る莱香に到達しその身体に直撃した!


「ぐ、うぅぅうぅぅぅぅっ!」


 莱香の口から押さえきれない苦鳴が漏れ出るが、それでもその足を一切止める事無く赤鼠人との距離を縮めていく。


 焦った赤鼠人は今度は巨大な光球を作り出して飛ばしてくる。既にかなり距離が近付いている事もあって躱すのは間に合わない。いや、どの道躱していては相手にペースを握られてしまう。だから……そのまま突き進む!


 莱香は障壁を全開にして正面から巨大光球を迎え撃つ。当たった瞬間、物凄い轟音と衝撃、そして光が爆発し、ロージーは思わず手を翳して視界を庇う。後ろで守られているロージーですらその衝撃を感じた程の、凄まじい威力だった。その矢面に立った莱香が受けた衝撃は一体如何ほどのものか…



「――っぁぁぁぁぁぁっ!!」

「ナ……何ダトォッ!?」



 莱香の文字通り血を吐くような叫びに赤鼠人の驚愕の声が重なる。光の爆発とそれによる粉塵を割って莱香が突き抜けてきたのだ。内臓を傷つけたらしく口からは吐血していた。足取りも重く今にも崩れ落ちそうだ。このままでは次なる<僧侶>の魔法攻撃の前に確実に殺される。そう思われた。そう、1人ならば・・・・・


「ロージィィィィィィッ!!」 

「う、おおぉぉっ!!!」


 莱香の陰から飛び出したのは槍を構えたロージーの姿。莱香が限界まで距離を詰めてくれたお陰で、相手が次の魔法を放つ前に接近戦に持ち込む事が出来た。


「チィ! 小賢シイ女共メッ!」


 赤鼠人は舌打ちしてロージーの槍を躱すと、曲刀を作り出して斬りかかってきた。


「死ネッ!」


 遠距離攻撃特化の<僧侶>だが、接近戦も通常の<市民>程度には強い。即ちまともに戦っているとロージーの方が不利になる。ならばまともに打ち合わなければいい。



(やってやる! 自分の力を信じるんだ!)



 <市民>の魔法攻撃を実際に防げた事で自信は付いていた。後は覚悟と決断だけだ。戦闘の最中だ。ロージーの決断は一瞬だった。斬りかかってくる赤鼠人の曲刀を槍で受け……ない!


 すると当然敵の攻撃はロージーの身体を切り裂く……寸前で、バシィィィンン! と激しい音を立てて弾かれた。


「ぐぎぃぃぃ……!」

「何ィ!?」


 肩口から凄まじい衝撃が体内を伝播し、ロージーは歯を食いしばって耐える。槍はしっかり構えたまま離さなかった。そのまま攻撃を弾かれて態勢を崩した赤鼠人の隙を突いて、溜め抜いた力で一気に槍を突き出す。


「グェッ!!」


 神力を纏った槍の穂先は、赤鼠人の喉を貫いて首の後ろにまで突き抜けた。白目を剥いて倒れこむ赤鼠人。そのまま二度と起き上がってくる事は無かった。


「はぁ……! はぁ……! はぁ……!」


 痛みと疲労で片膝を着いて喘ぐロージーだが、その心は興奮で満たされていた。


(た、倒した……! 進化種を……それも変異体を……!)


 勿論その魔法攻撃を莱香が引き受けてくれたからこそ接近できた訳だが、その事実を差し引いても尚、高揚した気持ちは収まらなかった。



「ロージー……良くやったわ。あなたなら出来るって信じてた」


「……ッ! 隊長、大丈夫ですか!?」


 莱香の声にハッと己を取り戻したロージーは、うつ伏せに地面に倒れて上体だけを起こしてこちらを見ている莱香の元に急いで駆け付ける。抱き起すと口から垂れた血が痛々しいながらも、うっすらとほほ笑んだ。


「ええ、大丈夫よ。今、全力で回復に努めてるから……」


「隊長……。ありがとうございます。お陰で進化種を無事に倒せました」


「ふふ……どう致しまして。でも、あいつを倒したのはロージーの実力だよ」


「隊長……!」



 向こうからクリスタも駆けつけてきた。



「ライカさん、大丈夫!?」


「クリスタさん……。ええ、何とか。クリスタさんこそ、その手大丈夫ですか?」


「ええ、問題ないわ。ふふ、お互いに結構重傷を負ってしまったわね」


「そうですね。でもその甲斐あって進化種を倒せました。名誉の負傷って奴ですよ」


「あら? そうね、ふふ。イエヴァさん達の方も無事に終わったみたい。私達の勝利よ。さあ、もうしばらく休んでいなさい」


「ありがとうございます、クリスタさん。では、お言葉に甘えさせて、貰いますね……」


 それだけ言うと、莱香は精根尽き果てたようにグッタリと眠りについてしまった。ロージーが慌てる。


「た、隊長!?」


「大丈夫よ。疲れと消耗が激しくて眠ってしまっただけ。しばらく神気を吸収すれば回復するわ。それまでライカさんを頼むわね?」


「は、はい! お任せください!」


 勢い込むロージーに笑いかけてから、クリスタは自分の部隊を確認する為に離れていった……



****



 全ての進化種が斃れた事により、眷属達が残らず消滅していく。今ここにアラル防衛戦は戦士隊の勝利によって幕を下ろした。


「ふぅ……終わった、な……」


 敵の消滅を見届けてレベッカは剣を収める。以前のリューン防衛戦とは違ってここは完全に神膜内であり、<貴族>の奇襲の心配もない。


「お姉さま、やりましたわ! 見事な采配でした! 流石お姉さまですわ!」


 近くで戦っていたジリオラが興奮して詰め寄ってくる。レベッカは苦笑する。


「ありがとう、ジリオラ。自分が積極的に最前線に突撃して戦えんのは歯がゆいが、今まではそれも問題だったのだろうな。今回の戦いは私にとってもいい経験だった」


「お姉さま……」



 隊長たるレベッカ自身が最前線で強敵との戦いに掛かり切りになる事で、部隊の指揮はどうしても疎かになってしまう。結果、隊員達は統制も取れずに乱戦となり、効率的な戦いが出来ていたとは言い難かった。


 今までは変異体クラスとまともに戦えるのがレベッカしかいなかったので、仮にその問題点に気付いていたとしても他に選択の余地がなかった。 


 だが今は違う。莱香を初めとした小隊長達は皆変異体クラスとも戦えるレベッカに比肩する戦士であり、更に彼女らの指導を直接受ける事でその麾下の隊員達も順調に成長してきている。


 人材の層が厚くなった事で、レベッカは戦場全体を俯瞰して戦局を読み、部隊の指揮に注力できるようになった。そしてその指揮に的確に応え、結果を出してくれる優秀な部下達……。



 変異体3人を含む10人以上の進化種による大規模の襲撃だったというのに、蓋を開けてみればこちらの犠牲はゼロという圧勝であった。


 確かに戦闘好きのレベッカとしては直接強敵と戦えないのは面白くない部分もあるが、それを補って余りある程の手応えのようなものを実感していた。


「ジリオラ……戦士隊はまだまだ強くなる。いや、我々でもっと強くしていくんだ。この結果に満足して立ち止まっている暇はないぞ?」


「……! は、はい、お姉さま! ジリオラはどこまでも付いていきます!」


「うむ! シュンがいなくなっても国を守れるよう、今後も皆の力を貸してくれ!」


 ジリオラだけでなく、フラカニャーナや近くにいた他の隊員達もその言葉に頷き、腕を振り上げて気勢を上げる。他の小隊も思い思いに勝利を喜び合っていた。


 それだけでなく、戦闘が戦士隊の勝利に終わった事を見て取ったアラルの街の衛兵や市民達が歓声を上げながら、街の門を開いて駆け寄ってきていた。


 彼女らに取り囲まれて口々に称賛を受ける戦士隊の面々は、殆どの者が初陣という事もあって皆照れくさそうに、しかし誇らしそうに笑い合っていた。







 しかしそんな希望と喜びの喧騒から、1人離れた場所にいる者があった。


 ミリアリアだ。


 彼女はその喧騒を別世界のように眺めながら、妙に暗い瞳でレベッカの事を見据えていた。



「……シュンがいなくなっても? あなたにとってシュンはその程度の存在なのですか、隊長……?」



 その暗く小さな呟きは喧騒に紛れ、誰にも聞き留められる事は無かった…………


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