第172話 アラル防衛戦(4) ~精鋭部隊進撃
クリスタの部隊が進化種達を攻撃し始めたのを見て、レベッカは今がこの勝負の決め所だと判断。精鋭部隊と言えるイエヴァの小隊を一気に突入させる。
自分達を含めた残りの部隊は、イエヴァ小隊の道を切り開く為に群がる眷属を押しのけていく。その甲斐あって徐々に左右に割れていく眷属の群れ。そしてほんの一瞬、前方に道が開けた。
「今だ! 頼むぞ、イエヴァ!」
「任せて」
短くそれだけを答えて、小隊長たるイエヴァが率先して走り出す。カタリナら隊員達も隊長に遅れまいと一丸となって突き進む。そして他の部隊の奮闘により、消耗なしの無傷での敵陣突破に成功。クリスタ達が打ち漏らした進化種に狙いを定めて突撃する。
「キアアァァァッ!」
奇声と共に真っ青な体毛をした猫人が光球の魔法を放ってくる。恐らくあれが<商人>だろう。
「散開」
短い指示に隊員達は一斉に動く。一切の無駄な動き無く散開して魔法をやり過ごす隊員達は、他の部隊の隊員と比べても動きが洗練されている。
「あの青いのは私がやる」
「了解です。残りの<市民>は3人。私が1人受け持つので、皆は分かれて残り2人を!」
イエヴァの意を汲んだカタリナが素早く残りの隊員に指示。余計な逡巡もなく指示通りに二手に分かれて<市民>に打ちかかっていく。
「では私も。ご武運を!」
「あなたこそ」
言い合って、お互いの定めた敵に向かって斬りかかるイエヴァとカタリナ。アラル防衛戦は佳境に差し掛かっていた。
****
「殺ス! 皆殺シニシテヤルゾ、女共ォォッ!!」
「うるさい」
イエヴァは相手の怒りを一顧だにせずにハルバードで突きかかる。<市民>ならそれだけでも倒せそうな鋭い刺突だが、<商人>――青猫人は両手に作り出したサーベルをクロスさせて危なげなく刺突を捌く。
ハルバードを跳ね除けて青猫人が迫ってこようとするので、当然イエヴァは後ろに飛び退って距離を開ける。追撃してこないように斧刃で足元を薙ぎ払うように牽制。ハルバートは中距離用の武器なので、剣を持った相手との至近距離での戦闘は避けたい所だ。
一旦距離を開くと、そこから踏み込み怒涛の連続突きで相手に反撃の暇を与えないように攻める。だが敵もさるもの。常人では目で追う事も難しいイエヴァの連続突きを悉くサーベルで受けて防御。武器の扱いに長けた<商人>の面目躍如といった所か。
(流石に強い。なら……)
青猫人が刺突をサーベルで受けた瞬間に、素早く手首を切り返し相手の剣にハルバートのポール部分を引っ掛ける。
「オ――」
相手が反応するよりも早く一気にハルバートを引き寄せると、青猫人の手からサーベルが飛んだ。その隙を逃さず再び斧を叩きつけるが、今度は青猫人がそれを飛び退って回避した。
その手には既に新しいサーベルが握られていた。取り落とした古いサーベルは影も形もない。
「ハッ! 残念ダッタナ! 俺達ハオ前等ト違ッテ、魔力デ幾ラデモ武器ヲ作リ出セルンダヨ!」
「幾らでも……? 果たしてそうかしら?」
イエヴァは構わずに次々と連続突きを繰り出す。
「無駄ダッツッテンダロウガ!」
苛立った青猫人が突きを払うと同時に、強引に距離を詰めてくる。イエヴァは慌てずに後ろに飛び退りながら、やはり斧刃で薙ぎ払う。青猫人は今度は躱さずに2本のサーベルでそれを受け止める。するとイエヴァは再びハルバードを捻って、ポールに敵の武器を引っ掛けて奪い取る。
進化種は武器の保持に頓着しないので、青猫人はあっさりとそれを手放し新しい武器を作り出す。
「テメェハ学習能力ッテモンガネェヨウダナ!」
「…………」
イエヴァの表情は変わらない。同じように突きを仕掛け、青猫人がそれを打ち払い、距離を詰めてこようとすれば斧刃で牽制し、適切な距離を保つ。冷静にその攻防に集中するイエヴァ。やがて再び青猫人の手からサーベルが落ちる。
「イイ加減ニシヤガレ!」
「……!」
焦れた青猫人がサーベルではなく光球を作り出して、それを撃ち込んでくる。近距離で躱しきれなかったイエヴァはまともに被弾してしまう。イエヴァの障壁は莱香達ほど強くないので、<商人>の魔法を完全には相殺しきれずに、全身を太めの棒で殴られたような衝撃が襲う。
イエヴァの表情が初めて歪んだ。しかし苦痛を堪えて踏み止まり、自分から接近して連続突きを放っていく。また距離が離れて魔法攻撃を受けるのは宜しくない。今度はこちらから積極的に攻めていく必要がある。
青猫人は再び二刀を作り出し、イエヴァの突きを迎え撃つ。また同じ攻防が繰り返されると思われたが……
「オ……オ……?」
青猫人が戸惑ったような声を上げ、その動きが目に見えて精彩を欠き始めた。勿論その隙を逃すイエヴァではない。何故ならまさにこれが彼女の待っていたものだったからだ。
「待ッ……」
「ふっ!!」
何か言い掛けた青猫人を無視して、イエヴァは渾身の一閃突きを放つ。それは狙い過たず青猫人の胸部に吸い込まれた。
「ガ、ハッ……! ナ、何故……」
「……以前シュンから聞いた事がある。魔力武器を作るのは意外と魔力を消費するって……。忘れた? ここは神膜の中」
「……!」
魔素の満ちる空間での進化種同士の争いであればまず問題になる事は無い。また例え神膜内に攻めてきた場合でも、こんな風に何度も繰り返し武器を精製する事態になる事は通常まず無いはずだった。
全てを理解して目を見開くと同時に、青猫人は事切れていた。それを見届けて、ふぅ……とイエヴァも肩の力を抜く。と、今まで意図的に遮断していた全身の痛みが一気にぶり返し、思わずその場に片膝を着いてしまう。
「く……私とした事が、不覚……。でも、私は1人じゃない。後は、任せる……」
そう1人ごちて、イエヴァはうずくまったままダメージの回復に努めた……
****
イエヴァが青猫人と戦っている時、同じようにカタリナも<市民>と1対1での戦闘を繰り広げていた。相手は鶏人だ。進化種は通常の<市民>であっても優れた身体能力と魔法が使える強敵であり、事実他の隊員達は<市民>1人に対して3~4人掛かりで戦っている。
旧戦士隊でも副長クラスのミリアリアやヴァローナが辛うじて1対1で戦えていたというレベルである事を考えれば、通常女性が戦うのは厳しい相手である事は一目瞭然だ。
だが……
「はっ!」
「ギェッ!?」
鶏人の振るう蛮刀を受け止め反撃したカタリナの長剣が、鶏人の胴体を切り裂く。鶏人は慌てて後方に飛び退る。
「馬鹿ナ! 戦士隊ハ復活シテ日ガ浅インジャナカッタノカ!? ムシロ前ヨリ強クナッテンジャネェカ!」
「今更後悔しても手遅れですよ? お前達進化種は……少なくともこのクィンダムに入り込んだ進化種は1人残らず皆殺しです」
「ヒッ!? オ、オ前、何ダァ!?」
鶏人はカタリナの眼光に恐れをなしたように一歩後ずさる。それを見たカタリナは増々怒りに燃え上がる。バフタン王国で彼等鳥獣種から受けた地獄の苦痛と屈辱が脳裏に蘇る。
「今まで散々好き勝手に女を嬲ってきておいて、いざ女に反抗されると逃げるのですか!? この臆病者め!」
「グ……ギギ……ウ、ウルセェェェェ! 女ハ女ラシク俺ラニ奉仕シテリャイインダヨォォッ!!」
女相手におめおめ逃げ帰った者を許すダリウス伯爵ではない。進退窮まった鶏人はやけくそ気味に火球を放つが、来ると分かっている正面から飛んでくる魔法を躱す事はカタリナであれば造作もない。
「クソガァッ!」
魔法を躱しその勢いのまま肉薄してくる彼女の姿に、鶏人は破れかぶれに蛮刀を振り上げて突撃する。カタリナは冷静にその攻撃の軌道を見切って最小限の動きで回避。すれ違いざまに神力を纏わせた長剣で、鶏人の首を一刀の元に切断していた!
頭を失った胴体は、慣性のままよろよろと数歩進んでから、ドサッと前のめりに倒れた。同時に宙を舞っていた首も地面に落ちる。
「……
カタリナは冷たく吐き捨てて、剣の血糊を払うのだった……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます