第142話 秘められた力
その後はロアンナの方向感覚を信じて(他に当ても無かった)、莱香はひたすらに神機を操作して進み続けた。体感時間で30分程も過ぎた頃だろうか。莱香は自らの神力が枯渇し掛けているのを自覚していた。
神気のない神膜外で30分も神機を維持し、操作していられるだけでも相当な神力が無くては不可能なのだが、まだまだ目的のポイントまで到達するには足りなかった。
目に見えて神機のスピードが落ち始め、莱香の息が上がり始める。まるで酷い立ち眩みのような症状が莱香を襲う。
「お、おい、ライカ!? 大丈夫か!? かなり、辛そうだぞ!? それに神機のスピードが……」
「はぁ……はぁ……だ、大丈夫、です。まだ……」
(駄目……! これ以上持たない! やっぱり私には無理だったんだ……!)
言葉とは裏腹に、どんどん悪化する自身の体調の前に莱香は弱気になる。息も絶え絶えな莱香の様子を見てレベッカが察する。
「ッ! 神力が枯渇し掛けているのか。やはり無茶だったんだ……!」
「で、でも、要石のあるポイントまではまだ掛かるわよ!? このペースじゃ……」
レベッカとロアンナの会話もどこか遠くに聞こえる。意識が朦朧とする。
「もういいっ! 止まれ、ライカ! 神機を解除するんだ!」
「駄目よ、レベッカさん。このまま進むのよ。どの道休んでもここでは神力は回復しない。なら突き進む他ないわ」
クリスタが一見冷徹とも取れる口調でそう言うのを聞いて、レベッカが唖然とする。
「クリスタ、お前……本当にライカを使い潰す気か!? お前はライカの庇護者では無かったのか!?」
だがクリスタはその糾弾には構わず、そっと莱香に手を添える。
「優しく包み込むだけが庇護者の役割では無いわ。ライカさん……目を覚ましなさいっ!」
「……ッ! ク、クリスタさん……」
意識が飛び掛けていた莱香は、滅多に声を荒げないクリスタの一喝に意識を引き戻される。
「ライカさん、気をしっかり持ちなさい。ヴォルフ様の言葉をもう一度思い出すのよ。あなたが直面する幾多の困難……。それは単に進化種との戦闘だけを指しているのではないわ」
「……!」
「あなたがシュン様のお力になる為に行う、あらゆる困難。それを指してのお言葉なのよ」
「あらゆる、困難……」
「そう。そして私は覚えている。あのアアル渓谷であなたがシュン様の元に駆け付けようとした時に発した、途轍もない程の力を……」
「……!!」
あの時は無我夢中だった。だが確かに莱香は修行もしていないのに膨大な神力を発現させ、殆ど意識もせずに後ろから襲ってくる〈商人〉を弾き飛ばしたのだ。神力にある程度精通した今だからこそ、それが如何に無茶苦茶な現象だったかが解る。恐らく今の莱香に意識してあれをもう一度やれと言われても絶対に不可能だろう。
「あれがあなたの中に眠っている本当の力……。あなたはまだ無意識の内に自分の力を出し切る事を恐れて、制限を掛けてしまっているのよ。あの時の気持ちをもう一度思い出して。今、私達が要石を破壊出来なければ、シュン様はあの〈女王〉に殺されてしまう。あの〈女王〉はあなたにとっても因縁のある相手なのでしょう? このまま彼女の思い通りにさせるつもり?」
「――ッ!!」
莱香は目を見開く。
(そうだ……私がここで止まったら舜が……! それに……)
莱香の脳裏にあの美しくも残酷な
様々な激情が渦巻き莱香の中に蓄積されていく。それと同時に莱香の身体が淡く発光し始める。周囲の空気が微細に震動する。
「お……こ、これは……!?」「まるであの神気爆発みたいな……」
レベッカとロアンナが驚いて周囲を見回す。莱香は自分の中……身体の奥底から湧き上がってくる不思議な力を自覚した。
(これが……私の『力』……?)
クリスタが莱香の手をギュッと握り締める。
「今よ、ライカさん! 押さえ付けないで! 一気に解放するのよっ!」
「……!!」
先程のクリスタの言葉が甦る。莱香が無意識に力をセーブしてしまっているという話……。頑張って力を高めようとする必要など無いのだ。「それ」は最初から莱香の内にあったのだから。莱香がやる事は、逆に押さえ付けようとする『枷』を取り払う事。
一度そういうものだと理解してイメージが出来れば、後はそう難しい事ではなかった。
「う……ああぁぁぁっっ!!」
――光の爆発と奔流。それは舜があの〈神化種〉になる時の現象にも似ていた。だが、禍々しい魔力があふれ出す〈神化種〉のそれとは異なり、その清浄な光は周囲の魔素を吹き散らし女達に活力を与えた。
「おお……身体が……疲労が、癒えた!?」「これは……神気の奔流!?」
光が収まった時、そこには〈神化種〉のように変身する事も無く、元の姿のままの莱香がいた。だが、女達には解った。クリスタが目を見開く。
「ライカさんから……神気が溢れ出ている!?」
「えっ!?」
言われて莱香も自分の身体を顧みた。目には見えないが、解る。自分の身体の内側から収まりきらない神力が、文字通り湯水のように溢れ出ている事が。
溢れ出た神気は周囲の魔素を押し出して代わりに神気で満たしている。いわば簡易的な神膜を形成していると言っても良い。
「し、信じられん……。まさかこのような場所で神気を吸えようとは」
「ええ……まるで、身も心も洗われるようだわ……」
「ふ、ふふ……途轍もないとは解っていたけど、まさかここまでだったとは……」
女達は一様に驚いたり呆れたりで忙しかった。
(す、すごい……。後から後から湧いてくるこの感じ……。全然底が見えない……!)
だが一番驚いているのは他ならぬ莱香自身だった。と同時に少し怖くなってきた。まるで水の中で全く底の見えない深い穴を覗き込んでいるような、何とも言えない得体の知れなさを感じたのだ。自分が無意識にセーブしていた理由が解った気がする。
もしかしたら舜も〈神化種〉になった時はこんな感覚を味わっていたのかも知れない。
「ク、クリスタさん……」
莱香は不安になって無意識にクリスタの方に救いを求めるような眼差しを向ける。するとクリスタは再び今度は優しく莱香の手を握ってきた。
「大丈夫よ、ライカさん。私が付いているわ。シュン様だっている。あなたは1人じゃないわ」
「クリスタさん……!」
莱香の中に暖かい物が広がる。不思議な事にそれだけで落ち着く事ができた。
「お、おい、勿論我々もいるからな!? 何かあればいつでも相談しろ!」
レベッカが慌てて参加してくる。ロアンナもその後ろで苦笑しながらだが、しっかり頷いてくれた。
「レベッカさん、ロアンナさん……。はい! ありがとうございます!」
「ふふ……さあ、元気が出てきた所で、移動を再開しましょうか? 今のあなたならこの程度の距離、何ら問題ないはずよ」
クリスタに促されて莱香も気を引き締める。そうだ。まだ何も解決した訳じゃない。ある意味ではここからが本番だ。莱香は力強く頷く。
「そうですね。じゃあ皆さん、しっかり掴まっていて下さいね。スピードアップして行きますよ!」
莱香は再び神機をコントロールして、『航海』を再開させるのであった……
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