第141話 移動手段
それから1時間も経った頃だろうか、莱香達4人は無事に壁の脆くなっている部分を見つけ、そこを崩す事で城の外への脱出に成功していた。
グスタフの言っていた通り周囲には碌に警備兵のような存在すらいなかった。他の進化種の王国もわざわざ海の中、しかも最も外洋に位置するこの王都テーテュースに攻め入ってくる事などあり得ない。周囲の衛星都市が、そして何よりもこの海自体が王都の防壁となっているのだ。
「無事に脱出できたし、敵に見つからないのも良かったけど、この後はどうするの? あの〈女王〉が言っていた場所までは、私達がどれだけ必死に泳いでも、下手すると丸一日以上掛かるわよ? いくら溺れないと言っても体力が持たないわ。それにそもそもそんなに時間を掛けられないし」
王都から外れた位置にある大きめの岩礁に身を隠している4人。ロアンナが憂慮するのも尤もだ。時間を掛ければ莱香達が脱走した事がバレて大騒ぎになる。すぐに追手が掛かって捕まってしまうだろう。海の中では海洋種達に抗える気がしない。
莱香はクリスタの方を見やる。
「クリスタさん。何か考えがあるって言ってましたけど……」
レベッカとロアンナもクリスタの方を注視する。皆の注目が集まった所でクリスタが頷く。
「ええ、あるわ。神機よ」
シンプルな答えに皆が呆れ顔になる。
「クリスタ。神機は作り出している間中、神力を消費する。神膜の外では到底運用は不可能だ。まず間違いなく目的の場所に辿り着く前に神力が枯渇する。それでは要石を破壊できんし、そもそも要石の『メンテナンス係』にも絶対に勝てんぞ」
レベッカが当然の苦言を呈する。だがクリスタは平然としたままだ。
「勿論解ってるわ、レベッカさん。確かに枯渇してしまうでしょうね……
「私達?」
そこにアクセントを置いた意味深な言い方に皆が首を傾げる。はて、ここに自分達以外に神力を使えるような誰かが居ただろうか?
するとクリスタは莱香の方をジッと見つめてくる。莱香は狼狽えた。
「え……ま、まさか……?」
「そのまさかよ、ライカさん。あなたが神機を作り出して、自分と私達を牽引させるのよ」
「ええっ!? む、無理ですよ、そんな……!」
一体なぜクリスタが急にこんな事を言い出すのか、莱香には訳が分からなかった。それはレベッカ達も同様だった。
「お、おい、クリスタ。お前、ライカを使い潰す気か!?」
レベッカが食って掛かるが、やはりクリスタは冷静なまま諭すような口調だ。
「落ち着いて、皆。……レベッカさん。あのリズベットさんの神力は皆さんとは桁が違うそうね?」
「む? ああ、確かにその通りだ。あいつはクィンダム全域をカバーできる程の索敵で、配下の神官達にまで簡単な『啓示』を下せるくらいだし、こと神力に限っては正に化け物と言っても過言ではない。何故そんな事を?」
「……私の見立てではライカさんの潜在的な神力は、そのリズベットさんも遥かに超える程の物であるはずよ。そして私だけでなくイエヴァさんも、ライカさんの中に途轍もない潜在力を感じ取っていた」
「な……」
皆が絶句する。莱香自身もだ。
(わ、私にあのリズベットさんも超える程の神力が……?)
クリスタが莱香の方に向き直る。
「ライカさん、今この現状を打開できるのはあなたの力だけなのよ。自分を信じて。それが結果的にシュン様の助けにもなるはずよ」
「……!」
そうだ。今舜は危機的状況にある。それも莱香達のせいでだ。舜を守る、舜の力になるって決めたのに、見事に彼の重荷になってしまっている。それは絶対にあってはいけない事だった。
(……やってみせる! 私が、皆を……シュンを助けるんだ!)
莱香はクリスタの視線を受け止めてコクッと頷いた。
「解りました。私にどこまでの事が出来るか解りませんが、それでも自分の力を信じて、やれるだけやってみようと思います」
「ライカさん……ありがとう。その意気よ。大丈夫。あなたの力は私が保証するわ」
クリスタの励ましの言葉を背にして、莱香は目を閉じ瞑想し始める。イメージする神機の形に合わせて、自らの体内に宿る神力を練り上げていく。
「こ、これは……」
レベッカが驚きに目を見開く。
出来上がった神機は……大きな魚の形をしていた。胴体の部分からいくつかの突起が出ており、そこに掴まって牽引して貰う事が出来るようになっている。莱香自身は背ビレに当たる部分にしがみついて神機をコントロールする必要がある。
「さあ、皆さん。あの突起の部分に掴まって下さい。それなりにスピードを出しますからしっかり掴まっていて下さいね」
莱香に促されて、驚いていたレベッカとロアンナも慌てて適当な突起にしっかりと掴まる。クリスタはとっくに位置取りを完了済みだ。莱香は神機の背ビレ部分にうつ伏せの姿勢でしがみつく。
「さあ、それじゃ行きますよ!」
号令と共に、神機に指令を送る。すると巨大な魚のような形をした神機が莱香の指令に従って動き出す。
ロアンナの提案で、まずはある程度王都から離れて海洋種達に見つからない位置まで来たら、方角を確認する為に一度海面に浮上して欲しいとの事だった。
指示に従って海面へと浮上する。徐々に明るくなっていく視界。上方に見える海面が太陽――マルドゥックの光を反射してキラキラと輝いていた。
「――ぷはぁっ!」
海面に顔を出した莱香はついそんな声を上げてしまう。実際には舜の気密の魔法が掛かっているので、呼吸は何ら問題ないのだが気分の問題だ。久しぶりに浴びる日の光に、莱香はえも言われぬ解放感にしばし浸った。
「…………」
海面から頭だけを出したロアンナが、真剣な表情で空を見上げていた。
「昼間だとマルドゥックの影響が強すぎてエンリルの位置が確認しづらいけど……こっちの方角ね」
ロアンナが特定の方向を指差す。因みにエンリルとはこの世界における北極星の事らしい。常に北に位置している為に、良く方角の確認に使われるのだとか。
「でもロアンナさん、陸地も見えないのに良く現在地が解りますね」
方角を指示したからにはロアンナは、今自分達がいる位置が解っているという事だ。莱香は辺りを見渡すが周り一面海と水平線しか見えない。自分が今どちらを向いているのかも良く解らない有様だ。
レーダーも何もない世界だ。救命ボートでの遭難を想像してしまい、莱香は思わずゾッとする。だがロアンナは肩を竦めた。
「そんなの簡単よ。自分達が海に入った地点とこれまでの移動経路から考えればすぐに解る事じゃない」
「な……お、お前、まさか、海に入ってから今までの経路を全て記憶しているのか?」
レベッカが信じられないという風にロアンナを見る。莱香も同様だ。海に入ってからは海洋種に運んでもらったり、ステュクスに着いた後も、あの偽の要石まで誘導されたり、その後王都テーテュースまで運ばれたりで経路や方角など認識している余裕は無かった。そもそも星も見えない海底だったのだから、方向感覚はとうの昔に狂っていた。
「はぁ? 別に敢えて記憶してなくても何となく憶えている物でしょう、そんなの」
だがロアンナはキョトンとしている。莱香達は揃って絶句する。クリスタも半ば呆れ顔だ。
「……なるほど。ロアンナさんが超一流のレンジャーでもある理由の一端が解ったわね」
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