第143話 本物の要石

 やがて一行は本物の要石が隠されているという島に到着した。そう、島にあったのである。かつて舜が予め精査した時に見つけられなかったのには理由があった。


 小さな島全体を覆うように魔力による結界が張り巡らされていた。この結界は魔力を持つ者に対してだけ作用する、一種の認識阻害の力が働いており、舜の目や魔力探知にも写らなかったのである。あの〈女王〉の力によるものらしかった。本人がそう言っていた。


 偽の要石と言い、あの〈女王〉はどうもこうした幻惑系の魔法を得意としているようである。度重なる飛行型の進化種の襲撃から身を守るべく編み出したとの事だった。


 しかしこの結界は魔力を持つ者にだけ作用するので、莱香達は問題なく島を発見する事が出来ていた。


 島に近付いた時点で神機を解除し、後は海中に潜って自力で泳いでいく。なるべく目立たないようにこっそりと島に上陸した莱香達。波が打ち付け地面は岩や小石が敷き詰められている海岸であった。海岸から進むとすぐに鬱蒼とした森が生い茂っている。


 時刻は既に正午を回っているようで、マルドゥックの灼熱の日差しが容赦なく照り付けていたが、久方ぶりに陸の上に上がった莱香達にとっては恵みの日差しであった。



「う……何だか、ちょっと違和感がありますね」



 数日程水中にいて、いきなり陸に上がったので身体を順応させるのに少し手間取った。クリスタの提案で岩陰の目立たない場所に隠れて、しばし身体を重力に慣らす事に費やした。


 1時間程身体を慣らしてから、いよいよ出発となった。が、その前に……



「……それで私達の武器はどこにあるんだ? 用意しておいてくれるという話だったよな」



 グスタフの話では着けば解るように置いておくとの事だった。だがここから見える範囲には見当たらない。レベッカの疑問にロアンナが思案顔になる。


「目立つように置いといたら、この島にいる進化種に見つかってしまう。かと言って余り海辺に近い場所でも波にさらわれてしまうわね。もし私が隠すなら……」


 しばらく考えていた彼女だが、不意に顔を上げた。そして海岸と森を隔てる縁にある大きな木に目を向ける。その木の下まで走っていく。


「当たりね……!」


 その木の上、枝分かれしている間に、やはり木で出来た簡素な箱が挟まっていた。ロアンナは莱香やレベッカがびっくりするくらい身軽に、ひょいひょいと大きな木に登っていく。すぐに箱が挟まっている高さまで登ると、箱の中を覗き込む。


「グスタフ、ありがとう……」


 何故か複雑そうな表情でそう呟くと、ロアンナは下から見上げている莱香達に親指を立てて合図する。どうやら自分達の武器が入っているらしい。木を隠すには森の中。確かにこれは解っていないと中々見つけられないかも知れない。


 網にくるまれて入っていた武具一式を、ロアンナが慎重に下に降ろしていく。地面まで降ろされた網を開くと、中にはレベッカの剣と盾、ロアンナの弓と矢、そして短槍、クリスタの二振りのダガー、莱香の太刀と全ての愛用の武器が揃っていた。


 武器を手に持つとしっくりと馴染んだ。間違いなく愛用している太刀だ。他の3人も同様だろう。素早く木から降りてきたロアンナも武装を完了し、いよいよ準備は整った。



「その前に腹ごしらえよ。グスタフの奴がご丁寧に用意してあったわ」



 ロアンナが莱香達に何かを投げて寄越す。それはお馴染みのヤズルカの実であった。空腹は最大の調味料とはよく言ったもので、今日は朝から何も食べずに強行軍を続けていた莱香達にとっては、ヤズルカの実ですらご馳走に感じられた。


 腹ごしらえを済ませて、今度こそ要石の破壊へと向かう。


 ロアンナの方向感覚を頼りに島の探索を進める一行。それ程大きな島ではない事もあり、目的の物はすぐに見つかった。


 島の中心部と思しき場所。そこだけ森が不自然に切り開かれて円形の平地となっていた。その中央に……『本物』の要石が鎮座していた。


 巨大な真っ黒いモノリス。闇そのものが凝縮したような一切の光を通さない真の闇。話に聞いていた通りの造形であった。海底で見た偽の要石とは噴き出す魔素の圧力が段違いだ。禍々しさの程度が違う。


(これは……確かに、良くない『モノ』だ。この世界を蝕んでいる……)


 神力に覚醒した莱香にはより顕著にそれが感じられた。これは何としても破壊しなくてはならない。


「……あそこ。あいつが〈貴族〉ね……」


 身を隠している木の根元からそっと顔を覗かせたロアンナの指し示す方向……。釣られてそちらに視線を移した莱香達は一様にゴクッと生唾を飲み込む。


 居た。


 要石の前に置いた大きめの平らな岩の上に寝そべったまま動かない進化種。あれがこの要石の今の〈メンテナンス係〉なのだろう。その姿は……



(ペ、ペンギン……?)



 その黒と白のコントラストの独特の羽毛。とぼけた顔に長く突き出た嘴……。それはまさに莱香の知るペンギンを彷彿とさせる姿だった。だがその『ペンギン』は人間のような四肢を備えており、本物のペンギンのような愛嬌は欠片も無かった。人間と異なる種類の動物を掛け合わせた進化種特有の禍々しい姿であり、なまじ元が愛嬌のある動物だけにその異質さが際立っていた。


「あいつ……寝てるのかな?」


 メンテナンス係は相当退屈との事なので、それもあり得ると思った。ロアンナが頷く。


「どうやらそのようね。要石の位置を探るのに索敵を使わないで正解だったわね。それで……どうする?」


 ロアンナに水を向けられて一同は思案顔になる。


「話し合いは……まあ、無理だろうな」


 レベッカがすぐに自分の意見を撤回する。基本的に女性と対等に話してくれる進化種は極めて稀と言って良い。ましてや莱香達はあの要石を破壊しに来ているのだ。間違いなく話し合いの余地は皆無だろう。


「気付かれないように要石に忍び寄って破壊してしまうのはどうでしょう?」


 莱香が提案する。莱香達の目的はあくまで要石の破壊なのだ。戦わずに済むならお互いそれに越した事はない。だがロアンナがかぶりを振る。


「それはちょっと難しいかもね。あの〈貴族〉の感知能力がどの程度か解らないし、どの道要石を破壊する際にはかなりの神力を練り上げないといけないから、その時点で確実に気付かれると思うわ。下手すると無防備な所を逆に襲われる危険性があるわね」


「そうですか……」


 この線も難しいようだ。今度はクリスタが発言する。


「ライカさんの意見の応用になるけど、要石ではなくあの〈貴族〉に忍び寄って暗殺してしまうのはどうかしら?」


 それはいかにも暗殺者らしい提案ではあった。レベッカが唸る。


「むう……本来は余り賛成できんが、背に腹は代えられんか」


 消極的に同意を示す。ロアンナも頷く。


「そう、ね。この状況ではそれが一番確実かしらね。ライカもそれでいいかしら?」


「そうですね……。他に選択肢が無ければ、それで行くしかなさそうですね」


 別にあのペンギン人に何かされた訳ではない。こちらから彼等の領域に一方的に踏み込んでおいて、邪魔だから殺してしまう……。森林伐採時の狐や熊を連想させた。


 本心ではレベッカと同じで諸手を上げて賛成は出来なかったが、舜の為、仲間の為に莱香も心を鬼にする。



「では決まりね。私が行くから、もしもの時は援護して」



 クリスタがダガーを抜き放ちながら指示する。ロアンナが頷いて弓を構える。相手が〈市民〉なら例え変異体であろうと、クリスタなら確実に仕留められるだろう。だが〈貴族〉となるとその限りではない。何が起きるか解らないので、念には念を入れておいた方が良いだろう。


「クリスタさん、気を付けて」

「ありがとう、ライカさん。行って来るわね」


 クリスタは微笑むと、低い姿勢を保ったまま足音を殺し尚且つかなりのスピードで、ペンギン人に忍び寄って行った。どことなく気配も希薄になった気がする。正面でその姿を見ているのに、何故か微妙に認識し辛い、そんな感じ。これは背後から忍び寄られたらまず気付かないだろう。莱香はクリスタの暗殺者としての一面を再認識していた。


「……私もレンジャーとしてそれなりに気配を断つのには自信があるけど、断ったままあんな風には動けないわね。流石は……て所かしら」


 ロアンナも舌を巻いている。正面からの戦いを好むレベッカや莱香は、そもそもあんな風に気配を断つ事すら出来ないだろう。その技術には脱帽するしかない。


 一度ペンギン人が身じろぎするように動いた。クリスタの足が止まる。莱香達も息を詰める。


「…………」


 ……どうやらただ寝返りを打っただけのようだ。莱香達は一様にフゥーっと息を吐く。そんな事を繰り返している内に、ようやくクリスタがペンギン人の至近距離まで接近に成功していた。もうダガーが届く距離だ。


(クリスタさん、凄い! これなら……)


 クリスタが何の躊躇いもなくペンギン人の喉元にダガーを突き刺す。……いや、突き刺そうとした。ダガーは咄嗟に躱したペンギン人の喉を僅かに切り裂いただけで、下の岩に突き立てられた。最後の最後で気付かれたのだ!


「く……!」


 ロアンナが牽制の矢をペンギン人に向けて放つ。


「ライカ、行くぞっ!」「はいっ!」


 同時にレベッカと莱香が武器を構えて飛び出す。クリスタが更に追撃を放つが大きく飛び退って躱される。暗殺は失敗だ。流石は〈貴族〉という所か。そう簡単には行かせてくれないらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る