第130話 海魔の女王

 浅井斗真とうま。松岡のグループの1人で……気色悪い女言葉で話す、いわゆるオカマ・・・という奴だ。本人は性同一障害だとか何とか言っていたが、誰も本気に取り合わなかった。言葉遣いだけでなく性格もソッチ系で、自分好みの男子にしょっちゅう言い寄ったりしていて皆が辟易していた。


 こんな奴が排斥やいじめの対象にならなかったのはひとえに松岡のお陰で、彼と浅井は小学校以来の友人であるらしく、何かあるとすぐに松岡にチクる為に、皆松岡の不興を怖れていたのだ。更に本人も小狡く執念深い性格で、自分を素気無く扱った相手に対して陰湿な復讐をするので、その意味でも皆から怖れられていた。


 そんな浅井だけに舜に対するいじめは、ある意味グループの中で最も苛烈であった。そこには舜の恵まれた容貌に対する激しい嫉妬心があった。






 そんな気色悪いオカマの浅井が……絶世の美貌を持つ優美な人魚の姿となって舜の目の前にいるのだ。舜が絶句してしまうのも無理からぬ事と言えた。



「ふふふ……まずは私の話に乗ってくれた事に改めてお礼を言っておくわね。そしてようこそ、我がオケアノス王国へ!」



 浅井が舜達を歓迎するかのように、両手を広げる。その際に貝殻に包まれた両の乳房が揺れる。どうみても作り物ではない質感とボリュームだ。思わず視線が吸い寄せられそうになったが、浅井だという事を思い出して正気を取り戻す。そんな舜の様子に気付いて浅井の笑みが増々深くなる。


「うふふ、感慨深いわぁ、シュン。あなたにそんな目で見てもらえる日が来るなんてね。でも残念。あなたはナヨッとし過ぎてて、私の好みじゃないのよねぇ。やっぱり男は外見的にも強く逞しくなくっちゃ駄目ね」


「…………」


「好みじゃないけど、羨ましくはあった。私があなたみたいな外見ならって何度思ったか知れないわ。だからあなたが憎らしくてつい色々やっちゃったけど、あなただって一度は私を殺したんだからお相子よね?」


「……!」


「という訳で、お互い不幸な過去は水に流して未来の話をしましょう。あなたもここまで大人しく付いてきたという事は多少は興味があるんでしょう?」


「……無いと言えば嘘になる。けどこっちは要石の破壊っていう目的は譲れない。お互い平行線になるだけじゃないか?」 


 すると浅井はクスッと笑う。忌々しい事に、今の浅井の外見にはそんな仕草も様になっていた。


「せっかちな男は嫌われるわよ? クィンダムの女達もいるみたいだし丁度いいわ。……私達はクィンダムとオケアノス王国の『同盟』を提案させて貰うわ」


「な……!?」


 同盟という言葉に、舜だけでなくレベッカ達も目を瞠る。


「私はあの3人を倒してきたあなたの力を過小評価していないわ。あなたを擁するクィンダムの『軍事力』は同盟を結ぶに値すると考えているわ。あなた達にとっても悪い話じゃないでしょう?」


「シュ、シュンから聞いたが、お前達は神に命じられて女を集めているのだろう!? クィンダムと同盟など結べばこれ以上集められなくなるはずだ。そ、そんな奴等の口約束など信じられるものか!」


 思わずレベッカが口を挟む。浅井からすれば取るに足らない存在であろう彼女に口を挟まれ、一瞬不快気な表情をするがすぐに取り繕った。


「……別にクィンダムにしか女が居ない訳じゃないでしょう? 他の王国にも女は沢山いるじゃない。奴隷という形で、ね……」


「ま、まさか、お前……」


「セドニアスから聞いたか解らないけど、この国では問題を抱えていてね。適度な間隔で奴隷を地上に出さないとすぐに死んでしまうんだけど、出したら出したで他の王国に狙われる。襲撃を警戒して島を利用してたら、一度なんか吉川の奴が直接飛んできて、30人近い奴隷を根こそぎ奪われたのよ! 監督役の〈貴族〉も殺されたわ。今度はこっちが奪い返す番だって思うのは当然じゃない?」


「…………」


 思わぬ進化種の内情を知って、舜やレベッカ達は言葉も無い。


「他にもバフタン側から鳥型の進化種達が頻繁に襲撃してくるから、島も決して安全地帯では無かったのよ。でもそんな状況に変化があった。そう、あなたよ、シュン。あなたが吉川達を倒してくれたお陰で、かなり状況が改善されてきた。今がチャンスなのよ!」


 興奮してまくし立てる浅井の瞳は爛々と輝いている。その言葉自体に嘘はなさそうだ。だが……


「……それは解ったけど、俺達は要石を破壊する為にここに来たんだ。同盟を結ぶから黙って引き下がれって事か?」


「解ってるわよぉ! もう、ホントにせっかちねぇ。あなた達の言う要石の事なら……壊してもいいわよ・・・・・・・・


「……何だって?」


 舜は自分の耳を疑う。クリスタなども信じられないと言った風に目を瞠っている。


「うちにはまだ他にも要石はあるしね。一つくらいならくれてやるわよ。それであなたと不可侵条約が結べるなら安い物だわ」


「……いいのか? その要石は女神の一柱を封じている物だって聞いたけど」


「そのようね。でも、他ならぬハデス様がそれでいいと仰ってるんだから、だったら私達に異存はないわ」



(ハデス……それがこいつのバックにいる邪神か……)



 その名前くらいは舜でも聞いたことがあった。確かギリシャ神話の冥界の神だか何かだったはずだ。


「そっちの事情は解った。だけどレベッカさんも言っていた通り、口約束だけじゃ信用できない。実際に要石を破壊したら、その時初めて検討する。今はそれしか言えない」


 ここで下手に弱みを見せたり、譲歩したりするのは悪手だ。あくまで主導権はこっちにあるという事を明確にしておかなければならない。舜は敢えて強気な口調で言い放った。浅井が苦笑したように見えた。


「疑り深いわねぇ。まあ無理も無いけど。解ったわ。こちらはそれで構わない。余り長話はしたくなさそうな様子だし、早速その要石のある所に向かいたいけどいいわよね?」


「ああ、その方がこっちも助かるな」


「じゃあ早速出発しましょう。私が直接案内するわ。実はここからそう遠くない場所にあるのよ。ここを会談の場所に選んだのもそれが理由よ」


 そう言って浅井が舜達の脇を抜けて出口に向かって泳ぎ出す。その姿にふさわしい優美で流麗な動きであった。会談の間一言も喋らなかったセドニアスと蛸男もそれに続く。舜やレベッカ達も慌ててその後を追っていく。




 塔を出ると外に浅井達が待っていた。浅井の先導でステュクスの街の中を進んでいく。周囲を泳いでいる海洋種達は浅井の姿を見ると、皆恭しく平伏する。と言っても水中なので這いつくばるような妙な仕草ではあったが、どうやらあれがこの国における敬礼の仕草らしい。浅井が舜を振り返る。


「この国は現在、王都のテーテュースとこのステュクスを含む、5つの衛星都市のみで成り立っているわ。既存の街を利用できた他の国と違って、私達は一から街を作らなきゃならなかったからね。でも7年足らずの期間でここまで作れたのは大したものだと思わない?」


 浅井の若干誇らしげな調子に、舜は改めて街の様子を見やる。数十本の巨大な「塔」が立ち並ぶ異形の街。これと同じ規模の街が他にも4つあり、恐らく王都は更に規模が大きいのだろう。


 「塔」は一見ただ石を積み上げて作られているだけに見えるが、よくよく観察するとそれなりに力学を考慮して加工されているようだ。先程浅井がいた部屋の内部もかなり加工されていて、さながら水中神殿のようであった。


 これらを短い期間で一から作ったというのだから、確かにそれはかなりの労力だった事だろう。浅井が誇らしげな調子になるのも頷ける話だ。




 やがて街の外れまで来た一行。


「さて、ここからは少しスピードを上げていくわよ? バロック!」


 呼ばれて進み出た蛸男――バロックが、その身体から伸びている何本もの触手を更に伸ばす。長い。10メートル程の長さだろうか。その内の5本が舜達の前にそれぞれ伸びてきた。どうやらこれに掴まれという事らしい。


 やや抵抗を感じながらもどうにか全員が触手に掴まると、浅井が合図を出す。



「さあ、それじゃ要石がある所まで行くわよ」



 一気にスピードを上げて進み始める浅井達。〈王〉と〈貴族〉だけしかいないという事もあって、そのスピードはステュクスの街に来る時よりも更に速い。舜は勿論、女性達も振り落とされないようにするのが精一杯だ。




****




 体感時間では10分程だろうか。舜達は目的の場所へ到達していた。そこには確かに要石があった。以前アストラン王国で見た物と同じ……真っ黒いモノリスのような物体。魔力を感じ取れる舜には、そのモノリスから今この瞬間も大量の魔素が噴き出しているのを感じ取れた。間違いない。この要石は本物だ。



「こ、これが、要石……」



 要石を初めて見た莱香が呆然と呟いている。因みにクリスタは以前に一度だけヴォルフに連れられ、要石を見た事があるらしい。


「……本当にいいんだな?」


 舜が確認すると、浅井は肩を竦めた。舜は視線を厳しくしたままレベッカ達の方を向いて頷いた。レベッカ達も頷き返す。


 4人が要石に近付く。そして全員で神力を練り上げると、一斉に要石に向かって叩き付けた!




 すると要石は一瞬にして砕け散った。



「……!?」

 この時点で舜は違和感に気付いた。いくら莱香も含めて神力の総量が多いとは言え、何の抵抗もなく一瞬で砕け散るというのはおかしい。



(違う……!?)

「皆、そこから離れ――」



 舜が警告を発した時には既に砕け散ったはずの「要石」が、黒く細長い触手のような形状に変化し4人の女性を絡め取っていた。


 女性達の悲鳴。即座に駆け付けようとする舜。しかし……



「――動くな! 女達が死ぬぞ!」

「ッ!!」



 セドニアスの鋭い制止が掛かる。黒い触手は凄まじい力で女性達を締め付けているようで、皆苦悶に表情を歪めて言葉を発する余裕もないようだ。舜は浅井を睨み付ける。



「浅井っ! これはどういう事だ!?」



 すると浅井は先程と同じように肩を竦めるような動作をする。ただしその顔は邪悪な笑みに歪んでいたが。



「どうもこうもないわよ。最初からこれがハデス様のご命令なのよ。むざむざあなた達に有利な展開にする訳ないと思わない? 長期的に見れば自分達の首を絞めるだけだって解り切ってるんだし。3人もの〈王〉を倒したあなたを野放しにしておくはずがないでしょう?」


「……!」


「全く……偽物・・の要石をこしらえるのも楽じゃなかったのよ? 私の魔力を持ってしても大仕事だったわ。でもこうしてあなたを罠に嵌められたんだから安い物よね。あなたも常に人質を警戒していたでしょうけど、流石に『要石』を破壊する瞬間だけは、あの女達から離れざるを得ないものねぇ?」


「く……!」



 舜は自分の馬鹿さ加減に歯噛みする。浅井の言う通りこの事態を怖れて常に警戒していたはずなのに、最後の最後で気を緩めてしまった。



「……俺達をどうするつもりだ?」


「おほほほ! 勿論、私の気の済むまで甚振いたぶってあげるわ! あの女達の見ている前でねぇ! じっくりと時間を掛けて嬲ってあげる」



 なまじ美しい容姿なだけに、残忍に歪んだその表情は例えようも無い恐ろしさに満ちていた。



「……陛下。それは少々リスクが大きいかと。今すぐに殺しておくべきです」


 セドニアスがそう進言する。が、その瞬間浅井は持っていた錫杖のような物をセドニアスの頭に叩き付けた。


「私に意見する気? お前達は私に言われた通りにしていればいいのよ!」

「……は」


 ヒステリックな浅井の様子に、セドニアスは諦めたような溜息を吐きながら平伏する。浅井は舜の方に向き直る。



「お相子ですって? 冗談じゃないわ! あんたに一度殺された時の痛みと苦しみは、5年以上経った今でも思い出す位よ! あの虚無の世界の恐怖もね! 絶対に許さない……! すぐに殺したりなんかしたら私の気が晴れないわ!」



 憎悪に歪んだ表情のまま、浅井が錫杖の先端を舜の腹に突き入れる。



「ぐふ……!」


「ふふふ、痛い? でも私の受けた痛みはこんな物じゃないわよ? もっともっと苦しめてあげる。あんたが自分から殺してくれと懇願してくるのが楽しみだわ、ふふふふ……あはははっ!」



 腹への衝撃で身を屈めた舜の髪を掴んで乱暴に顔を上げさせながら、浅井は歪んだ哄笑を辺りに響かせ続けるのだった……

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