第129話 海底都市ステュクス
そうしてしばらく遊泳行が続いた後……舜達はステュクスの街に到着していた。随行していた進化種の殆どが、この時点で解散した。
岩などの天然素材を高く積み上げた塔のような建造物が幾つも立ち並んでいた。海底は一切整備されておらず、地上の街のような街道や大通りといった『道』の概念がなく、また城壁のようなものも見当たらない。ただ岩を加工したと思われる巨大な『塔』が集まっている……それがステュクスの街の様相だった。
『塔』は一定の高さごとに穴のような出入り口が開いており、どうやら本当の塔のように立体構造になっているようだ。どの高さの出入り口からも出入り出来るのが、地上の塔と異なる点だが。
近くまで行くとそれらの塔は、中は空洞ではなく、階ごとに仕切られているのが解った。当然階段も何もないが、どの階に出入りするのも何ら不都合はないだろう。海底都市ならではの構造であった。
各塔の大きさは大小様々で、ほんの2、3階建ての小さな塔もあれば、優に20階はあるだろう巨大な塔もあった。塔の直径は大体高さに比例するようだ。
「塔の大きさはそこに住む者の権力や、施設の重要度に比例する」
セドニアスが説明してきた。
「小さな塔は大抵〈市民〉の共同住居だ。巨大な塔になる程、位の高い〈貴族〉の持ち物となっている。あれはこの街では一番大きな塔で、領主であるバロック伯爵の塔だ」
セドニアスは先程目についた、20階建ての巨大な塔を指差した。
「因みに王都テーテュースの〈王〉の居城は50階にも及ぶ高さで、広さも相当なものだ」
50階建ての巨大建造物……。この世界の建築技術を考えると、海底ならではの建造物と言えるだろう。
「そして〈王〉の居城も含めたどの塔にも共通しているのが、最下層の1階部分は奴隷達の収容場所という点だ」
「……!」
奴隷という言葉に、舜よりもレベッカ達の方が強く反応した。塔を見てみると、どの塔にも1階部分の出入り口だけは材質は不明だが格子のようなもので塞がれていた。
「奴隷って……女性達の事だよな? こんな海中で……?」
舜の疑問に、セドニアスが小さく笑う。
「気密の魔法だよ。貴殿が今まさに供の女達に使っているであろうが。ほら、丁度そこから見えるぞ」
そう言ってセドニアスが指差した先、5階建てくらいの大きさの塔の一階部分にはやはり格子で塞がれた出入り口が付いていた。その格子に取り縋るようにして中からこちらを見上げている……女性の姿。僅かに胸と腰を隠すだけの小さな布切れを纏った若い女性だった。
「月に一度は地上に出して運動させてやらねば、健康を維持出来んから面倒な事だがな。しかもその時を狙って〈爬虫種〉や〈鳥獣種〉の連中が奴隷を強奪しようと襲ってくる事もある。だから今では点在する島々を交代で使っているという有様だ」
尤も、とセドニアスが続ける。
「貴殿がアストラン王国やバフタン王国の〈王〉を倒してくれたお陰で、海岸地帯への上陸が以前より安全になったがな」
「…………」
別にそんな事の為に戦った訳ではなかったが、一応奴隷の健康を考えてそんな事をしているというのは意外だった。
「〈王〉の提案によるものだ。実際それまでは奴隷がすぐに衰弱して死んでしまうのが問題だったが、地上での適度な運動と日光浴をさせるようになってから、目に見えて奴隷達の健康状態が改善した。ストレスの発散が必要だとも仰られていたな」
こんな海底にずっと閉じ込められていたら、それだけで気が滅入ってストレスから体調を崩してしまうだろう。それ以前にちゃんと重力の元で運動もさせないと、骨や組織が弱くなったり、自律神経が狂ってしまったりしてやはり健康を害する。
現代の知識を持っている浅井なら、それらの問題点にすぐ気付いたはずだ。浅井が提案したというのは頷ける話だ。
「〈王〉の事を認めていなかった一部の〈貴族〉も、それらの実績で認めざるを得なくなった。このオケアノス王国がようやく一つにまとまった瞬間だ」
「? 〈王〉の事を認めていなかった? そんな事があり得るのか?」
〈王〉は圧倒的な武力と魔力で、絶対者として君臨しているものとばかりに思っていた。少なくとも今までの3人はそんな感じだった。浅井は違うのだろうか。
「うむ……それはまあ、〈王〉に会って貰えればすぐに解る。勿論その偉大な魔力は他の〈王〉に何ら引けを取る事はない強力なものだ。それは皆認めている。だが……
「……?」
要領を得ないセドニアスの言い回しに舜は勿論、レベッカ達の頭にも?マークが踊る。セドニアスは咳ばらいをするように先を促した。
「おほん! さあ、着いたぞ。この中だ。〈王〉に会えば私の言っていた意味は解る。付いて来い」
そう言ってセドニアスは、20階建ての塔の最上部の出入り口から中に入っていく。舜達も慌ててそれに続いて出入り口を潜る。
中は当然海水で満たされているが、水は澄んでいてしかも魔法の光源が四方に配置されている為、部屋の隅々まで明るく見通しが良かった。ちょっとしたホール位の広さがある円形の部屋だった。
その部屋の奥に2人の進化種が佇んでいた。1人は
(な…………)
その姿を見た舜は思わず絶句してしまう。莱香達4人も似たような反応だった。先程のセドニアスの言葉の意味が一瞬で理解できた。
「陛下。〈御使い〉とその一行。御前にお連れ致しました」
セドニアスがその
「ええ、確かに。ご苦労だったわ、セドニアス。あなたに頼んで正解だったわね」
「勿体なきお言葉にございます」
「お、お前……お前は、あ、浅井、なのか……?」
「うふふ、ええそうよ。久しぶりね、シュン? あの倉庫跡で私を刺し殺して以来かしら?」
「……ッ!」
肯定の返事。目の前にいるのはどうやら浅井本人で間違いないようだ。だが元の面影の全くないその姿に舜は再び絶句した。いや、ただ元の面影がないという話なら、それこそ今までの3人は完全なる怪物と化していたので今更な話だ。この驚きはそういう意味ではなく……
「ふふ、私の姿に目を奪われているのね? どう? 気に入ってくれたかしら? 私はとっても気に入っているわよ? ハデス様から頂いたこの姿をね!」
「……!」
そこにいたのは……下半身は虹色に輝く不思議な鱗に覆われた魚の尾。そして上半身は乳房を貝殻で隠した優美な人間の女性の身体。ボリュームのある水色の長い髪。その顔はまるで神が精緻に作り上げたような、見る者を蕩かせる絶世の美貌。耳は
その姿は正しく……
(い、いわゆる人魚……マーメイドって奴か!?)
そう、それこそがこのオケアノス王国の〈王〉……否、〈女王〉の姿であった!
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