第131話 その頃クィンダムでは……

 クィンダムの王城の外縁にある練兵場。かつては戦士隊が利用していた場所だが、戦士隊が壊滅して以来使う者もなく寂れていた。だが最近になって久しぶりにこの施設を使う者達の姿があった。

 と言ってもそれは僅か数人の事であり、広い敷地に却って侘しさが増す光景でもあったのだが……




「んぎぎ……!」


 仁王立ちしながら歯を食いしばって必死に何かに耐えている様子の、焦げ茶色の肌の大柄な女戦士。フラカニャーナだ。一体何に耐えているのか、何事にも動じないはずの彼女の顔には大量の脂汗が伝っていた。



「……維持は出来ましたか? それではそのまま歩いて下さい」



 その様子をクールな表情で見据えつつ、冷徹に指示を出しているのはミリアリアだった。



「ま、待った! もう少し……!」


「これで何度目ですか? 他のお2人はもう先の段階へ進んでるんですよ?」


「く……!」

 悔し気に顔を歪めたフラカニャーナが言われた通りに歩き出すと……



「ッ! あぁ……!」



 気の抜けたような表情になり、その場に座り込んでしまう。ミリアリアはその様子に溜息を吐く。



「はぁ……神力自体はあるようですが、どうもフラカニャーナさんは神力の細かい操作が不得手のようですね」


「ぬぅ……」

 フラカニャーナが呻く。





 ミリアリアが彼女達新参組の神術の訓練を任されてから、既に一週間程が経過していた。最初は戸惑ったものの、彼女らはいずれも強くなる事に対して貪欲で、新たな力を習得できるとあって皆真剣にミリアリアの「授業」を受けてくれていた。


 幸いな事に3人共神術の適正があり、神力を発現させる事は出来ていた。だがここから先は個人の資質、と言うよりも性質が重要になってくる。事実イエヴァは最も優れた適正を見せ、数日にして既に神力を維持したままの応用動作が可能となっていた。この分なら実戦で使えるようになるのも時間の問題だろう。


 ジリオラは可もなく不可もなくと言った感じで、ようやく基本動作が可能になってきた段階であり、平均的な習得ペースと言える。


 問題はこのフラカニャーナだった。戦士としてはレベッカをも超える強さで、当然ミリアリアなど足元にも及ばない。しかし何と言うか……いわゆる「動」的な性質が強いらしく、精神の集中や特殊な呼吸の維持など「静」的な細かい操作を要求される神術とは、どうにも相性が悪いらしかった。未だにまともな呼吸すら覚束ない有様だ。これでは当然実戦で使えるはずもない。




「畜生……! 何であたしだけ出来ないんだ! 何がいけないんだよ!」


 憤懣やるかたない様子で地面を殴るフラカニャーナ。彼女は闘技場でチャンピオンとして君臨していたらしい。それまで負け知らずだったのだろう。レベッカに敗れたのもイエヴァとの連携攻撃の末に、との事だった。


 そんな彼女だけに、まるで劣等生のようになっている現状は相当の屈辱だろう。ましてやそれが曲りなりにも戦いに関する技術であれば尚更だ。


「ふむ……」


 ミリアリアは考え込んだ。恐らく今のまま訓練を続けても芳しい成果は上がらないだろう。フラカニャーナが神術をものに出来るには下手すると1年以上掛かってしまう。そんな余裕は今のクィンダムにはない。何より彼女達の訓練は、シュンやレベッカ達から託された大事な使命だ。シュン達が帰ってきた時に、やっぱり無理でした、などと言うのは絶対に避けたい。



 何か荒療治、と言うか発想の転換が必要だった。



「一か八かになりますが……私も少し大胆になってみるべきでしょうね」



 ミリアリアは、遠いオケアノスの海で戦っているであろうシュンの顔を思い浮かべながら、そう決意するのだった。




****




 翌日。練兵場にはミリアリアとフラカニャーナの姿だけがあった。イエヴァとジリオラは従来の訓練を継続中だ。


「では……始めて下さい」

「……!」


 ミリアリアの合図と共に、フラカニャーナが精神を集中させる。ややあって目を瞑っている彼女の額に脂汗が伝い始める。発現させた神力を維持するのに精一杯の様子だ。ここまではいつも通りだ。問題はここからだ。少しでも気を緩めると神力が霧散してしまうのだ。何度やっても駄目で、彼女の訓練は完全に行き詰っていた。



(気を緩めると霧散してしまう……なら気を緩めなければいい)


「フラカニャーナさん。これから何があっても・・・・・・神力を維持し続けて下さい。もし霧散したら自分が死んでしまう位のイメージをして下さい」


「……! わ、解った……!」


 目を瞑ったまま、必死に答えるフラカニャーナ。ミリアリアの言い回しを訝しむ余裕も無いようだ。ミリアリアは、ふぅっと一息付くと剣の柄に手を掛けて・・・・・・・・・、フラカニャーナに歩み寄った。目を瞑っている彼女は気付かない。極めて無防備な状態だ。


 レベッカによると、フラカニャーナは一種の「野生の勘」のようなもので本能的に戦うスタイルらしい。それで闘技場のチャンピオンとなり、レベッカ達の事も圧倒したというのだから本物なのだろう。


 ミリアリアはレベッカの見立てに、そしてフラカニャーナ自身の生存本能に賭けた・・・


「――ふっ!!」

「ッ!?」 


 鞘走りの音と共に抜き放たれたミリアリアのサーベルが、フラカニャーナの胴を薙ぐ軌道で迫る。当然刃引きもしていないので、直撃すれば下手すると致命傷だ。


 サーベルの刃がフラカニャーナの脇腹に触れる寸前――


「――っぁ!?」


 何と胴体を後方に反らせる事で間一髪回避してのけた。凄まじいまでの反射神経と柔軟性だ。だがミリアリアは構わず追撃を仕掛ける。


「おい! 何する――」

「維持っ!!」

「――ッ!」


 ミリアリアは抗議の声を一喝しただけで、そのまま連続突きを放つ。とにかくフラカニャーナに考える暇を与えない……それが重要だ。


 完全な不意打ちで体勢を立て直す暇もないフラカニャーナを容赦なく追い詰めていく。そして遂に躱しきれずに大きくよろめくフラカニャーナ。勿論ミリアリアは一切の躊躇なく、心臓目掛けてサーベルを突き入れた。当たれば即死だ。



「うるぅああぁぁぁっ!!」



 獣のような咆哮と共に、フラカニャーナの巨体がミリアリアの視界から消える。と同時に彼女の頭上を大きな影が覆った。


 ズザンッ!! という着地音と共に、フラカニャーナが少し離れた位置に着地する。死に瀕して瞬間的に凄まじいパワーが発揮されたようだ。到底躱せるはずのない体勢から、強引に跳び上がってミリアリアの突きを躱したのだ。


 フラカニャーナが凄まじい勢いで振り向く。その顔は憤怒に燃え上がっていた。



「あんた……どういうつもりだい!? 場合によっちゃ容赦しないよ!」



 ミリアリアは殺気を込めて、完全に彼女を殺すつもりで斬撃を放っていたのだ。この反応は当然の事だろう。だがその獣のような怒気を当てられてもミリアリアは平然としていた。


「出来たじゃないですか。神力の維持」

「……あ」


 フラカニャーナは呆然とした表情になった。神力が霧散してしまう時は大きな脱力感が伴う。先程のような一瞬の停滞も命取りになるような攻防の中でそんな脱力感が発生したら、今頃彼女は致命傷を負っていただろう。無傷で全ての攻撃を躱しきった――その事実が、フラカニャーナが神力の維持に成功していたという事を示していた。


「あ、あんた……」


「フラカニャーナさんは見るからに理論より実践という感じでしたから、色々段階をすっ飛ばしていきなり実戦訓練の方が感覚が掴みやすいんじゃないかと思いまして」


「確かに……そうだねぇ。小難しい理屈や細かい操作なんかはあたしの最も苦手とする分野だよ」


「ええ、ですから少し……荒療治をしてみました」


「荒療治って……一歩間違えたら死んでたよ!?」


「ですがあなたは見事乗り切った。隊長から聞いていたあなたの実力や性質からしても、そう分の悪い賭けでも無いと思っていました」



 フラカニャーナは少し照れくさそうに頬を掻いた。



「ははっ! レベッカの奴にそんな信頼されてたなんてねぇ!」


「……さあ、今ので感覚はある程度掴めたと思います。それを忘れない内に、このまま実戦形式の訓練を続けましょう。私の攻撃を躱し続けて頂きます。勿論本気で殺しに掛かりますからそのつもりで」


「はっ! おっかないねぇ! でも……上等だよ! 誰よりも早く神術をものにしてやるよ!」



 それからは完全実戦形式の訓練が続いた。神力が霧散したら即致命傷という状況は、フラカニャーナにかつてない程の集中力を与え、彼女は恐ろしい程の勢いで神術を習得していった。


 すぐに回避や防御の訓練を終えてしまい、攻撃の訓練ではミリアリアではフラカニャーナの攻撃を受けるには少々力不足だった事もあって、やはり既に神術の極意をマスターしつつあったイエヴァが相手を務めた。ミリアリアは監督役として彼女達へのアドバイスに徹した。



 結果的に習得が一番遅れる事になったジリオラは、「あり得ませんわぁ!」と、嘆いていた。彼女の習得ペースは決して遅い訳ではなく、他の2人が天才肌だったので相対的に遅く感じるだけであったのだが。

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