第127話 意外な提案

 クィンダムから見て東には大洋が広がっていた。この大洋を渡った先に何があるのか……過去に様々な国が冒険を試みたが、ついぞ誰も戻ってくる事はなかったという。


 舜はフォーティアからの転送知識で知っていたが、この世界には大きな大陸が一つあるだけで、他には大陸と呼べる大きさではない島などが点在しているのみの、いわゆるパンゲア型の超大陸であった。


 超大陸と言っても地球規模で考えた場合、そこまで途轍もなく広大という訳ではないので、この世界の大部分は海が占めているという事になる。その広大な海を支配しているという事は、この世界の大部分を支配しているという事でもある。


 オケアノス王国。海の中を住処とする水陸両用の〈海洋種〉の王国。その『領土』はクィンダムの東に位置する浅海とその周囲の島々という事になっているが、実際には明確な『国境』がある訳でもなく、広大な海そのものが彼等の『領土』であるとも言えた。



「もうじきオケアノス王国の領域に入ります。警戒はしておいて下さいね」



 舜は後ろに追随する女性達にそう告げた。要石の破壊にはどうしても神術が必要になる。例え舜がどれ程強くても、神化種になろうが、要石は破壊出来ないのだ。遠征に際しては、舜はあくまで女性達の護衛という立ち位置になる。


 今回の遠征に従事するメンバーは、レベッカ、ロアンナに、莱香とクリスタを加えた、舜も含めて計5人の構成だ。リズベットは今回も同行を希望したが、クィンダムの立て直しの事もあるので遠慮してもらった。


 そもそも本来は神官長としてクィンダムの重鎮である彼女が危険な遠征任務に従事していたのは、他に神膜外での戦闘に耐え得る人材が不足していたから、という面が大きい。今は莱香やクリスタも加わり精鋭メンバーに厚みも出てきたので、リズベットには本来の職務に従事して貰った方がいい、という事で留守番となった。


 クィンダムを守り統括するのも重要な仕事だ。特に今は3人の〈王〉が倒れた事で、進化種の国の治安が乱れ、〈市民〉達が暴徒化している危険性もある。いつクィンダムに被害が波及するか予断を許さない状況だ。広範囲の索敵が使えるリズベットは、国の守りに欠かせない要でもあった。


 元剣闘士3人組もまだ神術が使えないので、今回はお留守番となった。彼女達にはいざという時の国の防衛と、後はひたすらに神術の習得に励んでもらう事になる。因みに3人の神術の教導役には、以前舜を教導した実績から再びミリアリアに白羽の矢が立った。ミリアリアは青天の霹靂という感じで目を白黒させていたが、彼女はまだ3人との面識が薄いのでその辺りの配慮も兼ねての人選であった。



「警戒するのはいいんだけど……本当に海の中に入るの? 正直、あんまりゾッとしないんだけど……」



 ロアンナが恐る恐ると言う感じで聞いてくる。



「大丈夫ですよ。俺の魔法で呼吸等は問題ありませんから。身体も濡れないと思います」


「それは聞いたけど……」



 ロアンナはまだ不安そうだ。レベッカも近い表情だ。



「そもそも本当に海の中にあるのか? どこかの島にあるなんて事は……」



 希望的観測だが、舜はかぶりを振る。実は遠征に来る前に、舜は1人で「偵察」に来ていたのだ。神化種になって上空に飛び上がり、視力と魔力探知を極限まで強化して視認できる島々を全て確認したが、要石らしき物体も、その魔力の発生源も認められなかった。となると残りは海中しかない。


 一応最初からその前提は伝えてあった。子供の時から水泳の授業などを受けていた莱香は勿論、クリスタも訓練の一環として幼少時に水泳を学んでいた。レベッカとロアンナも自己申告では泳げるとの事だったが、どうにも不安そうな印象を払拭できないようだ。因みにリズベットは泳げないらしく、それも留守番になった理由の一つだ。



(まあ、いきなり海底に潜って泳げって言われれば、立場が逆だったら俺でも不安になるよな……)



 しかもその「海底」には恐らく進化種が大勢いて、襲ってくるかもと考えればその不安は尚更だ。



「まあ、気持ちは解りますけど、そこは俺を信じて下さいとしか言えませんね」



 舜は苦笑しながらもそう言って女性達を宥めた。そうこうしている内に海岸が見える位置にまで到達していた。



「見えましたね。ここから先がオケアノス王国です」


「海、か……。これだけの量の水がどこまでも広がっているなどど、俄かには信じられんな。海には本当に終わりが無いのか?」



 遠くに見える水平線を眺めながらレベッカが呟いた。この世界の人間には、自分達が立っている大地や海も一つの惑星である、という認識がないので、そう思うのもある意味当然だ。



「まあ終わりが無い、というのはちょっと語弊がありますけど、どこかで途切れている事がないのは確かですね」



 正確には星を一周して、この大陸の反対側に着けばそこが「終点」だ。だがそれには地球の太平洋も超える距離を航海しなくてはならない。かつて旅立っていった船が一隻も戻らなかったのも頷けるというものだ。


 波が打ち付ける岩場を横切っていくと、やがて砂浜になっている場所まで辿り着く。そこから海に入る予定だ。だがその前に舜の魔力探知に引っかかるものがあった。それも一つではない。



「……! これは、進化種!? それもかなりの数です!」


「何っ!」



 丁度砂浜のある場所に、大勢の進化種が集まっている反応があった。大半が〈市民〉のようだが、〈貴族〉と思しき反応も何人かいる。舜の警告を受けた女性達が警戒態勢に入る。


 とほぼ同時に、向こうもこちらの存在を感知したようだ。女性達が魔力探知の違和感に顔を顰めている。


 すると砂浜にいる進化種達の方から、拡声の魔法を用いた大音量の声が響いてくる。




『そこにいるのはクィンダムの〈御使い〉殿ではあるまいか!? 我はオケアノス王国の〈公爵〉セドニアス・ラングである! 我が声が聞こえるなら返事をして頂きたい!』




「〈公爵〉だと!?」


 レベッカが驚愕の呻きを漏らす。〈公爵〉と言えば〈貴族〉の最上位……即ち〈王〉の腹心だ。通常、こんな辺境に出てくる事はまずあり得ない。そう、『余程の事』がない限り……



「3人もの〈王〉を破った〈御使い〉が自国へ侵入してくる……彼等にとってはまさに『非常事態』と言っても過言ではないでしょう」



 クリスタがそう分析する。舜の越境とタイミングを合わせてきたのは、恐らくオケアノス王国のバックにいる邪神の仕業か。



「他にも何人か〈貴族〉がいるようですね……」



 ラークシャサ王国で戦った〈侯爵〉も、それなりに際どい相手だった。流石に最上級の〈公爵〉となると、今の人間状態の舜とほぼ互角の戦闘能力を持っていると推察される。そこに他の〈貴族〉にまで加勢されると、かなりマズい状況になる。



(神化種になるしかないか……?)



 あの後何度か「実験」した結果、自分の意思で能動的に神化種になれるのは、一日に一回が限度のようだ。それも『覚醒』時と違って、そこまで長時間の変身の維持は難しいようであった。


 このオケアノス王国には、まだ〈王〉が健在だ。もし今ここで神化種の力を使ってしまい、その間隙を〈王〉に突かれたら……


(どうする……?)


 舜が迷っていると、莱香から呼び止められた。



「舜、待って。何だか向こうに言い方からすると、即戦闘って感じでもないみたいに聞こえるけど。舜の事を〈御使い〉殿って言ってたし……」


「……!」


「とりあえず返事をしてみてもいいんじゃない? 戦うかどうか判断するのはそれからでも遅くないよ」


「……そう、だね。解った。とりあえず返事をしてみるけど、どんな展開になっても皆油断はしないで下さいね」



 莱香も含めて全員が頷く。舜は自らに拡声の魔法を使用して、こちらも大音量で切り返す。因みに魔法の一種なので指向性を持たせる事が出来、後ろにいる女性達には至近距離でも舜の声はごく普通の大きさで聞こえていた。



『お察しの通り、俺が〈御使い〉だ! 俺達はそちらの領土にある要石を破壊に来た! 悪いけど退く事は出来ない!』



 向こうにもこちらの目的は察しがついているはずで、つまり本来話し合いの余地は無いのだ。要石を黙って破壊させてくれるなら誰も死なずに済むが、そんな事はあり得ないだろう。



『解っている! その事も含めて、我らが〈王〉が〈御使い〉殿と話し合いたいと申し出られている! どうか一度姿を現しては頂けぬか!?』



 意外な返事が返ってきた。



(〈王〉が話し合いだって!? ……松岡は北のミッドガルド王国の〈王〉だと金城が言っていた。だとするとこのオケアノス王国の〈王〉は……)



 浅井という事になる。浅井の性質を考えれば、既に他の3人を倒した舜に恐れを為して下手に出てくるという可能性も皆無ではない。舜は莱香達を振り返る。自分だけでは判断できなかった。



「……もしここの〈王〉がおれの予想通りの奴なら、かなり臆病な性格のはずです。話し合いたいって言うのは嘘じゃないかも知れません。でも勿論罠の可能性も皆無じゃない。それに『話し合い』自体どういう流れになるか……。皆はどう思いますか?」



 4人の女性達がそれぞれ考え込むような仕草を取る。



「私は罠の可能性が高いと考えます」


 クリスタだ。


「要石は進化種にとっては、生命の源となる魔素を生み出す文字通りの生命線です。一つでも破壊される事は絶対に避けたいはずです。あのヴォルフ様ですら要石に関しては必要悪・・・だと仰っていたくらいですし……。話し合いの余地があるとは思えません」


「…………」



 舜も転送知識で知っているので、その辺りの感覚はクリスタと同意見だ。バフタン王国やラークシャサ王国の時のように別の目的で来ているならともかく、こと要石の破壊に関しては妥協の余地があるとは思えない。



「私は……とりあえず話し合いに賛成かな」


 次の意見は莱香だ。


「クリスタさんの言う事も解るけど、全面対決になったら舜に掛かる負担が大き過ぎると思うし……。相手にはまだ〈王〉だって健在なんだから」


「莱香……」


「うむ……。今回はああして『出迎え』が来てしまっているしな。これまでのような『潜入』とは違って、敵は総力を挙げてシュンを討とうとしてくるだろう。如何にシュンが神化種になれるとは言え、ライカの言う通り敵の〈王〉もいる事を考えると、かなり分の悪い賭けになるやも知れんな」



 レベッカも莱香に賛成する。舜の「恋人」2人は、あくまで舜の身を案じての意見であったが、言っている事自体は正しい。それにロアンナが苦笑しながら付け加える。



「て言うか、シュンよりもまず私達が無理でしょう? 流石のシュンでも〈貴族〉相手じゃ〈市民〉の時みたいに瞬殺とは行かないでしょうし、シュンが討ち漏らした〈貴族〉が何人かこっちに来るだけで、私達は危機的状況よ。ましてや他にも大量の〈市民〉達がいる事を考えると……」



 それはより現実的な問題点だった。莱香達の誰か1人でも人質に取られたりすれば極めてマズい状況になる。舜は彼女達を守りながら戦わなくてはならない事になり、〈王〉どころか複数の〈貴族〉に掛かられただけでも、対処し切れなくなる可能性がある。



「…………」



 短い思案の末、舜は決断した。



「……とりあえず話を聞くだけ聞いてみようと思います。勿論絶対に油断はしませんし、要石の破壊に関しても妥協する事はしません。……クリスタさんもそれで良いですか?」



 彼女は微笑みながら頷いてくれた。



「私はあくまで忠告を述べただけです。シュン様の決断に従います」


「ありがとう、クリスタさん」



 舜は砂浜の方向に向き直ると、再び拡声で返事をする。



『いいだろう! 今そっちに行く! ただし妙な真似をしたら……』



『誓って何もせん! 我らは〈王〉のご意思に従うまでだ! 賢明な判断に感謝する!』



 〈公爵〉からはそのような返事が返ってきた。


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