第126話 告白 そして……

 女性陣の入浴が終わった後、舜は1人寂しく(?)入浴を済ませた。ただ舜も本来、自分の身体を例え女性であっても、他人に見られるのは余り好きではなかったので丁度良かった。どうしても高校での体育の着替えの時などを思い出すのである。同性から向けられる、妙に熱の籠った舐め回すような視線が心地良いはずもない。


 それらの体験から、他人に自分の身体を晒すのに、特に抵抗を感じるようになってしまったのだ。



 入浴を済ませた舜が女性陣と合流すると、彼女らは裸の付き合いで親交を深めたのか、大分和気藹々あいあいとしていた。ミリアリアの方もある程度吹っ切る事が出来たようで柔らかい雰囲気になっており、舜はホッとした。


 全員が集まった所で、この城の数少ない使用人から食事会の準備が出来た事を告げられ、食堂に案内された。



「おお、よく来たな皆の衆! さあさ、好きな場所に掛けてくれ! お主らのこれまでの苦労や偉業、そしてこれからの激励を兼ねての妾からのささやかな贈り物じゃ! 妾にはこれくらいの事しか出来んからのう。ほれ、遠慮するでない!」



 ルチアの興奮したような声に出迎えられて、一行は食堂に入る。ちょっとしたパーティ会場並みの広さだ。城での食事会と聞いて、物凄い長いテーブルに沢山の料理が並んだ光景を想像していたが、小さいテーブル席がいくつもあって、奥の椅子が無い大きなテーブルに沢山の料理が並んでいる。どうやらいわゆるバイキング形式のようだ。


 料理は肉類こそ無いものの、様々な穀物を使用したライス類やパン類。ジャガイモに近い食感の根菜をふんだんに使った料理など、充分食べ応えがありそうな料理が並んでいた。勿論ニシルの実を始めとしたデザート類も豊富だ。


 フラカニャーナが口笛を吹く。



「ひゅう! 流石王城ってだけあって大したモンだねこりゃ! 本当にあたしらが食べちまっていいのかい?」


「勿論じゃ! お主らは今やこの国の宝。この程度の歓待、安い物じゃ!」



 ミリアリアとカレンも呼ばれて、計12人での会食となった。3人席のテーブルが4つ。3人毎に分かれて着席する。舜はルチアの希望で、彼女と同じ卓となった。給仕役の使用人達が皆のグラスに果実酒を注いでいく。実は舜はこの世界に来てからも酒を飲んだ事は無かった。だが自分より年下のルチアも普通に飲むようなので、舜もこの機会に飲んでみようと決心した。見ると莱香も同じような表情をしていた。


 ルチアが杯を取って立ち上がる。



「おほん! では……勇者達の奮闘と、クィンダムの平穏を願って、乾杯!」


「「「乾杯!」」」



 それからは基本的に無礼講となった。フラカニャーナなどは特にそういうものに気を使わない性質らしく、豪快に料理を貪っていた。女王であるルチアに対しても全く遠慮する所がなかった。当初リズベットなどは顔を顰めていたが、ルチアがむしろ喜んでいる様子を見て苦笑するように引き下がった。 


 改めて新参組の自己紹介をしたり、闘技場での決戦の様子などを面白おかしく語ったり、舜や莱香の日本にいた時の話をさせられたりと、皆酒が入っている事もあって、終始明るく盛り上がった雰囲気のまま食事会は終了した。




****




「ふぅ……少し、疲れたな」



 食事会終了後、舜は城のバルコニーで夜風に当たっていた。慣れないお酒を飲んだ事で最初はどうなるかと心配だったが、意外と酔っぱらったり寝込んでしまう事もなく終える事が出来た。多少気分が高揚している感覚はあったが、どうやら自分は結構酒に強い体質だったらしい。


 ただそれでも身体が火照っているような感じはあったので、夜風が気持ち良かった。すると後ろから足音が聞こえた。



「ここにいたのか、シュン」


「レベッカさん? ええ、少し夜風に当たりたくて」



 やって来たのはレベッカであった。彼女は舜と並ぶようにバルコニーの手すりに身をもたれ掛ける。



「……ミリアリアの事、ありがとう。お陰できちんと向き合うことが出来た」


「レベッカさん……」


「勿論完全に蟠りが解けた訳ではないだろうが、それでもずっとお互いに避けているよりは遥かにいい。少しずつやっていくさ」



 レベッカはジッと舜の顔を見る。舜は何だか急に落ち着かない気持ちになった。夜、ティアマトの淡い光に照らされ夜風に髪を靡かせるレベッカの姿に、何故か妙な色気を感じてドギマギしてしまっていた。


 勿論普段から露出度の高いビキニアーマー姿で目に毒ではあるのだが、それとは全く性質の異なる……凛々しい女戦士の『女』としての部分を妙に意識してしまっていた。舜もまた自覚はないながら、多少酒の影響が入っていたのかも知れない。



「あ、あの……そろそろ夜も更けてきましたし、今日はもう寝ますね。お、お休みなさい」



 落ち着かない気持ちを持て余した舜は、少し上擦った声でそう断ると部屋に戻ろうとした。しかしそこにレベッカから制止の声が。



「待ってくれ、シュン。この機会にお前に言いたい事があったんだ」


「い、言いたい事……?」


「ああ……『侵攻』で敗れラークシャサ王国に連れ去られた時、もうこれで終わりだと思った。クィンダムに帰る事も、そしてお前に会う事も二度と出来ないのだと……」


「レベッカさん……」


「お前に言いたい事があったのに、伝えられないまま終わるのかと……。それが心残りだったんだ。また次にいつあのような目に遭うか解らん。次はヴァローナのように死ぬかも知れん。だから……伝えたい事はすぐに伝える事にした」


「…………」



 レベッカは一旦言葉を切った。舜はゴクッと喉を鳴らす。



(こ、こういうのって、大抵勘違いオチなんだよね。だからこれもきっと……)



 だがそんな舜の楽観を打ち砕くように、レベッカは顔を火照らせて恥ずかしそうに、しかし舜の顔を真っ直ぐに見据えて言った。



「シュン……す、好きだ。私は、お前の事を異性として好意を持っている!」


「……ッ!」



 はっきりと言葉にして告白され、舜は硬直してしまう。勿論人生で初めての経験だ。莱香とは幼馴染という事もあって、お互い気心が知れていたし敢えて言葉にしなくても通ずるものがあった。だから莱香からきちんと言葉にして告白された事はないし、舜の方から告白した事もなかった。


 言葉を失う舜を見て何を思ったか、レベッカは焦ったように続ける。



「べ、別にいきなりという訳ではないんだ。あの……アストラン王国の遠征でお前に助けられた頃から、実は意識はしていたのだ。だが、その感情を上手く言葉に出来なかった。い、今でも上手く言えているとは思わんが、とにかくこれが私の正直な気持ちだ。お前に、これだけは伝えておきたかったんだ」



「…………」

 舜以上に動揺して、しどろもどろになりながら必死に話すレベッカの姿を見ている内に、舜の心は段々と落ち着いてきた。人間とは不思議なもので、自分以上に緊張している者を見ると相対的に冷静になれるのである。



「レベッカさん……。レベッカさんみたいな素敵な女性が俺なんかをそんな風に想ってくれていたなんて、何と言うか……男としては凄く嬉しいし誇らしいです。でも俺は……」


「待て! 解っている! お前にはライカがいる。それは良く解っている。それにいつかはこの世界からいなくなってしまう身なのかも知れん。だが、だからこそ伝えておきたかったんだ! 勿論今すぐお前とどうこうなりたいと言ってる訳じゃない。ただ、お前に私の気持ちを知っておいて欲しかったんだ」


「……!」

 その余りに必死な様子に、舜はそれ以上何も言えなくなってしまう。



「お、お前達の国の話は聞いた。いきなり今の倫理観を忘れてくれとは言えん……。だがこの世界はご覧のような有様だ。一夫一妻のような概念も当然遠い昔の話だ。私はライカので構わん。ライカともよく話し合うと約束する! だ、だから頼む。頼む……断ったり、しないでくれ……」


「レ、レベッカさん……」



 この世界は今レベッカが言ったように、異常な状況下にある。女性達は皆、明日をも知れぬ世界で日々を不安に過ごしている。この先がどうなるかなんて誰にも解らない。地球と……ましてや平和な日本と同じ価値観を頑なに適用する方がおかしいのかも知れない。


 少なくとも舜には、このレベッカの決死の告白を無下に断る事が出来なくなっていた。



(ど、どうする……? 一度莱香に相談するべきか? でもこの場は何て言えば……)





「舜……私は構わないよ。レベッカさんの気持ち、受け止めてあげて」





 進退窮まった舜が返事に窮していると、バルコニーの入り口からそんな声が掛かった。それは今まさに舜が一番相談したかった相手の声だった。



「ら、莱香!?」



 相談はしたいが、同時にバツの悪い場面を見られたという後ろめたさもあって、舜は慌てて取り繕う。莱香は苦笑する。



「ごめん。実はちょっと前から聞いちゃってたんだ。それに舜には言ってなかったけど、私以前にレベッカさんから直接ライバル宣言されてたんだよ?」


「ええ!?」



 レベッカの方を見ると、彼女もまたバツの悪そうな顔になって俯く。



「その時はまだ半信半疑だったけど、今のレベッカさんの告白を聞いてて、本当に真剣なんだなって解っちゃったんだ。それに確かに女性しかいないこの国で、私の為に我慢しろなんて言える訳ないよね?」


「ラ、ライカ……良いのか?」



 レベッカが顔を上げて、莱香の方を呆然として見やる。



「うん、私の方はね。だから後は舜の気持ち次第かな」



 2人の視線が舜の方に向く。舜はここが決断のしどころだと自覚した。だがレベッカの気持ちが真剣なのは伝わったし、彼女の言う事も解る。そして莱香の許しも貰った。条件は整っている。後はそれこそ舜の気持ちだけだが……


 舜はこの世界に来てからの日々を振り返る。レベッカは最初に会った人物であり、それから数々の苦楽を共にした。助けた事もあるが、助けられた事もあった。「魔欠」状態で死に掛けていた舜を王都まで背負って運んでくれた事は未だに感謝している。また神化種に覚醒する切欠も彼女であった。舜の為に何度も命を賭けて強敵に挑んでくれた。そしてラークシャサ王国での再会時……嬉しかったのはレベッカの方だけではなかった。



(俺の気持ち……? そんなの最初から決まっている!)


「レベッカさん。俺もレベッカさんには何度も助けられました。俺なんかで良ければ……俺の方こそ宜しくお願いします!」


「あ…………」



 舜の返事を受けたレベッカは……呆けたようにその場にへたり込んでしまう。そしてその目からポロポロと涙が零れてくるのを見て、舜はギョッとした。



「レ、レベッカさん!?」


「あ、す、済まない……。嬉しくて、安心して……あ、ありがとう、シュン……」



 まるで思春期の少女みたいな反応に、凛々しい女戦士の新たな一面を見た思いであった。無論それはネガティブな感情ではない。ちょっと可愛いと思ってしまった。莱香も同様の感想を抱いたようである。



「ふふふ……レベッカさんのそういう反応、凄く可愛いと思いますよ?」


「あ! ……おほん! さ、先程も言ったように、今すぐどうこうしようという訳ではない。まずは気持ちを伝えたかったんだ。新しい遠征の事もあるし、その……基本的にはいつも通りで頼む」



 照れたように言うレベッカだが、舜としても変にギクシャクするよりはそっちの方がいい。



「勿論です! これからも宜しくお願いしますね、レベッカさん」


「あ、ああ! 宜しく頼む! シュン……それにライカも……!」




****




 晴れて舜と「恋人」同士になれたレベッカは、弾んだ足取りでいそいそと客間に戻って行った。バルコニーには舜と莱香だけが残された。



「ありがとう、莱香。でもその……本当に良かったの?」



 レベッカに想われていた事は素直に嬉しいが、反面莱香があっさり承諾した事で、若干不安な気持ちにもなっていた。もしかして莱香はそこまで自分の事を想ってくれてはいないのではないか、と……


 そう思って莱香の方を見ると……彼女は自分の肩を抱くようにして震えていた。



「ら、莱香?」



 舜がギョッとして問い掛けると、莱香は少し震えた声で返事する。



「……本心では嫌よ。当たり前でしょ? でも仕方ないじゃない。あんなに真剣に、必死に告白して……。私あれを聞いた時、ああ、そう言えば私舜にはっきりと告白した事なかったって気付いたの」


「……!」


「だから……幼馴染って立場に胡坐あぐらを掻いてた私の負けだって、素直に思っちゃったの。舜って元々可愛かったけど、この世界に来て〈御使い〉として戦ってる内に、どんどん逞しくなってカッコ良くなっちゃって……。これじゃレベッカさんが惚れるのも無理ないわって思えたのよ。だから、仕方ないのよ。私の我儘で舜を独占する事なんて出来ない!」


「莱香……」



 未だに自分の肩を抱いたまま震える声で話す莱香を見て、舜は一瞬でも彼女を疑った自分を恥じた。ちゃんと告白しなかったのは自分も同じだ。だから……


 舜は莱香の肩を掴んで、自分に向き直らせた。



「舜……?」



 莱香の戸惑うような声に構わず、舜は莱香に顔を近付けていく。莱香の目が見開かれる。



「莱香、俺の方こそ今までごめん。レベッカさんの事も、承諾した以上無下には出来ない。でも、だからこそ……」



 増々距離が近くなる2人の顔。驚いていた莱香が事態を悟ったように、そっと目を閉じた。そのまなじりから、涙がこぼれ落ちる。それは歓喜の涙だった。




「……『初めて』は莱香とって決めてたんだ……」




 そしてティアマトの淡い光に照らされたバルコニーで、2人の影が一つに重なった。2人の影はしばらくその体勢から動かなかった…………


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