第125話 一期一会

 女王への謁見と報告が終わり、この後はシュン達を労うのと、新人達の歓迎を兼ねてささやかではあるが食事会の予定があるとの事。その為夜までは城に滞在する事になった。



 レベッカは食事の前に旅の埃を落とすように勧められ、皆と連れ立って城の浴場に来ていた。因みに混浴ではないので、シュンは自分は後でいいからと辞退して、レベッカ達が先に入る事になった。



「へぇ、流石にヴァーリンの大浴場よりは狭いけど、やっぱり王城ってだけはあるね。設備はこっちの方が立派だね」



 浴場に入ったフラカニャーナが感心したように頷いていた。因みに彼女はかなりの風呂好きで、ヴァーリンにあった浴場は軒並み制覇していたらしい。


 城の浴場は元々王侯貴族の為に作られただけあって、豪華さは中々のものだ。そこまで大人数の入浴を想定していないので、流石にヴァーリンのような大衆浴場に比べると手狭だが、それでもレベッカ達8人が入るには十分な広さだ。


 便利な魔法はないので湯沸かしに関しては従来の技術を用いているが、排水設備はしっかり整っており、衛生面に関しては全く問題ない。



「うむ。私もここで入浴するのは久しぶりだ。いつ以来だったかな?」


「2年程前ですわ。サーフィスの街で大規模な〈爬虫種〉の襲撃を撃退した際に、陛下が祝賀会を催したでしょう? その時以来かと」


「ああ、あの時か。そんな事もあったな……」



 リズベットの答えに、レベッカも昔を思い出して感慨に耽った。2人で昔の思い出に耽っていると、隣にいたジリオラが面白くなさそうに、レベッカに腕を絡ませてきた。



「お姉さま、昔話もいいですけど、まずは汗を流してさっぱりしません事? 私も早く汚れを落としたいですわ」


「ん? ああ、済まん。そうだな。……て、もう皆勝手に洗い始めてるな」



 他の5人はめいめい好きな場所に陣取って、桶に汲んだお湯で身体を洗い始めていた。フラカニャーナなどは早く浴槽に入りたいらしく、猛烈な勢いで洗っていた。ライカはあのヴォルフという〈貴族〉の屋敷で入浴した事があるらしく、その事についてクリスタと話に花を咲かせていた。ロアンナとイエヴァは、完全マイペースという感じだ。


 レベッカとリズベットも苦笑すると、自分達も身体を洗い始めた。






「ふぅーー…………」



 身体を洗い終わって浴槽に浸かったレベッカは、これまでの旅や魔獣との戦いでの疲れや身体の凝りが一気に解れていくのを感じ、至福の心地よさに浸っていた。他の面々も思い思いに、広い浴槽の中で身体を伸ばしていた。



「……しっかし、ホント大きいわよねぇ、あなた。こうして裸で見ると余計に目立つわね」



 ロアンナがリズベットの胸をしげしげと眺めながら呟いていた。そう言うロアンナとて決して小さくはないが、やはりリズベットの大きさは群を抜いていた。



「ロ、ロアンナさん。余りまじまじと見ないで下さいまし……」


「何よ、ケチねぇ。減るもんじゃあるまいし……て、そんなに大きいんだから、ちょっとくらい減った方がいいでしょ?」


「……ぷっ!」



 恥ずかし気に身体を抱きすくめるリズベットに対するロアンナの言い草が可笑しくて、レベッカはつい軽く吹き出してしまう。リズベットに睨まれて、慌てて口を閉じてそっぽを向く。するとよせばいいのに、ジリオラが挑発的な口調で揶揄する。



「ふふん、そんな牛みたいな乳をして恥ずかしくないのかしらぁ? 大きすぎる胸はつまり余分な脂肪の塊という事ですわぁ! お姉さま、あんな年を取れば垂れる一方の醜い胸よりも、私のような小振りで均整の取れた美しい胸の方が好みですわよねぇ?」


「……ッ! ……あら、そうなのですか、レベッカ?」



 熱い風呂に浸かっているはずなのに、レベッカは謎の寒気を感じた。



「お、おい、リズ!? 私は何も言っていないぞ!?」



 レベッカは慌てて抗弁するが、身体の寒気は増すばかりだ。と、そこに……



「何だい、何だい! 折角の楽しい入浴タイムに不穏な空気出してんじゃないよ! 周りの迷惑ってモンを考えな!」


「……!」



 フラカニャーナが、その堂々たる体躯を反らせるようにして立ちはだかっていた。その迫力と、周囲の迷惑という言葉に正気を取り戻したのか、リズベットがハッと目を見開く。



「そ、そうですね。私とした事が……。皆さん、申し訳ありませんでした」


「う、うむ。冷静になってくれたようで何よりだ、リズ。……それとジリオラ! 無駄に和を乱すような発言は控えろと前にも言っただろう!」


「う……も、申し訳ありませんでした、お姉さま。つい悪ノリしてしまって……。皆様もご迷惑をお掛けしましたわ」



 緊迫した空気が弛緩した事で、レベッカがふぅ、と息を吐く。



「済まんな、フラカニャーナ。お陰で助かったぞ」


「なあに、いいって事さ! あたしは風呂にはゆっくり浸かりたい性質たちなんだ。以前は誰かさんにいきなり殴りかかられるし、堪ったもんじゃないよねぇ?」


「う……あ、あれはもう忘れてくれ! 私も忘れたい……」



 あの時の事を思い出すと、顔から火が出る思いだ。あの時の自分は視野狭窄にも程があった。



「……更にその後、無謀にも〈貴族〉に逆らって、無様に床に這いつくばったりもしてた」


「イ、イエヴァ!? ……い、いや、あれはだな」



 いつの間にか側に寄って来ていたイエヴァが、ボソリと呟いた。皆の前で更なる黒歴史を掘り返されたレベッカは、湯加減とは関係ない所で顔を真っ赤にしていた。



「……でもそのお陰で、あなたと縁が出来た。悪い事ばかりじゃない」


「イエヴァ……」



 思いの外しんみりとした口調に、レベッカも何も言えなくなってしまう。そこにクリスタと浴槽に浸かっていたライカが、興味深そうな様子で一連のやりとりを見ていた。



「へぇー……まさに一期一会という奴ですね」


「一期一会? それは何なのだ、ライカ殿?」


「全ての出会いには意味があって、その出会いは一生に一度のものだから大切にしましょうっていう、私達の国でのことわざというか教えというか、そんな感じのものです」


「そんな言葉が……。うむ、確かにそうかも知れんな。お前達とこうして出会い、仲間となった事は、私にとって最高の宝だ。大切にしていかねばならんな」


「お、お姉さま……」



 ジリオラがちょっと涙ぐんでいた。フラカニャーナも少し照れたように頬を掻いていたし、イエヴァも顔を赤らめてそっぽを向いてしまった。その様子を見てライカが、ズイッと身を乗り出してくる。



「一期一会はいいんですけど……私達もそろそろ他人行儀な呼び方はやめて欲しい所ですよね、クリスタさん?」



 ライカに水を向けられたクリスタも頷く。



「そうですね。こうして裸の付き合いもした仲ですし……殿様付けはそろそろ卒業して頂きたいですね、ライカさん」



 2人からジト目を向けられたレベッカは、咳払いする。



「おほん! ……いや、私もこんな口調だが、本来余り堅苦しいのは好きじゃなかったんだ。お前達さえ良ければすぐにでもやめさせてもらうが、問題ないか?」


「勿論です! ……それに私達一応『恋敵』って事になるんですから、遠慮なんていりませんよ?」


「……! ふ……それもそうだな。では、ライカ。それにクリスタ。お前達も改めて宜しく頼む」


「こちらこそ宜しくお願いします、レベッカさん!」



 ライカの元気の良い返事。クリスタも無言のまま微笑みながら頷いた。そうして女達が和やかにバスタイムを楽しんでいた所、新たに浴場に入ってくる人物が1人……



「あ……」



 リズベットの、少し息を呑むような声。入ってきたのはミリアリアであった。



「ミ、ミリアリア、お前……」


「……シュン殿が来て、隊長と良く話すように言われて……」


「そ、そうか」



 ミリアリアはそう言って、手早く身体を洗うと浴槽に入り、レベッカの隣に腰掛ける。



「失礼します……」

「あ、ああ」



 しばらくは2人共無言だった。周りの女性達も2人の心情を慮って、少し離れた位置に移動していた。やがてミリアリアが口を開く。



「……本当は頭では解っているんです。隊長が望んでヴァローナを殺したはずがないって。一番辛いのは隊長なんだって……。ただ……どうしてもすぐには気持ちの整理が付けられなくて」


「ミリアリア、私は……」


「いいんです。何も言わないで下さい。あの『侵攻』に敗れて連れ去られた時に、もうヴァローナは死んでいたんです。だから、隊長は何も……何も……」



 徐々に涙声になるミリアリア。レベッカは思わず彼女の頭を抱き寄せていた。



「もういい! 喋るな! 済まなかった! 本当に、済まなかった……!」


「く……うぅ……ああぁあああぁぁぁ……!」



 レベッカの胸に頭を預けたまま、ミリアリアは声を押し殺して泣き続けた……



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