第118話 新旧自己紹介

「……そんな事が……」


 ビレッタの街の神殿。応接室に一行は集っていた。そこで改めてレベッカから、ラークシャサ王国での体験談を聞いていたのである。


 蠅男・ロイドとの出会い。修行の日々。そして剣闘大会。そこでイエヴァ達と闘い、最終的にチャンピオンになった事。そして帰路において〈侯爵〉の襲撃。舜との再会。そしてラークシャサの〈王〉との決戦……。


 〈王〉との下りのみは舜が引き継いで、皆に説明した。壮絶な体験の数々にリズベット達残留組は絶句していた。


 そのまま互いに自己紹介の流れになった。真っ先に立ち上がったのは、大柄な灼熱人、フラカニャーナである。



「あー、フラカニャーナだ。姓は特にない、ただのフラカニャーナだ。見ての通りの灼熱人さ。ヴァーリンの闘技場でチャンピオンなんて呼ばれてたけど、恥ずかしながらこの嬢ちゃん達に負けちまってね。一から自分を鍛え直す為に付いてきたって訳さ。こりゃあたしの勘だけど、あんた達といれば闘技場にいるより、よっぽど退屈しない体験が出来そうだと思ったってのもある。勿論無駄飯食いになるつもりはないよ。戦う以外に取り柄はないけど、その分誰よりもこの国の力になってやるよ。まあなんだ。一つ宜しく頼むよ!」



「フ、フラカニャーナさんですね……? こ、こちらこそ宜しくお願い致します。頼もしい限りですわ」


 豪快なフラカニャーナの迫力に若干引き気味になりながらも、リズベットが挨拶する。



「灼熱人を見たのは初めてだけど……本当に化け物みたいね……」


 ロアンナが少し顔を顰める。それを聞いたフラカニャーナがニィッと口の端を吊り上げる。



「おや、何だい。あんただって色付き・・・だろうに、随分お高く留まってるじゃないか?」


「ッ! 一緒にしないで頂戴! 私はこれでも由緒正しい家柄の出身なのよ。あなた達みたいな蛮族とは違うわ」


「へぇ、言ってくれるねぇ? そこそこは使うみたいだけど、あんた程度の腕ならヴァーリンの闘技場にはいくらでもいるよ。あんたこそ分を弁えな、ひよっこちゃん」


「何ですって……!」



 激昂し掛けるロアンナをレベッカが慌てて抑える。



「お、おい、落ち着け! いきなりどうしたんだ、お前らしくもない!」


「……ッ! そ、そうね……。済まなかったわ。続けて頂戴」



 レベッカに諭されて我に返ったのか、ロアンナは素直に頭を下げた。フラカニャーナは肩を竦めただけで何も言わなかったが、向こうから積極的に喧嘩を売る気はないようだ。レベッカは気を取り直すように咳払いすると、隣に座るイエヴァを促す。イエヴァは頷いて立ち上がる。



「……イエヴァ・ノリリスクよ。このレベッカには負けたけど、負けていない……。私はレベッカよりも強くなる。その為には彼女に付いていくのが一番だと判断した。以上よ」



 無表情にそれだけ言うと、さっさと着席してしまった。



「あ……あの……」


 リズベットが戸惑ったように声を掛けようとする。レベッカは苦笑しながら取り成す。



「すまん、リズ。こやつは会った時からこういう感じだ。見た目や言動はこんな感じだが、その実非常に負けず嫌いで熱い心を持った女だ。戦士としての腕も私が保証する。どうか宜しく頼む」



 その言葉に再びイエヴァの方を見やると、彼女はその白い頬をうっすらと染めて、あらぬ方向を向いていた。色白なので少しでも紅潮すると非常に目立つ。それを見たリズベットはニッコリと微笑んだ。



「ふふ……なるほど。これから宜しくお願い致しますね、イエヴァさん?」



 イエヴァは増々頬を赤くしてそっぽを向いてしまう。レベッカが彼女に助け船を出すように、次はジリオラを促した。彼女は立ち上がらずに……レベッカの腕に自分の腕を絡めて、しなだれかかるような仕草を取る。



「うふふ……ジリオラ・アイゼンシュタットですわ。リズベットさんでしたかしら? あなたとお姉さまがどういうご関係か存じませんが、お姉さまは私だけのお姉さまなので、そこの所をお間違え無きように……」


「お、おい、ジリオラ!? お前、こんな場面で……ッ!?」



 ジリオラを窘めようとするレベッカだが、極低温の視線を感じて硬直する。



「……お姉さま? ……レベッカ? どういう事なのか、説明して頂けますね? 確か先程の体験談の中には、そのような話は出ていなかったと記憶していますが……?」


「お……リ、リズ……!?」



 リズベットが……にこやかに笑っていた。先程までと全く同じ笑顔のはずなのに、何故かこの部屋にいる全員が謎の寒気を感じた。空気が微妙に震動し始める。



(こ、これは……神気爆発の!?)



 それに気付いた舜はギョッとする。勿論レベッカやロアンナ達もそれに気付いた。



「ちょ、ちょっと、落ち着きなさいよ!」


「ロアンナさん? 私は極めて落ち着いていますが?」



 ロアンナの焦ったような制止の声にも、にこやかな笑顔を貼り付けたまま返答するリズベット。そうしている間にも空気の振動は増々大きくなる。部屋の室温も更に下がったように感じられる。舜はレベッカに目線で訴える。それを受けたレベッカが若干顔を青くさせながら、しどろもどろに説明する。



「ま、待て、違うんだ、リズ! そ、その……闘技場で〈貴族〉に処刑されかかっていたこやつを捨て置けずに助けたのだ。そうしたら……」


「うふふ……あの時のお姉さま、とっても素敵でしたわ。私の事を、身を挺して庇って下さったんですのよ? あなたに同じ経験がありますかしら、リズベットさん?」 


「……ッ!!」



 挑発的な口調で火に油を注ぐジリオラ。爆発寸前になる神気。てんやわんやの騒ぎになり、最終的に舜がリズベットを思い切り抱きしめるという荒業? で、辛うじて彼女を正気に戻す事ができた。その際に莱香からジト目を向けられたが、背に腹は代えられないという事で勘弁して欲しい。




「……虫も殺さなそうな顔して、おっかない嬢ちゃんだねぇ。久しぶりに肝が冷えたよ」


「……同じく」




 フラカニャーナとイエヴァが何とも言えない微妙な顔つきで、恐縮するリズベットを眺めていた。どうやら期せずして新参組にも、リズベットを怒らせない方がいい、という共通認識が出来上がったようで何よりである。ジリオラもレベッカから、こっぴどく説教されていた。



 気を取り直したリズベットにより、今度は古参組の方の紹介になる。



「こほん! ……先程は失礼致しました。私はリズベット・ウォレスと申します。このクィンダムで神官長を務めさせて頂いております。レベッカとは幼馴染で、この7年の間も数々の苦労を共に乗り越えてきた『大親友』ですわ」


 リズベットは微笑みながらジリオラの方に視線を向ける。ジリオラも挑発的な笑みを浮かべてその視線を受け止める。舜は2人の間で火花が散ったような錯覚を覚えた。そんな空気を知ってか知らずか、ロアンナが後を引き継ぐ。



「……ロアンナ・ウィンリィよ。弓の腕前、レンジャーとしての経験、そして殺した進化種の数では、ここにいる誰にも引けを取るつもりはないわ。少なくとも、狭い闘技場の中だけでふんぞり返ってたような誰かさんにはね」


 その挑戦的な物言いに、フラカニャーナの眉がピクッと跳ね上がる。この2人の間でも、先程とは違う種類の火花が散ったように舜には感じられた。



 その空気を感じ取ったのか、莱香が慌てて立ち上がった。



「あ、あの、九条……あ、いえ、ライカ・クジョウです。あの……皆さん、もう舜の事はご存知みたいですから言っちゃいますけど、舜と同じ世界からやって来ました。舜とはその……幼馴染のような間柄です。まだまだ戦士としては未熟ですが、これからもっと修行して強くなっていきたいんです。皆さん、ご指導・ご鞭撻の程、どうぞ宜しくお願いします!」


 そう締めくくって莱香は、新参組の戦士達にも頭を下げる。



「……あなた、異世界人なの?」


「え? は、はい……」



 イエヴァが、莱香の事をじぃっと見つめてくる。穴の開く程見つめられて、莱香が少し居心地悪そうにする。



「あ、あの……?」


「……あなた、何か大きな『力』を感じる。〈御使い〉とも異なる……。これは、何?」


「え……?」



 やがてイエヴァはふっと視線を外した。



「私に出来る事なら協力する。いつでも言って」


「え、あ……ありがとう、ございます……?」



 腑に落ちない様子の莱香だったが、イエヴァの方はこれ以上何も喋る気がないようだ。場の空気を変えるように、最後のクリスタが立ち上がる。



「クリスタ・ブリジットです。このライカさんを補佐するのが役割ですが、それ以外にも戦闘を含めた一通りの知識・技術は習得していますので、何かお困りの事があれば何なりとご相談下さいませ」


 するとその立ち振る舞いを見たフラカニャーナが、スッと目を細める。



「……あたしには解るよ。あんた相当デキる・・・ね……?」


「……初対面で即見抜かれたのは初めてです。チャンピオンというのは伊達ではないようですね」


「一通りの技術だって? 謙遜はおよしよ! そんな生易しいモンじゃないだろ? あんたとまともにやり合うのは、あたしでもちょいとヤバそうだ」



 その言葉に、フラカニャーナの強さを知っていて、かつクリスタの戦う所を見ていないレベッカ、イエヴァ、ジリオラが揃ってギョッとしたようにクリスタを見やる。クリスタが苦笑する。



「生い立ちが少々特殊でしたので。それと……〈貴族〉に鍛えられたのはあなた方だけではない・・・・・・・・・・、という事です」


「……! 良く覚えとくよ……」



 と、そんな感じで互いの自己紹介が終わった。舜とレベッカは既に双方と知己である為に省かれた。



 この後は王都に向かって、改めて女王との謁見となるが、皆疲れている事もありビレッタで一泊していく事となった。特にレベッカを含めた新参組は碌に息つく暇もなかった事もあって、クィンダムに来て初めての食事も早々に、割り当てられた寝所で皆、泥のように眠ったのであった。

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