第四章 海魔

第117話 クィンダムへの帰還

 クィンダムとラークシャサ王国を隔てる森を抜けると、そこはもう「境目」だ。そこから更に南下していくと、明らかに空気の質が変わるのが舜やレベッカは勿論、フラカニャーナ達3人にも解った。



「あ……ああ……神気だ。感じる……。戻ってきたんだな」



 レベッカが感極まったように呟く。両手を広げ全身で神気を吸収するように深呼吸する。



「へぇ……。何だか、空気が美味しいって言うのかい? そんな感じだね」


 フラカニャーナが不思議そうに周りを見渡す。



「これが……神気」


 イエヴァも若干戸惑ったような、それでいてそれ程不快では無さそうな様子だ。



「これが進化種を阻む神聖な大気なのですね? ああ……何だか心が洗われるようですわ!」


 ジリオラは心なしかうっとりとした様子で、頬を上気させていた。



 そんな4人の女性とは対照的に、まだ神化種の堕天使姿だった舜は自身の身体から急速に魔力が消費されていくのが解った。



「く……!」


 立ち眩みにも似た症状に見舞われる。



「お、おい、シュン!? 大丈夫か!?」


 レベッカが心配そうに声を掛けてくる。以前アストラン王国の遠征から帰還した際の記憶が甦ったのだろう。舜は片手を上げる。



「だ、大丈夫です……。恐らく、もうすぐ……」


 その言葉が終わるや否やという内に、舜の身体が発光する。そして数瞬の後、光が収まった時そこには、元の姿に戻った舜がいた。



「シュ、シュン、お前……大丈夫か? か、体は……その……」


 言い難そうに問い掛けてくるレベッカに苦笑する。



「大丈夫ですよ。しっかりそのまま・・・・ですから」

「そ、そうか……なら良い」



 あからさまにホッとした様子のレベッカに再度微苦笑する舜だが、やはり神膜内では神化種の形態を維持するのは難しそうだ、という結論に至った。


 魔素の満ちる場所にいるとその自覚は無かったが、実際には神化種になっている間は、常時凄まじい量の魔力を消費し続けているようだ。魔素のない神膜内では、到底その状態を維持出来そうもなかった。下手するとあっという間に「魔欠」状態になって命に係わる。


(ま、何もかも思い通りにとは行かないよね、やっぱり)


 とりあえず神膜の外であれば、大分変身のコントロールが出来るようになってきた。神膜内でそうそう神化種への変身が必要な状況になるとも思えないし、今はそれで良しとしておこうと決めた。



「さあ、それじゃとりあえず今日の所は、最寄りのビレッタの街まで行きましょう。もう街の人達も戻っているでしょうし、ひとまずそこで身体を休めましょう」


 思考を切り替えるように舜が明るい声で提案する。強行軍だったレベッカ達は勿論、舜自身も金城との死闘の余韻が残っており、とてもこのまま王都まで直行するような元気はなかった。



「うむ、そうだな。私もとりあえず街で人心地付きたいしな。お前達もそれで良いか?」


 フラカニャーナ達も異存はないようだった。目的地の決まった一行が、ビレッタの街の城門まで到着した時だった。




「舜っ! 舜ーーっ!!」




 聞き覚えのある叫び声と共に、城門からこちらに駆け寄ってくる少女が1人……。真紅の改造具足姿の莱香であった。


「ら、莱香!?」


 よく見ると莱香の後ろにはリズベットとロアンナ、クリスタらの姿もあった。てっきり彼女達は王都に戻って待っているものと思い込んでいた舜は驚いた。



「莱香、何でここに?」


「もしまた侵攻なり襲撃なりがあった時に備えてって、リズベットさんが。それにここなら舜を一番早く出迎えられるでしょ? だから皆この街で待機してたのよ」


「そ、そうだったんだ……」


 その内にリズベット達もこちらに到着した。



「シュン様! ……ああ、それにレベッカ! 索敵で感知した時にもしやと思ったのですが、ほ、本当にあなたなんですね……?」



「リ、リズ……す、済まなかった。私は……ッ!?」


 レベッカが何か言いかけるのに構わず、リズベットは彼女に抱き着いた。


「お、おい、リズ!?」


「いいんです! 何も言わないで下さい! あなただけでもこうして無事に帰ってきて、私……私……!」


「リ、リズ……」


 レベッカに抱き着いたまま涙を流すリズベットの姿に、レベッカは戸惑った様子を見せる。そんな彼女に声を掛ける者がもう1人……


「……その子がどれだけ心配してたと思ってるのよ? 謝罪するのもいいけど、まずは安心させてあげなさいよ」


「ロ、ロアンナ……。うむ、そうだな」


 レベッカは表情を引き締めると、リズベットをやんわりと引き剥がした。そして彼女達に向かって、深々と頭を下げる。


「やはりまずは謝罪をさせてくれ。本当に済まなかった。まんまと進化種の罠に嵌り、みすみす戦士隊を壊滅させてしまった。結果このクィンダムに危機を招き、お前達にも多大な心配と迷惑を掛けてしまった。しかしこうしてシュンにも助けられて帰還する事が叶った身だ。お前達さえ許してくれるなら、今後もこのクィンダムで進化種からの防衛に手を尽くしたいと思っている。どうだろうか……?」



 レベッカは真剣な面持ちでリズベットやロアンナの顔を見据える。



「レベッカ! そんな事聞かなくとも解っているでしょう!? 私にはあなたが必要なんです! 今後も私達と共にクィンダムを守って下さい! 約束です!」


「……私は別に許すも許さないもないけどねぇ。ただ……ふふん、シュンを助ける為に……ひいてはあなたを助ける為に随分尽力したのよ、私? これは一つ貸しにさせて貰うわよ?」


 対照的な両者の言葉だったが、そこにはレベッカに心理的な負担を掛けまいとする思いやりに溢れていた。レベッカは若干涙ぐみそうになりながらも、再び深く頭を下げた。


「リズ、ロアンナ……本当にありがとう。勿論ライカ殿やクリスタ殿もだ。私は二度とこのような事態にならぬよう、もっと強くなると誓う。だから、その……これからも宜しく頼む!」


「レベッカ……! ええ、勿論です! これからも共に戦いましょう!」


 リズベットがレベッカの手を取る。互いに手を握り合う。レベッカが正式にクィンダムに帰還した瞬間であった。ロアンナが空気を変えるように口を開いた。



「さて、感動の再会は済んだとして……で? さっきから気になってたんだけど、あなたの後ろにいる連中は何なの? その大女は灼熱人よね? で、そっちは氷雪人? 一体何の集まりなのかしら?」


 レベッカはハッとしてように後ろのフラカニャーナ達を振り返る。彼女達は勝手が解らないという事もあってか、レベッカから紹介されるまでは大人しくしている方針のようだ。


「うむ、そうだな……。少し長話になる。詳しくは街に入ってからでいいだろうか?」


「あ! そ、そうですね。私とした事が、レベッカやシュン様に無事会えたことが嬉しくて……。とりあえず街の神殿に行きましょう。そこでお話を伺いますわ」


 そうしてリズベットに促されて、一行はビレッタの街へと入って行ったのであった。





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