第116話 惑乱の悪神
(殺す! 跡形もなくすり潰してやるっ!)
「ぐ……ううぅぅぅぅっ!!」
金城の体内に飲み込まれた舜に、全方位から凄まじい圧力が掛かる。舜を切り刻み、押しつぶし、細切れの肉片にして消化しようとする死の圧力だ。これに押し負けたら悲惨な運命が待っている。
しかし全力で張っている結界にヒビが入り始める。
「……!」
(そんな結界などで防げるものか! 僅かに寿命が伸びたに過ぎんわ! 吾を心底から怒らせた事を後悔しながら、苦しみ抜いて死ぬがいい!)
そして結界が完全に砕け散る。その全ての圧力が舜の身体に伸し掛かる。神化種の強靭な肉体を持ってしても耐えきれない程の圧力だ。
「ぐああぁぁぁぁあああぁぁっ!!」
(ははははっ! 死ね! 死ね! 死ねぇっっ!)
凄まじい圧迫と激痛に意識が飛びそうになる。だが……その身に纏った魔力の障壁が、舜に僅かな時間の余裕を与えた。その僅かな余裕を最大限に利用し、なけなしの魔力を練り上げる。
(貴様……! 何故だ! 何故潰れん!? さっさと……死ねぇ!)
「お……わりだ、金城ぉぉっ!!」
(……ッ!)
舜は金城の体内から……氷嵐の魔法を発動させた!
(うごおぉぉぉぉぉぉっ!!)
体内から全てを凍らせる冷気の嵐を浴びせられた金城は一溜まりもない。内臓を破壊された金城が断末魔の呻きと共に、地面へと横倒しになる。舜はその衝撃を利用して、何とか金城の体外へ出る事に成功する。
「はぁ……! はぁ……! ぜぇ……! ぜぇ……!」
巨大な口からまろび出た舜は、思わずその場で四つ這いになって激しく喘いでいた。身体中切り傷と、訳の分からない体液まみれであった。金城の方を見やる。苦しげに呻くだけで念話を発する事はない。その巨大な口から生暖かい呼気が吹き付けられる。舜は顔をしかめてその呼気が当たらない所に、身体を引きずって移動する。
出来れば止めを刺したいが……今の舜もボロボロでそんな余裕がない上に、恐らく――――
その舜の想像を肯定するように、金城の巨体の周囲を囲むように無数の剣山のような物が地面から突き出した。
「……!」
過去二度の〈王〉撃破時と同じような現象……。勿論見た目の違いはあるが、結果は同じ事だろう。となるとこの剣山を作り出したのは……
(ちっ……いい所まで行ってたのによ! 安っぽい挑発なんぞに乗せられやがって……! 所詮は定命の者か。世話が焼けるぜ)
粗暴で傲慢な雰囲気の男のような声。恐らくこいつがラーヴァナだろう。
「お、お前がラーヴァナか!? お、お前達が地球の神々だって話は本当なのか!?」
(ん? ああ、そうだぜ。尤も、もうとっくに地球での神性は喪っちまってるけどな。地球じゃラーマに殺され続けるだけの道化だよ、俺は)
「な、何で……何でこんな事を……」
(ふん! どうしても大量のエナジーが必要だったんでな。同じ目的の奴等と手を組んだって訳だ。恨むなら地球にいる唯一神を名乗ってる奴を恨みな。……いや、お前には俺達を恨む理由はないよな? 俺達のお陰で追い詰められたフォーティアが、一度は死んだお前を復活させたんだからなぁ。むしろ感謝して欲しいくらいだぜ)
「……ッ!」
それを言われると痛い為、何も言えなくなってしまう。これ以上情報を引き出すのも難しそうだ。
(ま、そんな訳でこいつは貰ってくぜ。こんだけやられると回復には時間が掛かりそうだし、当分の間手出しできねぇのは同じだから安心しな)
その言葉と共に、剣山がまるで意思を持っているかのように湾曲し、金城の身体を包み込む。そして梅木の時と同じように地中に「穴」が開いて、その中へと引きずり込んでいく。
やがていくらも経たない内に金城の巨体は、影も形も無くなっていた。
「……レベッカさん達の所へ戻ろう。そして一緒に、クィンダムに帰るんだ……」
フォーティアに聞きたい事もあったが、今はとにかく疲れ過ぎていた。神化種の力はある程度コントロール可能になったのだ。話を聞く事はまたいつでも出来る。舜はボロボロの身体に鞭打って、レベッカ達の元へと戻っていくのだった…………
◆◇◆◇◆◇◆◇
「シュン……」
下界を映し出す水面から目を離したフォーティアは、ふぅっと小さく溜息を吐く。これでシュンは3人の〈王〉を下した。いくつか危うい場面もあったが、概ね順調と言えた。後は大陸の各地に散らばる要石を破壊していく事が出来れば……
「やあ、フォーティア。〈御使い〉は無事に復活したようだね。良かった良かった」
「……!」
無邪気な声に振り返ると、そこには黒髪のあどけない顔立ちの少年が立っていた。
「ロキ……。ええ……あなたには感謝しています。まさか本当に『神酒』を作り出してしまうとは……」
シュンがセトの謀略で倒れ慌てるフォーティアの前に、突如この少年が現れた。そして『神の泉』の話を提案してきたのだ。神の泉と呼ばれてはいるが、元はただの澄んだ泉に過ぎなかったはずだ。しかしロキが自信満々に勧めてくるので、訝しみながらも信徒に「神託」を下した。
ロキが敵の一味である事は解っていたが、自分達は一枚岩ではない、自分の目的は他の連中とは異なる、という彼の言を完全に信じた訳ではなかったが、八方塞がりだったフォーティアには他に代案がないのも事実であった。
ロキが肩をすくめる。
「セトのお爺さんの呪いがどういう類いの物か予め知ってたからね。それを解呪する作用を付与しただけだよ。後はただの綺麗な水さ」
「……あなたは一体何を企んでいるのですか?」
「何も企んでない……て言うのはむしろ嘘くさいよね。勿論『企んでる』事はあるよ。でもその為にはあの〈御使い〉君には、もっと頑張ってもらわなくちゃいけないからね。その点では君と僕の利害は一致してると思うよ?」
「…………」
「あはは! 安心してよ。少なくともイシュタールにこれ以上何かしようって事は無いから。そう……
「ロキ、あなたは……」
「あ、そうそう。信用ついでにもう一つ耳寄りな情報があるよ。君の姉妹の1人……テンパランシアだっけ? その子の楔になってる要石が、割りとクィンダムから近くにあるのは知ってた?」
「な……!?」
「場所はオケアノス王国……あの冷血公ハデスの領域さ。流石に怪しまれるから詳細な場所までは教えられないけど、ま、頑張って探してみなよ」
テンパランシア……節制を司る女神で、フォーティアのすぐ下の妹にあたる。姉妹が1人でも復活すれば、今より格段に状況は良くなる。
「な、何故です!? 何故あなたはそんな事を私に教えるのです!? あなたに何のメリットがあるのですか!?」
「……そうだねぇ。一言で言うなら、僕にとって
「……ッ!」
仮にも自分の同志達を笑顔で『用済み』と断じ、こちらに『処理』させようとしている……。フォーティアは前にも増して、目の前のあどけない少年の姿をした「何か」を恐ろしく感じた。
「さて、余りここに長居してると、それこそ彼等に怪しまれちゃうから僕はここらで退散するよ。姉妹の解放が上手く行くといいね。また何か新しい情報があれば報せるよ。それじゃ」
「あ……!」
フォーティアが声を上げた時には、ロキの姿はもう煙のように掻き消えていた。
「…………」
彼が何を企んでいるのかは結局解らなかった。しかし少なくとも「神酒」に関しては嘘ではなかった。ならば今度の情報も本物である可能性は高い。やや釈然としないものを感じながらも、フォーティアは新たな『神託』の準備を始めるのであった……
◆◇◆◇◆◇◆◇
第四章に続く……
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