第119話 神々の事情

 そんな皆が寝静まった夜……舜は1人ひっそりと起き出して単独でビレッタの街を出ると、今日抜けてきたばかりの神膜の境目目掛けて全速で駆けて行った。暗視の魔法があるので、夜の闇も苦にならない。


 そして境目を抜けて完全に魔素の満ちる領域内に入ると……おもむろに目を閉じて瞑想を始める。直近の金城との戦いを思い出しながら、ゆっくりと魔力を練り上げていく。



(思い出せ……あの感覚。莱香やレベッカさん達を……この世界の人達を守りたいという強い思い……!)



 やがて舜の内に込み上げてくる、とある感覚……


(来た……!)


 それを知覚した舜は流れを見失わないように、慎重にその感覚を拾い上げて、己の内に拡散させていく。




「く……あああぁぁぁぁっ!」




 無人の夜の森に、舜の咆哮が響き渡る。巻き起こる光の爆発。そして……



「……成功、か?」



 その口から漏れるのは、元の自分よりも甲高い、冷たい感じの女性の声。自らの身体を確認すれば、そこにあるのは成熟した女性の肉体。それを包み込む漆黒の甲冑。背中からは一対の黒い翼。髪も長く、紫色に変じている。鏡は無いが恐らく目も、反転した黒く塗りつぶされたような目になっているだろう。





 ――〈神化種〉になる事ができた。それも自分の能動的な意思で。





(……フォーティア様。聞こえますか?)


 頭の中で念話をイメージする。するとややあって返答があった。



(シュン! あなた……神化種の力をコントロールできるようになったの!?)


(ええ、ある程度は、ですが。それよりフォーティア様、いくつか聞きたい事があるんですが)


(……何かしら?)


(この間クリスタさんから聞いたんですが、この世界にはこれまでにも異世界……つまり地球からやってきた人がいたという事なんですが、本当なんですか?)


(ああ、その事は……そうね。別に隠していた訳じゃないけど、シュンが活動する上で特に必要な知識では無かったから……。確かにイシュタールにはこれまでにも何度かアヌ……地球の人間を呼び寄せていた事があるわ)


(呼び寄せて? ではフォーティア様が?)



(召喚していたのは主に、長女である知恵の女神サピエンチア姉様よ。姉様は、均衡によってのみ世界の安定は保たれる、という考えを持っていたの。なのでどこか強大な勢力が誕生して大陸を統一しようとすると、それを阻止する為に劣勢側に強大な力を授けた〈御使い〉を遣わして、バランスを取ろうとしたのよ。シュンが聞いた異世界人は恐らく、要人の暗殺という方法で均衡を保とうと考えたのね)



(……! ではその〈御使い〉が均衡を保つのに成功したとして……その後・・・はどうなったんです?)



(待って。あなたが想像するような事はしていないわ。無事に役目を終えた〈御使い〉は、皆あなたに提示したのと同じ、人生を好きな時点からやり直せるという特権を貰って、元の世界へ帰っていったわ。もしかしたら地球で過去に偉業を成し遂げて歴史に名を残した偉人の中には、そうして帰還した〈御使い〉が含まれていたかも知れないわね)



(……!! そうだったんですか……。済みません、一瞬変な想像をしてしまって)


(いえ、いいのよ。私も最初から転送知識の中に、その辺の情報も含めておくべきだったわ)




 舜は一旦沈思黙考する。もう一つ聞いておくべき事があった。




(もう一つ……あの邪神達の事です)

(……ッ!)


 フォーティアから若干、息を呑むような気配が伝わってきた。



(つい先だってあの邪神達が、地球由来の存在だと知りました。あいつらは一体何者なんですか? 何を目的としているんですか?)


(それは……そうね。神化種にまでなった以上、あなたも知っておくべきかも知れないわね……。確かに彼らは地球の神よ。いえ、神だったという方が正しいわね)


(だった……?)


(彼らは元々、地球各地に存在する土着の神だったの。強大な力を奮う事で人間の畏怖と信仰を集め、更に力を蓄え……それを糧に生きる存在だった。でもそこに唯一神と名乗る存在が現れたの)


(唯一神……)


 そう言えば、あのラーヴァナもそんな事を言っていた。



(唯一神は巧みに人間の心理を誘導し、やがて地球での『覇権』を握るに至ったわ。力を失った土着の神々は、神話の中だけの存在として人々の信仰を喪っていったの)


(…………)


(人々の信仰を拠り所としていた神々は力を失って消滅し、元々信仰の対象とは言えなかった悪神達だけが残る結果となった)



(悪神……。それがあいつらなんですね?)



(ええ。世界各地の神話に残る邪悪な神々達よ。勿論『邪悪』とされたのは、当時の主神達に逆らったり、敗れたりしたせいなんだけど……。そのお陰で消滅を免れたのは、まさに皮肉としか言いようがないわね)


(…………)



(彼らの個々の望みは勿論異なるけど、それを叶える為にやろうとしている事は同じよ。だから手を組んだのでしょうけど)


(やろうとしている事……)


(再び人間達の畏怖と信仰を集めて、かつての栄華を取り戻す事よ。しかもかつて彼らを蹴落とした主神達はもういない。事が成った暁には、まさに彼らの天下となるでしょうね)


(……!)


(でもその為には地球で絶大な勢力を保つ唯一神を何とかしなくてはならない。その力を集める為に彼らは、異世界……このイシュタールに目を付けたの。ここなら唯一神の目を逃れて力を集める事が出来る)



(あのラーヴァナという奴は、『エナジー』を集めるのが目的だと言っていました。『エナジー』というのが、その『力』なんでしょうか?)


(……私にも彼らが具体的に、どういう手段でそのエナジーを集めているのかは解らないわ。ただ、彼らが魔素によって変貌させた男達……進化種が女性に対して「何か」をする事で、エナジーの入手に繋がっているらしいの)


(何か……?)


(具体的には解らないわ。とにかくそれによって生じる進化種達の暗い喜びの感情と、女性達の苦しみや絶望の感情をエナジーに変換しているみたいなの)



 女性達の苦痛や絶望を伴う何か……。禄でもない事なのは間違いないだろう。



(自分の担当・・している種族がより多くの女性を手に入れる事で、その神はより多くのエナジーを集められる……。彼らはこのイシュタールで、そんな『陣取りゲーム』に興じているのよ……!)


(フォーティア様……)



 侵攻された挙句、好き勝手に振る舞われる事への怒りがその声から滲み出る。いや、それは或いは無力な自らへの怒りでもあったか。

 舜がその気持ちをおもんぱかって何も言えずにいると、フォーティアの方で気を取り直すような気配があった。



(ごめんなさい、見苦しい所を見せたわね。……おほん! 聞きたい事は以上かしら?)


(え、ええ……当面は)


(そう……。なら私の方も丁度頼みたい事があったのよ。『神託』を使うつもりだったけど、あなたにこの場で直接伝えられるなら、その方が確実ね)


(頼みたい事、ですか?)


(ええ。新たな要石の所在が解ったの)


(……!)


(場所はオケアノス王国……。そしてその要石は、私の妹の1人、節制の女神テンパランシアを封印している要石でもあるわ)



 こうして新たな遠征への布石が投じられたのであった……

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