第81話 リンチ

「はぁ! はぁ! ふぅ! はぁ……!」


 苦し気に荒い息を吐くレベッカ。肩口に受けたダメージも馬鹿にならない。思わず片膝を着いてしまう。だがそこに容赦なく掛かる銀蟻人の声。


「……中々ヤルナ。予想外ダッタゾ。デハ次ノ相手ダ」


 次に進み出てきたは飛蝗ばった人だ。以前戦ったものとは違い、全身が青っぽい体色だ。〈商人〉のようだ。


「ぐ……う……くそ……!」


 両足を踏ん張って何とか立ち上がるレベッカ。青蝗人が容赦なく迫る。既にかなりの体力を消耗し、ダメージも受けている。それを見越して青蝗人は最初から接近戦を挑んできた。その両手には長めの槍が握られている。


 青蝗人が鋭い一閃突きを放ってくる。速度だけならロアンナ以上だ。咄嗟に槍の穂先を盾で薙ぎ払おうとしたレベッカは、左肩の激痛に顔を顰める。その為タイミングが合わずに、後方へ飛び退って回避する。

 敵は槍を高速で振り回し、連続突きを仕掛けてくる。レベッカは苦痛を堪えながら、盾と剣を使って辛うじて捌いていく。しかし反撃の糸口が掴めないまま、防戦一方となってしまう。


「シャアアァァァッ!」


 青蝗人が槍を地面に突き刺し、柄を思い切り撓らせるとその反動を利用して、身体ごと両足の飛び蹴りを放ってきた。


「なっ……!」


 予想外に大胆な攻撃に虚を突かれ、受け流しが間に合わず、盾でまともに受けてしまう。


「がふっ……!」


 凄まじい衝撃で身体ごと大きくふっ飛ばされるレベッカ。仰向けに倒れこむが、そこに間髪入れず追い縋ってきた青蝗人の槍が突き入れられる。


「っぁ!」

 横に転がって避けるが、青蝗人の槍は執拗に追撃してくる。体勢を立て直す暇さえ与えられない。何度も転がり回りながらようやく立ち上がる事が出来たが、激しく息切れし、身体中汗と打ち身だらけの酷い有様であった。足元も疲労でふらついている。



(くそ……。まだだ。まだやれる! 何とか奴の隙を窺うんだ……!)



 だがそんなレベッカの決意を嘲笑うように、銀蟻人からの非情な宣言。



「時間切レダ。次、入ルゾ」

「な……」



 防戦一方で気にしている余裕が無かったが、いつの間にかかなりの時間が経っていたらしい。容赦なく新たな変異体が乱入してくる。真緑の体色をした不気味な蟻人だ。両手の指を解しながら、首を回しつつ歩いてくる。素手で戦う気のようだ。どうやら〈職人〉らしい。


 驚愕したレベッカが思わずそちらに視線を向けていると、正面に立つ青蝗人が槍を突き出してくる。


「! く……」


 慌てて槍を回避するレベッカだが、飛び退った先には既に緑蟻人の姿が――! 瞬間移動の如き速さで、いつの間にか彼女の後ろに回り込んでいたのだ。緑蟻人が掌底を叩きつけてくる。目にも止まらぬスピードで放たれた掌底は、レベッカの腹にクリーンヒットした。


「ぐふっ……」


 身体がくの字に折れ曲がり、その姿勢のまま吹っ飛んだレベッカは、再び地面を嘗めた。腹部の苦痛でえずき、すぐには起き上がれないレベッカ。そんな彼女の姿に堪りかねたミリアリア達が駆け寄ろうとすると、銀蟻人から警告が飛ぶ。



「動クナ。オ前達ガ加勢シタラ、コチラモ周リノ連中ヲ一気二ケシカケルゾ?」

「……ッ!」



 その言葉に動きが止まる隊員達。周りを取り囲む大量の〈市民〉とその眷属達。この連中が押し寄せたら、それこそあっという間に押し潰されて終わりだ。



「下が、れ、ミリアリア……! 言っただろう。お前達では、犬死するだけだ、と……」


「た、隊長……」



 今の騒動の隙に何とか身を起こしたレベッカが、息を切らしながらもそう警告する姿に、ミリアリアを始めとした隊員達は涙を流してしまう。


 緑蟻人が踏み込んで回し蹴りを放つ。辛うじて屈み込んで回避するレベッカだが、そこに青蝗人が槍が迫る。屈み込んだ姿勢のまま横っ飛びに躱すが、躱した先には既に緑蟻人が回り込んでいた。


「……ッ!!」

 足元の石を蹴るような動作で、緑蟻人の蹴りが叩き込まれる。


「がっ……!」


 まともに喰らい再び吹っ飛ぶレベッカ。ゴロゴロと転がった先で仰向けに倒れ込む。ダメージは大きい。辛うじて剣と盾は手放していないものの、大の字に倒れた姿勢から中々起き上がれない。2人の変異体は嬲るように、わざとゆっくりと近付いてくる。



(くそ……動け、動け! 動けぇぇっ!)



 疲労と痛みで悲鳴を上げる身体を強引に押さえ込み、無理矢理にでも立ち上がる。だが足はガクガクと震え、立っている事も覚束ない。そこに更なるダメ押し……レベッカにとっては死の宣告が告げられた。



「……時間ダ。モウ1人増エルゾ」



 銀蟻人の言葉と共に進み出てきたのは、真っ白い体色のはち人。背中に付いている透明の翅を広げると、高速で羽ばたき空中に浮かび上がった。



「な……」



 それを見ていた戦士隊の誰かから呆然とした声が上がる。基本的に〈市民〉には例え翅が付いていても、飛行能力はない。単純に身体が重すぎるのだ。それを可能にするには、翅の揚力を補助する別の「何か」が必要だ。それが即ち魔力である。通常の〈市民〉の魔力では揚力の補助には足りない。だとするならこの蜂人は――



 飛び上がった白蜂人の両手に、それぞれ火球が発生する。〈僧侶〉だ。

 一方の手から火球が放たれる。


「く……!」


 ふらつきながらも回避するレベッカだが、そこに青蝗人の槍が突き込まれる。奇跡的に成功したバッシュによって槍を弾かれた青蝗人が体勢を崩す。その隙を逃さず全ての力を振り絞って攻撃に転じるレベッカだが、背後に強烈な殺気。咄嗟に身を屈めたレベッカの頭上を、緑蟻人のハイキックが唸りを上げて通り過ぎる。その間に青蝗人は体勢を立て直してしまう。


「くそっ!」


 歯噛みするレベッカ。そこに上空の白蜂人から再度の火球が撃ち込まれる。やはり回避する事しか出来ない。そしてやはり回避の隙を狙われる。


「ッ! しまった……!」


 後ろに回り込んだ緑蟻人によって羽交い絞めにされてしまう。こうなると膂力の差から脱出はほぼ不可能だ。



「くそっ! 離せ! 離せぇっ!」



 必死に暴れるレベッカだが、緑蟻人は微動だにしない。そこに正面の青蝗人が石突きの部分を、レベッカの鳩尾みぞおちに叩き込む。


「げふぅっ!」


 空気が漏れるような苦鳴がレベッカの口からこぼれ落ちる。緑蟻人が手を離す。拘束を解かれたレベッカだが、そのまま腹を押さえるようにして、両膝を地面に着いて崩れ落ちてしまう。


「がっ……は……!」


(く、くそ……身体が、動かん。もう……)


 倒れ込んだ身体を必死に動かして起き上がろうとするが、全く言う事を聞かなかった。






「ククク……マア女二シテハ良ク頑張ッタ方ダガ……勝負アッタナ」


 そして銀蟻人から告げられる冷徹な事実。レベッカは敗北したのだ。隊員達から悲鳴が上がる。そんな中、ヴァローナは1人諦観の表情で剣を放り出すと、その場に座り込む。その姿にミリアリアが戸惑う。


「……ヴァローナ?」


「やめやめ。もうどうにもならないでしょ、コレ? あがくだけ無駄だし、あんた達も早く剣を置いたら?」


「……!」


 ミリアリアは絶句する。そのやり取りを見ていた他の隊員達の中からも、ヴァローナに同調する者が出始める。次々と放り出されていく剣。ミリアリアの顔色は、血の気が引いて真っ青になっていた。


「あ、あなた達……!」


「ククク、情ケナイ奴等ダ。ダガ正シイ判断デモアル。無駄ナ抵抗ハヤメテ降伏スルガイイ。ソウスレバオ互イニ手間ガ少ナクテ済ム」


 銀蟻人の嘲笑。ミリアリアはそれを聞いて激昂する。


「ふ、ふざけるな! 例え私一人でも、お前達にむざむざ降伏など絶対にしないっ!」


「ホウ……」


 何故か銀蟻人が興味深そうな様子になる。



「クク、決メタゾ。オ前ダケ帰シテヤル・・・・・・・・・



「…………え?」



 何を言われたのか解らない、といった風情のミリアリア。銀蟻人が更に言い募る。


「屈辱ダロウ? 最後マデ抗戦ヲ主張シタ自分ダケガ、オ情ケデ・・・・見逃サレルト言ウノハ?」


「き、貴様……ふざけるなぁっ!」


 相手の言っている事が徐々に理解できると共に、その表情は憤怒に彩られる。激情の赴くままに捨て身で特攻を掛けるミリアリア。狙うは憎き銀蟻人の首だけだ。だが……



「か……あっ……!?」



 途轍もない頭痛に見舞われたかのように、ミリアリアが頭を抱えてうずくまる。まるで頭を万力で締め付けられているかのような苦痛が間断なく彼女を襲う。


「ククク、血気盛ンナ事ダ……。増々情ケ・・ヲ掛ケテヤリタクナル」


 詳細は解らないが、目の前の銀蟻人――〈役人〉の能力のようだ。謎の力であっさりと無力化されるミリアリア。


「クク、サテ、ソレデハ『仕事』ニ取リ掛カルトスルカ。活キノイイ女奴隷ガ46人・・・……。上々ノ成果ダ。シカモ次カラハ奪イ放題ダ」


 銀蟻人の合図と共に、周囲を取り囲む〈市民〉と眷属達の包囲が狭まる。絶望の足音がどんどん大きくなってくる。

 倒れ伏し、未だダメージから回復できないレベッカは、為す術もなくそれを見ているしか出来ない。



(ああ、私は……何と無力なのだ……。済まない、リズ、ロアンナ……。シュン……もう一度、お前に……)



 そして…………蹂躙が始まった。

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