第82話 微かな希望
王都イナンナにある、大神殿の執務室……。そこに4人の女性が集っていた。
神官長のリズベットの他、莱香、クリスタ、そしてもう1人……黒髪の女戦士ミリアリアだ。
戦士隊が『全滅』したらしいというのは、リズベットの索敵によってかなり早い段階で判明していた。リズベットは顔を真っ青にして、その場で倒れてしまった。他の神官達に療養室に担ぎ込まれ、つい先程ようやく復帰したのであった。
報せを受けた莱香とクリスタもその日の訓練を中断して、リズベットの元に駆け付けていた。しかしまだリズベットの目が覚めないとの事で、一旦戻る事となった。不安気な表情で寄り添う2人。
「ク、クリスタさん。何かの間違いですよね? そんな……戦士隊が、レベッカさん達が全滅したなんて……」
否定して欲しくて言った言葉だが、残念ながらクリスタは首を横に振った。
「流石に冗談であんな事は言わないでしょう。リズベットさんの索敵の精度も確かなようだし……全滅は事実と思っておいた方がいいわ」
「そ、そんな……」
莱香は絶句する。舜が
(駄目……駄目よ! そんな事絶対にさせない! 舜は……舜の居場所は絶対に守らなきゃ! 絶対に!)
莱香は悲壮な決意に身を固める。クリスタはそんな莱香を心配そうに見やっている。そうしてまんじりともしない時間が一日程過ぎた頃……1人の人物が王都に「帰還」した。
「ミリアリアさんっ!?」
数人の神官や衛兵達と共に、莱香達も報せを受けて再び神殿まで出向いていた。果たしてそこには、悄然とした様子で俯くミリアリアの姿があった。
「ライカ殿、クリスタ殿……。す、済まない……こんな事になろうとは。全て我々の力不足と認識不足が原因です。一切の弁明はしません……」
「ミリアリアさん……」
その余りに打ちひしがれた様子に、莱香は何も言えずに固まってしまう。だがクリスタは敢えて踏み込んだ。
「弁明など必要ありません。必要なのは真実です。力不足なのは最初から解っていた事。それを前提に作戦を立てていた筈です。今、認識不足と仰いましたか? 何があったのか話して頂けますね?」
ショックで今にも消え入りそうなミリアリアに対して、容赦なく追求するクリスタ。莱香は一瞬驚いたものの、現状を思い出して考え直す。確かに今はどんな情報でも欲しい。この国を、そして舜も守る為にも……。
「ッ! は、はい……。奴等は、卑怯にも『人質』を用意していたのです……」
「……!」
そしてミリアリアの口から、一部始終を聞いた莱香達。クリスタが厳しい表情になる。
「……なるほど、話は解りました。認識不足だったのは私も同様です。進化種の王国の内情を知っていながら、この事態を予測出来ませんでした。申し訳ありませんでした」
「そ、そんな、クリスタ殿……」
頭を下げられ、ミリアリアの方が恐縮してしまう。彼女が少し落ち着いたのを見計らって、クリスタは自らの懸念を伝える。
「……しかし話を聞く限り、ラークシャサ王国の〈王〉はかなりの策士のようですね」
「策士って言うんですかこれ? ただ卑怯で卑劣なだけじゃないですか……」
莱香が疑問を呈する。ミリアリアから聞かされた話は、はっきり言って胸糞が悪くなるような内容だった。人質で脅した挙句、レベッカを寄ってたかって嬲るような所業……。反発心が沸き起こるのは当然だ。
「ええ、その点は否定しないわ。ただレベッカさんに対する仕打ちは、現場指揮官の独断だったようね。それを除いて考えれば、普通ならあれだけの圧倒的な戦力差があるなら、まず力押しで蹂躙しようとする筈よ。わざわざ
「そ、それは……やはりシュン殿を、〈御使い〉を警戒していたのでは……?」
今度はミリアリアが口を挟んでくる。だがクリスタはかぶりを振る。
「それは無いですね。 以前シュン様が語っていた所によると、各国の〈王〉の背後には正体不明の邪神が付いているとの事。シュン様が倒れた事は知られていると見ていいでしょう。だからこそ『侵攻』してきたのだと思います」
「……!」
「それを前提に考えると、やはり最初から『人質』を連れていたのは、〈王〉が初めからこちらの作戦を看破していたからとしか思えないのよ。でも反面部下が勝手にレベッカさんを嬲ったり、ミリアリアさんを逃がしたり……。もしかすると策を弄する〈王〉を、部下達は余り敬っていない可能性もあるわね」
「…………」
莱香は勿論、ミリアリアも目を瞠ってた。今のミリアリアの短い説明だけで、そのような所まで考察してしまえるとは……。
(……もしかしてクリスタさんって、かなり頭がいい?)
美人で優しくて強くて、更に頭もいい……。何となく女としての劣等感を感じてしまう莱香であった。
そんな中、リズベットを診ていた神官から、彼女が目を覚ました事を伝えられる。準備が出来次第向かうので、先に執務室で待っていて欲しいとの事であった。何か重要な話があるらしい。
言われた通り執務室に向かう一行。そこで待つ事しばし……
「……皆さん、お待たせしてしまいましたね。もう大丈夫です。ご迷惑をお掛けしましたわ」
扉が開き、リズベットが姿を現した。多少疲れの残る顔をしているが、特に不調ではなさそうだ。
「リ、リズベット様……! も、申し訳ありませんでした! むざむざ敵の術中に嵌り壊滅を喫した挙句、私だけが生き恥を……!」
開口一番、椅子から飛び出したミリアリアが、リズベットの前で深々と頭を下げる。
「顔を上げなさい、ミリア。これは避けられない事態でした。誰の責任でもありません。それに『生き恥』などと言ってはいけませんわ。レベッカ達は死んだ訳ではないのですから」
「し、しかし……」
進化種に捕まった者は救出は不可能であり、「死」と同義である、というのはクィンダム発足以降の不文律であった筈だ。
「確かに今まではそうでした。でも今は違います。私達には、シュン様が付いているのですから」
「シュ、シュン殿? しかし、それこそ今は……」
ミリアリアが言葉を濁す。莱香は現在、王城の一室に『安置』されている舜に思いを馳せた。神術や薬など、あらゆる治療法も効果が無く、まるで時が止まったかのように眠り続けている舜。回復する事はないが、さりとて悪化する訳でもない。「あの時」から全く変わらない状態で、そして決して目覚める事はない……。『封印』という言葉が莱香の頭に浮かんだ。
「……その事についてお話があります。とりあえず座りましょうか、ミリア?」
「あ……は、はい」
低いテーブルを挟んで向かい合う形で、改めて席に着く4人の女性。リズベットが口火を切った。
「実は寝ている間に、フォーティア様から新たな『神託』を賜ったのです」
「神託?」
莱香の疑問の声。この世界の女神の1柱であるフォーティア神より、リズベットが賜る啓示の総称である。神力だけでなく信仰も関係しているらしく、この国では『神託』を受け取る事が出来るのは現在の所リズベットだけらしい。
「
「神酒? あの、伝説の……?」
そう答えたのはクリスタだ。酒という名が付いてはいるが、神の力が込められた泉に湧く水の事であり、それを飲めばあらゆる不調や病が取り除かれると言い伝えられているらしい。
「でも……あくまで言い伝え、伝説の類よ? 正直言って実在するとは……」
しかしクリスタの説明にリズベットがかぶりを振る。
「フォーティア様からお告げがあったのです。神酒を手に入れろ、神酒だけがシュン様を治す事が出来る、と」
「な、何と……それで、神酒はどこにあると……?」
クリスタの質問にリズベットの表情が曇る。
「それが……東の海の島にあるとしか……」
「ひ、東の海……オケアノス王国じゃないですか!?」
ミリアリアが驚いたように言うと、クリスタも同意する。
「しかもあそこには大小数百からなる島々がある筈ですが、目星は付いているのですか?」
「い、いえ、その……もし皆さんに心当たりがあれば、と……」
リズベットも歯切れが悪い。心当たりがあるなら、このように聞いてはこないだろう。勿論この世界に来て間もない莱香に解るはずもない。いきなり行き詰った状況に、部屋に重苦しい沈黙が流れる。
――コンッ、コンッ
と、その時部屋の扉がノックされ、入室の許可を待たずに扉が開かれた。
「……相変わらず杜撰な女神様よねぇ。部屋の外まで聞こえてたわよ? 神の泉だっけ? それっぽい島なら心当たりがあるけど、案内は必要かしら?」
そう言って入ってきたのは、鍛えられた褐色の肉体に革ビキニを纏った赤髪の女狩人……ロアンナ・ウィンリィであった。
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