第80話 処刑試合
「く……」
レベッカが小さく唸る。逃げ場も完全に失われた。元より逃げる事は禁じられていたのだが、視覚的な効果というものは馬鹿にならない。隊員達から絶望の呻きや、すすり泣きなどが漏れる。
不気味な「包囲」がしばらく続き、女戦士達の神経を存分に擦り減らした所で、正面に陣取る残りの〈市民〉と変異体達の後ろから、1人の進化種が進み出てきた。
それは白……ではなく、銀色に輝く金属のような光沢を帯びた甲殻を持つ蟻人だった。今までに見た事もない体色の蟻人だ。つまりはこいつが――――
「フフフ、愚カダナ。愚カナ女達ダ……」
肉声だが、先の念話と同じ声……。こいつが〈役人〉だ。
「コノ奴隷達ヲ見捨テラレズニ、結果トシテ、クィンダム二住マウ全テノ女達ヲ危険二晒スカ。ツクヅク滑稽ナ博愛主義者ドモダヨ、オ前達ハ」
「……ッ!」
その嘲笑に、レベッカが憤怒に双眸を燃え立たせる。だが……言い返す事はできない。銀蟻人が言っている事は事実だ。レベッカは自分自身の甘さと覚悟の無さを激しく憎悪した。
「サテ、ソンナ愚カナオ前達ニ提案ガアル」
「……何だと?」
意外な言葉にレベッカは目を剥く。てっきり問答無用で蹂躙されると覚悟していたのだ。
「〈王〉カラ人質ヲ渡サレテノ作戦ダッタ訳ダガ、確カニ作戦自体ハ上手ク行ッタ。〈王〉ノ慧眼ハ素直ニ賞賛シヨウ。ダガ正直我ラハ物足リヌノダ。特ニコ奴等ハ、ナ……」
銀蟻人が顎をしゃくって示した先には、8人の変異体の姿がある。
「コノママオ前達ヲ殲滅スルノハ、赤子ノ手ヲ捻ルヨリ容易イ事。ダガソレデハ面白クナイ。ダカラオ前達ニ、チャンスヲヤロウデハナイカ」
「チャンス、だと……?」
銀蟻人が何を言いたいのか解らず戸惑うレベッカ。銀蟻人がそんな彼女を指差す。
「オ前。オ前ノ事ハ知ッテイルゾ。何デモ『クィンダム最強ノ戦士』ダソウダナ?」
「……!」
仮にもこの7年、クィンダムを守る為に戦い続けてきたのだ。顔が知られている位はあると思っていたので、そこまで驚きはない。だが銀蟻人の「最強の戦士」という言葉の中に、隠しきれない嘲弄が混じっているのを感じ取って、レベッカは目を険しくする。
「だとしたら……何だと言うのだ!?」
「何、簡単ナ事ダ。オ前ニハ今カラ、コ奴等ト戦ッテモラウ。オ前一人デナ」
「なっ……」
銀蟻人は再び8人の変異体の方を見やる。するとその8人が前に進み出てくる。
「モシオ前ガ、コ奴等ヲ全員倒セタラ、コノ場ハオ前達ノ勝チダ。我々ハ速ヤカニ退却シ、一旦出直ス事ニナルダロウ。悪イ話デハアルマイ?」
場合によっては一対一でも厳しい相手を8人も? それは即ち只の処刑試合だ。だがレベッカは即断していた。
「……いいだろう。受けて立ってやる。だが今の言葉忘れるなよ?」
隊長の決断に、隊員達が驚愕して目を剥く。
「た、隊長!? いくら隊長でも無茶ですよ! それにあいつらが約束なんて守る訳が……!」
ヴァローナの焦ったような声に、落ち着いた声を返す。
「だろうな……。だが少なくともこのままでは、奴の言う通りただ蹂躙されて終わりだ。無茶だろうと何だろうと、それに賭けるしかないだろう?」
「た、隊長……」
ヴァローナはそれ以上何も言えずに黙り込んでしまう。そこにミリアリアが割り込んでくる。
「隊長! 私も戦います! 捨て身で掛かれば1人くらいは……!」
「駄目だ。奴は私一人で、と言ったんだ。前提条件を覆せば、奴に約束を守らない口実を与えるだけだぞ。それに……例え捨て身で掛かっても、恐らくは犬死するだけだ」
「……ッ!」
残酷な真実を突きつけられ、ミリアリアもまた何も言えなくなってしまう。
「た、隊長……!」
隊員達の動揺する声を振り切って、レベッカは前に進み出た。そして剣と盾を構え、戦闘態勢を取る。
「さあ、待たせたな。私の方はいつでも良いぞ?」
「ククク、イイ覚悟ダ。デハ『ルール』ヲ説明シヨウ。
「……!!」
つまり最初の1人を時間内に倒せなければ二対一となってしまい、一気に不利になるという訳だ。そしてそのまま相手の数を減らせなければ、3人、4人とどんどん敵が増えていく……。
「時間内二相手ヲ倒セタ場合ハ、即座二次ノ相手ト戦ッテモラウ。休憩ハ一切ナシダ。楽シソウナルールダロウ?」
「……下種共め」
レベッカが歯噛みする。連中の言う楽しみは戦う事ではなく、ただレベッカを苦しめて楽しむ事なのは明白だ。だがそれでも、受けるしか選択肢は無かった。
「ククク……精々我々ヲ楽シマセテクレヨ?」
銀蟻人の合図と共に、1人の変異体が進み出てくる。赤い外殻の蟻人。〈商人〉だ。〈節足種〉の変異体としてはポピュラーな種類だが、ポピュラー=弱い、ではない。レベッカは油断なく相手を見据える。
赤蟻人の触腕から光球の魔法が放たれる。レベッカは咄嗟に回避しようとして……後ろに固まっている隊員達がいるのを思い出した。
「ぐぅ……!」
足を踏ん張り、盾と障壁で魔法を受け止める! 破裂した光球から発生した衝撃波で身体が揺れる。辛うじて耐え抜き目を開いたレベッカは、赤蟻人が既に次の魔法――火球を準備しているのが目に入った。このままではマズい。
裂帛の気合と共に、赤蟻人に向かって一直線に駆けだす。途中で火球が飛んできたが、後ろの隊員達と距離が開いた為、今度は火球の下を潜り抜けるようにして前転しながら回避する。そのまま勢いを殺さず赤蟻人に肉薄。
「――シュッ!!」
剣を突き出す。しかし相手の盾に弾かれる。赤蟻人の両手にはいつの間にか剣と盾が握られていた。レベッカと近い戦闘スタイルのようだ。そのまま剣と盾を使った攻防の応酬となる。相手が振り下ろしてくる剣を盾で殴り付けて逸らす。その隙に剣を突き入れようとすると、赤蟻人も負けじと盾によるバッシュを繰り出してくる。
「……!」
敵の持つ盾はレベッカの小盾よりも大きく武骨な形をしている。進化種の膂力と組み合わさって、そのバッシュだけで人が殺せそうな勢いだ。レベッカは飛び退って躱す。間髪入れず赤蟻人が追撃してくる。
「く……!」
斜め下からの斬り上げを、身を逸らして躱す。すかさず盾による殴り付けが襲ってくる。身を屈めるようにしてそれを躱すと、相手の懐に潜り込み、至近距離から剣を突き入れる。だが上手く外殻で受け止められてしまう。
「くそっ!」
思わず毒づくが、赤蟻人はお構いなしに剣を振り下ろしてくる。素早く横っ飛びに躱すレベッカ。そこに畳みかけるような赤蟻人の追撃が降ってくる。レベッカはひたすら地面を転がりながら回避を続ける。
一瞬の隙を突いて足首に斬撃を繰り出して、相手の動きが僅かに止まった瞬間に、素早く起き上がって距離を取る。
「はぁ……はぁ……ふぅ……!」
既に息は上がって、身体も汗ばんでいる。ビキニアーマーからむき出しの肉体に、進化種達の嘗める様な視線が這わされているのを感じる。不快感と同時に焦りが強くなる。
「ククク、ホラホラドウシタ? モウ時間ガ無イゾ?」
そんな彼女の焦りを見抜いたかのように、銀蟻人が煽ってくる。
(くそ……! 何とかこちらから攻めねば……!)
焦りは彼女の動きから精彩を奪う。相手の喉元を狙った一撃は軌道を完全に読まれており、突き出した剣先に強烈なシールドバッシュを当てられてしまう。
「しまっ……!?」
後悔した時にはもう遅い。大きく身体を開いてたたらを踏んだレベッカに、2本の触腕が鞭のように
「がはっ!」
痛打を受けて吹き飛ばされるレベッカ。隊員達から悲鳴が上がる。苦痛を堪えて何とか身を起こすと、既に目の前に剣を振りかぶる赤蟻人がいた。
「くっ! うおおぉぉぉっ!」
「ッ!?」
回避行動を取らずに、敢えて前に出るレベッカ。その動きを予測していなかった赤蟻人は一瞬動揺するが、振り下ろした剣は止まらない。レベッカの肩口に剣が斬り付けられる!
「ぬぅうあぁぁぁっ!」
障壁を全開にして強引に斬撃を受け止める。激痛が走るが、何とか切り裂かれる事は防げた。苦痛を飲み込み強引に肉薄したレベッカは、殆ど密着するような距離で剣を赤蟻人の喉元に突き刺した!
「ギィエェェェェッ!?」
突き刺した剣から神気を流し込まれた赤蟻人が、自らの喉を掻き毟りながら倒れた。すぐに泡を吹いて動かなくなった。だが……敵はまだ7人残っている。
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