第67話 新たな仲間

「……正直驚きました。一口に進化種といっても、皆が話の通じない邪悪な怪物という訳ではなかったんですね……」


 ヴォルフが去っていった方角を見ながら、舜がしみじみと呟いた。クリスタが頷く。


「はい。あの方は本当に進化種とは思えない程、気高く高潔なお方です。……しかし残念ながらあの方のような人物は、このバフタン王国だけでなく進化種全体を見ても、極めて少数派なのが現状です」


「そう……よね。私を攫おうとしたあの〈貴族〉もすごく怖かったし……。あーあ。ヴォルフ様のような人がもっと沢山いてくれれば、この世界ももう少し平和になると思うんだけどな……」



 莱香もクリスタに同意する。だがそこに暗い声が掛かる。



「……進化種など信用できるものか。外面だけいくら取り繕おうが、奴等の中身は欲望に支配された怪物だ!」


 レベッカだ。常日頃の彼女からは考えられないような暗い声と瞳であった。リズベットとロアンナは驚いたように彼女を見る。


「レ、レベッカ……」「ちょ、ちょっと、やめなさいよ。今は……」


「うるさいっ! お前達は何とも思わんのか!? 私達は今まで奴等にどんな目に遭わされてきた!? どれだけの民が、仲間が奴等の犠牲になった!? 奴等など例外なく、ただの邪悪な怪物だ! その女達はあの〈貴族〉に騙されているだけだっ!」


「レベッカさん……」


 レベッカ達が積み重ねてきた年月と体験は、舜には想像すら出来ない。いきなり進化種にも実はいい人がいるんです、と言われても到底受け入れられる話ではないのかも知れない。少なくともつい最近この世界に来たばかりの舜には、そう安易な事は言えなかった。


 それは莱香にしても同様で、困ったように舜の方を見ていた。するとレベッカの前に進み出る女性が1人……クリスタだ。


「……あなたの言っている事と、ヴォルフ様個人の資質とは何ら関連性がありません。論点のすり替えはやめて頂けますか?」


「な、何だと!?」


「あなたはただ単に、ヴォルフ様に手も足も出ずに敗北した憤りを、信用だの邪悪だのの話にすり替えて、あの方を貶めようとしているだけです」


「……!!」


「そもそもヴォルフ様が、本当にあなたの言う『邪悪な怪物』であったなら、今頃あなた達はただの死体に変わっている筈ですが?」



 それは確かにその通りだ。ヴォルフが最初からこちらを殺す気だったなら、レベッカ達は勿論、舜も男に戻る事さえ出来ずに殺されていただろう。



「!! くっ、だ、だまれ! 進化種に洗脳された女の言葉など聞くに値せん! 本当は奴等の間者なのだろう!? わ、私の目は誤魔化せんぞっ!」


 それを聞いたクリスタが、呆れたような表情の後、プッと小さく吹き出した。レベッカが増々顔を赤くする。



「な、何がおかしい!?」



「ああ、ごめんなさい。あなたの自意識過剰ぶりが可笑しくて……。一体今のあなた方のどこに、進化種がわざわざこんな手の込んだ芝居をしてまで間者を送り込むような脅威が存在すると言うのですか?」


「ッ!! う……ぐ、そ、それは……だ、だが、シュンがいるだろうっ!?」


 クリスタだけでなく、舜本人も、そしてリズベットもロアンナも……今やレベッカ以外の全員が呆れたように彼女を見ていた。



「……それを言っちゃお終いでしょう……」



 ロアンナが額を押さえて、天を仰ぐ。


「はあ……確かにシュン様『個人』は脅威かも知れませんね。でも私がシュン様の何を探ればいいんです? シュン様のお力は既にヴォルフ様自身が誰よりも詳細に実感していらっしゃいます。シュン様のお食事の好みや、苦手な物でも探ればいいんでしょうか?」


「ぐぬぅ……!」


 レベッカの顔は今や熟したトマトのように真っ赤だ。この世界にトマトがあるのかは知らないが……。




「……レベッカ。認めなさい。あなたの負けよ」

「ロ、ロアンナ……だ、だが!」


「あの時も言ったでしょう? 相手が強いからって、自分達が弱いからって、ただ腐ってても何も解決しないって……」

「……!」


「ええ、ロアンナの言う通りです。私達は私達に出来る事を、出来る範囲でやっていくだけです。勿論現状に甘んじるという意味ではありませんよ? 私も今回はより自らの力不足を痛感致しました。この経験は無駄にしないつもりです」

「リズ……」


「あなたはまたここで、後ろ向きの感情に囚われて立ち止まるつもりなのですか、レベッカ?」

「……ッ!」



 レベッカは仲間達の言葉に、赤くなったり青くなったりを繰り返していたが、やがて一度グッと目を瞑ると、「ふぅぅぅっ……」と、大きく息を吐き出した。そしてゆっくりと目を開く。



「……済まなかった、クリスタ殿。確かにお主の言う通り、私は負けた悔しさを憎しみにすり替えていただけだった。あの男……ヴォルフが進化種に似合わぬ高潔な男であった事は認めよう……。だから、お主の事も……信用する」


 途切れ途切れではあるが、はっきりとそう口にするレベッカ。クリスタは少し驚いたように目を見開く。


「! ……こちらこそ、不躾な態度をお詫び致します。申し訳ありませんでした」


「いや……お陰で冷静になる事が出来た。あのままでは何を口走っていたか解らん」


「ふふ、ありがとうございます。これからお世話になります。クリスタ・ブリジットです。改めて宜しくお願いします」


「あ……う、うむ。クィンダムの戦士長、レベッカ・シェリダンだ。宜しく頼む……」




 それぞれの知り合いが険悪になっている様を、ハラハラしながら見ていた舜と莱香だったが、無事和解できたようで、あからさまにホッとしていた。そのままなし崩しに自己紹介の流れになった。

 因みにクリスタが、かつてタルッカ女王国に巣食っていた暗殺者ギルドに育てられていたという事を知ると、莱香以外の皆が目を丸くしていたのは余談である。幸か不幸か「実戦投入」の前に破滅の日カタストロフが到来した為、実際に暗殺任務の経験は無いそうである。



「進化種の内情についても、私が知る限りの事は話してよいとヴォルフ様も許可されています。そういう意味でも皆様のお役に立てる事もあるかと思います」


 今までにもロアンナが奴隷を救出した事はあるが、その全てが街の「共有奴隷」であった為、そう大した情報を持っている訳ではなかった。〈貴族〉が個人的に所有し、かつそれなりの教育を受けている奴隷、というのはクリスタが初めてであった。


「……色々と興味深いお話が聞けそうですわね」


 リズベットが神妙な表情になる。今まで厚いヴェールに包まれていた進化種の内情が、ある程度とはいえ判明するのだ。否が応にも期待は高まるという物だ。




 一通り自己紹介が済んだ所で、莱香がちょっと悪戯っぽい声を上げる。


「ふふふ……それにしても舜ってそんな趣味・・・・・があったんだ? ちょっと複雑だけど、結構似合ってるわよね。……私も何だかいけない嗜好に目覚めちゃいそうだわ」



「え? …………あっ! こ、これは、その……」



 言われて舜は、今の自分の格好に思い至った。


 女体化していた時に、神術の効率を重視した結果着用していた衣装……即ち革製の小さな胸当て、肩当てと腰当て、それに腕当てや脛当てに素足の露出したサンダルのみで、他に衣類の類いを一切着ていないのだ。


 普通に考えて男が着用する衣装ではない。髪が伸びている事もあり、莱香の言う通り客観的に見てかなり似合っていたが、そういう問題ではない。なまじ胸当てなど着けているせいで下手な裸よりも煽情的と言えるかもしれない。


 今まではヴォルフとの戦いなどで気を張っていたので、すっかり失念していたのだ。莱香に指摘されて自覚した事で、急速に羞恥心が湧き上がってきた。




「が、外套! 外套は……!?」



 舜は慌てて辺りを見渡すが、脱ぎ捨てた外套はとうの昔に、時折吹く風と戦闘の余波で何処かに吹き飛んでいた。舜は青ざめる。


「ぷっ! ふふふ! ざ、残念だったわね、シュン? でもその子の言う通りよく似合ってるんだから、堂々としていなさいよ!」


 ロアンナが面白がって囃し立てる。レベッカとリズベットは、舜と同じで改めてその格好に目が行ったようで、再びちょっと赤面して目を逸らしてしまう。クリスタもどちらかと言うと赤面組だ。面白がっているのは莱香とロアンナの2人だけだったが、赤面組の反応もそれはそれで舜の羞耻心をあぶるのに一役買っていた。



「う、うう……! あ、あんまり見ないで下さい……!」



 正に穴があったら入りたいという心境の舜は、両腕を掻き抱き、少しでも肌を隠そうと無駄な努力をする。女性になっていた時には慣れたと思っていたが、比べ物にならないくらい何倍もの恥ずかしさであった。


 特に腹部や二の腕はまだしも、太ももが付け根まで剥き出しなのが恥ずかしすぎる。


 可能なら強化魔法を全開にして、クィンダムまで今すぐ跳んで帰りたい気分だったが、この進化種の領域に莱香や他の女性達を置き去りにしていく訳にも行かない。つまり通常のペースでクィンダムに帰り着くまで、この格好のまま我慢している他ないという事だ。


(うう……た、耐えろ、耐えるんだ! アラルの街に着くまでの辛抱だ!)


 舜はそう自分に言い聞かせながら、必死に自らを鼓舞し続けるのであった……。

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