第66話 真相 そして別れ

 ようやく動けるようになったレベッカ達3人も呼び寄せて、事情を聞く事にする。レベッカ達はヴォルフに対して敵対心を剥き出しにして警戒していたが、とりあえず舜が取り成した。また進化種の方も黒鼠人と赤猫人がやって来て、ヴォルフを警護するように間に入る。




 そしてクリスタの口から今までの経緯が語られる。


 莱香が、荒野で魔獣に襲われていた所を、そして〈市民〉達から乱暴されそうになっていた所を、ヴォルフに助けられた事。ヴォルフの庇護の下で、この世界の現状を学んだ事。そして別の〈貴族〉との諍い……。そこで莱香の本心を知った事。



「……だが少数の〈市民〉相手が手一杯のクィンダムにライカを送り出すのは、緩やかな自殺行為に等しい……。そう思っていた。今まではな……」



 観念したヴォルフが後を引き継ぐ。自殺行為とまで扱き下ろされたレベッカ達が屈辱に顔を歪める。だがヴォルフ1人に手もなく捻られたのは事実であり、反論も出来ずに唇を噛み締めて俯く。


「だがそこに〈御使い〉の情報が重なった。もし〈御使い〉が話通りの戦力であれば、ライカをクィンダムに送り出す事もやぶさかかではないと……。だからお前が本当にそれだけの力を持っているか試す必要があったのだ」


 つまりあの戦いは舜の力を測る為……莱香を預けるに足る存在なのかどうかを見極める戦いだったという事だ。莱香の為だけに……。


「ヴォ、ヴォルフ様……」


 真実を知った莱香が声を震わせている。経緯を聞く限り、彼女は裏切られたように感じていたのだろう。しかしそうではなかった。莱香の瞳が潤んでいた。


「〈御使い〉……いや、名前を教えてくれるか?」

「……シュン。シュン・ヒイラギだ……」


「そうか……。では、シュンよ。結果は勿論『合格』だ。その力でライカを守ってやれ。いや、互いが守り合うのであったな……」


 その言葉に莱香の瞳が遂に決壊し、涙がとめどなく流れ落ちる。


「ヴォルフ様! ご、ごめんなさい! 私……私……!」

「泣くな、ライカよ。あの時お前を保護出来て本当に良かった。それは私の本心だ」


「ッ! ヴォルフ様……!」


「……だが進化種の勢力は余りにも強大だ。例え〈御使い〉の力があろうとも、お前にはこれから幾多の困難が降りかかるだろう。その事を忘れるな」


「は、はい! ……決して、忘れません! あ、ありがとうございましたっ!!」




「……莱香を助けて、保護までしてくれた事……本当に感謝します。ありがとうございました」


 涙を零しながらもはっきりとした声で礼を言う莱香。舜も真摯な態度で、本心から礼を述べる。この魔境とも言うべき進化種の領域内で、莱香が曲がりなりにも安泰でいられたのは、間違いなくこの目の前の〈貴族〉のお陰だ。


「ふ……ならばこちらの頼み事も聞いてもらえるか? ……クリスタ」


 ヴォルフがそう言って金褐色の髪の女性――クリスタに向かって頷く。クリスタは神妙な表情で一歩前に出て、舜と莱香の前に膝を着く。




「このクリスタは私の奴隷だったが……ライカに同行させてやって欲しいのだ」


「……え?」


 舜ではなく莱香が、信じられないといった表情でクリスタの方を見た。



「よく話し合って決めた事だ。ライカも〈御使い〉がいるとは言え、よく知らない国で、他にも多少なりとも気心の知れた者がいた方が安心できるだろう」


「……!」


「それにこのクリスタは、これで相当な使い手だ。調べてみて、神術への適正がある事も解っている。〈御使い〉がどれ程強くとも、1人で出来る事には限りがある。その女共だけではどうにも不安があるしな」


「くっ……!」

 件の女達が一瞬色めき立つが、やはり何も言えずに押し黙る。



「で、でも……それはクリスタさんが一緒に来てくれるなら私は嬉しいですけど……ほ、本当にいいんですか? 私なんかの為だけに……」


 莱香はまだ信じられない様子だ。するとそれまで黙っていたクリスタが口を開く。




「ライカさん。私は元々生まれも育ちも、タルッカ女王国なの……。王都イナンナ出身なのよ」

「……ッ!」


 その言葉に莱香よりも、レベッカ達が大きく反応した。



「つまり今のクィンダムは、私にとって故郷でもあるの。むしろヴォルフ様が私に『里帰り』のご許可を下さったのよ」


「そ、そんな……でも……」


「ライカよ。先程も言ったように、もう充分話し合って決めた事なのだ。クリスタはお前の事が心配だから付いていきたいと、自発的に私に申し出たのだぞ?」


「ええ!?」

 莱香がびっくりしてクリスタの顔を凝視する。クリスタは恥ずかしそうに俯く。


「わ、私は……こ、故郷に帰りたいというのも本当ですし……」

「ク、クリスタさん……!」


 莱香は感極まったようにクリスタに抱きつく。


「ラ、ライカさん!?」


「クリスタさん! ありがとうございます! その……正直凄く嬉しいし、心強いです! ほ、本当にいいんですね?」


「ええ……勿論よ。これは私の意思でもあるの。ライカさんってしっかりしてるようで、スキが多いと言うか……放っておけない感じなのよね」


「う……」

 自覚があるのか、今度は莱香が恥ずかしそうに俯いてしまう。舜は自分の知らない、莱香の新たな一面を見た気分だった。


「……と言う訳だ。クリスタの里帰り、認めてはもらえぬか? こちらの間者でない事は、私の名誉にかけて誓う」


「…………」


 舜はヴォルフと視線を交錯させる。彼は一切目を逸らす事なく、舜の視線を受け止める。やがて舜が頷いた。


「解りました。莱香にも良くしてくれたみたいですし、俺は構いませんけど……皆はどう思いますか?」


 舜はレベッカ達に確認する。舜はあくまで「協力者」の立場であって、クィンダムの政治に関わっている訳ではない。こういう問題の意思決定をする立場には無かった。

 水を向けられたレベッカが、リズベットと顔を見合わせる。リズベットがやや複雑そうな表情ながら頷いた。


「……シュン様が了承されたなら、私達には異論ありません。家も土地もまだまだ余っていますし……」


「ありがとうございます、リズベットさん。では、決まりですね。俺達はあなたを歓迎しますよ、クリスタさん」


「ありがとうございます〈御使い〉様……いえ、シュン様。これからどうぞ宜しくお願い致します」


 クリスタは再び膝を着いて、舜に礼を取った。


「う、嬉しい! 本当に嬉しいです、クリスタさん! こ、これから宜しくお願いしますね!?」

「ふふ、こちらこそ宜しくね、ライカさん」


 そう言って2人は再び抱き合っていた。その光景に目を細めつつ、ヴォルフは立ち上がる。




「さて……大分回復してきたようだ。ああ……そんな顔をするな。私とて命は惜しい。折角ライカ達のお陰で拾った命だ。無駄にする気はない」


 立ち上がったヴォルフを見て、警戒するレベッカ達の姿にヴォルフが苦笑する。少なくとも、この場でもう戦う気がないのは確かなようだ。


「この場は立ち去るが……次に会う時はまた敵同士だ。……そうならない事を願うがな」


「あ、あの……! ヴォルフ様、わ、私……!」


 莱香が何か言いたそうに駆け寄ろうとするが、結局何も言えずに下を向いてしまう。ヴォルフはそんな彼女を見て小さく笑う。


「ふ……達者でな、ライカよ」

「……ッ!」


 莱香は再び瞳を潤ませる。そんな彼女から視線を動かし、ヴォルフはクリスタと視線を交わす。


「…………」


 クリスタはしっかりと頷く。ヴォルフが目を細める。そして今度こそこちらに背を向けた。



「……さらばだ!」



 そして部下達と共に、風のような速さで駆け去っていった――――

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